吉本新喜劇・未知やすえ、初めて吉本を飛び出した舞台『丸尾不動産』でキレ芸封印かーー兵動大樹、桂吉弥と共に「未知」なる挑戦
未知やすえ 撮影=福家信哉
「ワレ、何抜かしとんじゃ!」と強面を相手にブチギレたかと思ったら、次の瞬間「怖かったあ」と急にしおらしくなる。1984年12月に吉本新喜劇に入団し、キレ芸で笑いを集めてきた未知やすえ。団員・内場勝則とのおしどり夫婦でも知られ、関西ではおなじみの存在。そんなやすえにとって意外にも初の外部舞台出演となるのが、人気作の第3弾『はい!丸尾不動産です。〜本日、家で再会します〜』だ。お笑い芸人・兵動大樹、落語家・桂吉弥がダブル主演をつとめる同シリーズは、不動産屋・菅谷が毎回、ワケありの住人たちと一悶着を繰り広げていく物語。今作は9月4日(土)〜7日(火)に大阪、10月3日(日)に姫路での上演が決定。芸歴約40年にして未知なる挑戦に打って出る、未知やすえに話を訊いた。
未知やすえ
――やすえさんは2020年4月、間質性肺炎で入院されてずっと治療を続けてこられましたね。体調面はいかがですか。
体力も戻ってきて、元気になりました。ですが、コロナのこともあり、2020年3月くらいからまだ新喜劇の舞台にも立ててなくて、『丸尾不動産』までには、新喜劇にも出られるようになっておきたいと思っています。
――もう1年以上、新喜劇から遠ざかっているんですよね。
こんなに休んだことはありません。出産後も1年くらいで復帰しましたし。あのときも「お客さん、私のことを覚えているかな」とすごく緊張しました。
――具体的にいつごろ新喜劇に復帰するかなど、プランはいかがですか。
このご時世ですからまだどうなるか分かりませんけど、早く復帰したいです。一方で、中途半端な状態で出たくないとも思ってます。いざ復帰となったらめちゃくちゃ緊張するでしょうけど、精一杯やりたいですし、新喜劇に出演してから『丸尾不動産』に挑みたいですね。
――『丸尾不動産』の過去2作品をご覧になられて感想はいかがですか。
とてもしっかり稽古されている印象で、台詞を大事に喋っていらっしゃいますよね。泣けるところは泣けて、笑えるところは笑える。そういう部分は新喜劇と共通やと思います。
――やすえさんは吉本主催以外の舞台は初めてとあって、勝手が違ってくる部分もあると思います。
そうなんです。たとえば吉本新喜劇は普段の自分と近くて、等身大の役が多いです。あと新喜劇では、役者の実際の名前がそのまま役名になってるんですよね。でも今回の舞台は違うじゃないですか。まず役名を覚えないといけない。思わず「兵動くん、吉弥さん」と言っちゃうかも。そういう基本的なところも全然違うんですよね。
――吉本新喜劇を約40年もやっていらっしゃいますし、長年の慣れもありますもんね。
兵動くん、吉弥さんは優しいから許してくれそうですけど、今回の共演者で、同じ新喜劇の舞台にも立っている佐藤太一郎くんはそうはいかなさそう。太一郎くんはもともと、新喜劇でも今までとは違うものを持ち込んできた人。もうね、圧がすごすぎて怖い(笑)。
――おっしゃることはなんとなく分かります。
「姉さん、違いますよ」とはっきり言ってきそうでしょ。太一郎くんは新喜劇のときも、役どころをちゃんと掴んでやりますし。だから私、めっちゃ怒られるんちゃうかなと思ってます。一番怖い!
――いろいろクリアしなければならない壁がありつつ、外部舞台への出演という新しい挑戦を決意させた理由はなんだったのでしょう。
吉本に入って42年経ちますがずっと怖かったんです。ぬるま湯で育てられましたから。今までいろんな舞台のお話もあったんです。だけど「怖い、怖い」と言って断ってました。苦手意識が強すぎて「自分ではできない」と思い込んでたんです。新喜劇では、誰かが台詞を忘れても、みんなでずっと一緒にやってきたからフォローし合えるんですよ。ただ今回のようにがっちり決められた舞台だと、そうなった場合はどうなるんかなとか。本当に未知数で。
――というか吉本新喜劇は台詞を忘れることがあるんですね!
いっぱいあるんですよ(笑)。登場しなきゃいけないところで誰も出てけえへんかったり。出囃子の音は鳴ってるけど。で、待ちますよね。誰も登場しないから、みんなで「出てけえへんのかい!」とツッコんだり。
未知やすえ
――あと『丸尾不動産』はストーリーで笑わせるのはOKだけど、演者の持ちネタのギャグは封印する「決まり」もあります。
それが一番大変。だって、絶対に我慢できなくなる。稽古を重ねて、そこの問題はクリアしようと思ってます。
――以前、島田珠代さんを取材したことがあるんですけど、やっぱり外部の方とのお仕事のとき、自分のギャグをやりたくて「我慢できなくなる」とおっしゃっていました。
珠代は特にそうやと思います! というか、私も笑いがないと怖さが出てくるんです。だからちょっとでも隙間があるとやりたくなる。みんなが真面目な顔をしているときも、余計なことを言ってみたくなるんですよね。そういう感覚は新喜劇のメンバーだと分かるはず。お客さんから「未知やすえは今回、キレネタないの?」とか思われるんちゃうかなと、不安やし。
――我慢できますかね?
どうやろ。でも違う一面を見ていただきたいですし、「未知やすえ、笑いがなかったな」と言われても、そういう役として演じたいかな。ただ、自分のなかでウズウズするかもしれないし、ウケたら「もう一回」と欲しがっちゃいそう。
――やっぱり吉本新喜劇での経験や影響は、良くも悪くもとてつもないですね。
体のなかにものすごく染み込んでいますからね。普通に生活をしていても出ます。珠代、アキちゃん(水玉れっぷう隊)、ヒロくん(吉田ヒロ)に比べたら私はマシな方ですけど。みんな一発で笑いをとれるタイプやけど、自分はそうじゃないし。むしろ、昔は「いつか新喜劇を辞めよう」とずっと考えていましたから。
――え! そうなんですか。
私はもともと漫才をやっていたけど、相方がやめて新喜劇に入って。団体で物事をするのが苦手やったのに会社に言われて入ったから、「絶対にいつか新喜劇をやめよう」と考えてました。先輩の用事とか何からなにまで全部若手がやらなきゃいけなかったし、大変で、続けるつもりは全然なかった。相方を見つけて漫才に戻ろうとしていました。
――それなのになぜここまで新喜劇を続けることができたんですか。
新喜劇では、大きな笑いの前は、細かい笑いを入れない方がウケるんです。見せ場のためのネタフリを周りがする。自分が前に出ることだけが新喜劇の笑いじゃないと気づいて、「あ、これはおもしろいな」とハマっていきました。他の人が何かやっているときもボーッと立ってたらあかん。舞台なので端から端まで気が抜けない。そういう部分も、やっていて楽しくなってきたんです。
未知やすえ
――新喜劇で培ってきたやすえさんの芝居がどこまで通用するか、興味深いですね。
「向いてなかった」とか言われたらどうしよう……(苦笑)。だけど、夫の内場くん(内場勝則)が座長を引退してから、最近は外の舞台にどんどん出始めて。そういう前向きな姿を見て刺激をもらってるんです。最初は「無口やのに人と喋れるんかな。大丈夫かな。友だちできるんやろか」とお母さんみたいに心配だった。ただ、稽古から帰ってきて「大変やった」と言いながら、キラキラしているんですよね。「うらやましい」と感じました。内場くんのことは、芝居に関しては尊敬してます。夫婦としては……どうかと思いますけど(笑)。
――ハハハハ(笑)。
内場くんが出ている舞台を観にいったら、私もウズウズしちゃうんです。こんなに大きな舞台で、いろんな共演者とちゃんと舞台を作り上げているのかと。そんなときに『丸尾不動産』のお話をいただいたんです。兵動くんも、吉弥さんも出ていると聞いて、「このふたりとならできるかも」と思いましたね。
――兵動さんとはこれまで接点は多かったんですか。
いえ、NGKで会っても挨拶くらいでしたね。ただ内場くんとは何度も共演しているので、舞台はよく見ていました。すごく器用ですよね。力は抜けているけど、しっかり役を演じている。無理せず笑いを取っていく。すごい才能やと思います。『丸尾不動産』も、見た目も兵動くんでしかないのに、ちゃんと菅谷さんという役になっていますよね。
――吉弥さんとは、情報番組『ちちんぷいぷい』(毎日放送)で長くご共演されていましたね。
吉弥さんは落語家さんやと思っていたら、朝ドラにもよく出ていて、「あんた、何作出るねん! 落語家ちゃうんかいな!」と思ってました。『丸尾不動産』では吉弥さんの優しい人柄が役に出ていて、でも陰もあって魅力的。今回はもう、吉弥さんにどっぷり甘えていきたいです。
未知やすえ
取材・文=田辺ユウキ 撮影=福家信哉