桑田佳祐が映画に曲を書くと、こんなにすばらしいことになる──『金メダル男』と「君への手紙」
桑田佳祐「君への手紙」通常盤ジャケット
桑田佳祐のニューシングル「君への手紙」は、内村光良監督・脚本・主演の映画『金メダル男』の主題歌として書き下ろされた。
3作目の監督作品にして初めてコメディに挑んだという意味で、この映画は内村光良本人にとって、とても重要な作品だった。だから、主題歌は昔から大好きで聴いてきた桑田佳祐にお願いしたいと思い、ダメもとだと悟りつつも桑田に宛てて長い手紙を書き、まだ音楽のついていないこの映画のDVDとともに、本人に送った。そしたらそのわずか1週間後、マネージャーを介して1枚のCD-Rが届いた。この曲が入っていた。うれしくて、もう男泣きに泣いた──。
という話を、TBSラジオ『伊集院光とらじおと』10月20日の放送に、ゲストで出演した内村光良がしていた。
で、それを聞いて「いい話ですねえ!」と驚いていた伊集院と番組パートナーの柴田理恵も、この映画のよさについて語っていた。僕は「基本的に伊集院光の言うことは鵜呑みにする」を生活信条にしているので、その4日後に観に行った。
桑田佳祐「君への手紙」初回盤ジャケット
まず、映画を観る前の段階で、この「頼まれたから作った、1週間で書いて送った」というのは本当なんだろうな、と察しがつく。
“桑田佳祐が新しい曲を書いてシングルとしてリリースする”ということは、ファンにとっても世の中にとってもでかい事件である。という点でいうと、“内村光良監督作品の主題歌”というのは、桑田佳祐の新曲のタイアップとしては少し地味に感じるかもしれない。というか、内村監督作品に限らず、そもそも映画の主題歌というもの自体が釣り合わないかもしれない、桑田の規模と。ゴールデンのテレビドラマでも釣り合わないかも。本人が出演するCMぐらいでないと“桑田佳祐の新曲”という事件とバランスがとれないのではないかという気もする。なので、今回は戦略でこうしたとは考えにくい。
そして。桑田佳祐本人も、最近、「サッと作ってサッと出す」という方向に創作の楽しさを見出しているフシもある。かつては何ヵ月もスタジオにこもりっきりで制作をしていた時期もあった人だが、最近は「まず衝動ありき」「それをそのまま形にする」という方法だとよりクリエイティビティが高まる、という傾向があるのではないかと思う。このひとつ前のシングル、「ヨシ子さん」も、自宅録音でサッと作ったような、「まず衝動ありき」な感じがすばらしい曲だったし。なので、今回のこの「君への手紙」に関しても「サッと作る」反射神経が働いたのではないかと推測する。
映画の内容に沿って書くというよりも、自分のところに届けられたこの映画を手紙だと受け取って、それに対する返事のようなつもりでこの曲を書いた、というコメントを、桑田は出している。
そして、確かにそのような歌詞である。この映画の主人公、秋田泉一への桑田からのメッセージになっていて、映画を観たあとに特設サイトにアップされている歌詞を読むと「ああ、なるほど、確かに」と納得するのだが、ただし。
これを書いている時点でオンエア等は始まっていないので、僕も映画の最後に流れた一回しか聴いていないのだが、そこで聴くと、「なるほど」ではないのだ。「うわ、そうか!」なのだ。
映画のストーリー。主人公の言動。登場人物たちのその時々の心の動き。もっと言うと、昭和から平成にかけて、主人公が歩んできた時代に流行った曲がこの映画のあちこちに使われているのだが、そういうようなことまで含めてこの曲は書かれている。
さらにもっと言うと、この映画、「数多くのテレビのコント番組を作ってきた内村光良がコメディ映画を撮った」というよりも「内村光良が自身のコント番組を極力映画仕様に直さずに、コントのまま映画にした」と形容した方が近い、そんな作りになっている。NHKの『LIFE! ~人生に捧げるコント~』など、彼が手がけてきたコント番組に近いフォーマットや構成が随所にあるし、「映画の魂でなくコントの魂で作る」という意志が表れているディティールもあちこちに見受けられる。
なんで。それでしか描けないものを内村光良が描きたかったから、だと思うが、そのような、この映画のそもそもの成り立ちまで含めたすべてが、この曲には含まれている気がする。そんなふうに響くのだ、この王道桑田な、とても軽やかでとてもせつない楽曲は。映画館で、物語の最後に聴くと、それが肌で感じられる。
東京オリンピックの年、1964年に生まれた秋田泉一という男が、小学校の徒競走で一等になり、金メダルをもらったのをきっかけに「一等賞になること」に取り憑かれ、そのことだけを目指しながら50すぎまで生きていく、というのが、映画のストーリー。
和製『フォレスト・ガンプ』×『スラムドッグ・ミリオネア』だ、という映画評を、観たあとで読んで「なるほどぉ」と思ったが、映画館で僕が連想したのは、北野武監督の『アキレスと亀』の主人公の真知須だった。
才能ないのに絵にのめりこんで、周囲を悪い意味で巻き込みながらむちゃくちゃな人生を送っていく男。あの映画から重苦しさややりきれなさを引いて、もっと笑える方向に振ったのが『金メダル男』だ、というか。
いずれにせよ、盲信と猛進でそれはもう大変に愚かなことになっている人の物語なわけだが、そんな愚かな生きざまにも救いがないわけじゃないことが、この曲の主眼になっている、とも言える。で、そこも含めて、本当にすばらしいなあと思う。
邦画に……いや、洋画でも時々あるが、映画に邦楽ロックやポップスの主題歌がつく、というのは良し悪しだなあ、と、映画館でよく思う。大根仁監督の一連の作品のように、曲と映画が分かちがたく結びついているすばらしい例もあるが、エンディングでスタッフロールとともに曲が流れ出した時に「うわ、とってつけたなあこれ」と思うものもあるし、「映画と関係ねえじゃん、この曲」と言いたくなったこともあるし、「映画に沿って書いたんだろうけど残念なことになってるなあ」というのもある。そのバンドが何年も前に出したシングルが突然流れ始めて「え? なんで?」と、その脈絡のなさにびっくりしたこともあった。
が、この『金メダル男』と「君への手紙」に関しては、「これ、数少ない、とてもとてもいいケースのひとつだなあ」と思った。そして、グッときた。これ、桑田佳祐の新しい名曲だよなあ、と。
あと、これまでに、こんなふうな経緯で、桑田佳祐の新しい名曲が生まれたことってあったっけ?と、ふと思い返したりもした。なかったんじゃないかな、という気がする。
文=兵庫慎司