スペインの鬼才が仕掛ける泥沼の密室劇『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』 #野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第二十二回
(C)2016 EL BAR PRODUCCIONES AIE - POKEEPSIE FILMS - NADIE ES PERFECTO THE BAR
TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
皆さんは映画を観るときに、製作国を意識したことはあるだろうか?たとえばインドの作品は歌って踊ってハッピー、フランスの作品は性愛の色が濃く、アンニュイな雰囲気が漂っているなど、国によっての作品の印象というのは少なからずある。中でも私はスペインの作品が好きだ。情熱の国ならではの熱量がありつつも、どこか退廃的な香りがして気が抜けない。ということで今回は、私が好きなスペイン映画界注目の監督作品を紹介したいと思う。スペイン映画の祭典『シネ・エスパニョーラ2017』にて上映される、『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』だ。
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マドリードの交差点に店を構えるバル。いつものように常連客で賑わう中、一発の銃声が轟く。バルの客が外に出た途端、頭を撃ち抜かれたのだ。慌てふためく客や店員をよそに、一人の客が撃たれた男の様子を見に外へ出るのだが、その男もまた撃ち殺されてしまう。どこから狙われているのかもわからない状況では、外へ逃げることもできない。残された客たちがパニックに陥る中、ふと見ると、店の前に転がっていた二人の死体と血痕は跡形も無く消えていた……。
知れば夢中になる!スペインの鬼才監督
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本作を手がけるのは、世界中に熱狂的なファンを持つ、アレックス・デ・ラ・イグレシア監督。スペインの巨匠・ペドロ・アルモドバドルに才能を見出され、2010年には、ヴェネツィア国際映画祭にて『気狂いピエロの決闘』(10)が監督賞・脚本賞を受賞。審査委員長を務めたクエンティン・タランティーノに絶賛されたという経歴を持つ。
『気狂いピエロの決闘』では、トランペットでボコボコに殴られた男とアイロンで顔を焼いた男、二人のリアルピエロが美女を巡って殺しあう姿を描き、『刺さった男』(11)では、頭に金属の棒が刺さってしまった失業中の男が、自らをネタにしマスコミに売り込もうとする姿をユーモア交じりに描いた。デ・ラ・イグレシア監督の作品は、主人公の周辺で起きる個人的な事件を拡張しコミカルに見せる一方で、社会情勢を風刺するようなメッセージも込められているから驚きだ。その型破りなセンスと幻想的な映像のギャップがまた面白く、スペインで「鬼才」と称されているのも頷ける。
本作のオープニングでも、ジャズに乗せて何やらオシャレな映像が流れる。よくよく見ると、ゆっくり動くのは、色とりどりの寄生虫やウィルス! そんなものを、不思議とアートに見せてくれる。実はこれ、本作のキーとなる要素でもあるのだが……。苦手な方もいるかと思うのでご注意を。とはいえ、デ・ラ・イグレシア監督のぶっ飛び加減を知ってもらう“つかみ”としては十分なものになることだろう。
人間の醜さをあぶり出す密室サバイバル
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本作では、タイトル通りバルに閉じ込められ、なぜか銃で狙撃される8人の男女の物語が描かれる。登場人物は、バルの店長や店員をはじめ、たまたま立ち寄った美女、常連の主婦、元刑事、浮浪者など、個性は強めではあるが、普通の人ばかり。彼らは、いつ殺されるかわからない極限状態に追い込まれ、「この中にテロリストがいるから閉じ込められたんだ!」と決めつけ、一触即発状態に。無理やりな持ち物検査をはじめ、かすかな電波を拾った携帯電話を奪い合うなど、諍いばかりが起きる。
それぞれの醜い部分が少しずつあぶり出され、人間性がどんどん露呈してゆく様は、非常に重く生々しい。そんな中で、「これはずるい!」というタイミングで挟み込まれるブラックなギャグが笑いを誘い、ぐいぐい引き込まれてゆくのだ。このあたりにデ・ラ・イグレシア監督の手腕がうかがえる。しかし、最大の謎である“一体誰が何のために彼らを狙うのか?”が明らかになってからが本番。そこを境界として本作は、謎を解き明かすサスペンスから生き残りをかけたサバイバルに変貌を遂げるのだ。
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切迫する状況下で、彼らの言動はどんどん過激になってゆく。その中でも特に、聖句を謳いあげる浮浪者・イスラエルには注目だ。何を考えているのか読めないイスラエルは最初こそ薄気味悪さがあるものの、横暴な態度を取る者に噛みつくなど、「もしかしたらコイツの方がマトモなのかも……?」と思う一面が垣間見える。登場から普通ではない彼が、はたして皆さんの目にどう映るのか。気になるところである。それに引き換え、スペイン映画界期待の若手女優・ブランカ・スアレスが演じるエレナは、性格も割と穏やかな美女。ホラー映画のお約束のように、優しい美女は最後まで生き残るのか?
誰がどうなってもおかしくない、この密室サバイバル。最後まで目が離せない作品となっている。8人全員生き残れるのか? 仲間割れで悲劇が生まれるのか? 生死を賭けた人間ドラマの泥沼に、どっぷりと浸かってほしい。
映画『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』は、シネマート新宿/シネマート心斎橋『シネ・エスパニョーラ2017』にて3月25 日(土)より 2 週間限定公開。
(2017年/スペイン映画/スペイン語/102分)
マドリードの交差点に店を構えるバル。いつものように常連たちで賑わう中、一発の銃声が喧騒を切り裂く。バルにいた客が店の 外に出た途端、頭を撃ち抜かれたのだ。店内に残った客や店員たちはとっさに店の奥に避難するが、ひとりの客が店を出て撃たれた男の 様子を見に行く。しかし、さらなる銃弾が放たれその客も殺されてしまう。どこから狙われているかもわからない状況では外に逃げることも出 来ない。客たちがパニックに陥る中、ふと外を見ると道に転がっていた二人の死体とおびただしい血痕が跡形もなく消えていた…。 【キャスト】 ブランカ・スアレス「私が、生きる肌」/マリオ・カサス「スガラムルディの魔女」/ジェイム・オルドネス/カルメン・マッシ「アイ ム・ソー・エキサイテッド!」/アレハンドロ・アワダ/テレール・パヴェス/セクン・デ・ラ・ロサ
監督・脚本:アレックス・デ・ラ・イグレシア
脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバァリア「ライブ・フレッシュ」
撮影:アンヘル・アモロス
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