桑田佳祐 “昔は良かった”で終わらない、過去・現在・未来のかけがえなさを等しく感じさせてくれた横浜アリーナ公演を振り返る
桑田佳祐 撮影=関口佳代
桑田佳祐 LIVE TOUR 2022「年末も、お互い元気に頑張りましょう!!」supported by SOMPOグループ 追加公演
2022.12.30 横浜アリーナ
ツアータイトルどおり、“元気に頑張ろう”という気持ちをもたらしてくれるステージだった。音楽によって、慰労し、昇華し、鼓舞し、そして抱擁してくれていると感じる瞬間が数多くあった。『桑田佳祐 LIVE TOUR 2022「年末も、お互い元気に頑張りましょう!!」supported by SOMPOグループ』追加公演の横浜アリーナ3Days、2日目、12月30日のステージ。
ステージ中央に設置された扉のセットから桑田が登場してライブがスタートした。1曲目は「こんな僕で良かったら」。ステージは“若い広BAR”という設定になっていて、カウンターバーとシートがあり、バーテンダーや客がいる。昭和のテレビショーみたいなセットから懐かしさを感じた。ジャジーでドリーミーな歌と演奏によって、横浜アリーナ全体が“若い広BAR”と化していく。歌詞の一部を《今日は最後までよろしくね!!》と変えて桑田が歌うと、客席から盛大な拍手。1曲目から会場内の気持ちはひとつだ。
朗らかなコーラスで始まった「若い広場」では令和から昭和へとワープしていくようだった。老若男女、あらゆる年代の青春を甦られる力が音楽にはある。クールファイブの前川清へのリスペクトが歌からにじむ瞬間もあった。隙あらば、大技小技繰り出すところからは、桑田のサービス精神も伝わってきた。「炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)]」では観客のハンドクラップも加わって、温かな空気がアリーナ内に充満した。
「1年ぶりに横浜アリーナに戻ってきました。私も今年、66ちゃいになりました。みんなに会えて良かった」という桑田の言葉に、温かな拍手が起こった。今回のセットリストはベストアルバム『いつも何処かで』収録曲中心に構成されている。つまりソロでの35年のキャリアを凝縮した内容になっていた。音楽によって、過去と現在と未来とをつないでいくようなステージでもあったのだ。
ジングルベルが鳴り、雪が降り、サンタ姿のダンサーも登場し、「MERRY X’MAS IN SUMMER」へ。魔法のような瞬間が訪れて、音楽の“時空を超える機能”を堪能した。途中から唱歌の「お正月」が入ってきて、桑田と瀧廉太郎のメロディが融合。サンタのソリは宝船と化していく。クリスマスと正月が一緒にやってきたかのような遊び心あふれる演出が楽しい。さらにドリーミーな「可愛いミーナ」へ。どの曲も個性が際立っている。基本的な構成は東京ドーム公演の際とほぼ一緒だが、歌も演奏もさらにブラッシュアップしていると感じた。包容力あふれる曲はさらに懐が深くなり、ガツンと来る曲はさらに威力が増していた。メンバー全員が日々、研鑚を積んでいるということだろう。
「真夜中のダンディー」では、《隣の空は灰色なのに》というフレーズが今の時代とリンクして響いてきた。きな臭い時代に、音楽の狼煙が立ち上ったかのようだ。不穏な空気を一掃するようだったのは「明日晴れるかな」。2007年の曲だが、今の時代を照らす希望の歌のようにも響いてきた。温かみのある桑田の歌声とバンドの演奏が染みてくる。せつない歌声が染みてきた「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)」、横浜で演奏されることで特別な空気が漂っていた「ダーリン」などなど、どの曲もみずみずしい輝きを放っていた。
バンドサウンドの醍醐味も堪能した。斎藤誠のギターソロで始まった「NUMBER WONDA GIRL~恋するワンダ~」では、桑田もギターを弾きながらシャウト。タフなボーカルとカラフルなコーラス、骨太なアンサンブル、ソリッドなグルーヴにアリーナが揺れた。ツアーの日々で研鑚を積み重ねたバンドサウンドは強靱かつ柔軟だ。レッドツェッペリンの「天国への階段」のイントロを導入部として、ご当地ソングの「赤い靴」が始まり、「SMILE~晴れ渡る空のように~」に繋がる流れも鮮やか。雲が去り、光が差し込んでくるようだった。壮大さと身近さを備えた希望の歌がアリーナ全体を包み込んでいく。
アコースティックコーナーでは、フォーキーな「鏡」、風が吹き抜けるような開放感が漂う「BAN BAN BAN」、グルーヴィーでエモーショナルな「Blue~こんな夜には踊れない」を披露。お馴染みの曲が新たなアレンジで、新鮮な表情を見せている。これも音楽の楽しみのひとつだ。
中盤では最新曲の「なぎさホテル」と「平和の街」が演奏された。「なぎさホテル」は不思議な曲だ。ノスタルジックでドリーミーでファンタジックなナンバーだが、過去と現在と未来の境界線が曖昧になっていくような質感を備えている。浮遊感の漂う演奏に身を任せるのが気持ちいい。「平和の街」はスタンダードポップスのテイストを備えた曲。桑田の朗らかな歌声とヒューマンなバンドサウンドが聴き手の胸に炎を灯す。最後の桑田のフェイクにもグッときた。
「現代東京奇譚」では、人間の業や性に肉薄するようなディープな歌声に聴き入った。強く胸を揺さぶられたのは「ほととぎす [杜鵑草]」だ。桑田の歌声がどこまでも優しく温かく響いてきた。歌うことは大切な存在と再会すること、そして聴き手にも大切な存在と再会させること。歌い終わった瞬間にスクリーンに映った桑田のいとしさあふれる表情にも胸が熱くなった。慈愛に満ちた歌声と丹念な演奏とが聴き手の胸の中を浄化していくようだった。
終盤も名曲名演奏の連続。昭和のパワーを現代に引き継いでいくようだったのは「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」だ。アントニオ猪木への哀悼の思いも込めて、赤いタオルを首にかけての熱唱。派手な電飾をイメージした映像からも、昭和を彷彿させるエネルギーがほとばしっていた。ソロの始まりの曲にして屈指の名曲「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」では、会場内が高揚感に包まれた。悲しい気持ちを描いた歌が、こんなにも楽しい気持ちをもたらしてくれるところにも音楽の魔法がある。観客も一緒に10回ジャンプしてのフィニッシュ。
桑田とバンドの演奏によって異空間へとワープする気分を味わったのは「ヨシ子さん」。切れ味抜群のセカンドラインのリズムに乗って、演奏が始まると、客席からもハンドクラップが加わった。アリーナに混沌としたエネルギーが渦巻いていく。歌詞の中に《家内安全》《無病息災》《新年もよろしく》などのフレーズも混ぜつつ。音楽による“お守り”と言いたくなるような、御利益たっぷりの演奏だ。美空ひばりが“降りてきた”設定での「真赤な太陽」からの本編最後の展開も見事だった。さんざんMCで「波乗りの曲はやりません」と前フリしておきながら、「波乗りジョニー」へ。お約束なのか、お約束を破ったのか、定かではないが、全員がハッピーな気分になったのは間違いないだろう。大団円で本編終了。
アンコールは「ROCK AND ROLL HERO」から。2002年発表曲だが、20年経った今もこのシニカルな歌詞がぴったり当てはまる。センターに桑田、左に斎藤誠、右に中シゲヲという布陣でトリプルギターを披露する場面もあった。続いては、炎が上がる中で「銀河の星屑」。疾走感あふれるスリリングな演奏に、会場内が白熱していく。さらにスケールの大きなミディアムロックの名曲「白い恋人達」へ。観客のリストバンドライトの白い光が星のようにきらめいている。天井と客席に設置されたミラーボールの光がきらめている。雪や星のような澄んだパワーを備えた歌声が降り注いでくる。アンコール最後は「100万年の幸せ!!」。会場内のハンドクラップも一体となっての歌と演奏だ。会場内のすべての人に笑顔をもたらすハッピーなエンディングとなった。
「素晴らしい新年を迎えてください。来年お会いできることを楽しみにしています。いいことばかりじゃなくて、大変な年で、悲しいお別れ、寂しいお別れもありました。闘魂タオルを巻いて、猪木さんに成り代わって、ご唱和させていただきます」という桑田のMCに続いて、会場内の1万3千人も一緒になって、「イチ、ニッ、サン、ダァー!」と唱和してライブは幕を閉じた。
朗らかな歌と演奏の数々が、胸の中に蓄積していた澱んだ感情を吹き飛ばしてくれるようだった。今の時代にリアルに響く歌がたくさん演奏された。郷愁が漂う曲も目立っていた。しかし、それらの曲も、“昔は良かった”で終わらないところに、このステージの素晴らしさがある。ノスタルジックなナンバーを“今の全力”で演奏することにより、過去と現在とが繋がっていることを実感できたからだ。過去と現在と未来のかけがえなさを等しく感じさせてくれるステージ。過去の思い出を糧として、現在を生き、未来に向かっていくことの尊さを、桑田佳祐の歌の数々が示していた。
取材・文=長谷川誠 撮影=関口佳代