森下 唯(ピアノ) 「アルカンの理解者を少しずつ増やしていきたい」

インタビュー
クラシック
2016.11.13
森下 唯(ピアノ)

森下 唯(ピアノ)

 ショパンやリストなど、同時代の作曲家たちから才能を高く評されていた、シャルル=ヴァランタン・アルカン。数々の優れたピアノ曲を残したが、難度が高いこともあって演奏機会は多くない。人間嫌いで複雑な性格の持ち主だったことも知られる。

 森下唯は、そんなアルカンに“魅せられてしまった”ピアニスト。東京芸大修士課程の研究テーマとし、強い共感をもって作品を探究している。

「大学時代、ロマン派の作品で良いものがないかと探していたとき、友人にアルカンを紹介されました。単なる超絶技巧作品ではなく知的に作られた音楽で、もっと掘り下げたいと。よほど惹かれないと、そこまで思うことはないのですが(笑)」

 ちなみにその友人とは、同級生だった鈴木優人だそうだ。

「アルカンの作品を見ると、生涯パリにこもっていた人間が、これほど多くの視点を持って曲を書いたのかと驚きます。当時のサロン音楽の流行を追わず、自分にとって本当に価値あることを真摯に求めた作曲家です」

 2枚目となる今回のアルカン作品集(コジマ録音)には、「すべての短調による12の練習曲第8〜10番《協奏曲》」を収録。ピアノ独奏の練習曲であり、奏者にオーケストラとソリスト両方の表現を求める。

「ピアノを演奏するとはどんなことかという、哲学的な考察がなされている作品です。指の練習にもなり、また50分もある長い曲を構造的に理解することは有益です。オーケストラとピアノの弾き分けも、音楽的挑戦です。大きなうねりの中でコントロールするイメージのオーケストラに対し、ピアノは一人で自由に動く。そんなそれぞれの音の親密さ、質感の違いを意識しました」

 加えて作曲家の多面性を示すべく、難曲として有名な「鉄道」など1844年に書かれた多彩な小品も収録。

「鉄道というテーマと速弾きのインパクトで注目される曲ですが、当時目新しかった蒸気機関車独特の動きを見事に描写した作品です」

 ご存知の方も多いと思うが、森下はニコニコ動画で2007年にブレイクした“ピアニート公爵”(表向きには“生き別れの兄弟”という設定)でもある。大学院を出て仕事がない中、演奏動画を投稿した際にニートと自己紹介したことから、この呼び名がつけられた。作・編曲能力にも長け、ゲーム音楽などのアレンジ作品によるアルバムもリリースした。

「最近“公爵名義”の活動も落ち着いて、良いバランスになりました。アルカンの音楽は多くの人に届けたいですが、目的のためなら闇雲に人気を集めてでもどうこう、というつもりはないのです」

 真の魅力を理解してくれる人を少しずつ増やしていきたいという。伝えられる性格からして、アルカン本人も堅実な森下のスタンスを喜んで見ていることだろう。11月にはCD発売記念のリサイタルも開催されるので、こちらも楽しみだ。

取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ 2016年11月号から)


森下 唯 オールアルカン・ピアノリサイタル vol.3
CD『アルカン ピアノ・コレクション2《協奏曲》』発売記念

11/18(金)19:00 すみだトリフォニーホール(小)
問合せ:080-5102-9556/e-mail:km@morishitayui.jp
http://www.morishitayui.jp

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