ピアニスト・坂本真由美が招待する“愛すべき名曲たち”の世界
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坂本真由美
ピアニスト・坂本真由美がカフェライブに登場 "サンデー・ブランチ・クラシック" 2017. 7.2 ライブレポート
7月2日の日曜日は、夏らしい陽気の一日だった。日曜日の午後、食事をしながら気軽にクラシックを楽しめると好評の『サンデー・ブランチ・クラシック』。この日は、出演者にピアニストの坂本真由美を迎えた。
13:00の開演時刻、拍手とともに舞台に登場した坂本は、さっそく演奏に入る。1曲目は、モーツァルト作曲「きらきら星変奏曲」だ。誰もが口ずさんだことのある、お馴染みの愛らしいメロディーで始まる。このメロディーが、次々と異なった表情に作り替えられていく。
早回しの装飾的な旋律に変わったかと思うと、今度はうきうきするような活気ある雰囲気になる。その後も、気品に満ちた曲想や、情熱にあふれた曲想と、短い曲の中で目まぐるしく雰囲気が変わる。符点を使った独特のリズムが出現したあとは、快活な行進曲風となる。曲調を瞬時に切り替える手際が見事だ。
音楽は一転して静まり、旋律はゆったりとした悲しげな性格を帯びる。しかし、まもなく曲は長調にもどり、素朴で明るいメロディーとなる。やがて、ロマンティックで甘美な曲調が現れると、テンポのゆらぎを作りながらしっかりと歌い上げる。最後には、豪華絢爛な変奏が登場し、堂々とした和音で曲は終わりとなる。
カフェに響くピアノの音色
拍手に応えながら、坂本がマイクを取って挨拶する。
「皆様、今日はとてもお暑い中、お越しいただきありがとうございます。先ほどの「きらきら星変奏曲」には、<きらきら光る……>というお馴染みの歌詞が付いていますね。実は、この歌詞が付いたのはごく最近です。もとは、モーツァルトの時代にフランスで流行していた「ああお母さん、あなたに聞かせましょう」という恋の歌でした。著作権のある現在だと大変なことになりますが(笑)、当時は、流行りの曲を自分で編曲することが普通だったんです。さて、続いての2曲目は、バレエ音楽の「くるみ割り人形」です。クリスマスイブに繰り広げられるファンタジーの物語です。本来はオーケストラの曲ですが、今日は私1人で、10本の指だけで弾いてみたいと思います。」
曲について紹介してくれたあと、坂本はチャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」の演奏に入った。バレエ組曲の編曲で、「行進曲」「金平糖の精の踊り」「トレパーク(ロシアの踊り)」の順に演奏される。
「行進曲」は、輝かしいファンファーレ風の旋律で始まる。原曲で金管楽器の担当する音符は力強く、弦楽器の担当する音符は柔らかくというように、オーケストラ曲の雰囲気を残している。ピアノの表現力を余すところなく示す演奏だ。
続いては「金平糖の精の踊り」。曲想は一転して、ゆっくりとした歩みになる。時折テンポを緩めながら、幻想的で妖しげな雰囲気を作り出している。静かな音楽だが、一つ一つの音が豊かな響きを持っていた。
坂本真由美
最後には「トレパーク(ロシアの踊り)」が演奏される。強奏の和音とともに、力強く活気に満ちたメロディーが現れる。激しい動きながらも、軽やかに飛び跳ねるような印象だ。音楽はさらに速度を上げ、駆け抜けるように曲が終わる。
演奏の合間には、予定している演奏会の告知も行われた。
「私は今、上野の東京芸術大学で、ピアノの講師をしています。今回、教員たちのプロジェクトとして、ピアノ・デュオの演奏会をすることになりました。一台で演奏することの多いピアノが二台になるので、格別の迫力になります。ソロと違って演奏される機会が少ないので、ご興味のある方は是非お越し下さい」
また、次の曲目についても紹介してくれた。
「続いて演奏する「英雄ポロネーズ」は、ドラマ『ロングバケーション』や『のだめカンタービレ』などの作品でも使われました。“ショパンといえばこれ”といえる曲の1つではないかと思います。」
坂本真由美
そうして始まった3曲目のショパン作曲「英雄ポロネーズ」の演奏は、激しく勇ましい序奏によって聴き手を引き込んだあとに、堂々とした華麗なメロディーが提示される。激しい情熱をこめながらも、荒々しくならず美しい音になっている。重厚で緊張感のある表情を経て、力強い強奏の和音が響く。重厚だが、音は重くならず、会場の遠くまで響いている。左手の印象的な繰り返しの伴奏音型に導かれて、曲は疾走感を増していく。
その後、曲調は一転して穏やかになる。憂愁をたたえながらも、気品のあるメロディーが表情豊かに奏でられた。やがて徐々に音楽に活気が戻り、冒頭のメロディーが再現される。最後は堂々と、同時にロマンティックな雰囲気を保ちながら曲が閉じられる。
CDを紹介する坂本
満場の拍手を受けつつ、坂本は「実は、もう一点告知があります。先日、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番・21番のCDをリリースいたしました。特に、20番の第2楽章は映画やドラマでよく使われる名曲です。私はこの曲が大好きで、ドイツのケルン放送管弦楽団という素晴らしいオーケストラと共演させていただきました。それでは、本日最後の曲の「ラ・カンパネラ」を演奏いたします。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、曲名はイタリア語で“鐘”という意味です。鐘の音は、ヨーロッパだけでなく日本人にとっても、特別な意味がありますね。年末の除夜の鐘は、人間の煩悩の数と同じ108回打たれます。「ラ・カンパネラ」の曲中で打たれる鐘の数も、全部で108回あります―――というのは嘘です(笑)」と、冗談で会場の雰囲気を和ませたあと、4曲目のリスト作曲「ラ・カンパネラ」の演奏に入った。
坂本真由美
冒頭は、弱音でごく静かに始まる。曲の入りはとても繊細で、鐘の音が遠くから聞こえてくるように感じられた。高音域の澄み渡った音を響かせながら、音楽は徐々に活力を増していく。超絶技巧を要求することで有名な曲だが、大きな跳躍なども軽やかにこなしてしまっている。
高音域の輝かしい響きは、非常に細かい小刻みな音符になっているが、1つ1つの音が粒だっており、ピアニッシモでもはっきりと聴こえてくる。技巧的なだけでなく、僅かなテンポのゆらぎをつくりながら、曲に込められた情感も発揮していく。
会場では、食事を楽しみながらリラックスして聴くことができる。だが、迫力のある演奏に会場全体が自然に音楽に引き込まれ、聴くことに集中していた。やがて、音楽は華麗さと情熱を増していき、頂点に向けて加速していく。悲劇を連想させる激しい下降と上昇を見せたあと、劇的なクライマックスに至る。緊張感を持続させながらコーダを駆け抜けたあと、輝かしい和音で曲は締めくくられた。
坂本真由美
この日一番の拍手が、坂本に送られた。拍手に応え、披露してくれたのは「トルコ行進曲」。聞き馴染みのある楽曲だが、この日演奏されたものはバージョンが異なっていた。モーツァルトの作品をロシアのピアニスト、ヴォロドスが編曲し、坂本がアレンジを加えたオリジナル版だ。
冒頭こそお馴染みの「トルコ行進曲」だが、すぐに現代的なサウンドが現れ、聴き手をはっとさせる。強烈な不協和音を響かせ、ロックやメタルさえ連想させるような激しい音楽だ。特に、重みを増した低音が現代らしさを際立たせている。主題と副主題を同時に重ねて聴かせるなど、遊び心も満載だ。現代風でも聞きづらいわけではなく、ショスタコーヴィチなどに近いイメージだ。クライマックスでは、堂々とした原曲の雰囲気も保ちつつ、現代曲風のおどろおどろしさを全開にする。頂点を築いた後、崩れ落ちるような下降を経て曲は結ばれた。
終演後、坂本に少しだけお話を伺った。
インタビュー中の様子
――『サンデー・ブランチ・クラシック』は、昨年11月(※ヴァイオリニストの千葉清加との共演)以来の出演となりますが、ご感想は。
まず、このカフェは、とてもおしゃれな空間ですよね。クラシック音楽というと、どうしても敷居が高くて、『教養がないといけないのでは』『何を着て行ったらいいんだろう?』なんて困られる方も多いと思うんです。でも、こういう所ですと、お食事や飲み物を楽しみながら気軽に音楽を楽しむことができると思います。
一番いい点は、お子さんも自由に来ることができることですね。今日も、赤ちゃんを連れた方もいらっしゃいました。割と静かに聴いていたので、私もびっくりしました。普通コンサートホールだと、未就学児は入ることはできません。小さい時からクラシック音楽に触れる機会はなかなかないのですが、こういう場所だと安心して、気負わずに来られます。将来コンサートホールに来てくれるお客様を増やすことにもなりますし、クラシックをもっと身近にするきっかけ作りとして、素晴らしい場所だと思います。
――今後の目標をお聞かせください。
コンサートホールでの活動に留まらず、クラシック音楽を聴いてくださる方の裾野を広げる活動も、これからやっていけたらと考えております。
坂本真由美(ピアノ)
毎週日曜日、午後の昼下がりに渋谷のカフェで行われる『サンデー・ブランチ・クラシック』。ぜひ一度訪れてみてほしい。
取材・文=三城俊一 撮影=荒川潤
松田理奈プロデュース
OTOART vol.2『音×色』
13:00~13:50
MUSIC CHARGE: 500円
8月13日
海瀬京子/ピアノ&小島光博/トランペット
13:00~13:50
MUSIC CHARGE: 500円
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
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