ルーは吸血鬼?「夜明け告げるルーのうた」のルーツ

2017.6.5
コラム
アニメ/ゲーム

夜明け告げるルーのうた劇場パンフレット

「夜明け告げるルーのうた」は皆さんご覧になりましたか?

湯浅政明監督の最新長編アニメ。踊る!歌う!うねる!気持ちの良いアニメーションが非常に必見の映画です。

本作の主人公は人魚の女の子・ルー。

この映画では、人魚の特徴として『老けない』『日光を浴びると身体が燃える』など、どちらかというと吸血鬼の様な特徴があります。これは、吸血鬼に類似させたことに意味があるというよりも、もともとは“ヴァンパイア”を想定していたキャラクターであったことがインタビューやパンフレットなどで明かされています。中でも映画秘宝2017年6月号では具体的な原型作品として、「なんちゃってバンパイヤン」という作品を挙げています。

あまり聞きなれない作品だと思いますが、この「なんちゃってバンパイヤン」とはどんな作品なのかご紹介します。

この「なんちゃってバンパイヤン」は、TVアニメ企画のパイロットフィルムとして湯浅政明監督自身が監督した短編作品です。お城に迷い込んだ少年が、お城の吸血鬼の女の子と、少年を食べたがる父親に出会い、バンパイヤハンターとの戦いに巻き込まれていく“コメディアニメ”です。

監修を、TVアニメシリーズ初期の「クレヨンしんちゃん」でお馴染みの本郷みつるさんが務めているということもあり、雰囲気は完全に90年代初期の劇場版「クレヨンしんちゃん」シリーズ。高いところから落ちそうになるところで、男の股間を掴んで間一髪助かる演出などはまさにしんちゃんイズムを感じます。随所の動きだったり、間であったり、大人も思わず笑ってしまうような尖ったギャグが盛りだくさんの作品で、「夜明け告げるルーのうた」から遡って本作を観たら、作品の印象の差に驚くことは間違いないでしょう。

その後、「なんちゃってバンパイヤン」から2001年にTVアニメシリーズ「バンパイヤン・キッズ」が生まれます。ですが、驚いたことにそちらには湯浅政明監督は関わらず、まったく別の布陣での放送となってしまいました。本来別の作品のルーツである作品が、時代を経て全く別の色の作品のルーツとなると思うと非常に不思議な感じがあります。

アニメーションの躍動感など、眼で見て分かる湯浅政明監督らしさは「なんちゃってバンパイヤン」にも「夜明け告げるルーのうた」にも通ずるものがあるのですが、こと作品のテイストに関しては、違いが大きいです。むしろ、ここまで違った作風の作品でも、湯浅監督の“色”が出ているところが面白いところかもしれません。

そんな湯浅監督はこれまでに様々なアニメ作品に携わってきましたが、劇場販売パンフレットに掲載されている湯浅政明監督と脚本の吉田玲子さんの対談で、ご本人がこんなことを漏らしています。

『今回、『夜は短し歩けよ乙女』の公開からあまり間を置かずに公開されることとなったんですが、『夜は~』の方はわりと好きなように作らせていただいた作品なんです。ただ、『ルー』の方は観てくれる方がどう思うかを優先して想像しながら作っていました。』

 

オリジナル作品である「夜明け告げるルーのうた」よりも、原作有りの映画「夜は短し歩けよ乙女」を挙げて『わりと好きなように作らせていただいた』と述べるところに、「夜明け告げるルーのうた」が湯浅監督が余程観客の受ける印象に気を遣って作ったんだな、ということが伝わります。実は湯浅監督が特に自分の“色”が出すぎないよう、神経をとがらせた映画が「夜明け告げるルーのうた」なのかもしれません。

「なんちゃってバンパイヤン」は、湯浅監督の短編作品「キックハートKick-Heart」の特典ディスクや「バンパイヤン・キッズ」のDVD第1巻に映像特典として収録されています。「なんちゃってバンパイヤン」「夜明け告げるルーのうた」は、企画としては完全に別のアニメです。ですがどちらか一方を観たことがある人は、是非この機会にもう片方を観てみるのはいかがでしょうか。両作品を観ることで、湯浅監督の作品間のグラデーションを感じられるのではないでしょうか。