歌舞伎座に見参!松本幸四郎インタビュー 歌舞伎版『鬼平犯科帳 血闘』でみせる“今の鬼平”
松本幸四郎 (撮影:塚田史香)
2025年7月5日より歌舞伎座「七月大歌舞伎」にて、松本幸四郎主演の新作歌舞伎『鬼平犯科帳 血闘』が上演される。
池波正太郎の代表作『鬼平犯科帳』は、火付盗賊改方の長谷川平蔵が、仲間の同心や密偵とともに悪と戦う時代小説だ。1969年、初代松本白鸚(幸四郎の祖父)が長谷川平蔵役で主演し、ドラマ化された。1989年以降は、二代目中村吉右衛門(幸四郎のおじ)が、平蔵を当たり役としてきた。2024年からは、当代の幸四郎主演により新シリーズがスタート。ドラマ版、映画版を経て、7月に歌舞伎となって上演される。
今回の歌舞伎化にあたり、タイトルには「二代目中村吉右衛門に捧ぐ」と冠されている。これについて記者会見で、幸四郎は「プレッシャー以外のなにものでもありません」と語りつつも、「自分としては『今の鬼平は僕です』という気持ちで、映像の『鬼平犯科帳』を作ってきた」、「今自分が作る鬼平で、皆さまに十二分に、二代目吉右衛門を思い出していただきたい」と意気込みを語った。
SPICEでは、幸四郎に歌舞伎版の見どころ、長谷川平蔵という人物の魅力、そして「今の鬼平」に込める思いを聞いた。
■幸四郎、七作目の平蔵は歌舞伎座で
——長谷川平蔵は、火付盗賊改方(幕府の役職。放火や強盗などの凶悪犯を取り締まる)のお頭です。平蔵にどのような魅力を感じますか?
完全無欠のヒーローとは違い、人間らしさを感じます。それが平蔵の魅力ではないでしょうか。騙されることも悩むこともある。感情的にもなる。後悔するときもある。「本所の銕(てつ)」と呼ばれていた青年時代は、無頼な生き方をしていました。「自分も悪いことをしてきたから、悪い奴を嗅ぎつけられる」とも言っており、自分の過去を隠しません。信念があり、どこかパンクな生き方に感じます。また凶悪犯にもまず人として相対する強さ、そこで起こる出来事を受け止める強さもある。本当に強くなければ、悪に吸い込まれてしまいます。やはり強い男なのでしょうね。
——平蔵を演じるうえで、特に意識することはありますか?
「鬼の平蔵」というあだ名が、江戸中に知れ渡るほどの人物です。「鬼と言われるだけのことはある」と、お客さんにご納得いただける鬼平をお見せしたいです。
それは平蔵が火付盗賊方の装束で悪に立ち向かう時の、形相や圧から表れるものもあるでしょう。銕三郎時代を描くことで、見えてくるものもあると思います。鬼平シリーズは、基本的に捕まる側が主役。しかし、歌舞伎版の原作となる「血闘」では、平蔵自身にスポットが当たります。そして「本所の銕」時代と「鬼の平蔵」時代、どちらの平蔵にも相対するのがおまさです。
——平蔵にとって、おまさはどんな存在なのでしょうか? 元恋人といった関係とも違うのですよね?
少なくとも映像版の鬼平に、そういう感情はみられませんよね。年齢が10近く違いますし、若い頃の年の差は、より大きく感じるもの。兄や親に近い感覚かもしれません。銕三郎が、武士の家に生まれながら家を出て、荒れた生活をしていた頃にも、「何やってんだ。駄目だよ!」と言ってくれるのが、おまさでした。銕三郎にとっておまさは、自分が自分でいられる場所だったのかもしれません。おまさの存在が、自分を諦めさせないでくれた。男女の思いも超えて、人が人を必要とする。そういう絆があったのでしょう。そして20数年経ち、親のあとを継いで火付盗賊改方の鬼平となり、ふたりは再会するのですが……。今度は平蔵が、おまさに生きる意味を持たせられる存在になっていきます。
■銕三郎を描き、「鬼の平蔵」の鬼を描き出す
——ドラマ・映画版に続き、銕三郎を市川染五郎さんが演じます。親子で1人の人物を演じることについて、お聞かせください。
染五郎の方が、銕三郎愛が強いんです(笑)。彼は、反射的な反応に表れるものがあるのではないか、と話していました。たとえば平蔵は、青年時代も火付盗賊改方の頭となってからも、夜鷹を当たり前に人として扱います。それは「こう言えば喜ぶだろう」といった打算ではなく、「だってお前も人じゃないか。俺だって人だよ」という素直な思いによるもの。それが夜鷹の心を動かします。平蔵の自然な行動、言葉が人の心に残り、人の心を変えて生き方も変える。「平蔵とはそういう存在では」といった話をしました。そして染五郎は、「銕三郎時代にも、その片鱗が見えるのではないか」とも。今回僕は構成・演出の立場として、そこも大事に創りたいと思いました。お客さんには、どこかで「この銕三郎が、後に鬼の平蔵になったんだな」と繋がって見ていただけたらいいですね。
——今回の歌舞伎版ならではの見どころをお聞かせください。
『鬼平犯科帳』は激しい殺陣が特徴です。「血闘」では平蔵としては珍しい、感情的な殺陣を歌舞伎の立廻りでおみせします。また、歌舞伎は音楽的要素の強い演劇です。音楽にのせて進む芝居に、映像版とは違う魅力を感じていただけるのではないでしょうか。全体の音楽は、尺八奏者で作曲家のき乃はちさんにお願いしています。そして、ジプシー・キングスの「インスピレイション」は、和楽器アレンジなどではなく、ずばりあの曲を使います。それが流れる歌舞伎を創る、というのは今回の大きな柱の一つです。
——「血闘」は映画版の原作にもなりましたが、今回、原作の小説とも映画とも違うオリジナルの要素があるそうですね。
池波正太郎さんの事務所にもご理解いただき、原作では回想で語られるだけだった銕三郎時代を、クローズアップして再構成しています。登場人物も原作そのままではありません。たとえば市川團十郎さんには、オリジナルの役で出演いただきます。悪い役です(笑)。市川中車さんに演じていただく同心の小柳安五郎は、原作の「血闘」には出ていません。しかし播磨屋のおじ(吉右衛門)の第1、2シリーズ(1989~1991年放送)で、おじの鬼平に仕えていた同心小柳を演じていたのが中車さんでした。そして父(松本白鸚)が、劇中では平蔵の父・長谷川宣雄を勤めます。鬼平シリーズでお馴染みのキャラクターも総出演しますので、小説やドラマの鬼平ファンの方にも歌舞伎ファンの方にも、様々にお楽しみいただけると思います。
歌舞伎座の場内で撮影された特別ビジュアル。(撮影:永石勝)
■今の鬼平は僕、に込める矜持
——記者会見での「今の鬼平は僕です」とのコメントには、覚悟が滲んで感じられました。あえて言葉にすることに、少なからず勇気もいったのではないでしょうか。
僕が五代目鬼平をやらせていただくことになった時、その発表の場で、歴代の鬼平を紹介した上で、「さて五代目の新たな鬼平は……」という紹介をしていただきました。歌舞伎の襲名に近いものがありますよね。運命みたいなものを感じました。五代目を引き受けた時から覚悟はありましたし、勇気がなければ、そもそも引き受けられなかったとも思います。歌舞伎でも、襲名した以上は「今の幸四郎は僕です」と言い続け、舞台に立ち続けるしかありません。ただ……「今の」と言いながら「今も」、時代劇専門チャンネルではおじの鬼平が、たびたび再放送されているんです。
——放映スケジュールによっては、幸四郎さんの平蔵と、デジタルリマスター版の吉右衛門さんの平蔵を、1日で観られます(笑)。
どうぞ比べて観てください、ということですよね(笑)。池波さんの小説は、時代を超える名作です。そして今の時代に、自分が新たな『鬼平犯科帳』を作らせていただけるのは、代々の鬼平があってのこと。二代目吉右衛門に捧ぐ――。「捧ぐ」って、どういう意味なんでしょうね。「偲ぶ」ではなく「捧ぐ」。僕も代々を観くらべますし、今でも「おじの鬼平は本当に面白い、素晴らしい」と感じます。その感情はそのままに、「今の鬼平を作っているのは、自分たちだ」という誇りを持ち、一作一作を大事に作っていきたいです。
——本作は、時代劇ファンの方が、歌舞伎座に足を運ぶきっかけに。そして歌舞伎ファンの方が、時代劇を見るきっかけにもなりそうです。今後、時代劇でやってみたいアイデアはありますか?
江戸時代って、たとえば江戸中の人が「鬼平」の名前を知ってはいても、目の前で「俺が鬼平だ!」と名乗られない限り、目の前にいるのが鬼平だと分からない世界なんですよね。人と人が直接会うことの重要度が、今とまるで違います。会わなきゃ始まらない世界だった。季節の移り変わりにも敏感だったでしょうし、移動には時間がかかっていた。夜は月明かりがなければ本当に闇だった。現代とはまるで違う生活感覚を意識することで、また違う時代劇の作り方ができるかもしれないと考えたりします。今はもう、江戸時代の人々がどんな暮らしをしていたか、実際に知る人はいませんよね。時代考証が必要なところはありつつも、ある意味、フィクションとして自由に創れるのではないでしょうか。
——時代劇の枠組みの中で、新感覚の面白さが生まれそうです! 時代劇も歌舞伎も、世代をこえてこれからも楽しまれてほしいですね。
祖父が演じた、初代平蔵の『鬼平犯科帳』を観ると、芝居のテンポがとても速いんです。喋り方も今よりも遥かに早い。観ている方の違い、時代の変化かもしれませんし、演じる側の変化もありますよね。祖父の時代は、日常的に「着物なら、こういう時はこう振舞う」を知る生活が残っていました。今はその生活が身近にはなくなり、時代劇でやるとなると座り方、歩き方、戸の開け閉め一つとってもあくまで所作としてやることになる。「ここはこういう形」と演じる部分が増えてくると、どうしてもテンポはゆっくりになっていくのかなと。
——時代劇や歌舞伎の世話物で、ご自分の芝居のテンポを少し上げてみようと思うことも?
思う時もあります。世話物には、江戸時代の人たちの生活感がなくてはいけませんよね。特に池波さんの作品には、生活感から生まれる風情が必要です。そう考えた時、たとえばあの時代の人が、キセルを“いかにも所作”な形で吸うだろうか。日常の仕草なら、もっと雑に扱っていたかもしれません。雑さもあるのが生活にも思えます。今ご覧くださる方に伝わるように、所作をどこまできっちりやるか。そんなこともどこかで考えながら、やっていきたいです。
7月は「歌舞伎座のこの客席をお客様でいっぱいにしたい」と力強く語っていた。松本幸四郎主演『鬼平犯科帳 血闘』は、歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部にて、7月5日(土)から26 日(土)まで。
ヘアメイク:林摩規子
ブランド名 ラ・メール/ラ・メール 0570-003-770
スタイリスト:川田真梨子
衣装協力ブリオーニ/0120-200-185
取材・文・撮影:塚田史香
公演情報
■会 場:歌舞伎座
二代目中村吉右衛門に捧ぐ――
池波正太郎 作
松本幸四郎 構成・演出
戸部和 久 脚本・演出
主な出演:松本幸四郎、市川染五郎
市川團十郎、市川中車、坂東巳之助、市川門之助、市川高麗蔵、中村又五郎、中村雀右衛門
松本白鸚
■一般前売:6月14日(土)午前10時より電話予約・WEB 受付開始
放送情報
【放送】
2025年7月27日(日) 19:00
時代劇専門チャンネルにて独占放送