こまつ座『私はだれでしょう』で、平埜生成が謎の男役に挑戦
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平埜生成という役者が気になって仕方がない。もがき苦しんでもがき苦しんでどん詰まりになっていく役柄と、平埜生成の必死さがクロスしていくかのように、思いもよらぬエネルギーを舞台上で発揮する、そんな役者だ。役者が役を自分のものにするのに苦しむのは当たり前かもしれない。けれど、そういう頑張りを強いる演出家も減っている気がする。そういう意味で彼は、演出家に恵まれ、またちゃんとチャンスをつかんでいるのだ。野球に例えれば、1000本ノックを受けたドロドロのユニフォームを着替え忘れたまま、セカンドの守備位置についている。けれどもう数年したら、華やかなショートストップやサードをつかみ取っているかもしれないし、巧みなセカンドになっているかもしれない。
アミューズの若い俳優たちによって結成された劇団プレステージのメンバー。劇団での彼がどんな俳優なのかは知らない。僕が彼と出会ったのは、本当にたまたまだ。『ア・フュー・グッドメン』『DISGRACED-恥辱-』のプログラムの編集者として、彼にインタビューしたのだ。
『ア・フュー・グッドメン』では、合衆国グアンタナモ海軍基地第2小隊に所属する、ハロルド・W・ドーソン兵長役を演じた。同僚が亡くなった事件の容疑者だが、上官の命令への拒否はあり得ない海兵隊という特殊な組織で生きてきたがゆえに自分の意見や言葉を持つことを拒み、真実を抱え込んで苦しむ。『DISGRACED-恥辱-』では、パキスタン系アメリカ人の優秀な弁護士アミールの甥でパキスタン生まれのアメリカ人、エイブ役。9・11アメリカ同時多発テロ以降のイスラムを取り巻く環境の変化の中で、自分の生き方について引き裂かれそうな思いを抱えている。その間には、三人芝居『オーファンズ』にも出演していた。文盲で引きこもりのフィリップという役で、幼少時から兄トリートが泥棒することで生計を支えているという設定。いずれにしても難役が続いている。
僕はこまつ座が大好きなんです
写真提供:こまつ座
そして、今回はこまつ座『私はだれでしょう』。
昭和21年7月、戦後日本の混乱と困窮のただ中。日本放送協会の新番組「尋ね人」を担当する脚本班分室では、戦争で離れ離れになった肉親、知人の消息を尋ねる人びとの“声”が積み上げられていた。新番組はこの無数の“声”をラジオを通して全国に送り届けるために始まった。
占領下日本の放送を監督するCIE(民間情報教育局)のラジオ担当官・日系二世のフランク馬場と脚本班分室長の川北京子をはじめとする3人の女性分室員を中心に、組合のストライキ運動や放送用語問題も飛び交って、次から次へと騒動が巻き起こる。そんな彼らの前に「ラジオで私をさがしてほしい」という不思議な男が現れる――。
男の名は山田太郎(?)。歌もタップも武術もなんでもできるスーパーマン、これが平埜生成の役どころだ。
写真提供:こまつ座
写真提供:こまつ座
ーー『DISGRACED-恥辱-』のころから、こまつ座への出演を楽しみにされていましたよね。実際、稽古が始まっていかがですか?
難しいです。井上ひさしさんの戯曲に書かれた日本語の音、日本語が本来持つリズム、そういうものになじみがないんです。だから日本語の音の気持ち良さを表現するのが難しくて。日本人なのにおかしいですよね。こまつ座所属の唯一の俳優、辻萬長さんがインタビューでおっしゃってました。「井上さんのせりふを自分のものにするな。井上さんの言葉をそのまま言え、そうすれば大丈夫だと。戯曲に書かれていることを一字一句間違えず、その通りにやるのが第一段階だよ」って。今はいろんな先輩たちの名言を思い出しては行ったり来たりしています。
一方で、日本語ってこんなにきれいで面白い言語なんだということをものすごく感じます。僕の場合、最近翻訳劇が続いていたから。日本人が日本語でやる舞台で久しぶりに日本語とぶつかっている最中です。いえ、言葉だけではなく日本とか日本の歴史とか、いろんなものとぶつかっています。
ーー記憶喪失の山田太郎(?)という役です。お芝居のタイトルが『私はだれでしょう』ですから、ある意味、タイトルロールですよね。それはどんな男ですか。
どんな役? どんな役……。役について「こういう人間だ」とあんまりうまく表現できないんですよ。僕が僕自身のことを説明できないのに、役のことまで語れません。戦争の傷があって、記憶喪失という設定はあるけれど、そのせりふをしゃべっている人をお客さんがどう見てくださるか、でしかない気がします。今回は僕、今までとはアプローチを変えて、わざと作り込まないで稽古にのぞんでいるんです。記憶喪失とか他の設定を横に置いて、その中で演出の栗山民也さんからどういうダメ出しがあるんだろうか、と。すべてを稽古場で作り上げていきたいと思ったんです。
ーーそれは平埜さんなりに試行錯誤してみようという思いからですか?
そうですね。この作品に入る前に、映像のお仕事もやらせていただいて、舞台と映像の違いを感じ、舞台はなぜ1カ月も稽古期間が取られているかをずいぶん考えた中からそういうアプローチを試してみようと考えました。
写真提供:こまつ座
ーー『私はだれでしょう』という作品の印象について、どんなふうに考えていらっしゃいますか?
何もしなくても毎日、毎日が川のようにどんどん流れていく。その流れに反発するように、目の前のことに一生懸命に立ち向かっている人間たちの物語ですね。彼らは昔のことと戦って、今の時代とも戦って、未来に向かって歩もうとしている。稽古していて感じるのは、戦後すぐを生きた人たちの一生懸命と、今の人たちの一生懸命とでは意味合いが違うということ。(戦後の人びとは)むしろ今を生きるために命を削っている。
僕は「私はだれでしょう」というせりふを言うんですけど、今の若い人たちって実はみんなそんなふうに思っているんじゃないかな。『DISGRACED-恥辱-』での「自分にはアイデンティティはない」というせりふもそうですが、この舞台を見て少しでも、小さいながらも一歩一歩生きていこうとか、私はこういう人間かもしれない、と考えてほしいです、日本人として。そうやって自分は何者なのかという問いに向き合ってほしいですね。
劇団プレステージのメンバー。主な出演作には、舞台『BLACK&WHITE~悪魔のテンシ 天使のアクマ』『ロミオ&ジュリエット』『FROGS』『見上げればあの日と同じ空』再演、 NINAGAWA×SHAKESPEARE LEGEND『ロミオとジュリエット』『ア・フュー・グッドメン』『オーファンズ』『DISGRACED-恥辱-』。映画「人狼ゲーム」「劇場版 東京伝説 恐怖の人間地獄」「亜人」。TVドラマ「夜のせんせい」「ディア・シスター」「ごめんね青春!」「オトナ女子」「重版出来!」「死幣 DETH CASH」「バウンサー」(主演)。
■脚本:井上ひさし
■演出:栗山民也
■出演:朝海ひかる、枝元萌、大鷹明良、尾上寛之、平埜生成、八幡みゆき、吉田栄作、朴勝哲(ピアノ演奏)
《東京公演》
■日時:2017年3月5日(日)~3月26日(日)
■会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
※3/10昼に朝海ひかる・枝元萌・大鷹明良・八幡みゆき・吉田栄作、3/13昼にラジオパーソナリティー・大沢悠里、3/14昼にスタンダップコメディアン・松元ヒロ、3/19日に朝海ひかる・尾上寛之・平埜生成・吉田栄作によるアフタートークあり
《山形公演》
■日時:2017年3月30日(木)18:30開演
■会場:山形県の川西町フレンドリープラザ・劇場
《千葉公演》
■日時:2017年4月8日(土)15:00開演
■会場:千葉県の市川市文化会館大ホール