『22年目の告白-私が殺人犯です-』入江悠監督インタビュー 100万人動員のヒット作をどう‟日本のメジャー映画”にリメイクしたのか?
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『22年目の告白-私が殺人犯です-』入江悠監督 撮影=藤本洋輔
6月10日(土)公開の『22年目の告白-私が殺人犯です-』は、藤原竜也と伊藤英明が初共演を果たしたサスペンスエンターテインメント大作だ。22年前に起きた連続殺人の犯人が時効を迎えてから姿を現し、事件の真相を綴った告白本「私が殺人犯です」を出版。挑発的な発言や行動でメディアの注目を集めて一大ブームを巻き起こし、新たな事件へと続いていく姿を描いた作品である。美しき連続殺人犯・曾根崎を藤原が、曾根崎を追い続ける刑事・牧村を伊藤がそれぞれ演じている。
『22年目の告白-私が殺人犯です-』 は、入念な取材と時代考証のもと、日本では撤廃された殺人事件の”時効”をサスペンスの一要素として組み込むことに成功し、原作の設定を活かしつつ同作を作り変えている。メガホンをとった入江悠監督は、製作環境のまったく違う日本でどうやってこの難題をクリアしたのか。原作を「スゴイ映画」と認めつつも、日本独自の”メジャー大作”へと作り変えた入江監督の手法に迫った。
‟日本で作る意味”を探っていったら、今の形になった
(C)2017 映画「22 年目の告白-私が殺人犯です-」製作委員会
――『22年目の告白-私が殺人犯です-』は100万人を動員した映画『殺人の告白』をもとに作られています。やはり同作を意識して監督されたんでしょうか?
もともと、『殺人の告白』は映画館でたまたま観ていたんです。ぼくは韓国映画がすごく好きだったので、「スゴイ映画だな」と思っていたんですが……その時は、まさかこのお話が来るとは思っていませんでした。『殺人の告白』はアクションが凄いんですが、お話を頂いたときには、「このアクションを日本でそのままやってもダメだな」と思いました。原作の一番の魅力は中盤のプロットポイントである“どんでん返し”なので、その面白さを頼りに“日本で作る意味”を探っていったら、今の形になったんです。
――確かに、原作の過剰なアクションは日本のロケーションでは難しそうですね。脚本を37稿も重ねられたそうですが、それはより現実的な作品にするためですか?
そうですね。それと、現在との対比で1995年という時代を設定したので、整合性や時効などの法律的な部分について色んな先生からお話を聞くのに時間がかかりました。
――一方で、伊藤英明さん演じる刑事・牧村と犯人のチェイスシーンなど、オリジナリティのあるアクションも登場します。何かこだわられたところはありますか?
個人的に昔からジャッキー・チェンが好きで、アクション映画もすごく好きなんです。以前、『ジョーカー・ゲーム』という作品を撮った時にアクションをちゃんと勉強する機会に恵まれたんですが、そこで「今の日本でやるべきアクションって何だろう?」と考えました。藤原竜也さんも『るろうに剣心』シリーズでアクションを経験されていますが、(『22 年目の告白-私が殺人犯です-』は)リアリティに根差したアクションにしようと思ったんです。
――現実感のあるアクションを目指された、と。入江監督の前作『太陽』にも生々しい長回しアクションがありますが、ああいったシークエンスを必ず作品に入れるように意識されているんでしょうか?
題材にもよります。最近は香港映画的なアクションをやろうとすると、相当ジャンルが選ばれてしまう。そういうこともあって、作品にあったトーンを選ぶようにしています。基本的にアクションの歴史=映画の歴史みたいなところがあると思っています。昔のサイレント映画なんかは、全部アクションじゃないですか。バスター・キートンにしても、ハロルド・ロイドにしても、チャーリー・チャップリンにしても、人間が動いて事件が起きる。そういう作品がすごく好きなんです。そういった意味では、(『22年目の告白-私が殺人犯です-』では)『殺人の告白』をギュッとタイトにしたアクションを作ったという感じです。
(C)2017 映画「22 年目の告白-私が殺人犯です-」製作委員会
――小泉純一郎さんをはじめ、実在の人物が実名で登場しているのも気になりました。YouTubeやニコ生などのメディアの名称もそのまま使っている。
社会的な風潮、世相を作品に入れるのが好きなんです。ぼくは映画はフィクションだとしても、ドキュメンタリーだと思っているところがあるので……その時代に作る意味があると思うんです。
――フィクションの中に時代を記録するということですか。
10年後にはSNSなんかの描写は陳腐化している可能性もあるんですけど、それも含めて映画は歴史とともにあると思うので。昔の今村昌平さんの映画を観ると、その時代がわかったりする。そういう意義があると思っています。ニコ生とか、Twitterとか、LINEとかの名称は全部許可を取ってもらいました。報道というものも、新聞やテレビだったころから少しずつ変わってきているじゃないですか。その過渡期に(作品を)作る、そこで世間を騒がせる犯人が出てくる、というのは、作品のテーマと結びついてるな、と。
――テレビ局が製作で入っているのに、メディアについて結構シニカルに描かれているところも面白かったです。
プロデューサーは、「これ、結構メディア批判入ってますね……」って言っていました(笑)。でも、最近はハリウッド映画なんかもすごくチャレンジしていて、現政権や大統領をシニカルに扱っているじゃないですか。日本でもそういう作品が増えればいいのにな、と思いますね。
(C)2017 映画「22 年目の告白-私が殺人犯です-」製作委員会
――少し映る程度の記者役の方も堂に入った演技をされていたんですが、何か演出はされたんでしょうか?
記者役の俳優にはワークショップというか、レッスンを受けてもらって、カメラの持ち方や取材の仕方を学んでもらいました。撮影の半年くらい前から定期的にレッスンをしています。日本映画はこういう役をエキストラでやりがちなんですけど、全部オーディションしました。
――なぜそこまでディティールにこだわられたんでしょう?
記者の方が観られて、「こんなのないよ!」って思われたら嫌ですからね。実際にその仕事をされている方に失礼になりますから。そういう仕事をしていないお客さんも、違和感があると醒めちゃうことがありますし。自分が観客のときにも、エキストラの芝居で醒めちゃうことがあるんです。そういうのは嫌だな、と思うので。
日本映画が避けがちな表現に挑む
(C)2017 映画「22 年目の告白-私が殺人犯です-」製作委員会
――当時の阪神大震災も重要な要素として描かれています。なぜこの繊細な問題を題材として選ばれたんでしょう?
まさに世代だったんです。当時は色んな事件や災害を咀嚼するのに時間がかかって……オウムのサリン事件もありましたし、1995年のあれは何だったんだろう、とずっと考えていました。当時の被災者の方の感情だったり、事件がその後に及ぼした影響とか、そういうことを日本の映画は避けがちなので、それを見つめないといけないんじゃないか、と思ったんです。当時、ぼくは東京に出てきた頃で、関西出身の友達が出来たりすると、色々と聞くわけです。ド真ん中ではないですけど、自分も東日本大震災を経験して、その時の感情だったり動揺を、こういうエンタテインメント作品であっても見つめたいな、と思ったんです。
――たしかに、単なるどんでん返しのエンタメではないと思いました。
当時、神戸で精神科医をされていた中井久夫さんという方の著書なんかもすごく読みました。この映画では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)も扱っているんですが、そういったことを日本映画はわりと絵空事のように描いてしまうところがあって、架空の事件をバックボーンにしてしまうことが多いんです。心的外傷を受けた人が、大人になっていく過程でどういった影響を受けるのか?ということは、きちんと取材したほうがいいと思うんです。犯罪の被害者や遺族の方も実際にいらっしゃるので、「もしかしたら怒られるんじゃないか?」とも思ったんですが……こっちも調べ尽くして、ちゃんと向き合わなきゃだめだな、と思いました。初めてですね、脚本を書くのにこれだけ時間がかかったのは。
――劇中で描かれている、“犯罪加害者が手記を出す”という状況は実際にも起きていることですよね。
少年Aだったり、福田和子元受刑者だったり、犯罪を犯した人が手記を書くケースはありますね。下世話な野次馬精神でそういったものを読みたいと思う一方で、「どういう心理状態でその行為に走ったのか?」ということも気になります。被害者のほうが取り上げられることは多いですが。加害者、世代が変わって少年なんかが、どういう教育だったり、どういう抑圧から犯罪を犯すのかということは、観たいと思うんです。一概に「遺族がいるからダメだ」とは割り切れないところがある。こういうもの(手記)を読むと嫌悪感を抱くこともあるんですけど……精神医学や犯罪心理学的な視点から見ると、日本は加害者側の心理を見つめるのが弱いんじゃないかな、と思います。
――犯罪を告白すると、TwitterのようなSNSで広がって、社会的な制裁につながることもあります。ただ、この作品では曾根崎を「かっこいい」と称える“民衆の怖さ”みたいなものも描かれてますよね。
ぼくは、民衆は基本的に怖いものだと思っているので……人ごみとかすごく怖いんですよ。人が大挙して同じ方向に流れるのがすごく怖い。一時期はSNSも辞めていたんですけど、そこにある闇のようなものも時代ならではのものだと思うので、無視できないんですよね。
(C)2017 映画「22 年目の告白-私が殺人犯です-」製作委員会
――曾根崎役の藤原竜也さんとは現場でどんなお話をされたんでしょう?
ほとんど芝居の話はしなかったですね。藤原さんにしても、伊藤さんにしても、脚本に乗って演じて下さったので。ただ、どの役も多面性を持っているので、「この芝居のときにどのキャラクターを出すのか?」ということはよく相談されました。どんでん返しがいくつか用意されているので、どこでその情報を出すのか、ということです。表情一つで、お客さんに「胡散臭いな」「違うんじゃない?」と思われると映画として負けなので、芝居の加減はすごく気にされていました。「どこまで思いを出せばいいのか」とか、「ここは隠しておいたほうがいいんじゃないか」とか。
――藤原さんはあまり叫んだりせず、すごく抑えた演技をされていますよね。
クランクインはホテルの部屋のシーンだったんですが、「(藤原の)声、ちっさ!」と思ってビックリしました(笑)。たぶん、しっかりした脚本があったので、安心して抑制した芝居をされてたんだと思います。
――藤原さんは殺人鬼や、ゲスい役を演じることが多いので、そのイメージを逆手にとったようなキャラクターなのも興味深かったです。
藤原さんをよく知っている方は、そのあたりも楽しめると思います(笑)。
――メジャー作品としては『ジョーカー・ゲーム』から、『22 年目の告白-私が殺人犯です-』でアップデートされているような印象があります。メジャー作品を撮ることにこだわりがおありなのでは?
子どもの頃に観ていた作品がハリウッドの大作だったので、(メジャー映画に)憧れがすごくあるんです。ただ、やってみるとなかなか「日本では『ターミネーター』は作れないな」と思ったり。そこから、ようやくこの作品で自分の理想・目標としてきたモノと、日本映画のメジャーの環境がようやくフィットしてきた感じがあって。
――予算があっても、地に足の着いた大作を作るのは難しそうですね。日本ではお金をかけてもロケーションの問題で出来ないことも多い。
難しいですね。でも、やる気のあるスタッフもたくさんいますし、藤原さんや伊藤さんみたいに、「まだまだイケるんじゃないか」と思っている俳優さんもいるので。少しずつ、日本映画のメジャーも変わっていくと思うんです。
――原作のある映画に携わることも増えてきたように思います。原作モノを撮る際に気を遣われていることはありますか?
自分が好きになった時の感情だけ信じていればいい、と思ってます。ディティールは変わってもいいと思っているので。ビジュアルとか、物語の運びだったりは、漫画だったり小説だったりでまったく違うジャンルなので、好きになった気持ちだけを頼りにやっています。
映画『22 年目の告白-私が殺人犯です-』は6月10日(土)より全国公開。
インタビュー・文・撮影=藤本洋輔
脚本:平田研也、入江悠
出演:藤原竜也、伊藤英明、夏帆、野村周平、石橋杏奈、竜星涼、早乙女太一、平田満、岩松了、岩城滉一、仲村トオル
Based on the film “Confession of Murder”
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/22-kokuhaku/
(C)2017 映画「22 年目の告白-私が殺人犯です-」製作委員会