板谷由夏が初舞台に挑戦! 矢崎広・橋本淳と語る舞台『PHOTOGRAPH 51』の魅力
(左から)矢崎広、板谷由夏、橋本淳
ロザリンド・フランクリンという女性を知っているだろうか。20世紀最大の科学的発見とも言われる、DNAの二重らせん構造。その解明に多大な貢献を果たしながらも、男たちの悪意に満ちた思惑により、正当な評価を受けることのないまま37歳で病死。科学者にとって最大の栄誉であるノーベル賞を逃した悲劇の女性科学者だ。
男性社会の中で敢然と自分を貫き、化学に情熱を燃やし続けたロザリンド。その生涯を描いた舞台『PHOTOGRAPH 51』がロンドン ウェストエンドで上演されたのは2015年秋のこと。アカデミー賞受賞女優 ニコール・キッドマンを主演に迎え、絶賛の嵐を巻き起こした。
そんな話題作が、ついに日本初上陸する。注目のロザリンド役を演じるのは、本作が初舞台となる女優の板谷由夏だ。さらに、ロザリンドの助手 レイ・ゴスリング役に矢崎広、ロザリンドを慕う若手研究者 ドン・キャスパー役に橋本淳と共演陣も充実。ロザリンドと五人の男たちによる本格ストレートプレイの幕が開く。
そこで、今回は板谷×矢崎×橋本の鼎談が実現。ちょうどこの取材は、本作の演出を務めるブロードウェイの新鋭女性演出家 サラナ・ラパインもまじえた初の読み合わせが終わった直後。さて、三人からどんな話が飛び出すだろうか……?
本読みだけで、衣裳を着て舞台に立っている光景まで想像できた
板谷由夏
――まずは初めての読み合わせを終えての率直な感想からお聞かせください。
板谷:寝ていた台本が立ち上がりましたね。家でひとりで読んでいるときは孤高だった台本が、みんなで読むといきなり「よいしょっ」と起き上がって息をしだした感じがしました。悶々と考えていたことが、本当に芽吹きだした感じで。
橋本:ひとりで読んでいると、どうしても字面で追っちゃったりするので、わかりづらいところがあるんですけど、こうやってみなさんで読むと入ってくる感じがまったく違いますよね。
矢崎:読みながら、みなさんの向かいたい場所は同じなんだろうなって感じて。僕の立場で言うのもあれですけど、そういう意味ではすごくバランスがいいというか、ひとつの目標に向かっていけるカンパニーになるだろうなって感じました。
橋本:もともと今日はみなさんの声を初めて聞く場だったので、その台詞を受けたときに自分の中でどう感情が動くのかを試したいなと思って臨んだんですね。だから事前に考えてきたことやつくりこんできた部分を一切やめて、ゼロ視点で読もうって。わりとそれが上手くいったというか。みなさんと掛け合いをさせてもらいながら、ここでこういう感情になるんだって発見する部分がいろいろあったので、そこが新鮮で楽しかったです。
矢崎 広
――今回は女性一人に男性五人という座組みです。読み合わせを聞いて、どんな印象を抱かれましたか?
橋本:女性って皮肉の表現がやっぱり上手いんですよね。本音を隠しながらもひゅっと刺すような表現の仕方は、男性にはないもの。笑顔で毒っ気のあることを言うのがハマるんですよ。だから、中盤のロザリンドとウィルキンズ(神尾佑)のやりとりなんて聞いているだけで面白い。男ってバカだなと思えたり、くすっと笑える部分が多くて。そういうブラックな笑いって海外ならではですけど、きっとこの戯曲に関して言えば日本人がやっても十分伝わるんじゃないかな、と。さらにその二人の間に矢崎くん演じるゴスリングも入ってきて、この3人のバランス感はすごくいいなと思いました。
矢崎:ひとりで台本を読んだとき、僕の中でロザリンドという女性は芯が強くて頑固で、でもあまり性格が表に出てくるタイプの人ではなくて。だからこそ、どういう人か簡単にはわからないところが魅力的だなと思ったんですね。板谷さんのロザリンドは、僕が思い描いていた像にすごく近くて、やっていて楽しかったです。このふたりなら、きっといろいろできるんだろうなと思ったり。
板谷:いろんなことしよう! 私は日頃から相手がどういう芝居をするだろうということはまったく予想しないんです。なぜかと言うと、何も考えずにまっさらでいる方が面白いから。今日はもうあっちゃん(橋本)のキャスパーがいるし、矢崎くんのゴスリングがいるし、このふたりをこのまま受け入れるという、ただそれだけ。でもそれがすっごく楽しかった!
橋本:ひとりで読んでいるときよりも立体感がイメージできましたよね。
板谷:立体感だよね。本当そう。今日、いきなり立体になった。
矢崎:本読みだけで、チラシの衣裳を着て舞台に立っている光景まで想像できたというか。人が見える、景色が見える、と感じられたのが面白かったですね。
橋本 淳
サラナのことを信頼して、いっぱいぶつかっていきたい
――演出家のサラナ・ラパインさんのお話もぜひ伺いたいです。
板谷:私がサラナに初めて会ったのは去年の9月なのですが、そのときから変わらない印象は、とにかく人として魅力的だということ。サラナは、今年の2月にブロードウェイで女性演出家としてデビューして。ブロードウェイも科学者同様、男社会だからだと思うのですが、男たちに囲まれながら研究に取り組んだロザリンドの立ち位置をすごく理解しているし、女としてどうあるべきか、どう戦ってきたかということをわかっている人だと思ったんです。
それでいて、人間臭くて嘘がないというか。お芝居に関しても「こうあるべき」という固定の論が一切ない。すごく自由度がある人で、この人だったらついていきたいなと思いました。
橋本:それは思いました。サラナのテキストを見たら、いっぱい書き込みがあって、間違いなく誰より作品のことを掘り下げて、サラナの中での確たる解釈もあるんでしょうけど、それを絶対に人に押しつけない。僕らの芝居について決して否定せず、全部肯定して、作品をより良くしていくためにお互い認め合って高め合っていこうという姿勢が、今日一日だけでもすごく感じられました。だから、今はとにかくサラナのことを信頼して、いっぱいぶつかっていきたいなっていう気持ちです。
板谷:今日の本読みも、彼女が返してくれる答えってすごく興味深くなかった?
橋本:1つ質問すると10くらい返ってきますよね。
板谷:そうそう。しかもその掘り下げ方も深くて面白い。しかも彼女、自分の台本はもちろん英語。なのに、みんなの日本語の台詞を聞きながら笑うところはちゃんと笑ってる。それってすごいことだなって。
矢崎:僕はそれが嬉しかったです。もう今日はそれがすべてって言ってもいいくらい。海外のミュージカルって、アメリカンジョークというか、日本人の感覚ではわからない笑いがあったりするんですけど、この台本に関して言えば、初めて読んだときからすごくシュールな日本人的笑いだなと思っていて。ただ、もしかしたらそれは単に僕の捉え違いかもしれないし、間違えてたらどうしようと不安に思いながら今日の読み合わせに入ったんですね。そしたら、ここはゴズリングならこうするよなと思ってやってみたところを、まず真っ先にサラナが笑ってくれた。それがすごく嬉しくて、今日は一度僕の考えたゴズリングをそのまま見せてみようという自信が持てました。
板谷:たぶんサラナにとっても日本で舞台を演出することは挑戦だと思うんです。私にとってもこれが初舞台。大きなトライになるのですが、一切ネガティブなものを感じさせず、朗らかにあの場にいるサラナを見て、このカンパニーに対して私も一切不安がなくなりました。たとえ稽古で躓くことがあったとしても、出来上がる作品はきっとポジティブなものになる。科学者のお話で難しい単語も出てきますが、メッセージはすごくポジティブなので、ぜひいろんな人に観に来てほしいという気持ちが強くなりましたね。
矢崎 広
橋本:僕も昨年の9月に初めてお会いして。そのとき、お互い「何で演劇をやっているのか」みたいな本質の話を一時間くらい話して。普通、初対面でなかなか話す内容じゃなかったんですけど、サラナの聞き方がとても話しやすかったから、気づいたら僕もどんどん話して。僕の話を聞いた上で、サラナも自分の体験のこととかいろいろ打ち明けてくれたんですよ。あの懐の広さというか、人間力はすごく魅力的ですよね。
矢崎:僕は逆にスケジュールの関係で去年どうしてもお会いできなくて、今日が初めましてだったんですよ。女性の海外の演出家の方は初めてだったので、怖い女性の人が来ちゃったらどうしようって心配していたんですけど(笑)、全然そんなことはなく。エネルギッシュで、話す言葉ひとつひとつにパワーがあって。作品のことについて語り出すと止まらないし、僕らの解釈も「そうなんだね」って受け止めてくれる。まだまだ会話はできていませんが、今日一日でもう好きになりました。
橋本:本読みの後に台本のわからないところについて質問する時間があったんですけど。そのディスカッションがすごく面白くて有意義で。みんないろんな話をするから、最後の方は時間が足りなくなっちゃって。
板谷:後半の方はちょっとみんな遠慮したよね。あのままの勢いで行くとたぶん5~6時間はかかったと思う(笑)。
橋本:まだやってたかもしれない。
矢崎:下手したら朝まで(笑)。
橋本:もたないもたない(笑)。
橋本 淳
自分の道を一生懸命生き抜いたロザリンドの生き様を伝えられたら
――では、最後に作品の魅力について語っていただければ。
板谷:どなたもそうだと思うのですが、人生でひとつ何か打ちこむものがある人間っていちばん強いと思うんです。ロザリンドにとっては、それが科学で。周りの目なんて一切気にせず、常に研究のことしか見ていなかった。今の時代だったら「変な人だけど面白いよね」って言われたんでしょうけど、昔はたぶん奇人としか映っていなかったんじゃないかな。
どれだけ夢中になっても、目指すところに到達できなかった悔しさとか悲しみって、誰にでも通じるものがある。だから、その一点を観る人に伝えられたらなというのが今の私の想いです。ロザリンドはノーベル賞を取れなかった女性としてスポットを当てられることが多いけど、きっとロザリンド自身はそんなことはどうでもいいと思っていたんじゃないかな。それよりも彼女が後悔していることは、生涯をかけて研究を貫き通せなかったこと。一生懸命に生きた人の生き様って人の心を動かしますよね。そんな彼女の不器用だけどまっすぐな生き様が伝わればいいなと思っています。
橋本:僕は初見で台本をいただいたときから、この戯曲の本質にすごく感動しまして。科学のお話ではあるんですけど、本質はあくまで人間ドラマなんですよね。ロザリンドという一人の女性を軸に、それぞれの抱える正義とか、人種や宗教といった価値観の違いがぶつかり合う。誰が悪い、誰が間違っているではなくて、みんなそれぞれ正しいことを言ってるし、それぞれ意見や考えが異なるのは、彼らが一生懸命生きた結果だから。
ロザリンドが亡くなった後、それぞれが彼女について語るんですけど、そこにも意見の違いがあって。正解・不正解はわからないけど、それを語っている人間の滑稽さや悲しさは、国籍も時代背景も違う今の日本の人が観ても感動したり共感できるところがあると思います。僕も読みながら考えましたね、あのとき、あの人ともっとこうい話ができていたら良かったよなっていうことを。生きている以上、後悔はつきもの。だからこそせめて少しでも後悔しない人生を送れるよう、一生懸命生きなきゃいけないんだということを、戯曲を読んで再確認しました。そんな人の心を動かす力を持った作品です。ぜひこの魅力をお芝居を通じてたくさんの人に伝えていけたら。
矢崎:あっちゃんの言う通りで、あのときああすれば良かったのにって悔やむことはしょっちゅうなんですよ。芝居をしてても、なんであのとき台詞飛ばしちゃったんだろうとか。人生は反省と悩みの連続で、好きでやっていることなのにこれでいいのかなって思うことばかり。そういう僕の目から見ると、ロザリンドは本当にすごい。あそこまで一心に我が道を貫けるなんて、科学者というよりアーティストですよ。僕の周りにもロザリンドのような人たちがいるから、そういうことも脳裏にかすめながらロザリンドを見ると憧れる反面、悔しさも感じますね。
でも一方で、僕と同じようにロザリンド側になれない人だって世の中にはたくさんいると思います。きっとそういう人から見たら、ロザリンド以外の周辺の男たちの方がずっと近くに感じられると思う。そういう意味でも、どの役にも感情移入できるところがたくさん隠れていて、いろんな見方ができるところが、この作品の魅力ですね。
その中で、僕の演じるゴスリングは(ロザリンドが籍を置く)キングス・カレッジのことをいちばんバランス良く見ている役。特に後半はストーリーテラーのような役割を担います。だからこそ、いろんなことを考えながらゴスリングとして舞台上に立ちたいな、と。そうやってゴスリングから漏れ出た思惑が、お客様に届いて、この作品の見方そのものに影響を与えていけたらいいなと考えています。
インタビュー・文・撮影=横川良明