動画再生回数700万回超えの『ずっと真夜中でいいのに。』謎の多き超注目新人アーティストのシークレットライブレポートを掲載

レポート
音楽
2018.9.21
ずっと真夜中でいいのに。

ずっと真夜中でいいのに。

ずっと真夜中でいいのに 完全抽選制のシークレットライブ『真夜中じゃないけど夜にするライブ』2018.08.29 代官山LOOP

“ずっと真夜中でいいのに。”というアーティストをご存知だろうか。

今年の6月に初投稿した「秒針を噛む」のミュージックビデオが、楽曲・映像共にハイクオリティなことや、楽曲の作詞作曲を手掛けるボーカル・ACAねの歌声が話題を呼び、まったく無名の新人ながらも公開から1週間で20万回再生を記録。動画を観た多くのユーザーが「秒針を噛む」のカバー動画やファンアートを次々に投稿し、凄まじい勢いで広まり始めた。筆者としても、なんとなくYouTubeを観ていたら、関連動画に「秒針を噛む」が表示されていて、何気なくクリックしてみたところ、少女性と力強さを備え合わせたACAねの歌声にたちまち興味を惹かれた口である。そして、この原稿を書いているときに、「秒針を噛む」の再生数は700万回を突破した。

たった1本の動画で驚異的なバズを生み出したずっと真夜中でいいのに。だが、とにかく謎が多い。そもそもの話、ずっと真夜中でいいのに。はバンドなのか、ACAねというシンガソングライターの活動名義なのか、はたまた、「秒針を噛む」の編曲と一部作曲を手掛け、有名ボーカロイド楽曲を多数生み出しているぬゆりや、美麗かつポップで可愛らしさはありながらも、どこか退廃的な雰囲気もある映像を担当したWabokuといったメンバーが参加しているプロジェクトなのか。ACAねの素性もほとんど公開されておらず、探しても探しても答えが見つからない。様々な推論がネット上を駆け巡った。

そんなずっと真夜中でいいのに。が、8月29日(水)に都内某所で完全抽選制のシークレットライブ『真夜中じゃないけど夜にするライブ』を行なうという。はたして、ずっと真夜中でいいのに。とは、そして、ACAねとは何者なのか。気になったので会場に足を運んだ。

この日の会場になったのは、代官山LOOP。入場時に“メガネ”を手渡されてフロアに足を踏み入れると、上手側のスピーカーの上に置かれたペンギンのぬいぐるみが目に飛び込んできた。それだけでなく、ステージにはマンボウ、エイ、アカシュモクザメのぬいぐるみが吊るされていたり、小鳥の鳴き声や、砂利道を走る音、包丁で何かを切っている音など、様々な効果音がSEとして流れていたりと、ちょっと不思議な雰囲気。オーディエンスの男女比は、ほぼ半々といったところだろうか。これからどんなライブが繰り広げられるのだろうかという期待感からか、開演前のフロアは賑やかだった。

暗転。ステージに「秒針を噛む」のミュージックビデオが流れ始めた……のだが、バンドインするタイミングでガラスの割れる音がして、映像が止まる。そして、「お手元のメガネをお掛けください」という指示が映し出された。会場がどよめく。

というのも、この“メガネ”はいわゆる眼鏡ではなく、かけると完全に視界が隠れてしまうという“メガネ型の目かくし”だったからだ。オーディエンスが“メガネ”をかけてからほどなくすると、真っ暗な中、ACAね、ギター、ベース、キーボード、ドラムの5人がステージに姿を現した(ライブのエンディングでわかったのだが、この4人はサポートメンバーだった模様)。そして、オーディエンスの視界を“メガネ”で遮ったまま、「秒針を噛む」でライブがスタート。躍動感たっぷりの演奏を繰り広げると、ワンコーラスを終えたところで「“メガネ”、とっていいよ!」と、ACAね。その合図にオーディエンスが一斉に“メガネ”を外したのだが、そのときのACAねは笑顔……だったと思う。

この日は演出上、終始照明が暗めに設定されていて、ステージがはっきりと観えない状況だった。小柄な女の子が赤いリッケンバッカーをかき鳴らしながら歌っているのはわかるのだが、結局最後の最後まで、顔の造形はまったくわからなかった。しかし、笑みを浮かべていたり、真剣な眼差しをフロアに向けていたりといった、なんとなくの表情は、おぼろげながらもわかる。そして、暗くてステージがはっきりと観えない状況でも、大音量のバンドサウンドを突き破るように、彼女の歌声はまっすぐ耳に飛び込んできた。

3曲終えたところで、初のMCタイムに。第一声は「はじめまして、ずっと真夜中でいいのに。のACAねです。今日は来てくれてありがとうございます」だった。そこから「秒針を噛む」が多くの人に再生されたことや、この日のライブにたくさんの応募があったことへの感謝を述べるACAね。また、満員状態のフロアに向かって「狭そう……!」「暑くない? 大丈夫?」と、オーディエンスを気遣う場面もあった。

この日のライブは「オリジナル曲を歌ったり、みんなが知っている曲も歌おうと思っている」というコンセプト。“みんなが知っている曲”=カバーとしては、RADWINPSの「なんでもないや」を鍵盤一本でじっくりと聴かせたり、「カバーアレンジメドレー」として、バルーンの「レディーレ」、米津玄師の「Lemon」、神聖かまってちゃんの「フロントメモリー」を続けて披露したりと、彼女の音楽的嗜好が垣間見える場面もあった。

そして、気になるオリジナル楽曲も多数披露された。ライブ中に曲のタイトルが発表されたものでいうと、「フランケンシュタインが人間に恋をする歌」と説明されて始まった「Dear, Mr.F」は、ACAねの奏でるアコースティックギターの音色と、今にも消え入りそうな繊細な歌声が感傷を増幅させていくミディアムナンバー。他にも「遠距離の恋の歌」というミディアムテンポ寄りの「サターン」や、「黒く塗りつぶす僕ら」ではダンサブルなビートに、オーディエンスは自然と身体を揺らし、クラップも起こっていたのだが、早口でまくし立てるAメロには〈ずっと真夜中でいいのに〉という歌詞があり、かなり重要な位置づけの曲なのかもしれない。本編最後もオリジナル曲で「勘冴えて悔しいわ」。この曲は、「簡単にいうと、イジめられたりしたんですけど、結果的に良い経験できたなっていう歌」とのこと。性急で弾むビートと共に、やり切れなさや苛立ちや憤りを叩きつけていく。ギターを置いてハンドマイクで歌うACAねの表情も、かなりシリアスなものだった。

アンコールに応えて、サポートメンバーと共に再び登場したACAねが、フロアに向かって話しかける。

ACAね「『ずっと真夜中でいいのに。』と言っているだけあって、私は真夜中がすごく好きで。いつも夜中の2時とか3時頃に、悔しいこととか、考えさせられることとか、いろんなことを冥想して、歌を作ったりしています。新曲もこれからたくさん作って行こうと思うので待っていてほしいです。よろしくお願いします」

そして、再度「秒針を噛む」を披露。ステージを歩き回りながらハンドマイクで歌うACAねは、途中で「みんな歌えますか!?」と、オーディエンスの大合唱を巻き起こし、この日のステージを終えたのだった。

アンコール含めて全13曲、約70分のステージだったが、初ライブを観た感想としては、生でもかなりしっかりと歌えるタイプのボーカリストという印象を受けた。バンドサウンドに埋もれないパワフルさもありつつ、この日、カバーとして披露された曲の中にバルーンの「シャルル」があったのだが、そこでは高低差の激しいメロディーラインをさらりと歌い上げていて、聴いていてとにかく気持ちがよかった。また、オリジナル楽曲の空気感としては「秒針を噛む」が軸になっていて、どれも幻想的な雰囲気が漂っていた。「夜中に曲を作っている」というエピソードの通り、やはり彼女の歌は深夜が似合うし、そんな鬱々とした眠れない夜にそっと寄り添ってくれるような繊細さや優しさ、力強さがある。そしてなによりも、どの曲もメロディーが耳に残るというのは、かなりの強みだろう。

とはいえ、まだ謎が多いのも事実。ずっと真夜中でいいのに。は、9月末頃に新曲のミュージックビデオを公開すること、11月にはミニアルバムをリリースすることを、この日のライブのエンディングで発表した。ここからACAねはどんな曲を生み出し、どんな活動を繰り広げていくのか。とにかく楽しみでしかたがない。

 

取材・文=山口哲生

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