宮本亜門の新演出オペラ『金閣寺』、日仏で上演へ…東京二期会が初の日仏共同制作。日本人歌手も両バージョンに出演
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宮本亜門・嘉目真木子
ミュージカル『アイ・ガット・マーマン』でデビューして30年。節目の年を迎えた演出家・宮本亜門が、全3幕のオペラ『金閣寺』(原作=三島由紀夫、台本=クラウス・H・ヘンネベルク、作曲=黛敏郎)で新たな一歩を踏み出すことになった。東京二期会とフランス国立ラン歌劇場の共同制作で、2018年春にまずフランスでプレミア公演が行われる。モーツァルト作品を軸にしてきた宮本にとって初の日本物。しかも敬愛する三島作品を引っ提げてのフランス・デビューとあって、記者会見でも「この上のない喜びです。二期会さんと一緒に世界に羽ばたきたい」と興奮気味に語った。
日本外国特派員協会で行われた会見に出席したのは、宮本のほか、日仏両バージョンに出演するソプラノ歌手・嘉目真木子(よしめまきこ)、東京二期会の中山欽吾理事長、同じく山口毅事務局長の4人。最初に登壇した中山理事長によると、1952年の創設以来、東京二期会は海外の歌劇場との提携公演に積極的に取り組んできたが、その中でも宮本演出は「重要な歴史を持っている」という。
両者の出会いは2002年の『フィガロの結婚』にさかのぼる。同作は数年に一度上演される二期会の財産演目に成長し、今回『金閣寺』にキャスティングされた嘉目も、2011年上演バージョンでスザンナを歌った。共同作業はさらに『ドン・ジョヴァンニ』(2004年)、『コジ・ファン・トゥッテ』(2006年)、『ラ・トラヴィアータ』(2009年)と続き、2013年にはオーストリア・リンツ州立歌劇場との共同制作で『魔笛』を上演。同歌劇場のこけら落とし公演としてシーズンの開幕を飾り、2015年の日本凱旋公演も話題になった。
フランスとの初共同制作オペラで宮本に白羽の矢が立ったのも、積み重ねた信頼関係と海外での実績があればこそ。山口事務局長はこのあたりの経緯について、来シーズンからラン歌劇場支配人に就任するエヴァ・クライニッツ(現ドイツ・シュツットガルト州立歌劇場オペラ監督)の意向に言及しながらこう説明した。
「実はエヴァさんは大変な日本通で、以前から我々のプロジェクトを見て、亜門さんの演出力をご存じだったのです。特に『魔笛』は30何回もリンツで上演されていますからね。しかも、サンタフェオペラで『TEA:A Mirror Of Soul』(タン・ドゥン作曲、2007年)を演出して、バンクーバーやワルシャワ公演も成功させている。亜門さんはさらにミュージカルや演劇でもヨーロッパに行ってらっしゃいますが、そういうことも含め、エヴァさんはいろんな情報を得た上で決めてくれた。あともう一つ、亜門さんが持っている三島に対する情熱、愛情。これが非常に直接的に彼女の心をとらえたように思います」
宮本の三島への傾倒が最初に結実したのは2011年1月だった。当時、神奈川芸術劇場<KAAT>の芸術監督だった宮本は、こけら落とし公演の演目にストレートプレイ版『金閣寺』を選んだのだ。「初めて小説を戯曲化し、舞台化した」この作品は、ニューヨークのリンカーンセンター・フェスティバルに正式招聘されるなど話題になった。一方、これをきっかけに「三島由紀夫に完全にはまった」という宮本は翌2016年には三島の最後の戯曲『ライ王のテラス』にも挑戦している。
実はオペラ版『金閣寺』への関心はそれ以前から芽生えていたという。「確か1995年ぐらいにCDを買って、そこからずっと聴いていたんです。ストラヴィンスキーやラヴェルのように生々しく迫ってくる黛さんの曲のエネルギー、特にコーラスの力というのが全編にありまして、溝口(主役)の心情をコーラスで推していくというような形態に大変興味を覚えておりました。日本の最高峰のオペラの一つですから、いつか……という思いはずっとありましたね」
小説『金閣寺』は1956年に刊行された三島由紀夫の代表作のひとつ。吃音にコンプレックスを持つ青年僧・溝口が父の知人が住職をつとめる金閣寺で修行生活に入るが、脚に障害を持つ柏木ら同学の友と交流を重ねるうちに理想と現実の落差に苦しみ、やがて絶対視していた金閣寺に敵意を抱くようになる……溝口の心情を一人称の告白体でつづった小説だ。
オペラ版は、ベルリン・ドイツ・オペラの委嘱によって、黛敏郎(1929~1997)が作曲したもので1979年に同オペラで初演、日本では1991年に全幕初演された。原作が一人称告白体だけに戯曲化の形式はさまざま。宮本のストレートプレイ・バージョンでは「金閣寺の建物を出さずに、人間が金閣寺の役になり、溝口の深層心理といつも対峙する役として出した」というが、今回はクラウス・H・ヘンネベルクのドイツ語台本通り、コーラスに物語を牽引させる形を選択した。
「溝口の心象風景として、『金閣はこう言っているんじゃないか』ということを全部コーラスが代弁しているので、金閣寺の建物は舞台上には出さないつもりです。見方を変えれば、コーラスそのものが金閣ということになります。大変巨大なコーラスになると思いますが、そのコーラスを中心に、溝口の内面、特に不気味なものが脈打って鼓動しているような深層心理をなるべく深く広げていき、それが彼を推していくという感じにしたい。闇の中の舞台という感じになると思います」と宮本。
中でも、お経をコーラス化した部分を大切にしたいという。「黛さんたちのオペラバージョンには『殺物殺祖』の説法が盛り込まれています。『仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺せ』という部分ですね。これほどお経をコーラス化し、そして日本の伝統美をそのまま入れ込んだオペラというのはなかなかないんではないか。お経の持っている力強さや迫力、それがどう人間を駆り立てていくのかみたいなところもはっきり出していければ。ギリシャ悲劇のコロスの扱いと同じような形でコーラスを使わせていただければと思っています」
装置のボリス・クドルチカとは『魔笛』でもコンビを組んだ仲。「もう何回も打ち合わせをしています。各シーンが闇の中で、一か所一か所きれいに展開していって、最後には……という所が面白くなるといいなと思っています」
もう一つ、原作やストレートプレイ版と大きく違うのが溝口の吃音で、初演通り、溝口は手が不自由だという設定にした。「やはりオペラですからね。ただ溝口の吃音は、その多くが精神性が原因だと思うんです。人にどう対峙したらいいか、自分の内面が不安定な状態で、相手とどう言われたら自分が怖いかとか……。溝口には社会や世間、絶対なるものへの不安と混乱があって、それが吃音になっていく。手の表現をどうしようかと悩むより、精神性のほうをどう出せるかですね。もちろん、オペラの歌詞の中には『手が不自由だ』という箇所はありますが、例えば、柏木は足が不自由で彼は手が…という表面的なまとめ方はしたくないんです」。すでに溝口役のバリトン歌手(Simon Beiley)とは顔合わせを済ませており、「演技派で有名な方なので、徹底的な演技でコンプレックスの塊の人間というふうに表現してくれると思います」
一方、日仏両バージョンで「女」役を歌う嘉目は、宮本演出作品への出演は5度目。『フィガロの結婚』『魔笛』のほか、ストレートプレイの中にオペラを埋め込んだKAAT公演『マダムバタフライX』(2012年)にも出演しており、「(宮本さんは)いつも本当に新しい感覚を運んで来てくださるなと思っています。東京二期会としても初めてのフランスとの提携公演で、稽古をまた何ヶ月もご一緒させていただけるのが非常に今から楽しみです」と笑顔を見せた。
オペラ『金閣寺』には、神奈川県民ホールが上演した舞台に「有為子」役で出演している。「全体を通して非常に『闇』を感じる作品。音楽は非常に厚くて、合唱(コーラス)もすごいんですけれど、私が一番好きなシーンは最後の方に出てくるソリストが全員登場する九重唱です。非常に難しくて、前回出演させていただいた時も非常に苦労をした場面ではあるのですが、ただやはり、金閣寺を燃やす、そういう心情に至るまでの溝口の心の動きというか、闇を表現する上でなくてはならないシーンなのかなと考えています」
今回演じる「女」については、「歌がなくて登場するだけのシーンがあります。自分の旦那さんである兵士に、自分の乳を抹茶に入れて飲ませるというシーンがあるのですが、ここは、音楽が非常に美しく、神秘的に描かれているのかなと感じています。溝口という人物の闇を表現するためでしょうか、全体としては、女性が虐げられている感覚になることが多いのですが、この美しいシーンを亜門さんがどう演出されるか楽しみです」と語った。
東京二期会にとっては、嘉目とバス・バリトンの志村文彦(道詮和尚役)が日仏両バージョンに出演するのが大きな一歩となる。これまでの共同制作では二期会歌手の出演は国内公演だけの出演にとどまっていたからだ。それだけに中山理事長も「今回の『金閣寺』が二期会歌手の海外デビュー創出と知名度アップに向けた、大きな飛躍につながる一里塚になることを期待している」と力を込めた。
宮本にとっても、さらなるキャリアアップの可能性が秘められている。ラン歌劇場はストラスブール、ミュールーズ、コルマールの3劇場の共同運営体で、『金閣寺』はこのうち、ストラスブールとミュールーズの2劇場で上演される(ストラスブール=2018年3月21、24、27、29日、4月3日、ミュールーズ=同年4月13、15日)。特にストラスブールは規模が大きく、ロバート・カーセン、ペーター・コンヴィチュニーを始め、ヨーロッパを代表する俊英が相次いで演出を手掛けている。宮本も「私にとって、日本のオペラをフランスで演出させてもらうというのはこの上のない光栄。この前、フランスでリサーチして、現地の期待が尋常でないというのもよくわかりました。面白そうな演出家ばかりやっている劇場ですのでその中に加えさせていただくということにプレッシャーを感じつつ、これはもう負けてはいられない、うならす演出をちゃんとしたいと思っている最中です」
山口事務局長によると、ラン歌劇場の次期総支配人エヴァ・クライニッツには「フランスで日本の文化の魅力を紹介していきたい」という思いがあり、「アルモンド・ジャポン」というフェスティバルでも『金閣寺』を上演する予定だという。
東京公演は2019年2月。フランス公演はベテラン指揮者のポール・ダニエルが振り、日本公演は若手注目株のマキシム・パスカルが担当する。
取材・文=刑部圭
■原作:三島由紀夫
■台本:クラウス・H・ヘンネブルク
■作曲:黛敏郎
■演出:宮本亜門
■日程:
フランス国立ラン歌劇場・ストラスブール公演《2018年3月21,24,27,29日、4月3日》
フランス国立ラン歌劇場・ミュルーズ公演《2018年4月13,15日》
■指揮:ポール・ダニエル
■管弦楽:ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団
■出演:Simon Bailey、Paul Kaufmann、志村文彦、嘉目真木子、他
■日程:2019年2月 東京
■指揮:マキシム・パスカル
■東京二期会公式サイト:http://www.nikikai.net/index1.html