フランツ・リスト国際ピアノコンクールの覇者 阪田知樹 ~本場で認められたリスト弾きが語る編曲作品の魅力
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阪田知樹(ピアノ)
「自発性がなければ書くにしろ弾くにしろ、成り立たない」阪田知樹 “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.4.23. ライブレポート
「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されているサンデー・ブランチ・クラシック。4月23日は、権威あるフランツ・リスト国際ピアノコンクールで2016年に優勝したことが話題となったピアニスト阪田知樹が登場した。阪田は過去、他の楽器との共演でこのサンデー・ブランチ・クラシックに登場しているが、ソロとしてはこの日が初出演となる。
会場に入ろうとすると、受付の段階で長蛇の列となっているという通常ではあり得ない状況に遭遇。実際あとでTwitterを確認すると、満席となってしまい入場できなかった方もいたとのことで、彼が現在どれほど注目されているかがこの段階で伝わってくる。
会場が大勢の観客で埋め尽くされるなか、13時になると阪田が姿をあらわした。拍手にこたえ、丁寧に会釈をする23歳は、まだまだ幼さ残る顔立ちだ。
初の『サンデー・ブランチ・クラシック』への出演
1曲目に演奏されたのはJ.S.バッハが作曲したカンタータを、名ピアニストのマイラ・ヘスがピアノ用に編曲した「主よ、人の望みの喜びよ」。阪田というと、“リストコンクール優勝“というイメージからか、どうしても圧倒されるような超絶技巧を期待する向きが強いかもしれないが、まずは抑制の効いた表現で聴かせてくれた。
本来は弦楽器による有名な旋律線を、阪田はどこまでも柔和なサウンドで、ハーモニーとして完璧に溶け合うように奏でていく。その下で、本来は合唱によって歌われる本当の主旋律が流れてくるのだが、その音色はどこかぼくとつな印象を受ける。その素朴さは、原曲で歌われている内容がキリスト教徒(プロテスタント)としては決して特別なものではなく、生活と結びついているものだからかもしれない。音楽作りでも色目を使わず、ストイックに追求していく姿勢は、バッハの音楽に寄り添ったものであった。1曲目から力のこもった拍手が客席から送られる。
MC中の様子
マイクをもって挨拶をはじめる阪田の声は、どちらかといえば高めで、先ほどの大人っぽい音楽作りと少しギャップを感じてしまうほど。多くのお客様にご来場いただけた感謝の旨を述べたうえ、最初に演奏したバッハについて「この曲を選ばせていただいたのは、この日曜日に来ていただいた皆さんに幸せな気分で今日1日をスタートしていただけたらという願いを込めて演奏させていただきました」と自らの思いを語ると、客席からは自然と拍手が沸き起こる。
2曲目は有名な、リストの「ラ・カンパネッラ」が演奏された。昨年、阪田が優勝したリストコンクールでも演奏した曲のひとつであり、これまで何度となく演奏してきた阪田にとっても弾くたびに発見があるのだという。難曲の代名詞ともいうべきこの作品を、阪田は早めのテンポで、何も難しくなさそうにサラリと演奏してゆく。前半はペダルも最小限に留められ、バッハと同様にストイックな音楽づくりが続いていく。
一般的に派手な印象のつよいこの作品において華麗さよりも美しく響き合うサウンドを重視するという方針……かと思いきや、急に楽譜にはない音符が付け加えられて、華麗さが全面にでてきたりするのだから気が抜けない。テンポが緩んでしまうことの多いコーダ(終結部)でも、インテンポを徹底しようとする姿勢に鬼気迫る雰囲気が滲み出ていた。ことさらに技巧姓を強調しないだけに余計に凄みが増す、という玄人受けするようなタイプの演奏を20代前半でしてしまっている阪田は、本当に只者ではない。
リスト「ラ・カンパネッラ」
そもそもリストコンクールに参加した理由が「凄くリストの作品が好きだから」というほど、阪田にとっては思い入れの強い存在であるリスト。彼はその魅力を「華やかさがどうしても目立ってしまうんですけれども、それだけではない要素に惹かれる」のだと語るのだが、阪田の考えるリスト作品の魅力が十二分に発揮されたのが、3曲めに演奏されたリストの「ペトラルカのソネット第104番」であった。
この曲はリスト自身が作曲した歌曲を、自らピアノ用に編曲したものだ。原曲で歌われる内容について阪田が「お昼に聴くにはきつい内容」と語り、事細かな説明を躊躇ったほど、強烈なまでに情熱的な愛を歌いあげている作品だ。衝撃を感じさせる前奏は、あえて控えめにしつつも、本来は歌われる旋律が登場すると、歌詞の内容に見合うように、濃厚に歌い上げていく阪田。最後まで抑制的だったカンパネッラとは異なり、楽曲の中間ですでにピアノが気持ちよく鳴り響き、高揚した音楽が会場全体を満たしていく。そして楽曲のラストで耽美な弱音にたどり着くのだが、その音が静かにむせび泣いているかのようで、涙なしには聴くことができなかった。最後もたっぷりと余韻をとって、長めの静寂の後、盛大な拍手が阪田を讃える。
満員の会場
阪田によれば、今回の選曲には一貫したテーマがあり、それは「オリジナルが、ピアノ作品ではない」楽曲だけを取り上げているのだという。次に演奏された「愛の悲しみ」も、クライスラーによるヴァイオリンとピアノのために書かれた作品を、ラフマニノフがピアノ独奏に編曲したもので、ピアノ作品オリジナルではない。
決して一般的には演奏機会の多いバージョンではないが、阪田が数多く弾いているのは理由がある。阪田ファンには説明不要だが、クラシック音楽を題材にして2013~14年に放送していたアニメ「四月は君の嘘」でこの編曲が使われていたのだが、その演奏を担当していたのだが阪田だったのだ。アニメの放映終了後も「君嘘」コンサートは度々開催されており、そのなかでも演奏されており、阪田の定番レパートリーのひとつとなっているようだ。
原曲はウィーンの哀愁ただようレントラー(ドイツの民衆的な舞曲)なのだが、そこにラフマニノフの手が入ることでロシア的な哀愁が加わり、不思議な魅力が醸し出されるアレンジに仕上がっている。これを、阪田は主役にあたる原曲の明快な旋律線をよく歌い込んで聴かせつつ、脇役にあたるそれ以外の音を巧みに演出して配置してみせるのだ。決して扱いやすいとはいえず、演奏者によってはゴチャゴチャした「駄編曲」に聴こえさせてしまい兼ねないこのアレンジを、阪田が完全に手中に収めていることは明らかであり、筆舌に尽くしがたい名演奏であった。
阪田知樹
プログラムのラストを飾ったのは、ガーシュウィンの有名曲を、ヴィルトゥオーゾピアニストであるアール・ワイルドが超絶技巧の小品に仕立て直した『7つのヴィルトゥオーゾ練習曲』版の「アイ・ガット・リズム」だ。原曲は言わずと知れた、ジャズのスタンダードナンバーとして演奏されることも多い楽曲である。阪田にとっても3~4年前ぶりの演奏なのだという。
短い前奏の後、有名なメロディーラインがすぐ登場するが、原曲とは大きく異なるハーモニー付けがなされ、その雰囲気は独特だ。ハーモニーも、実は複雑な音使いがなされているのだが、阪田が巧みに整理してくれるため、美しく愉悦的な雰囲気が崩されることはない。そして、これほど音数が多いにもかかわらず、細かい音符をひとつもなおざりにすること無く組み上げていく阪田の技量には舌を巻くばかりだ。最後は、黒鍵を肘打ちして終わるという、ユーモアに溢れた楽しいアレンジと演奏に、客席からは笑いが漏れると共に大きな拍手が会場中で鳴り響いた。
盛大な拍手に応えてアンコールに演奏されたのは、なんと阪田自身が編曲を手がけたラフマニノフの歌曲「ここは素晴らしいところ」(歌曲集《12のロマンス》作品21より)。阪田は昔から、演奏だけでなく作曲もしてきたのだという。この編曲では、原曲のピアノ伴奏と歌の旋律を踏まえつつ、阪田自身による高音のきらびやかさなパッセージが書き加えられている。しかし最後の方にたどり着く頃にはあえて余計なものを加えていないところに、編曲としての志の高さを感じる。ただ華やかな飾りをつけるのではなく、音楽そのものに寄り添おうとしているからだ。
演奏後はサイン会も
ここまで演奏されてきたリスト、ラフマニノフ、ワイルドといったコンポーザー=ピアニストの系譜に阪田も位置しているということが明確になる、素晴らしい編曲と演奏であった。そして終演後のCD販売とサイン会は長蛇の列となり、ひとりひとり丁寧に言葉をかわしてゆく阪田の姿も印象に残った。その後、落ち着く間もなくすぐにインタビューにもこたえてくれた。
――本日は素晴らしい演奏を有難う御座いました!「ラ・カンパネッラ」が抑制的な演奏だったのがとても意外で驚かされたのですが、「ペトラルカのソネット第104番」では対照的に濃厚に歌い込まれていましたよね。こうした違いは何によるものなのでしょうか?
そうですね、昔は自分のなかで演奏というものをある種、計画的行動という風に感じていたんです。自分の中でのしっかりとした意思と、理論に裏付けされたものでなければいけない……。ですけども、その中で可能性を探っていくのだという考えが常にあるんです。
例えば、誰の何の曲でもいいんですが、楽譜に書かれている音符以外に消えていった、本当はあり得たであろう、だけどその作曲家が選ばなかった音符というものが常にあるわけですよね。それは演奏もやっぱり一緒だと思うんです。
ひとつの筋がある上で、しかし別の可能性っていうのが常にあって、それをどうチョイスするか。我々みたいな演奏による再現芸術に関しては弾くたびに、ましてや同じ曲を何回も弾くわけですから、そのときの自分の気持ちだったり、そのときの聴衆の印象だったりとかで、チョイスができるというのが魅力なんです。
今回、リストを2曲続けて演奏させていただいたわけですけど、「ペトラルカのソネット」っていうこれほど強烈なメッセージを持った作品って本当になかなか無いんです。かなり昔から弾いている曲でして、弾くたびに難しさとか同時に美しさを再確認できる貴重な作品なんですね。今回この場で演奏するにあたってこの曲が一番メッセージとしてお届けしたかったというのが、きっとあったのかもしれないなと思います。やっぱり、我々は人間ですからそういうことに左右されてきますね。
――いま、おっしゃられたことって、そのときそのときでの解釈の違いということもいえるでしょうし、もっと踏み込んで楽譜に書かれているのとは異なる音符を弾くということもあり得ますよね。例えば、ショパンもそういう別バージョンの譜面を残していたり、現代でいえばクリスティアン・ツィメルマンなんかは会場の雰囲気にあわせて音を変えたりすることもありますよね。
私も状況に応じて、パッと即興的にわざと違う風にかえて弾いたりすることが結構あります。今日弾いた「ラ・カンパネッラ」も楽譜に書いてあるまんまではないですね。オリジナルと100%一緒ではないんですが、リストのような作曲家だとこうした変更も許容されやすいと思います。でも、すごく計算されたベートーヴェンであっても、その別の可能性という考え方は常にあるべきだと私は思っています。
インタビュー中の阪田
――なるほど。そうした考え方は、作曲をされる方に多いように思います。阪田さんは、いつぐらいから作曲をなさるようになったんでしょうか?
自発的に作曲をするようになったのは5~6歳ぐらいの時です。ピアノを弾く中で気付いたら書き始めていて、特別なことだとも思わず。でも断続的に自分のなかから出てくるものを書き留めないと……みたいなところがあって、ずっと書いていたんです。でもちゃんと勉強するようになったのは14~15歳ぐらいになってからで、そこからは和声、対位法、フーガなどをシステマチックな勉強もするようになりました。
――自発的に作曲をしていた頃に比べ、そうした理論的な勉強をされるようになってから、ご自身の演奏って変わりましたか?
変わるんですけれど、一番大事なのはやっぱり根源にある自発性だと思います。自発性がなければ書くにしろ弾くにしろ、成り立たないので。その点では初心を忘れずにということはありますし、そこを大事にしているんじゃないかなと思います。
――今回演奏してくださったのは全て編曲モノ、専門用語でいえばトランスクリプションということになりますが、他の可能性というのはまさにこうした編曲作品が体現しているものでもありますよね。でもこうしたトランスクリプション作品は、マニア御用達の音楽で正統派ではないと批判されることもあります。でも、ここまでうかがった話からすると、阪田さんにとってはすごく自然なものなんですよね。
私は物心ついた時から、いわゆる作曲家の名前がふたつ並んでいる編曲作品がとっても好きなんです。本当に好きで好きでたまらなくて、色んな楽譜を探しては買って、そのうちのかなりの量がレパートリーのなかにあります。でも、その倍ぐらいの量の楽譜を持っていて、自分のなかで「これはすごく良いものだ」っていうものはお伝えしていきたいですね。
何よりも編曲作品は技術が難しいですし、そういった意味でベートーヴェンのソナタのようなしっかりしたものと比べて「ちょっとこれはね……」っていう風に言われがちなんです。でも、ただの技術の修練では全くなくて、こうした楽曲を通して勉強できることは非常に多いんですよ。
例えばオペラの編曲作品に取り組めば、その演奏者はオペラの内容を知らなければいけないですし、どの役の人が、どういうシチュエーションで、どの楽器が、このパートを弾いていてってことを全部、把握した上で弾かなければならないわけです。
その勉強って正直なことを申し上げて、ピアノだけを勉強していると一番欠けてしまうところなんですよね。だからその点では重要なレパートリーですし、そういった面でもっと光が当たってもいいんじゃないかなと思っています。
熱く語る阪田
――阪田さんがどういう思いでこうした作品に取り組んでいらっしゃるのか、その熱い気持ちが伝わってきました。阪田さんが特に憧れるピアニストはどなたなのでしょうか?
具体的な名前を挙げると、ウラディミール・ソフロニツキー(1901–1961)、ヨーゼフ・ホフマン(1876-1957)、セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)ですね。
――お三方とも伝説的な素晴らしい演奏家ですけれど、このなかで一番有名なのはやはりラフマニノフでしょうか。彼の作品は今日では粘着的に歌い込んで演奏されることが多いですけれど、でもご本人はさっぱりとした演奏を録音に残していますね。
ラフマニノフの演奏には、すべてがアンダーコントロールの中でいかに音楽を紡げるか……いや逆ですね。アンダーコントロールだからこそ紡ぐことができる音楽というのがあります。だからこそ心から出てくる自然な流れとか、自然な旋律、自然な歌心っていうのが、本当に素晴らしい演奏家ですよね。
――ここまで音楽とどのように向き合っていらっしゃるのかをうかがってきました。では、観客の前で演奏することについては、どのように考えていらっしゃるのでしょうか?
人前で演奏する際に意識しているのは、我々が演奏しているクラシック音楽というものが、いかに素晴らしいものか……というと押し付けがましく聞こえてしまうんですけども、そうではなくて素直に美しいんだよってことを、一人でも多くの人に伝えたいというのが、私の心からのメッセージですね。
音楽を聴いて「いいな」と思ってくださることが、本当に素晴らしいことだと思うんです。それがひとつのゴールというか、ひとりでも多くの方に伝えていけたらと思っています。
――では、最後に6月に控えている2つのコンサートについて聴きどころを教えてください。
まずは、6月14日(水)と6月18日(日)に東京フィルハーモニーさんと共演させていただきます。演奏するのはリストのピアノ協奏曲第1番なんですけども、この曲は私が最初にオーケストラと演奏したもののひとつなんです。そしてもちろん、昨年のリストコンクールで優勝したときに勉強した曲でもあるんですが、優勝後に日本でこの協奏曲を舞台で演奏させていただくのはこのときが初めてになります。
――そうなんですか!? それは、なおのこと期待が高まります!
6月19日(月)に紀尾井ホールで開催されるコンサートは、江口玲(あきら)さんとご一緒させていただきます。ホロヴィッツやラフマニノフとかが実際に弾いていたニューヨークのスタインウェイ2台を用いて演奏するという意欲的な企画です。
2台のピアノで、ブラームスの作品を2曲(ハイドンの主題による変奏曲、2台ピアノのためのソナタ)弾くだけではなくて、ソロの方は1912年製のCD75というホロヴィッツが愛用していたピアノでリストの「マゼッパ」を、1887年製のローズウッドというピアノでラフマニノフの「チェロ・ソナタ」第3楽章をわたくし自身が編曲したものを初披露させていただきます。
初演となると、自分でも楽しみという気持ちと不安という気持ちと両方あるんですよね。実際にラフマニノフがカーネギーホールとかで演奏会をしたときに触れていた楽器で、私がラフマニノフの楽曲を編曲したものを初演するという、何かすごく特別な縁がある演奏会になるので私自身も心待ちにしています。
――今後の益々ご活躍を期待しております。本日は有難う御座いました!
阪田知樹
『サンデー・ブランチ・クラシック』は、渋谷駅から徒歩6分という立地にあるLIVING ROOM CAFÉで毎週日曜の13時に開催されている。ワンコインのミュージックチャージで体験できる「プチ贅沢」は、日曜午後の過ごし方として最適だ。是非一度足を運んでみてほしい。
取材・文=小室敬幸 撮影=早川達也
出演者…渡邊一正(指揮)、阪田知樹(ピアノ)、東京フィルハーモニー交響楽団
曲 目…リスト:交響詩『レ・プレリュード』
リスト:ピアノ協奏曲第1番*
ブラームス:交響曲第4番
第110回東京オペラシティ定期シリーズ
日 時…2017年6月14日(水)19:00開演(18:30開場)
第893回オーチャード定期演奏会
日 時…2017年6月18日(日)15:00開演(14:30開場)
岡田 奏/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
6月4日
1966カルテット/女性カルテット
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
6月18日
MUSIC CHARGE: 500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html