太宰治作品のイメージを覆す――舞台「グッドバイ」観劇レポ

レポート
舞台
2015.9.16
KERA・MAP#006「グッドバイ」 撮影:引地信彦

KERA・MAP#006「グッドバイ」 撮影:引地信彦

未完の遺作にKERAがつけたエンディングとは?

9月12日(土)から世田谷パブリックシアターにてKERA・MAP#006「グッドバイ」の上演が始まった。

太宰治の未完の遺作「グッド・バイ」は、新聞連載を予定し十三回分まで書いた時点で太宰自身が玉川上水で入水自殺し、絶筆となった作品。「太宰」と聞けば「人間失格」「斜陽」などのような絶望の崖っぷちを24時間見つめながら生きている人々の話…のイメージが強いかもしれない。だが、実はそれらとは大きく異なり、軽やかで皮肉もあれどユーモアあふれる会話や描写が満載の作品なのだ。ただこれが「遺作」で「未完」のため、無理に明るく振舞おうとして逆に自分を追い込んでしまったのか、あるいはここからいつもの太宰ワールドに持ち込むつもりだったのか。死後、多くの読者に「気になる」「最後まで書いてほしかった」と思わせる作品だろう。

今回、劇作家・演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)が脚本・演出を担当した。ゴールが決まっていないこの作品にKERAはどんなエンディングを付けてくれるのだろうか。

終演後。

こんなにおもしろい作品になっているとは思わなかった。

とにかく登場人物のすべてが魅力的であり、また登場人物を演じる役者が素晴らしい。イケメンだし金持ちだけど、男として、いや人としてもどうしようもなくダメな主人公・田島周二を仲村トオルが見事に演じている。妻子を田舎に残し、単身東京に暮らす田島は、雑誌の編集長という表の顔と、闇商売で儲け10人だか20人だかの愛人を抱えている裏の顔があった。しかしふとした心変わりで、妻子を呼び寄せたいという気持ちがわきおこった田島は、その邪魔になるだろう愛人たちの整理をはじめる。愛人の元に妻を同伴し、現実を見せてあきらめさせる…というえげつない作戦だ。ただ、ホンモノの妻を連れていくことはできないので、代理妻を仕立て上げる。美人だが猛烈にガサツな女、かつぎ屋を生業としているキヌ子に白羽の矢が当たる。

このキヌ子を演じているのが、現在コメディエンヌとしてその実力を開花している小池栄子。『バンデラスと憂鬱な珈琲』(2009)くらいから「この(舞台女優の)道、結構合ってるんじゃない?」などと勝手に思っていたが、みるみるうちに「小池栄子が出ている芝居なら見にいきたい」と思わせてくれる実力派女優になった。そんな小池は、椅子の上に片膝立てたまま座り、白米かっこんでガハガハと笑うキヌ子をフルパワーで演じている。こんな女が身内にいたら正直なところ恥ずかしい思いをしそうなものだが、あそこまで本能のままに生きられたらどんなに心地よいか、と思わせる女だ。しかも話が進むにつれどんどんチャーミングに見えてくるのだ。

さて、代理妻を連れ添い、愛人たちに「グッドバイ」と別れを告げる田島…のはずだったが、途中からおかしな方向に話が流れていく。田島が告げるハズの言葉を愛人たちから言われてしまうのだ。想定外の展開に自信を失う田島。ついには…。

4人の愛人(町田マリー、夏帆、緒川たまき、門脇麦)、そして本妻(水野美紀)と個性豊かな女性が登場する。田島が女性に求める何かを持っているのがこの5人なのだろう。まあ、5人のエッセンスを全部足して一人の女性を作り上げたとしても、田島はまたその女性にはない別の魅力を持つ女性に心を動かしてしまうんだろうけど。

つい田島と女性ばかりに目がとらわれてしまうが、数少ない男性陣、萩原聖人、野間口徹、そして山崎一の存在は大きい。この3人が要所要所で立ち回ってくれるからこそ、田島と女性たちの物語がより活気づくのだ。

そう、KERA舞台といえば、場面転換の美しさには触れないわけにはいかない。ステージの上に組まれた小ステージの数々を渡り歩きながら次の場面、さらに次の場面へと変わっていく。芝居が演じられてないときも常に何かが舞台上で起きているので、普通の舞台でいう「暗転」がほぼない。故に幕間、そして終幕まで一気に物語にのめりこめるのだ。

とはいえ、ところどころ息継ぎをしたくなるのが生の舞台。そこで重要な役どころを担っている人物がいる。その場の空気を一変させてしまう曲者(マゲモノではなくクセモノ!)、池谷のぶえだ。舞台上で変幻自在に動き、この芝居をひっかき回しながら、物語をゴールまでつなぐ接着剤のような役割を果たしているかもしれない。とにかくそこにいるだけでなんとなくニヤリとしてしまう。存在がズルい(大好きな)女優だ。注目してほしい、などと言わなくても間違いなく目を奪われてしまうことだろう。

以上、つらつら気になるところをあげてみたが、何より上演後、心がシンプルで軽やかになる太宰作品なんてそうそうないのでは?なんとか時間をやりくりしてでも観たほうがいい芝居だろう。

公演情報
KERA・MAP#006「グッドバイ」

日時・会場:
【東京公演】2015年9月12日~2015年9月27日 世田谷パブリックシアター
【北九州公演】2015年10月3日~2015年10月4日 北九州芸術劇場 中劇場
【新潟公演】2015年10月7日 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館 劇場
【大阪公演】2015年10月10日~2015年10月11日 シアターBRAVA!
【松本公演】2015年10月14日まつもと市民芸術館 主ホール
【横浜公演】2015年10月17日~2015年10月18日 KAAT 神奈川芸術劇場 ホール

原作:太宰治(「グッド・バイ」)
脚本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

出演者:
仲村トオル、小池栄子・
水野美紀、夏帆、門脇麦、町田マリー、緒川たまき・
萩原聖人、池谷のぶえ、野間口徹、山崎一

公式サイト:http://cubeinc.co.jp/stage/info/keramap006.html

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