三鷹市芸術文化センター演劇担当・森元隆樹氏に聞く(上)──MITAKA “NEXT” Selection 17th

インタビュー
舞台
2016.9.10
泥棒対策ライト『日々ルルル』 題字/安田有吾、photo/buu otsuka

泥棒対策ライト『日々ルルル』 題字/安田有吾、photo/buu otsuka


今年で17回目を迎えるMITAKA “Next” Selectionの特色は、まだそれほど人気の出ていない新進気鋭の劇団をいち早く見つけて、強力にプッシュしてくれる驚くべき先見性にある。そして、その先見性は、演劇に対する深い愛情に結びついている。今年選んだ3つのカンパニーの紹介と、MITAKA “Next” Selectionがどのように企画・運営されているのかについて、三鷹市芸術文化センター演劇担当・森元隆樹さんに聞いた。

泥棒対策ライト『日々ルルル』

──今回も3劇団揃いました。まずはじめに、泥棒対策ライト。ユニークな劇団名ですが、これはダンスカンパニーですか?

森元 劇団としては、ダンスという枠だけで括られたくないという思い……というか、ひとつのジャンルだけでは括れないようなステージを目指しているようです。実際、ダンスだけではなくて、集団でのパフォーマンスもあるし、ちょっとした台詞もあります。

──泥棒対策ライトという劇団名は?

森元 これは主宰の下司(しもつかさ)尚実さんが、暗闇で人が通ると突然明かりがつく人感センサーのことを「泥棒対策ライト」と勝手に呼んでいたらしいんです。「あれって、泥棒対策ライトだよね」って自分で言った瞬間に、「泥棒対策ライト」という響きが気に入って、そのまま劇団名にしちゃったらしいんですよ。

──夜、歩いてると、突然、光ったりして、びっくりしますよね。

森元 「わたし、疑われてるの?」とか思って。最初はちょっと「イラッ」としたりしたそうです(笑)。

──へええ。そういう反応にも、生活感があるし、暮らしのうえでの驚きもあるし、思わぬ闇の部分に照明を当てるという面白さもありますね。

森元 発想が本当に伸びやかなんですよ。だから、そういう点でも、いいパフォーマンスを見せてくれるんじゃないかと。

――伸びやかな表現がもたらす新しい感覚の舞台。

森元 本当に、いろんなダンスを中心に構成されたパフォーマンスなんですが、見ているうちに楽しくなってくる。たとえば、体を大きく伸ばしたとき、それだけでなく、もうちょっと遠くまで届いてるような気がする。MITAKA “Next” Selectionのチラシには「伸ばされた指先が、体が、なぜか目に見えているよりも遠く、広く、届いている感覚。その自由なまでの発想が、観客の心を震わせて起こる、心地よき錯覚」というコピーを書いたんですが、とにかく自由なんです。だから、本人たちもひとつのジャンルに括られたくないって、すごく思ってるみたいで。

──自由なのは動きですか? それとも、身体の使いかた? 

森元 発想とかアイデアの自由さです。これがあるからとダメだとか、あれがないからダメだなんて考えない。より面白く、より伸びやかに、空間を自分たちでデザインしていく感じかな。伸びやかだから、三鷹の空間で面白いものを作ってくれるんじゃないかと思って、声をかけました。下司さんは、野田秀樹さんやコンドルズの近藤良平さんの信頼がすごく厚いかたでして、実は野田秀樹さんに誘われて、今回の舞台にも出演される近藤彩香さんとともに、リオ・オリンピックで「東京キャラバン2016」というイベントをするために、先日まで行ってらしたんです。

──『日々ルルル』という題名ですが、やはり日常を描きつつ、「ルルル」という音がとても心躍る感じです。今回の公演では「手の届く距離のことを描きたい」とおっしゃってるようですが……

森元 「手の届く」というのは、日常をデザインしたいという意味だと思います。具体的には、何気ない、今まではデッサンしたことのない空間を、朝起きてから、夜寝るまでの一日の出来事……たとえば、電車に揺られるとか、会社に行くとか……

──日常生活ですね。

森元 日常のなかに、どれだけ面白いヒントがあるかということ。そして、そこに何か流れている音を自分なりに、こう……その音がここで出る面白さを、わあっと広げてみたいということを、考えているように思います。

──身のまわりのいろんなことを素材にする。

森元 はい。一日、それから人の一生……そういうものをデッサンして、面白い作品を作ってくれるのではと思います。期待してください。

泥棒対策ライト『日々ルルル』のチラシ。

泥棒対策ライト『日々ルルル』のチラシ。

 

MU『狂犬百景』

──では、10月から上演される、次の劇団のMU。これは何と読めば……

森元 「ムー」ですね。

──「ムー」と言えば、そういう名前の超自然現象を扱った雑誌がありますが……

森元 以前、主宰のハセガワアユムさんに訊いたら「徹底した意味のなさと妖しさを元にネーミングした」とおっしゃっていました。

──その「MU」の旗揚げは2007年ですね。

森元 ハセガワさんの芝居は、かなり前から見ていて、台詞の切れ味はすごくいいと思ってたんですよ。とりわけ短篇のとき、切れ味が抜群なんですね。

──今回の『狂犬百景』も、4つの短篇から構成されています。

森元 4つの芝居はいずれも、街中に狂犬があふれ、人間が屋内から出られなくなっているという設定です。ですが、描かれているのは「犬と人間」という構図よりも、むしろ、そういう追い詰められた状況のなかで発生する人間模様です。

──『狂犬百景』の初演は、2014年11月、原宿VACANTで2日間上演されています。

森元 初演を拝見したのですが、けっこう広いオープンスペースでの公演で、非常に面白かった。大きな空間で、これだけの舞台が作れるのだから、三鷹でも面白いものを作ってもらえるのではと思って声をかけました。そしたら、ハセガワさんが「三鷹の空間で、ぜひ『狂犬百景』をやってみたい」とおっしゃったので、「では、そうしましょう」と。

──ハセガワさんには、この作品を、三鷹市芸術文化センターの星のホールで上演してみたいという思いがあったんですね。

森元 実は、こちらからは「三鷹では初めての出会いになるから、よかったら新作でやりませんか」と最初に申しあげたんです。劇団とホールの初めての出会いにより、どんなものが生まれてくるかわからない面白さがあると思いまして。でも、ハセガワさんは『狂犬百景』の上演を望まれましたので、「おたがいにとってチャレンジになるのなら」と相談のうえ、決定しました。ですから、この作品は「再演」なのですが、会場もちがいますし、役者も初演には出ていないかたも多い。チャレンジする要素の多い「再演」となっています。

MU『狂犬百景』初演(2014年11月、原宿VACANT) 撮影/石澤知絵子

MU『狂犬百景』初演(2014年11月、原宿VACANT) 撮影/石澤知絵子

──今回は狂犬病がひとつのテーマになっているんですが、犬をめぐる展開になるまえに、必ず、ある集団を描きますよね。コンビニだとか、製菓会社のオフィスだとか……

森元 漫画家の豪邸とか、保健所とか……

──それぞれの組織というか、集団のなかの人間関係が、実に丁寧に描かれている。

森元 設定的には、犬に囲まれて屋内から逃げ出られなくなった話ですが、とにかく人間がきちんと描けていることが、いちばん評価できる点でしたね。

──そうですね。はじめの短篇では、引きこもりで人付き合いできない妹がコンビニで商品を並べていたりとか、次の短篇では、複数の女性と同時に不倫している男とか……この人たち、これからどうなるんだろうと気にかかる。

森元 人間関係を見つめる視線がとても鋭く、そこから導かれる台詞の切れ味が本当に素晴らしかったです。

──どういうふうに三鷹の劇場空間を使われるかについても、ハセガワさんご自身に構想がありそうで、楽しみです。

森元 初演では、舞台装置はそれほどありませんでした。机と椅子と、偶然、降りていく階段が原宿VACANTにあったので、それをうまく利用していましたね。でも、ほとんどセットがなくても、しっかりと面白く見せてくれました。

──台本を読んだだけですが、ある集団のなかで、すごく病んでいる人たちがいて、その人たちを描くことに長けているように感じました。あることに取り憑かれてる人がいたり、人生を諦めてしまってる人がいたり……そういう人たちをきちんと見つめようと考えている劇作家なんだなと。

森元 『狂犬百景』っていうタイトルがあって、しかも、設定を聞くと、割とホラーで、ゾンビも出てくるとチラシに書いてある。恐怖と罪と葛藤と笑い……それらがほどよくブレンドされたセンスのいい笑いを、随所にちりばめてくるんです。従来から台詞がすごく面白かったんですが、最近は演出力も伴って、作品全体がよりパワーアップしてきている。映画でも、撮影した後の編集作業で、印象がぜんぜんちがってきますが、そういう意味でも、頼もしい編集力もついてきたように思います。

──4つの短篇で「百景」というタイトルなんですが、せっかくだから、このシリーズで100篇作ってみたらいいのに。百物語じゃないけど。

森元 4つの短篇で1公演だから、百物語までには25公演作れますね(笑)。実際、先日伺ったら「今回で評判になったら、『百景』までいくかどうかはわからないけれど、別の作品も作ってみたいですね。初演のとき、残念ながらボツにしたネタもたくさんあるから、いつかはやってみたい」とおっしゃってました。楽しみですね。

(「三鷹市芸術文化センター演劇担当・森元隆樹氏に聞く(下)──MITAKA “NEXT” Selection 17th」に続く)

MU『狂犬百景』初演(2014年11月、原宿VACANT) 撮影/石澤知絵子

MU『狂犬百景』初演(2014年11月、原宿VACANT) 撮影/石澤知絵子

 

(取材・文/野中広樹)

公演情報
泥棒対策ライト『日々ルルル』
■作・演出・振付:下司尚実
日時:2016年9月2日(金)~11日(日)
会場:三鷹市芸術文化センター、星のホール
出演:江頭慶子、大西智子、金原直史、近藤彩香、白倉裕二、野口卓磨、星野哲也、的場祐太、下司尚実
■公式サイト:http://mitaka.jpn.org/geibun/
 
公演情報
MU『狂犬百景』
脚本・演出:ハセガワアユム
日時:2016年10月1日(土)~10日(月・祝)
会場:三鷹市芸術文化センター、星のホール
出演:古屋敷悠(MU)、黒岩三佳(キリンバズウカ)、青木智哉、古市みみ、真嶋一歌(リジッター企画)、井神沙恵、加藤なぎさ他
■公式サイト:http://mitaka.jpn.org/geibun/
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