「中嶋しゅうさんは、シアター風姿花伝が認知されるのをすごく喜んでくれた」支配人・那須佐代子
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那須佐代子
東京・新宿区中落合に「シアター風姿花伝」という小劇場がある。そこで年に一度行われている劇場のプロデュース公演の評判がすこぶるいい。公演の背景を知りたくて、女優で支配人の那須佐代子と企画に携わっている俳優・中嶋しゅうに話を聞こうとオーダーをした。2017年の演目が、マーティン・マクドナーの『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』と発表され、取材の準備も進めていたが、お二人との取材はついぞ実現できないままとなったーー。
『いま、ここにある武器』中嶋しゅう(左)と千葉哲也 撮影:沖美帆
『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』は僕も大好きな作品だ。アイルランドの片田舎、リナーンに暮らす病身の母と行き遅れの娘。閉ざされた家の中で、母は娘にすべての家事と世話をさせ、娘は母の頼みを無視したり嫌がらせをしたり、という日常が繰り広げられていた。ある日、娘にパーティの招待状が届けられる。娘は母から逃れるチャンスとばかりに出かけ、そこで出会った男との将来を夢見る。ところがそこにも母親の邪魔が入りーー。
シアター風姿花伝プロデュース、次回作はマーティン・マクドナーの出世作
7月6日、SNSなどで演出家、出演者が発表された。演出は、次期新国立劇場演劇部門芸術監督の小川絵梨子。キャストには、那須佐代子、ミュージカル『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャン役を演じている吉原光夫、舞台はもちろん映像で活躍しているベテランの鷲尾真知子。劇場のサイズと比べるものでもないが、さすがな顔ぶれ。そして、内藤栄一。「ん? 役者をやめて蕎麦屋になるはずの彼か?」と思い、電話を入れた。かつて内藤は、まつもと市民芸術館のレジデンスカンパニー「TCアルプ」に所属し、小澤征爾が総監督を務めるサイトウ・キネン・フェスティバル松本で、串田和美演出の『兵士の物語』に主演もしていた。「やっぱり役者をあきらめられなくて、東京に出てきたんですよ。『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』はしゅうさんが推薦してくれて。本当ありがたいっす」「そりゃ期待に応えるように必死に頑張らなければいけないな」などと話し、久しぶりの再会を約束して電話を切った。2006年に中嶋しゅうは、まつもと市民芸術館で『水の話』を演出しており、市民キャストとして内藤は出演していた。そのころから中嶋は内藤を買っていたのだ。ワクワクしながら那須にも「『THE BEAUTY QUEEN OF LEENANE』が楽しみだ」とメッセージを送ったら、「これから舞台を見るから、また後で」との返事があった。
その晩遅く、ネットのニュースで中嶋しゅうが舞台から転落したというニュースが伝えられ、その内容はいつしか亡くなった、に変わっていった。内藤にその旨を連絡すると、「なんでですか?」と呆然とした様子で電話がかかってきた。彼は改めて舞台への決意を口にしていた。
なんだか不思議な1日だった。
オープン10周年を前に、さまざまな企画で劇場の立て直しへ
シアター風姿花伝
後日、那須佐代子に会った。「しゅうさんらしいよね。ふっといなくなってさ。昨夜も小川(絵梨子)さんと8時間も話しちゃった」との言葉からインタビューは始まった。
那須は父親が新築のビルにつくったシアター風姿花伝の支配人だ。空きスペースを劇場にしたのではなく、最初から劇場を想定してつくっただけあって、小さいけれど行き届いている。2003年に宮田慶子演出『蝶のような私の郷愁』でこけら落としを行ったが、その後は貸し出し専門となっていく。アクセスはよくなく、さして特徴もなく、認知度も高くない劇場になっていった。
そのころの那須は劇団青年座を背負う看板女優への道をひた走っている存在だった。はかなかったり、気丈だったりする中にも色気を感じさせる役者だ。
「30代だったこともあったのか、自分が支配人だと表明することに躊躇があったんです。二足のわらじだと思われるのも嫌だった。そんなこんなのうちに9年目くらいに、このままだとつぶれてしまうという状況になったんです。10周年を迎えるし何かしなければいけない、でもどう頑張っていいかわからなくて。そのときに、アドバイスをいただいて、さまざまな企画を考えていきました。その中の《プロミシングカンパニー》は一つの劇団をフィーチャーする企画。私がやりたいこと、できることで何か劇場が活性化していく方法はあるかなと考えた中で、長く公演をやってもらおうという。紹介していただいた小劇場の方々に会いにいっては、誰も知らない劇場だし、駅から遠いから安くします、10周年でいろいろ頑張るから使ってくださいって。そのころは認知してもらうのに必死だった。それに私のというより、若い人の考え方を取り入れなきゃという感じでしたね。本当に若い劇団のことはわからなくて。でも小劇場でロングランしてくれるところはなかなかないんですよ。ランニングコストもかかるし、劇場費をいくら安くしても、劇団が疲弊してしまうこともある。だからあんまりロングランを押しつけられないし、応援したい劇団には細かくいっぱいやってもらうとか、それは今も模索中ですけれど」
2013年のDULL-COLORED POP、空想組曲を皮切りに、2014年のアマヤドリ 、2015年のてがみ座、2016年のTheatre Companyカクシンハン、今年は対象劇団はないが、2018年はパラドックス定数と力のある劇団がプロミシングカンパニーとなった。選出にあたっては、ドラマ性・物語性に重きを置いた作品づくりをしている劇団にこだわっているという。
シアター風姿花伝
那須は2012年度 の青年座『THAT FACE~その顔』、新国立劇場『リチャード三世』の演技で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した。そのタイミングと劇団青年座を退団することが重なったため、演劇マスコミは劇場運営とを結びつけて、一つの物語をつくりあげて記事を書いた。
「どれもバラバラに進んでいたこと。賞をいただく前に劇団とは話し合いをしていましたから、本当にたまたまですよ。でも『THAT FACE~その顔』のときにすごく満足感があったんです。青年座で翻訳物をやるというシリーズの第一弾だったんですけど、やりがいがあって、楽しくて、それまで馬が合わないと思っていたメンバーとも一丸となって一生懸命やることができた。不思議なもので、劇団に不満があるときはやめられなくて、満足した瞬間にもういいかなみたいな感じになった。だからやめた理由を聞かれても、違う景色が見たくなったくらいしか言えない(笑)。子育て的にも下の娘が中学生になって、手がかからなくなったこともあるかも。そういう意味では、青年座には本当に良くしてもらいました。近郊の旅公演に娘たちを連れていくことを許してもらったんですから、ずいぶん甘えさせていただいた。その娘(那須凜)も、私と入れ替わりで青年座に入ったんですけどね」
青年座公演『THAT FACE~その顔』左から宇宙、那須佐代子、尾身美詞、横堀悦夫 撮影:飯田研紀
作品次第でお客様はアクセスが悪い場所にも来てくださる
そして風姿花伝プロデュース公演だ。これまで3作品を上演してきたが、2014年の『ボビーフィッシャーはパサデナに住んでいる』では読売演劇大賞最優秀演出家賞、優秀女優賞、優秀作品賞を、2015年の『悲しみを聴く石』では同最優秀スタッフ賞、2016年の『いま、ここにある武器』では同優秀演出家賞、優秀俳優賞を受賞している。きっかけは10年目にレジデントアーティスト制度をつくったこと。メンバーは小川絵梨子、中嶋しゅう、文学座の上村聡史。
「風姿花伝プロデュースが始まったのは11年目から。10年目に小川さんがハロルド・ピンターの『帰郷 -The Homecoming-』を上演してくれたんです。しゅうさん、私も出演して。そのときにプログラム次第でアクセスが悪くてもお客様は来てくださると初めてわかったんですね。それがきっかけでプロデュース公演を始めたわけです。最初は上村さんが提案してくれた中から作品を選んでいました。そしたら2014年になって、しゅうさんが、“俺、2019年まで5カ年計画でプロデューサーとしてかかわるよ”と言い出したんです。だから『いま、ここにある武器』以降は本当はしゅうさんと私の共同プロデュースになるはずだった。5年間、演出家だけを決めて、結局1本しかやっていないのに、いなくなっちゃった」
『ボビーフィッシャーはパサデナに住んでいる』中嶋しゅう(左)と増子倭文江 撮影:沖美帆
『悲しみを聴く石』那須佐代子 撮影:沖美帆
『いま、ここにある武器』那須と中嶋しゅう 撮影:沖美帆
言うのはタダだからと、飛び出すさまざまなアイデア
中嶋しゅうはシアター風姿花伝で何がやりたかったのだろうか?
「しゅうさんは『天切り松闇がたり』という朗読劇のシリーズもやっていたけれど大きいところじゃない公演、若い人を使って手づくりの芝居をやるのが好きだったみたい。私は面白い、面白くないというしゅうさんの目を信じていた。もちろん意見がぶつかるときもありましたけど、方向性が近かったし、私にはまだまだわからないことも指し示してくれる先輩として尊敬できましたね。でも一番はチャーミングで一緒にいて楽しかったんですよ。風姿花伝プロデュースにかかわってくれた人みんながそう思っているはず。しゅうさんからも楽しくて楽しくて仕方がないという雰囲気が伝わってくる。あれしよう、これしようって。風姿花伝が駅から遠いからバスで送り迎えしろとか、海外の劇場でもらってきたステッカーを見せながらここでもつくろうとか。言うのはタダだからって、いっぱい話をしましたね。そして風姿花伝がいろんなことをやる中で認められたり、認知されたりすることをすごく喜んでくれた。今は喪失感で逆に団結する雰囲気になっているけど、その思いを持ち続けないといけないですよね。公演は来年、再来年と続くわけですから。今年の年末にやる公演には、奥様の鷲尾真知子さんをキャスティングして、ご自身はプロデューサーに専念するはずだった。“最高に面白い芝居にするぞ”と意気込んでいました。きっと誰よりもしゅうさん自身が見るのを楽しみにしていたと思います。
内藤さん? 松本で会ったと言ってましたよ。しゅうさんが絶対いい、絶対面白いからって決まったんです。ちょっとぬけた弟役だけど面白いんじゃないかな(笑)」
『いま、ここにある武器』中嶋しゅう(左)と千葉哲也 撮影:沖美帆
那須は、中嶋しゅうの最期の舞台『アザー・デザート・シティーズ』の初日を見ている。僕とやりとりしたときに「見にいく」と言っていたのは、この作品だった。
「私は実はほかの日の
那須は涙を見せる場面はなかったけれど、ひと言ひと言を口にしながら、中嶋しゅうの思いを心に刻んでいくようだった。
取材・文:いまいこういち
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序5.100円(10〜13日) / 破5,300円(15〜19日) / 急5,500円(20〜24日)
◼︎会場:四国学院大学ノトススタジオ
■公式サイト:http://www.fuusikaden.com/