『鎌倉殿の13人』“時政パパ”こと坂東彌十郎、6年ぶり歌舞伎座主演作にかける意気込みを語る

インタビュー
舞台
2022.12.29
坂東彌十郎 /(C)松竹

坂東彌十郎 /(C)松竹

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NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で北条時政を演じて大ブレイク、2022年の大晦日の「第73回NHK紅白歌合戦」のゲスト審査員にも選ばれるなど活躍中の坂東彌十郎が、歌舞伎座『壽 初春大歌舞伎』第二部『人間万事金世中』で主演をつとめることとなった。“ペンは剣よりも強し”の金言で知られる19世紀のイギリスの作家エドワード・ブルワー=リットンの戯曲『マネー』を明治12年に河竹黙阿弥が翻案した珍しい作品で、急激な変化を遂げる明治元年の横浜が舞台。彌十郎は、これまで二世尾上松緑、五世中村富十郎、中村梅玉などが演じてきたケチで強欲な辺見勢左衛門役に扮する。

先日行われた取材会で、2017年の『八月納涼歌舞伎』第二部『修禅寺物語』以来となる主演作への意気込みを語ってくれた。

ーーあまり上演されない作品ですが、最初に接したのは?

たぶん紀尾井町のおじさま(二世尾上松緑)の舞台(昭和51年)を拝見したんだと思います。(五世中村)富十郎のおにいさんの舞台(平成15年)には、兄貴(二世坂東吉弥)も出ていました。黙阿弥さんでもいろんな作品があるんだ、おもしろいなあと思って楽しく拝見しましたね。勢左衛門は本当に救いようがないくらいイヤなやつなんでしょうが、最後は笑えちゃう、その生き方と、世話物のイキで、黙阿弥物の合方もいっぱい入っているので、テンポもよく、“初春”の芝居が終わったなという気持ちでお客様が帰っていただけるような舞台にしたいです。喜劇の部類に入るでしょうし、黙阿弥物らしさも相俟って、僕は初めて出演する作品ですが、新年早々、おもしろい挑戦になるなと思いました。

坂東彌十郎 /(C)松竹

坂東彌十郎 /(C)松竹

ーー散切物、かつイギリスの戯曲の翻案でもあります。

だから、登場人物の名前もすごくおもしろいですよね。もとになったイギリスの戯曲はまだ読んでいないのですが、翻案作品ならではの要素がどこかにあった方がおもしろいのかなと思います。ただ、しゃれで洋物っぽいところを入れてしまって、黙阿弥らしさがなくなってはいけないので、もとの原作も拝見しながら、皆さんとご相談したいと思います。幸い、気心の知れた同年代の方々が出てくださるので僕が主役というより、皆さんで一緒に作る芝居だと思っていますし、相談しながらできる方たちなので、そこはすごく安心しています。黙阿弥調と言われるセリフの中でのテンポが、紀尾井町のおじさまの音源を聞いていると、すごく軽やかで素敵なんですよね。それが上手くできればなと。ただ早ければいいわけじゃない、お客様に伝わらないといけない。「おもしろいね」「また上演できるね」と言われるものにしないと、せっかくやらせていただいた意味がないので。あくまでチャンスをいただいての挑戦なので、テストされていると思って臨みます。

ーー撮り下ろしスチール写真が大変キュートです。

実際の扮装とは違う部分もありますが、全体の雰囲気はこういう感じで(笑)。最後の展開のおもしろさがいいんですよ。

『人間万事金世中』辺見勢左衛門=坂東彌十郎 /(C)松竹

『人間万事金世中』辺見勢左衛門=坂東彌十郎 /(C)松竹

ーー十月、十一月の「平成中村座」の『唐茄子屋 不思議国之若旦那』でも、お金に汚い役どころを演じていらっしゃいましたが、そういった役どころを演じる上での楽しさは?

役は全部やっているうちに楽しくなるんですが、今回の作品についてはまだ想像の段階で。(中村)扇雀さんとの夫婦役ですし、楽しくなるんじゃないかなと思っています。いろいろなものでご一緒してきていますし、扇雀さんのおやりになりたいやり方もあるでしょうし、相談しながらやっていきたいと思います。

ーーどんなところに魅力のある役柄ですか。

どんなお芝居でもそうですが、お稽古でやってみて、相手の方とやりとりした時点で、新しい役の中身が見えたりします。ですので、お稽古が楽しみです。今の時点では、前半はとことんイヤなやつでいこうと思っています。でも、「こういう人いるよね」と、お客様には俯瞰で観てもらいたい。イヤなやつだけど笑えちゃう、そういう見方をしてほしいですね。

ーーケチで強欲な役柄ですが、ご自身が共感するところは?

僕はね、だめなんですよね、飲んじゃうと妙な太っ腹になっちゃって、次の日起きてすごく後悔するんです、財布がいつも空っぽになっていて(笑)。「いいよ、今日は払っちゃうから」と。ちょっとケチな部分もあった方がいいのかなって。あ、でも、太っ腹じゃなくて、だらしないんですね(苦笑)。

ーー大柄でいらっしゃいますが、今回のお役でそれを生かせるところは?

そんなにはないと思いますが、こういう頭と髪だと、大柄な方がおもしろさが出せるのかなとも思って、少しでも生かせれば。スチール写真ではちょっと肉(襦袢)を着てみています。この人、おもしろいクセがあるんですよ。貧乏ゆすりのクセがあって、今一生懸命貧乏ゆすりの練習をしてます。

ーー強欲なのに貧乏ゆすりしちゃう人なんですね(笑)。

それでおかみさんに「貧乏ゆすりしてるからお金が貯まらないのよ」って言われてイライラしてまた貧乏ゆすりしたりして。物語にあんまり関係ないんですが、ところどころに出てくるので、自然にできたらいいなと思います。

ーー人物の造形やストーリー展開の上で、黙阿弥らしさをどこに感じますか?

『壽 初春大歌舞伎』は三部とも、すべてに黙阿弥物があるんですよね。では、黙阿弥らしさって何なんだっていうと、それぞれ全部違うんですよ。黙阿弥っていう人は、何というか、不思議な感覚をもっていらっしゃる方だと思うんですよね。晩年になればなるほどそうだと思うんですが、いろんなことに手を出していらっしゃるけれども、歌舞伎の音楽とか流れとか、そういったものを踏まえた上でやっていらっしゃるので根本は変わっていない。僕も、これからもう一度、黙阿弥らしさというものを見つけたいなと。『人間万事金世中』も、江戸時代のかつらをかぶって演じたら普通に江戸の世話物ですよね。それでも通用する。でも、明治の話なので、出てくるお金の単位が一円だったり百円だったり一万円だったり、蒸気とか汽船というものが出てきたり、ちょうどそういう時代の変わり目のところを上手くいろいろ入れて描いていらっしゃるので、その雰囲気もどこまで出せるか考えたいです。

ーー歌舞伎座では2017年以来の主演です。

そうなんです。これは感無量というか……。前回は父(坂東好太郎)の追善でやらせていただいて。今回はお話をいただいて主役、まして“初春”なので、ちょっと自分でもびっくりしています。めったにないようなチャンスですから、全身全霊を傾けます!

ーー大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の効果も感じたり?

それは、あるかもしれないですね。そうだとしたら、『鎌倉殿の13人』を書かれた三谷幸喜さんには本当に感謝ですよね。今回の舞台も観に来て下さるらしいんです。観てどうおっしゃられるのか、楽しみです。めったにご連絡とかはしないんですが、「拝見します」という短いメッセージが来たので、気が引き締まる思いですね。

坂東彌十郎 /(C)松竹

坂東彌十郎 /(C)松竹

ーー十二月大歌舞伎『助六由縁江戸桜』で演じられた“髭の意休”も憧れの役だったそうですね。

ちょうど僕が役者になるくらいのころに、八代目のおじ(八世坂東三津五郎)が演じているのを観ました。僕は、八代目のおじと十四代目の勘彌のおじ(十四世守田勘彌)、二人とも違うキャラクターですが、崇拝しているんです。だから意休もすごくありがたかったですね。配役をいただいた時点ですごくびっくりしましたし、それも歌舞伎座での襲名公演ですから。いつも全身全霊ですが、今回は特に全身全霊で。周りの皆さんは何回もなさっている方ばかりで、僕は初役でお稽古が3回しかなかったので、相当苦しみました。

ーー大河ドラマも今週末が最終回(取材時)ですが、どういう風にご覧になっていますか。

いやあ、ドキドキですよ。前週を見てボロボロに泣きましたから。みんな立派に育ってくれましたよね。不思議なんですけど、ドラマと同じで親目線で見ているんですよね。キャストの皆さんが父上父上と言ってつきあってくれたので。よく、現実の世界でも「あの世で見てくれてますよ」なんて話がありますよね。こういうことかなと思って(笑)。自分が死んだ後の場面を見ていて、何か、あの世から子孫を見ている感じ、心配なのとうれしいのと、そんな感覚があって。ああ、もしあの世から見てくれている人がいたなら、僕は相当心配かけてるなと思いました(笑)。

ーー大河ドラマに出演されて、舞台との相乗効果はいかがでしたか。

最初はまったく違うので、それを勉強しようと思ったんです。でも、7月に歌舞伎の舞台に戻ってきてから、『風の谷のナウシカ』だったり、8月の『新選組』だったり、こないだの『唐茄子屋 不思議国之若旦那』だったりと、何か大河で得たものが使えた気がするんですね。これからもやっているうちに出てくる気がするんですよね。大河のときも、ドラマ『クロサギ』でも、「ちょっと重めにやってください」と言われたら「やっちゃっていいんですか?」と(笑)。やれって言われれば歌舞伎俳優だからやりますよ、と。例えば大河でも、なるべくリアルにということを心がけていたんです。三谷さんからは「江戸の長屋のおやじのように」と言われていて。伊豆の田舎の方の人々はちょっと江戸弁のようなしゃべり方をされていたようで、近いと言っていただいたこともあるんです。今まで歌舞伎で勉強させていただいたことが生きてありがたいことですよね。逆に今回は、大河で勉強したことがふっと、大河で得たものが使えたらいいなと思います。

ーーさきほど、かつらをかぶったら世話物とおっしゃっていましたが、この作品は書かれたころは現代劇だったかと思います。今の時代に散切物をやる場合、世話物と地続きなのでしょうか。それとも違うのでしょうか。

違うでしょうね。やっぱり、あの時代、すべてが大きく変わっているんだと思うんですよ。黙阿弥さんは、その雰囲気も出そうとなさっていたのでしょう。明治というのは、それまで日本が歩んできた時代の中で、かなり大きい変化が起きたと思うんです。今からみると江戸から明治というのは、ちょっとの変わり目のような気もしますけれども、当時の人たちにとっては大きな変わり目だったはず。そこがおもしろい。この芝居は時代の先端を行っていたのかもしれない。松竹新喜劇にも、新派にもなっただろう作品だと思いますが、それを歌舞伎でやる意義を改めて考えたいですね。

ーー『鎌倉殿の13人』には歌舞伎の演目に登場する登場人物たちがリアルに動いているおもしろさもあったかと思うのですが、大河ドラマを観て関心をもった人たちに歌舞伎のおもしろさをどう伝えていきたいですか。

大河を見た方から「歌舞伎を観てみたいと思いました」というメッセージをいただくと、本当にうれしいし、それを裏切っちゃいけないなと。でも、歌舞伎を勧めるときの難しいところは、出し物によって全部歌舞伎らしさが違うところですよね(笑)。華やかさを観ていただくというのもあるし、今回の散切物のようにリアルにやるものもあります。歌舞伎は本当に間口が広いですし、重たい演目のおもしろさもいつかはわかってほしいという気持ちもある。それはいつも考えていることですね。“初春”も、一部・二部・三部と、全部違いますよね。それを見比べていただくのも、楽しいんじゃないでしょうか。

ーー作品の見どころを教えてください。

歌舞伎座ではあまり観ない雰囲気というか、でも、これも歌舞伎だよ、と言うところですかね。今、いろいろな作品を歌舞伎にしていますが、歌舞伎に携わっている者としては、江戸時代から続いてきたものを残していかなくてはいけない。そして、明治時代につくられたこれらの散切物の作品の魅力も伝えていきたいです。

ーー主役をされることについてのお気持ちは?

歌舞伎の主役というのは全体の演出にも関わっていて、ここをこうやってください、うちのやり方でということもありますが、今回はそういう感じではないですね。『鎌倉殿の13人』ではないですけれども、みんなで、合議制です。音楽、照明、演出家とも相談しながらできるんじゃないかなと思います。

坂東彌十郎 /(C)松竹

坂東彌十郎 /(C)松竹

ーー作品を背負う立場ですね。

それはあります。やっぱり彌十郎主役は甘いなと言われるのは絶対いやですから。ちょうど来年で50年役者をやってきたことになるんですけれども、何やってきたんだって、上にいる親父や兄貴やおじさんたちに心配されてるんでしょうけれども、何とかつなぎましたって言えるようになりたいですね。それが歌舞伎なんだと思います。

ーー今回のこの役を演じるにあたり、歌舞伎作品に限らず参考にしたいなと思ったキャラクターは?

歌舞伎の中にはこういうキャラクターって多いですよね。『唐茄子屋 不思議国之若旦那』の大家さんもそうでしたし、結構因業な人が出てくるので。僕の中ではやっぱり、勢左衛門をやられていた紀尾井町のおじさまのイメージと、それを受け継がれた富十郎のおにいさんのイメージ、そこにどう自分を入れ込んでいくか、ちょうどその作業をしているところです。「こういう人いるよね」というのと、「本当にいたら友達になりたくない」というのと、幸い僕の周りはいい人ばっかりです(笑)。

ーー2022年は大活躍の年でしたが、実感はありましたか。

知らない人から急に「パパ」って呼ばれるようになりました。それが何かこそばゆいですよね。あと、居酒屋でも他の席のおじさんから「しい様」と呼ばれました(笑)。本当にありがたいですよね。とにかく常に前進することだけを考えてきましたが、今までの年より少し大きく前進できたかなと。でも、もっともっともっともっと前進したいと思っています。

ーー2023年の抱負をお願いします。

コロナ禍は人生で一番長く歌舞伎を休んだ期間でもありました。大河ドラマの撮影でも歌舞伎をお休みしましたし、舞台を離れている間に、三部制が中心になるなど、歌舞伎座の公演形態自体もいろいろと変わってきています。そのタイミングで勉強できたことを、年が明けたら67歳になる今、できれば一気に放出したい。そういう年にしたいなと思っています。
 

取材・文=藤本真由(舞台評論家)

公演情報

『壽 初春大歌舞伎』
日程:2023年1月2日(月・休)~27日(金)
会場:歌舞伎座
 
【休演】10日(火)、19日(木)
【貸切】第一部:6日(金)
 
第一部 午前11時~
 
竹柴徳太朗 脚本
一、卯春歌舞伎草紙(うどしのはるかぶきぞうし)
 
名古屋山三:市川猿之助
出雲の阿国:中村七之助
浪花の阿梅:市川門之助
女歌舞伎阿壱:中村壱太郎
同   阿鈴:市川男寅
同   阿千:片岡千之助
同   阿玉:中村玉太郎
同   阿京:市川笑也
同   阿高:市川笑三郎
若衆栄之丞:大谷廣太郎
同 福之丞:中村福之助
同 月之丞:中村虎之介
同 花之丞:中村鷹之資
同 銀之丞:市川染五郎
同 鶴之丞:中村鶴松
坊主小兵衛:市川青虎
村長寿右衛門:市川寿猿
多門庄左衛門:市川猿弥
佐渡嶋右源太:中村勘九郎
佐渡嶋左源太:片岡愛之助
 
河竹黙阿弥 作
二、弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)
浜松屋見世先の場
稲瀬川勢揃いの場
 
弁天小僧菊之助:片岡愛之助
南郷力丸:中村勘九郎
忠信利平:市川猿之助
赤星十三郎:中村七之助
浜松屋伜宗之助:中村歌之助
番頭与九郎:片岡松之助
鳶頭清次:中村又五郎
浜松屋幸兵衛:中村東蔵
日本駄右衛門:中村芝翫
 
第二部 午後2時15分~
 
松岡 亮 脚本
一、壽恵方曽我(ことぶきえほうそが)
 
曽我五郎時致:松本幸四郎
曽我十郎祐成:市川猿之助
化粧坂少将:中村雀右衛門
小林朝比奈:中村鴈治郎
犬坊丸:市川染五郎
梶原平次景高:大谷廣太郎
鬼王新左衛門:中村歌六
大磯の虎:中村魁春
工藤左衛門祐経:松本白鸚
 
河竹黙阿弥 作
今井豊茂 演出
二、人間万事金世中(にんげんばんじかねのよのなか)
強欲勢左衛門始末
 
辺見勢左衛門:坂東彌十郎
勢左衛門妻おらん:中村扇雀
恵府林之助:中村錦之助
倉田娘おくら:片岡孝太郎
勢左衛門娘おしな:中村虎之介
雅羅田臼右衛門:嵐橘三郎
若い者鉄造:澤村宗之助
親類山本当助:大谷桂三
代言人杉田梅生:市川男女蔵
門戸手代藤太郎:中村松江
毛織五郎右衛門:中村芝翫
寿無田宇津蔵:中村鴈治郎
 
 
第三部 午後5時45分~
 
河竹黙阿弥 作
花街模様薊色縫
通し狂言 十六夜清心(いざよいせいしん)
浄瑠璃「梅柳中宵月」
 
序 幕  稲瀬川百本杭の場
     同  川中白魚船の場
     百本杭川下の場     
二幕目  初瀬小路白蓮妾宅の場
大 詰  雪の下白蓮本宅の場
 
極楽寺所化清心後に鬼薊の清吉:松本幸四郎
扇屋抱え十六夜後におさよ:中村七之助
恋塚求女:中村壱太郎
下男杢助実は寺沢塔十郎:中村亀鶴
佐五兵衛後に道心者西心:松本錦吾
船頭三次:市川男女蔵
白蓮女房お藤:市川高麗蔵
俳諧師白蓮実は大寺正兵衛:中村梅玉
 
 
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