井上恵美子×下村由理恵×石川雅実に聞く~心に響く感動作『家路』が秘める、現代舞踊の魅力とは

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2023.3.10
2014年 アートダンスカナガワ『家路』 撮影:スタッフ・テス

2014年 アートダンスカナガワ『家路』 撮影:スタッフ・テス

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現代舞踊協会主催・制作による2023 都民芸術フェスティバル参加公演 現代舞踊公演『家路』が2023年3月14日(火)、15日(水)渋谷区総合センター大和田 さくらホールにて行われる。2011年11月に初演された『家路』は、故郷を失った人間の姿を鳥たちに重ね、彼らの喜怒哀楽を情感豊かに描き出して感動を呼んでいる。このたびが初となる東京公演では、バレエや舞踏の大物出演者と共に、さらに深まった舞台を創り上げる。演出・振付の井上恵美子とメインキャストのなかから下村由理恵石川雅実に本作の上演の軌跡や意気込みを聞いた。
 

■東日本大震災の被災者に心を寄せて生まれた『家路』

――『家路』は2011年3月に起きた東日本大震災の被災者に思いを寄せて創られたそうですね。創作の経緯をあらためてお聞かせください。

井上恵美子(以下、井上):津波で家屋が流され、田畑まで土砂で埋め尽くされるのを映像で観ていました。原子力発電所の事故もあってハラハラしました。すぐにでも東北に行きたかったのですが、その年の8月にようやく訪れました。宮城の松島に行ったとき、島にかかっている赤い欄干に、一羽のかもめが止まり遠くを見ていました。鳥も被害にあったんだなあと。当時、震災をテーマにしている作品は多かったのですが、私は人間を鳥に置き換えました。2011年11月、川崎市アートセンター アルテリオ小劇場で行った井上恵美子ダンスカンパニー公演で初演しました。出演者は13人と本当に少なかったです。1人で3役とかもしましたね。私は鳥たちのリーダー役と老鳥役を踊ったし、"故郷を思う2つの心"も踊りました。

井上恵美子

井上恵美子

――故郷を失った鳥たちの姿を描き、子鳥を思う母鳥や老鳥も出てきます。そういったエピソードはどこからとりましたか?

井上:震災で大変だったのは、病気の方や年を取った方たちが逃げられないことでした。彼らを助けに戻った家族が犠牲になったりしました。老人は一番被害にあいやすい立場にあるんだなと。あと母鳥はお母さんが瓦礫のなかにたたずんで、遠くを観ている写真がありましたが「きっとお母さん、子どもを亡くしたんだろうな」と思って。そこからうまれました。

――初演時の反響はいかがでしたか?

井上びっくりするくらいよかったです。業界紙の年間ベスト5に入れていただいたりもしました。うちのカンパニーで練習するときは稽古を毎日やるんです。手塩にかけてやるには、4か月間訓練して訓練して訓練して時間をかける。それが『家路』と重なる。『家路』のテーマは「すべての人々を必ず故郷に連れて帰る」です。そこにダンサーを重ねて創るので、皆一生懸命やってくれています。今回は皆を引き連れて帰るリーダー役の由理恵さんにかかっています。

2011年 井上恵美子ダンスカンパニー公演『家路』 撮影:スタッフ・テス

2011年 井上恵美子ダンスカンパニー公演『家路』 撮影:スタッフ・テス

2014年 アートダンスカナガワ『家路』 撮影:スタッフ・テス

2014年 アートダンスカナガワ『家路』 撮影:スタッフ・テス

 

■神奈川、愛知で再演を重ね大好評、感動の輪がどんどん広がる

――初演は好評を博し、2014年10月、神奈川県芸術舞踊協会のアートダンスカナガワvol.10として神奈川県民ホールで上演されました。このとき、トップバレリーナである下村由理恵さんが鳥たちのリーダー的存在を踊りました。その経緯は?

井上:このときはモダンだけでなくバレエのダンサーも出ました。由理恵さんに関しても神奈川の先生方に薦められました。光栄なことに「井上先生に似てるのよ!」と(笑)。全舞連(全日本舞踊連合)の公演で由理恵さんは『パ・ド・カトル』に出演され、私は『かもめ食堂』で食堂のおばちゃんやったときに少しすれ違っていましたが、d-倉庫(東京・日暮里にあった小劇場)まで中村しんじさんの作品に出ていらした由理恵さんを観に行きました。すると確かに少し若い頃の私に似ていた(笑)。おちゃめなところがあったので安心してお願いしました。

下村由理恵(以下、下村):ありがとうございます!

下村由理恵

下村由理恵

――神奈川での上演時の思い出をお聞かせください。

井上:初演のアルテリオ小劇場でやったときは、客席が近かったのでドラマを見せようと思いました。でも、神奈川県民ホールは広くてドラマはやり難い。そこで、男性も出して雪も延々と10分くらい降らせたりしました。エンタテインメント的にお客様を喜ばせようと思ったんです。私は基本的に大道具とか小道具を使わず、踊りで魅せる主義です。私の師匠は芙二三枝子ですが、芙二先生は群舞構成が凄い。うねりがあってマジックのようでした。私はそれを踊ってきたので、あのようになりたいといつも願っています。

――そこに下村さんが出たわけですよね。

井上:華やかでした。『かもめ食堂』のおばちゃんの私が出るよりも華やかです(笑)。

下村:(笑)。

2011年 井上恵美子ダンスカンパニー公演『家路』 撮影:スタッフ・テス

2011年 井上恵美子ダンスカンパニー公演『家路』 撮影:スタッフ・テス

――下村さんは日本を代表するバレエ・ダンサーとして数々の古典バレエに主演されるだけでなく、創作作品もたくさん踊られてきました。井上先生の『家路』に出られた印象は?

下村題材が心に沁みました。井上先生の作品は動きでも魅せるけれど、ハートがあるじゃないですか? 「伝える」ということの大切さに共感しました。先生が踊っていらしたパートを私が踊らせていただくことは、プレッシャーでもあり光栄でもあります。どれだけ先生の要求がこなせるかという挑戦ですよね。そういう機会をあたえていただけるのはうれしかったです。

――ご苦労された点は?

下村クラシックの動き方と全然違いました。井上先生が「振りを変えましょうか?」といってくださいましたが、「挑戦させてください」と答えました。できなくて当たり前だから苦労というよりも挑戦でしたね。

井上いっぱい稽古にきてもらったね!

下村不安もありましたが、もっと先生の要求についていきたいという思いでした。

――舞台で踊られての感触はどのようなものでしたか?

下村:どの程度できたのかは分からなかったですが、やってよかった。楽しかった!

井上本当に?

下村音楽(ドヴォルザークの「新世界」など)も素晴らしかったです。

2014年 アートダンスカナガワ『家路』 撮影:スタッフ・テス

2014年 アートダンスカナガワ『家路』 撮影:スタッフ・テス

――2019年1月、現代舞踊協会中部支部が【芸創コラボ】名古屋市芸術創造センター連携企画公演として取り上げました。中部支部は当時の支部長だった関山三喜夫先生(2021年没)をはじめとして、ベテランから若手まで多彩な面々です。その際に主演した石川雅実さんは中部屈指の実力ある舞踊家・指導者として知られています。名古屋での舞台はいかがでしたか?

井上文化庁の劇場・音楽堂等活性化事業の一環で、3年半くらい前に話がありました。上演作品に関しては私の方から『家路』を提案しました。あれはあれで大変でしたね。中部支部の方々の踊りをあまり知らなかった。でも、雅実さんのことは知っていて実力も分かっていたので、私と由理恵さんがやったリーダー役をお任せできました。

石川雅実

石川雅実

石川:井上先生にご指導いただけてうれしかったのですが、よく考えると「井上先生と由理恵さんのやられた役をやることになるぞ」という不安が頭をよぎりました。でも、先生からご指導いただいて、自分らしさが出せればいいなと思いました。結果、やってよかったですし、お金では買えないものを吸収できました。私の教え子たちや指導しているダンス部の生徒たちも泣いた子がほとんどで、「もう一度見たい!」と感動を綴った感想文をくれたりしました。見ていて自分も同じ気持ちになれる。15歳、16歳の子たちでも涙なしに見られなかったんです。
 

■満を持しての東京公演へ

2023 都民芸術フェスティバル参加公演 現代舞踊公演『家路』チラシ

2023 都民芸術フェスティバル参加公演 現代舞踊公演『家路』チラシ

――初の東京公演が都民芸術フェスティバル参加の現代舞踊公演として行われます。そちらに向けての思いをお話しください。

井上:都民芸術フェスティバルに参加するにあたって「協会を挙げて何か一つの作品を」と考えてきました。そして今回、皆さんの賛同を得て『家路』をやらせていただくことになりました。オーディションにはバレエ、コンテンポラリーの方も来ましたね。老鳥には当初から大駱駝艦の村松卓矢さんにお願いしました。今までにない老鳥ができるのではないかと。

今回、12年前の東北と今は違っていると思ったので、もう一回行かなければと考えました。福島では現地に住んでいらした横山慶子先生と横山真理さんに案内してもらい、宮城では平多浩子先生にお世話になりました。被災地では、そのままになっている場所もあれば更地になっているところもあります。請戸海岸って、ご存知ですか? 津波があったけれど小学校だけが残った海岸に連れていってもらったんです。そうしたら、7、8メートルくらいの高い堤防が続いているんですよ。そして、海と空がきれいなの。でも、しばらくしたら寒々しくなって、この世に私一人しかいないような感じがしたんです、不安というか、恐怖というか、ザワザワする気持ちがするのはなぜだろうと思ったんですね。海を見ていると、海に襲われているような感じがする。海と共生していた人たちの生活は全然ないわけです。どこへ行くんだろう、何をしているんだろうと。

そういうものが、今度の『家路』を創っていて出るわけです。ちょっと心境が変わってきました。でも、お客さんに不安をあたえたくはありません。以前は最後から2番目のパートを「希望」としていたのですが今回は「祈り」にします。この先、それぞれが「帰りたいけど帰れない、なんとか今いるそこで生きていってほしい」と願っています。

村松卓矢(大駱駝艦)

村松卓矢(大駱駝艦)

下村:井上先生が12年経った今の福島の状況をお話しくださいますが、前回私が踊ったときとは全然違うんですよね。だから、私たちの心の持ち方も変えないと、先生とずれてしまう。私たちがもう一段団結する必要があります。振付家の先生が考えていることを表現するのが私たちなので、井上先生が求めていることをもう一回見直さないといけないですね。せっかくこのテーマでやるのであれば、他人事ではなく、自分たちにあったことかもしれないということを忘れてはならない。今の8歳、9歳の子は震災を知らないわけですよ。私たち演者が思いをこめて表現しないといけないなと今あらためて思いますね。

井上:この間、由理恵さんが皆の前で一人で踊ってくださったでしょう? 本気で踊っている人の姿を見ると、ダンサーたちもその気になる。やっぱりやってみせる、本気で踊ってみせるというのは、形だけじゃないんだというのが分かる。

石川:12年経って変わってきたものを、もう一度私たちが再認識して伝えなければいけません。私の場合、今回は母鳥をやるので、また違う角度で『家路』に向き合うことができています。若い人たちは感情を出すのが苦手かもしれませんが「上手いだけではいけないよ」と伝えたい。踊りとか作品に対する向き合い方を、もっと伝えていきたいです。

リハーサル風景

リハーサル風景

リハーサル風景

リハーサル風景

 

■現代舞踊ならではの魅力とは?

――井上先生は幼少から日本舞踊・バレエに親しんだ後に現代舞踊の道に入られました。下村さんは先ほど名が出た中村しんじさん、それにハンダイズミさんの作品に出られたりもしています。石川さんは舞踊家・振付家であると同時に高校のダンス部などでの指導にも定評があります。それぞれの立場から考える現代舞踊の魅力とは何でしょうか?

井上:バレエは小さい時から皆トウシューズを履きたがるし、チュチュがきれい。ただ、今のお母さんたちは無料体験があるからいろいろ調べるんです。その中でうちのスタジオを選んでくださる方は「楽しかった」と。あと創造性というのかな、子供がいきいきしていると。

下村:現代舞踊の魅力というと、ハートでしょうか。ドラマティックなのと、間(ま)がある。クラシック・バレエにももちろん間がありますが、ステップと音は全部決まっているんです。でも、現代舞踊の場合、井上先生がご指導してくださるみたいに人間味を感じます。

井上:そう、人間的。人間そのものが出てくる。

下村:だから幅広く表現できるのではないかと。

井上:舞台装置でできないことを構成でやるんです。グループがどのように動いていくか。「うねりがあったね!」と感動するじゃないですか。感動ですね。感動しないものはね…。

石川:井上先生が「人間性」とおっしゃられましたが、私も生徒たちに「その人の心が必ず踊りには出る」と伝えています。踊りに取り組む時間を大切にしてほしい。井上先生の『家路』には先生の人生が吹き込まれているので、それを大切にしたいです。

【予告編】2023都民芸術フェスティバル参加 現代舞踊公演「家路(いえじ)」

取材・文=高橋森彦

公演情報

2023 都民芸術フェスティバル参加公演 現代舞踊公演『家路』

演出・振付:井上恵美子
出演:下村由理恵 村松卓矢(大駱駝艦) 石川雅実 ほか

協賛:チャコット株式会社 主催・制作:一般社団法人現代舞踊協会
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
都民芸術フェスティバル 主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団

 
日時:
2023年3月14日(火)・15日(水)
両日共に2回公演
<マチネ>開場14:15/開演15:00
<ソワレ>開場18:15/開演19:00
会場:渋谷区文化総合センター さくらホール(4階)


全席指定 4,100円(税込)
<各種割引>
・学生割引1,000円(税込)
・U-25(25歳以下)割引3,100円(税込)
現代舞踊協会に事前予約をお願いします。
※定員になり次第締切。
※ご来場時に学生証/年齢を証明するものをご提示いただきます。
・障がい者割引2,000円(税込)
現代舞踊協会に事前予約をお願いします。
※介助者1名まで別途2,000円(税込)でご観覧いただけます。
※車椅子をご利用の際はお知らせをお願い致します。

 
撮りおろしドキュメンタリー映像
「家路」製作までの道のり

監督:前田哲 カメラ:奥定正掌
取材協力:東日本大震災・原子力災害伝承館 震災遺構浪江町立請戸小学校
特別協力:横山真理(元福島県浪江町在住の舞踊家)
2023年3月中旬より「現代舞踊協会チャンネル」で無料公開予定!
https://www.youtube.com/channel/UCSGTIinmYEwu7i048OGxBYQ

お問い合わせ:一般社団法人現代舞踊協会 TEL 03-5457-7731
公式サイト:https://www.gendaibuyou.or.jp
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