中野翔太が奏でるピアノの響きはニューヨークを吹き抜ける風の如く~『サンデー・ブランチ・クラシック』ライブレポート
中野翔太
“サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.12.17 ライブレポート
日曜の午後を渋谷のカフェで音楽を聴きながら過ごす『サンデー・ブランチ・クラシック』。12月17日に登場したのはピアニストの中野翔太だ。ニューヨークに10年間滞在し、ジュリアード音楽院プレ・カレッジから同音楽院に進み、2009年に同大学院を卒業した。クラシックに軸を置きながらジャズのアレンジも手掛ける中野が奏でる音色は、ニューヨークの街角やセントラルパークを吹き抜ける風のように爽やかであった。
ショパンからリストへ。馴染みのあるメロディ
中野は『サンデー・ブランチ・クラシック』にはこれまでヴァイオリン奏者と組んで2回出演し、今回はソロで初めての出演となる。最初の曲はショパンの「即興曲第1番変イ長調Op.29」。1837年に作曲された“即興曲風”に演奏される曲だ。冒頭のトリルがキラキラと輝き、まるで音符が粒のように踊っているようだ。A-B-Aの3部形式の音楽で、中間部の短調部分は滑らかにしっとりと、そして再びの主題は軽やかに。気持ちのいい冬の日差しが感じられた。
中野翔太
「今日は年末も押し迫るお忙しい中、いらしてくださりありがとうございます」と中野の挨拶に続き、2曲目はショパンの有名な「夜想曲(ノクターン)2番 Op.9」に移る。誰もがおそらくどこかで耳にした馴染み深いメロディで、客席がぐっと引き込まれる。
そしてリスト「愛の夢第3番変イ長調」が演奏される。これもまたリストの最も有名な曲。『3つの夜想曲』のなかの3曲目で、それぞれに詩が付く歌曲を1850年にリスト自身がピアノ曲に編曲した。中野は甘くロマンティックなメロディの中にもその先にある希望や憧れも感じられるような音色を響かせる。若者らしい「愛の夢」だ。
中野翔太
本領発揮。スティーヴィー・ワンダーとガーシュウィン
4曲目は中野自身の編曲によるスティーヴィー・ワンダーの「I Can't Help It」。マイケル・ジャクソンもカバーしているナンバーである。ジャズ、あるいはフュージョンのテイストもある、実にアメリカらしいこの曲が「とても好きだ」という中野。洗練された都会――陽光輝く街角のストリートに爽やかな風が吹き抜けていくようなアレンジは、実に洒脱で心地よい。
そして5曲目はガーシュウィン「3つの前奏曲」。
「ガーシュウィンは大好きな音楽家。彼はもともとジャズの音楽家だったが、クラシック音楽への憧れが強く、独学でクラシック音楽を勉強して、『ラプソディ・イン・ブルー』を作曲したことでクラシック界からも認められるようになりました」と中野が解説する。
中野翔太
この「3つの前奏曲」にはジャズやブルースのコードやリズムが取り入れられており、とてもアメリカらしい曲と言える。そしてこれを弾く中野の音色は、このガーシュウィンのテイストに一番ピタリとはまる。音符が自在に踊り、ニューヨークというアメリカ芸術の中心地で音楽を呼吸した中野の真骨頂はここにあるのだなと思わせられる、そんな演奏だ。
最後は再びショパンの「ワルツ第6番変ニ長調 Op.64-1」、通称「子犬のワルツ」。軽快なタッチで子犬が自分の尻尾を追いかけてくるくると回る、そんな情景を描き出し、演奏会は拍手と共に幕を閉じた。
中野翔太
今回は誰でも気楽に楽しめる曲を
終演後、中野に話を聞いた。
――単独では初のサンデー・ブランチ・クラシックでしたが、選曲のポイントは?
場所がカフェなので、あまり重くならない、気楽に楽しんでいただくという感じにしたいなと思いました。私自身は現代音楽が好きで、コンサートホールなどでリサイタルをするときも現代曲を好んで選曲しますが、今日のようなショパン「夜想曲」やリストの「愛の夢」など定番曲でプログラムを組むのも好きです。
――19世紀のロマン派3曲のあと、スティーヴィー・ワンダー、そしてガーシュウィンと続きました。ジュリアード音楽院で学んだということですが、アメリカの現代音楽にはやはり思い入れがあるのでしょうか。
ジュリアードでは現代音楽を積極的に生徒に聴かせるということをしているので、何度も聴いているうちに好きになりました。アメリカ限定というわけではなく、フランスの現代音楽も好きです。ジョン・アダムズも面白いなと思うのですが、でもアダムズのピアノ曲はそう多くはないので、複数のピアノや楽器でやった方が楽しいかもしれませんね。スティーヴ・ライヒもいいかな。ジョン・コリリアーノ、フランスのアンリ・デュティユーも好きです。
中野翔太
――今回はご自身で編曲したスティーヴィー・ワンダーの「I Can't Help It」を聴かせていただきました。編曲の時のお話などを聞かせていただけますか?
ニューヨークに住んでいた頃からジャズに興味を持ち、独学でコードなどジャズの理論を勉強していました。作曲することも好きなので、気に入った曲をアレンジしたりすることもその延長線上でした。でもこの曲はドラムなどと一緒に演奏したいですね。ドラムの感じをピアノで出せないか試行錯誤しました。もう1本腕が欲しいなと(笑)。 将来的にはドラムなどと演奏できるアレンジも作りたいなと思います。ピアノ2台でもできるかもしれません。
実はジュリアードの学生時代にジレンマのようなものを抱いたことがあったんです。つまりクラシック音楽って、芸術家にとっては「再現芸術」なんですよね。すでにあるものをどうやって自分で消化して再現するか、というのが大事になってくる。だから一からまっさらな目で作品を創り出す、という芸術に憧れを持っていたんです。時間を見つけては作曲したりしていました。アレンジはその延長線上にあるんです。そういったことを通して、より深い音楽表現に踏み込んで近づいていけるのではと。
――再現芸術と創作の狭間で悩まれたわけですね。
はい。その両者のバランスを取る時にジャズという存在が身近にありました。ジャズの理論はクラシックにも応用できるので一石二鳥だし、演奏技術も互いに応用の効く部分もある。そういう意味ではジャズとクラシックって、相互交流できるような部分があるんです。互いに惹かれるものがあるのではないでしょうか。
――今日はガーシュウィンの「3つの前奏曲」を演奏されましたが、先ほどのジャズとクラシックの相互交流のお話を伺っていると、やはり中野さんにとってジャズからクラシックに移行したガーシュウィンは特別な音楽家だな、という気がしてきます。
確かに。ガーシュウィンがクラシックとジャズの融合という前例を確立してくれたお陰で、あまり意識はしていませんが、例えばジャズピアニストとのピアノデュオをする時、或いは作曲、編曲をする時に彼の作品から無意識的にインスピレーションを受けることもあるかと思います。今後の活動を考えた時にも、ガーシュウィンの存在が支えになる部分というのは出てくると思います。ジャズの要素を加えた室内楽の楽曲など、この分野の表現の可能性を広げることで新たな音楽の在り方を追求して行きたいと思っています。
中野翔太
――中野さんは先のスティーヴィー・ワンダーの編曲や、ジャズピアニストの松永さんとの共演もされていますが、ご自身はジャンルにはあまりこだわらないのでしょうか。
基本的にはクラシック音楽のピアニストという位置はぶらさずにやっていきたいです。その軸がしっかりしていれば、あとはどこに振れてもいいなと。そのバランスがすごく大事だと考えています。例えばスティーヴィーの編曲をしていたときも、「自分はやはりクラシックの音楽家なんだな」と思うところがありました。そこは敢えて外さなくてもいいかなと。ニューヨークにいてジャズを聴いていたからこそわかるのですが。
――クラシックにしっかり足を付けたうえで、表現の枝葉を広げていくような感じですね。
はい。あくまでもクラシック音楽家として、いろいろな演奏をしていきたいですね。
――今後はどのような活動をしていくご予定でしょう。
バンドネオンやホルンとの共演の予定があり、音楽や表現の幅が広がりそうだなと期待しています。引き続き自分の音楽的な感性を磨いて行ければと思います。15歳から25歳までの10年間アメリカに住んでいたので、日本での同世代の音楽家との交流があまりなかったのですが、ここ数年増えてきました。人とのつながりは大切にして、これからも増やし、大事にしていきたいと思います。
――ありがとうございました。
中野翔太(ピアノ)
取材・文=西原朋未 撮影=福岡諒祠
バンドネオン新時代~タンゴからコンテンポラリーまで~
日時:2月25日(日)17:00~
会場:横浜みなとみらい 小ホール
出演者:三浦一馬(バンドネオン)、中野翔太(ピアノ)、上野耕平(サックス)
MUSIC CHARGE: 500円
2月4日(日)
MUSIC CHARGE: 500円
2月11日(日)
髙木竜馬/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
2月18日(日)
土岐祐奈/ヴァイオリン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
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