18本のサクソフォンで〝お祭り〟騒ぎ!? 上野耕平がデビュー10周年に贈る異次元のサクソフォン・ワールド!【レポート】
デビュー10周目を迎えたサクソフォン奏者の上野耕平が2025年10月18日(土)、東京・せたがやイーグレットホールで『〈室内楽シリーズ〉 上野耕平 サクソフォン・ワールド』を開いた。ピアノに盟友・山中惇史を迎えた1部では郷愁を誘う「赤とんぼ」を披露。2部では10代から互いの存在を知る4人で結成したThe Rev Saxophone Quartetの一員として、〝18本のサクソフォン〟を持ち替えて「動物の謝肉祭」(C.サン=サーンス)を演奏。異次元の音色で聴衆を酔わせた。
18本のサクソフォンが並ぶ光景は圧巻!
穏やかな秋晴れの日。100年前に開業した東急世田谷線に揺られ、住宅街の中にある会場を目指した。最寄り駅を降りると秋祭りの真っ最中。楽器のケースを手にした学生らと共に賑わいを抜けると世田谷区の花「サギソウ」(英名:イーグレットフラワー)から名を取ったホールに到着した。
開演時刻の午後3時を少し過ぎた頃、アルトサックスを首から提げ、ソプラノサックスと、ソプラニーノを手にした上野が、ピアノの山中惇史とにこやかにステージに入ってきた。持っていた2本をステージに置くと、スッと空気が変化。1音で上野の世界に引き込む「熊蜂の飛行」(N.A.リムスキー=コルサコフ)で音楽の冒険がスタートした。
最初に演奏した「熊蜂の飛行」の編曲を手がけたのは坂本龍一の遺伝子を継ぐ者として評価されている音楽家の網守将平。10月にスペインで開催された世界三大ファンタスティック映画祭の1つ「シッチェス・カタロニア国際映画祭」で中田ヤスタカと手がけた映画『8番出口』の楽曲が、コンペティション部門で最優秀音楽賞を受賞した異才だ。
上野のために編曲した同曲は、ジャズの要素を盛り込むなど斬新なアレンジが魅力。山中との掛け合いは、熊蜂が飛び回る様子を、上野の細かいタンギングは、熊蜂が羽をこすり合わせる姿を思い出させた。特殊奏法をさく裂させた1曲目を終えると、マイクを手に「こんにちは。ようこそお越しくださいました」と満員の客席にあいさつ。「とんでもない熊蜂の飛行でしたね。知っているメロディーは最初だけって言う」と呼びかけると、会場から笑いが起こっていた。
ソプラノサックスに持ち替えた2曲目は、上野が東京藝術大学で同期だったという逢坂裕が、上野のために2016年に書き下ろした「ソプラノサクソフォンとピアノのためのソナタ エクスタシス」。華やかな冒頭から体を大きく左右に揺らして、空間に音の絵を描いていく。高みへと疾走し、たどり着いた多幸感。「エクスタシス」の名の通り伸びやかで美しい響きが恍惚感を生み出していた。
3、4曲目は4月にリリースしたアルバム『eclogue』に収録した「Eclogue(エクローグ[田園詩])と「赤とんぼ」を続けて演奏。1988年生まれの作曲家・旭井翔一が客席で見守る中、「あまり日の目を見ない楽器」とソプラニーノサクソフォンを手にすると、透明感あふれる音を丁寧に編み上げていく。季節によって変化する風や雲、雪解け水を想像させ、ピアノとサクソフォンで大自然を描いていった。
山中惇史
4曲目に選んだ「赤とんぼ」は、山田耕筰の童謡を山中が編曲した作品。演奏前に上野は「山中との出会いの曲」と説明した。山中のXでバイオリンとピアノ用にアレンジされた「赤とんぼ」を聴いた上野は「いつかサクソフォンで演奏したい」と願ったそう。「そこから8年ぐらい経って、やっと『演奏しても良いよ』と許していただいた。僕自身の成長を感じます」と笑顔で曲のエピソードを明かした。
誰もが知る旋律を歌うように奏でていく。聴き手の思い出に寄り添うような優しい音色で包み込むと、小さな赤とんぼが仲間と飛び交う様子が目に浮かんだ。なめらかな旋律を、顔色1つ変えずに生み出す上野の異次元の演奏に、聴き手も全集中で向き合っていた。山中のピアノ、上野のサクソフォン。1音も聴き逃したくないと感じる全身全霊の演奏。最後の1音が消え、上野がサクソフォンから唇を離すまで誰も動こうとしなかった。
割れんばかりの拍手の中、最初に口を開いたのは山中だった。「いや、素晴らしかった」と称えると、上野は「えっ。本当ですか?」と思わぬ反応。山中は「レコーディングよりも良かった。何回か演奏しているけど、今日が一番良かった。演奏していてうれしくなっちゃいました」と無邪気な表情。編曲者からの称賛に口元を緩めた上野は「書いた人にそう言ってもらえるのは何よりです」と喜んでいた。元はバイオリンのためにアレンジされた楽曲。演奏中はクールな表情を見せていたが「あと一小節長かったら、僕ここで倒れています。ギリギリです」と裏話も。山中も「僕も死なないかなと思っていました」と同調し、客席から笑いが起こっていた。
山中とのデュオの最後に選んだのは、「Eclogue(エクローグ[田園詩])を作曲した旭井の「サクソフォンとピアノのためのソナタ第1番 第1楽章」。旭井が五線譜に刻んだ〝喜びを感じる音楽〟には「同じ時代を生きているからこそ感じられるものがある」と上野は言う。ステップを踏みたくなるような軽やかなメロディーは、100年後、200年後にクラシックと呼ばれる令和の作曲家が生み出した宝物だ。過去と今をつなぎ、未来を感じさせる楽曲にもっと触れたいという思いが胸に生まれた。
20分の休憩中、ステージの上は大忙しだった。山中が演奏していたベーゼンドルファーのグランドピアノを下げると、4本のスタンドマイクを横並びに置いて、次の展開を待つ。まずソプラノサックスとソプラニーノの2本を持った上野が1人で登場すると「お待たせしました」とあいさつ。東京藝大在学中だった3年生の時に結成したサクソフォン四重奏「The Rev Saxophone Quartet」の紹介を始めた。メンバーは宮越悠貴、都築惇、田中奏一朗と上野の4人。この4人でソプラニーノ、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンなど18本のサクソフォンを持ち替え演奏するという。ステージとステージ袖を行き来し楽器を運ぶ面々。上野は「運ぶのも大変。組み立てるのも大変。そして片付けるのも大変」と〝大変づくし〟と心情を明かしたが18本のサクソフォンが並ぶ様子は圧巻。宮越が「その辺の楽器屋さんよりも多い」と語ると、3人も会場も頷いていた。
始まった〝お祭り〟は、「動物の謝肉祭」(C.サン=サーンス)で幕開け。3人の演奏の中を上野が駆け上がっていった冒頭から、実験室のようなステージに釘付けに。「雌鶏と雄鶏」など曲が変わると、楽器を持ち替え演奏を展開していく。1人で2本のサクソフォンを奏で笑わせた宮越。それぞれがリードする場面もあり、目まぐるしく進行していく。「象」では田中がバス、ほかの3人がバリトンを手に象を表現。「耳の長い登場人物」ではマウスピース部分を外した上野のいななきに応え、3人も声を挙げていく。
「森の奥のカッコウ」では上野がステージの袖に向かい、姿を見せず舞台の外から演奏。曲が終わると何事もなかったように〝群れ〟に戻り、演奏を再開していた。初心者サクソフォニストたちが練習する「ピアニスト」ではわざと音を飛ばしたり、息が続かずに断念するなど、コントのような演奏で聴き手を楽しませていた。優雅な「白鳥」の後は、「終曲」でフィナーレ。お辞儀をしたりジャンプをしたり、大騒ぎのフェスティバルは熱狂の中で幕を閉じた。
宮越 悠貴
都築 惇
田中 奏一朗
公演の本編を締めくくったのは「ラプソディー・イン・ブルー」(G.ガーシュウィン)。「動物の謝肉祭」と同じ旭井がアレンジしたもので、4人それぞれがリードする見せ場も。ソプラノから、ソプラニーノ、そして再びソプラノに持ち替えた上野は、透き通るような青から鮮やかな青など、その音色で様々なブルーを表現。会場を酔わせていた。
拍手が止まない会場。アンコール曲として上野が選んだのは「僕が大好きな曲」と紹介したQUEENの『Love Of My Life』。本編では異端なプレーで驚かせたが、最後は最愛の人に向けて、届かない思いをつづった切ない楽曲をしっとりと演奏。情景が浮かぶ豊かな演奏には、再び大きな拍手が送られていた。
バックヤードでは上野耕平活動10周年をスタッフと共演者の皆様で祝っておりました!!(by スタッフ)