「あいちトリエンナーレ2016」参加アーティスト 制作レポート⑤ 勅使川原三郎演出によるプロデュースオペラ『魔笛』
記者会見より。左から・王女パミーナ役の森谷真理、演出・装置・照明・衣裳の勅使川原三郎、ダンスとナレーションを担当する佐東利穂子
世界初演! 未だかつて誰も見たことのない『魔笛』が名古屋に出現する
今回のトリエンナーレの目玉企画のひとつであるプロデュースオペラ『魔笛』が、いよいよ9月17日(土)と19日(月・祝)の両日、「愛知県芸術劇場 大ホール」にて上演される。
世界で活躍するダンサー・振付家の勅使川原三郎を演出に、豊かな音楽的才能で注目を集めるイタリア人若手指揮者ガエタノ・デスピノーサを指揮に迎えた本作では、“世界のテシガワラが拓く、かつてないオペラ”とチラシにも銘打たれている通り、〈ダンス〉と〈日本語によるナレーション〉という大きな要素を加えた、新たな『魔笛』が生み出されている。
あいちトリエンナーレ2016 プロデュースオペラ『魔笛』チラシ表
1791年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが人生最後に創作した『魔笛』は、初演以来世界中で愛され続け、日本でも高い人気を誇る名作オペラだ。物語の軸のひとつである、王子タミーノが数々の試練を乗り越えながら旅をし、王女パミーナと結ばれるロマンスは、トリエンナーレの全体テーマ〈虹のキャラヴァンサライー創造する人間の旅〉と符合する、「あいちトリエンナーレ2016」にぴったりの作品なのだ。
<ストーリー>
舞台は時代不詳のエジプト。王子タミーノは、大蛇に襲われているところを3人の女性に助けられる。彼女たちは、夜の女王に仕える侍女だった。侍女らは女王の娘パミーナがザラストロの神殿で捕われの身となっていることをタミーノに伝える。パミーナを助けようと出発するタミーノとお供の鳥刺しパパゲーノに侍女たちは魔法の笛と鈴を渡す。
パミーナが捕らわれている神殿に到着したタミーノだが、ザラストロの真の姿を知り、パミーナと結ばれるため、ザラストロが課した試練に挑む。パミーナも3人の童子の助けを得ながら試練に挑む。恋を渇望するパパゲーノは試練の途中で脱落するが、老婆の姿に変えられた娘パパゲーナと結ばれる。娘を奪われ復讐に燃える夜の女王は、侍女たちを引き連れて神殿へ侵入するがザラストロの前に力を失い、試練を乗り越えたタミーノとパミーナは祝福される。
今作では、勅使川原三郎&ガエタノ・デスピノーサという顔合わせに加え、ドイツ・ライプツィヒを拠点に活躍する妻屋秀和(賢者ザラストロ役)、ウィーンを拠点に活躍する森谷真理(王女パミーナ役)、ベテラン小森輝彦(弁者&神官I役)らトップレベルのソリストが集結。ダンスは勅使川原作品のソリストとして国際的に活躍する佐東利穂子と東京バレエ団の精鋭、そして地元から名古屋フィルハーモニー交響楽団、愛知県芸術劇場合唱団も参加している。
稽古風景より。ガエタノ・デスピノーサと勅使川原三郎 撮影:羽鳥直志
8月1日から東京でソリストらの稽古が始まり、当地名古屋でも合唱団のワークショップや記者発表を実施し、本格的な稽古がスタート。現在、本番に向けて着々と準備が進められている。
まず、8月上旬に報道陣に公開された愛知県芸術劇場合唱団のワークショップでは、約30名のメンバーが参加。勅使川原の指導のもと、男性パート、女性パートに分かれての歌唱に続いて行われたのは、なんと“歩き方”の練習だった。
全員に向けピアノのテンポに合わせてゆっくりと歩くよう指示すると、自身も歩きながら、「余分な動作をしないようにしましょう」「足音がしないように」「カウントではなく、呼吸を音楽のテンポに調和させるように歩きましょう」などと声を掛ける。徐々に参加者が歩くことに慣れてくると、重心のかけ方や背中を意識して止まること、そして身体の内側の筋肉を意識しながら肩や脇の下の力を抜いて歩くことをレクチャー。
「宇宙の摂理と調和するよう、身体を安定させてバランスよく歩くーそうすることで、作品を創る共通理解として皆同じように身体を使い、空間を共有する。舞台にはそういう力が必要なんです」と語り、このワークショップは東京でソリストたちにも行われたという。
愛知県芸術劇場合唱団のワークショップ風景
愛知県芸術劇場合唱団のワークショップ風景
勅使川原は今回、演出のみならず、照明・装置・衣裳も自ら手掛けている。その総合演出のポイントについて尋ねると、
「オペラですから、音楽と歌がメインなことは確かです。しかし、歌だけではなく、音楽に調和した身体表現や空間、装置も衣装も含めて、全体としてダイナミックに、パワフルに感じられるよう演出したいと思っています。〈人間の内面〉と〈宇宙の摂理〉というものを、いかに明解にその世界観を表せるか、ということが大事なことだと思っています。具体的な建物とか部屋とか日常的な舞台装置ではなくて、抽象的な装置であり、抽象的な演技法…歌手と歌手同士の関係も、あまり演劇的な芝居をしない、というのが基本的な演出方法です。でも、もちろんそこで人間の心理とか、歌の中にあるものが表せるよう目指していこうとしています。
内容はとてもヨーロッパ的な作品だと思うんですね。宇宙観もそうだけど宗教観も入ってる、そういうものを日本人がなぜオペラ化するのか、上演するのかっていう時に、僕は“抽象的である”ということがとても大事だと思っています。原作はもちろん歌詞も台詞もドイツ語で書かれていて、歌と歌の間とかに演劇的な場面が多々あるんです。ドイツ語の台詞で演技をすることが主なんですが、それをやめて、観客の皆さんが内容をわかりやすいように、ガイドとして日本語でナレーションを入れます。ヨーロッパの文化を翻訳するような形じゃなくて、我々がどのようにこのオペラに向かっているかっていう、“今現在”を大事にしようと思っているので、抽象化した表現というのが一番適切だと思っています」と応えた。
また、「歌」や「言葉」というものをどのように捉えて演出しているか、という質問に対しては、
「言葉を日常的な生活の中の言葉としすぎてしまうと、その人たちがどういう文化の中にいるか、という解釈になってしまうと思うんです。服装にしろ何にしろ。動作とか言葉の表現というのは、舞踊的な身体の使い方によって歌詞が生きるようにしたいと思っています。音楽に対して、全体の身体の使い方をどのようにするか。言葉だけを取るとお芝居になりますが、音楽を尊重すれば、言葉がより生きてくると思うんです。ですから、音楽をとにかく尊重して考えた身体のあり方を創っていく、ということになります」と。
さらにこの日は、模型を披露し舞台装置についても説明。いわゆる具象的な舞台美術ではなく、舞台上には、最も大きな直径8mの金属の輪をはじめ、4m、2,5m、1m弱の4種類の輪が登場する。それらが場面によってさまざまな役割を果たし、縦や横、時には回転運動や前後運動することで、円環するエネルギーや宇宙的なものを表現するという。
「輪の中にいる人、外側にいる人の違いが明解になるし、例えばこれが全部縦の配置になると部屋のようになる。動き方や配置によって、空中に浮いているとまた違う雰囲気になるし、具体的じゃないないからこそ表現が多様化するということです。どちらかというと、彫刻やインスタレーションという風に見てもらっていいと思います。
輪の大きさや動きによって場面の質を変化させる。もちろんこれには照明が関わってきますから、微かなエッジとしてしか見えない時もあるし、ピカッと光るようにすることもあるし、逆光で見えることもある。ですから照明が特に重要だと思っているんですが、空中に浮いたらほとんど無くなってしまようなものや、巨大に見える、強く見えるオブジェの見せ方などいろいろ。物体としてビジュアル的にエネルギーを表現したいなと思います」
続いて、衣裳デザインについても写真で紹介。〈夜の女王〉〈弁者〉〈僧侶〉〈童子〉〈武士〉など、いずれも役柄の個性が際立つ独特のシルエットと素材で工夫が凝らされた、非常に印象深いものに仕上げられている。優美だったり、ユニークだったり、愛らしい衣装の数々は、ぜひ実際の舞台でご確認を。
舞台装置について説明する勅使川原三郎
そして8月24日には記者発表が行われ、勅使川原三郎、王女パミーナ役の森谷真理、ダンサーとナレーションの佐東利穂子が登壇。改めて今回の『魔笛』の特色や魅力、上演に対する意気込みなどを語った。
勅使川原三郎「魔笛』を以前ご覧になった方にとっては、今回の演出は少し違うな、と思うところがあると思います。今回は日本人が演じて歌う踊る、創る、そして観客もほとんど日本人でしょう。その演劇的な部分で日本人がドイツ語で喋って、日本人が観るというのは、僕にとっては奇妙な感じがしたので、ドイツ語での台詞をやめて日本語でナレーションをすることにしました。台詞を客観的な言葉に置き換えるというのは、指揮者との合意でもあります。演劇的要素をむしろ省いて、身体表現で内容をもっと豊かにするということを目指す方が、歌という芸術的な表現に集中できるのではないか、音楽や歌唱が引き立つのではないか、と思いました。
古典作品というのは、その都度その都度、新しい演出があるはずなんです。『魔笛』はまだまだこれから何百年後も上演されるでしょうから、その時に(現代の上演を観たら)「ずいぶん古い演出をしたんだな」っていうことになるかもしれない。ですからそういう意味では、“今”が大事だと思います。刹那的な意味ではなく、この作品に対して今生きている人間が全力を投じているんだ、ということが大事だと思います」
森谷真理
「今回、王女パミーナ役をやらせていただきます森谷真理です。よろしくお願いします。モーツァルトの音楽は、色あせることのない本当に力強い音楽です。今回、私として目指しているパフォーマンスというのは、オペラが終わったその時点で終わってしまうものではなく、観に来ていただいたお客様がお家に帰られた後も、数日間なり一年なり、その方の過ごされる時間に余韻として残るようなパフォーマンスができればな、と思っております」
佐東利穂子
「ダンサーとナレーションを担当させていただきます佐東利穂子です。ダンスの方は、私以外にも東京バレエ団のダンサーの方が16名参加することになっています。ダンスを通してナレーションをするということで、私としては音楽の流れを途切れさせないよう、歌手の方々の音楽の中にある感情の変化ですとか、天気の変化のように自然のような役割というか、ある意味抽象的でありつつ音楽や歌手の方をサポートして、装置とともに舞台の一部になれたらいいなぁと思っています」
斬新な手法を用いながら、オペラの軸である「歌唱」を際立たせるべく、絶妙なバランスで多彩な試みに挑んだ本作。オペラファンにとっては、きっと『魔笛』の新たな魅力を再発見する機会になると同時に、オペラという総合芸術を初めて鑑賞する導入としてもおすすめの作品なので、ぜひこの機会をお見逃しなく!
稽古風景より 撮影:羽鳥 直志
■作曲:W.A.モーツァルト
■指揮:ガエタノ・デスピノーサ
■演出・装置・照明・衣裳:勅使川原三郎
■出演:妻屋秀和、高橋維、鈴木准、森谷真理、宮本益光、醍醐園佳、北原瑠美、磯地美樹、丸山奈津美、小森輝彦、青柳素晴、高田正人、渡邉公威、小田桐貴樹、井口侑奏、森季子、安藤千尋、佐藤利穂子、渡辺理恵、川島麻実子、奈良春夏、沖香菜子、吉川留衣、矢島まい、三雲友里加、政本絵美、秋元康臣、宮川新大、氷室友、岡崎隼人、松野乃知、永田雄大、入戸野伊織、高橋慈生/愛知県芸術劇場合唱団/名古屋フィルハーモニー交響楽団
■日時:2016年9月17日(土)15:00、19日(月・祝)15:00
■会場:愛知県芸術劇場 大ホール(名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター2階)
■料金:S席15,000円、A席12,000円、B席9,000円、C席6,000円、D席3,000円(学生1,500円)、車椅子席9,600円
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「栄」駅下車、オアシス21地下連絡通路経由または2F連絡通路経由、徒歩5分
■問い合わせ:
愛知県芸術劇場 052-971-5609
あいちトリエンナーレ実行委員会 052-971-6111
■公式サイト:
愛知県芸術劇場 http://www.aac.pref.aichi.jp
あいちトリエンナーレ実行委員会 http://aichitriennale.jp/