橋爪功と松下洸平が森新太郎演出でシーラッハの実験的な法廷劇『テロ』に挑む
(左から)松下洸平、森新太郎、橋爪功(撮影:岩間辰徳)
刑事事件弁護士にして世界的なベストセラー作家でもある、フェルディナント・フォン・シーラッハ。母国ドイツで多数の賞を受賞して高評価を得ているのはもちろん、日本でも2012年にデビュー作の短編連作集『犯罪』で本屋大賞(翻訳部門)を受賞しており、続く短編集『罪悪』、長編『コリーニ事件』、『TABU』と作品が翻訳、出版されるたびに注目を集めている人気作家だ。中でも『TABU』は2015年に日本で初めて舞台化し、初日にはシーラッハ本人も来日して話題となった。そのシーラッハの初戯曲『TERROR テロ』が、2018年の年明け早々に日本初演を果たす。
事件が起こったのは、2013年7月26日。ドイツ上空で旅客機がハイジャックされ、犯人であるテロリストたちはサッカースタジアムに旅客機を墜落させることで観客7万人を殺害しようと企んでいた。その一報を受けて緊急発進した空軍機。パイロットである空軍少佐は、独断で旅客機を撃墜する。何の罪もない乗客164人を殺すことで、7万人の命を救った少佐は果たして英雄なのか、それとも法を犯した罪人なのか?
舞台はその少佐が被告人となる裁判が行われている法廷で、観客は“裁判員”として様々な証言を聞き、検察官の論告、弁護人の最終弁論を聞いた後で有罪か無罪かを投票することになる。その判決次第で二通りの異なるラストが待っているという、実験的な要素も高い法廷劇だ。
『TABU』にも出演していた橋爪功が今回も引き続き、常に人を食った態度ながらもそこがまたチャーミングでもあるビーグラー弁護士に扮する。そして数々のミュージカル作品だけでなく『木の上の軍隊』(2016年)などのストレート・プレイでも瑞々しい演技を披露している松下洸平が被告人のラース・コッホ少佐を演じるほか、今井朋彦、神野三鈴、堀部圭亮、前田亜季、原田大輔、といった演技派がズラリと顔を揃える。演出を手がけるのは、シーラッハ作品の朗読劇『犯罪/罪悪』(2013年)でも既に橋爪とタッグを組んだ経験のある森新太郎。
近年ますます緊迫する一方の世界情勢を背景に、日本での『TERROR テロ』は果たしてどんな舞台として上演されるのか、橋爪と松下、そして森に語ってもらった。
(左から)松下洸平、森新太郎、橋爪功
――橋爪さんは昨年『TERROR テロ』の朗読劇をやられているんですよね。手応えはいかがでしたか。
橋爪 お客さんにとっては迷惑な話だろうなと思いましたよ。観客参加型で、最後に投票しろなんて、なにをさせるんだと思った人もいっぱいいたんじゃないのかな。
――朗読劇でも、やっぱり観客に投票をしてもらったんですか。
橋爪 ええ、やったんです。ドイツではこの作品を30カ所以上の都市で上演したらしいんですが、時代的なこともあるかと思いますけど、最終的にドイツでは有罪がやっぱり多かったものの、無罪になったところもあったみたいでね。僕が昨年やった朗読劇の時は、やはり情状酌量の面もあるけれどもそれで許しちゃいけないから有罪だと思った方のほうが圧倒的に多くて。それで、生演奏でピアノを弾いてくださっていた小曽根真さんと二人で、一度くらいは無罪にしてみたいねとがんばってみたんだけど。
橋爪功
――やはり、そういう気持ちになるものですか。
橋爪 なりますね。それで朗読劇だから、検察官とビーグラー弁護士だけでなく、いろいろな人のセリフを自分ひとりで語っているわけなので、ちょっと匙加減をしてみたりして(笑)。それでわりと差が縮まった時もあったんだけれど、でもやっぱり結局は毎回有罪になっていましたね。まあ、さもありなんとは思いますが。今回はそのへんがどうなるか、また新たな楽しみができました。
森 僕は、橋爪さんからその話は聞いていたんですよ。朗読する時にちょっと芝居を変えてみて、無罪の方にならないかなって思ったけど無駄だったって。でもそれは確かに、無駄だろうなと思いましたね。
橋爪 ハハハハ!
森 いや、冷静にこの戯曲を読んだら、どんなに匙加減を変えたとしても理屈として今の日本人だったら有罪に投票するだろうなと思うので。でも今回は作品を上演する1月、2月の時点に日本の置かれている状況がどうなっているかで、有罪になるか無罪になるかが大きく動くかもしれないですよね。ドイツで無罪の票数が多かった都市があったというのは、その国の危機意識の表れでもあるので。結局テロの脅威というものが、どこまでリアルに想像できるかで、きっと変わってくると思うんですよ。法をとるのか、モラルをとるのかという話になりますからね。なんだかんだ言ってもテロの脅威の前で、法律が、憲法が絶対だという正論だけでは人は救えないのではないかという気持ちのほうが格段に高まってしまったら、おそらく無罪のほうに傾くでしょうし。だから正直なところ、現時点では読めないところがあるんです。この先、日本の状況がどう変わるかわからないので。
松下 僕も戯曲を読ませていただいた時、正直なところ「有罪だな」と思いました。被告人になってしまった彼は決して情に訴えかけるような人間ではないですし、あくまでも任務を遂行しただけのことではあるんですけれどね。法に反してしまった部分もあるかもしれないけど、それも自分自身の責任感ゆえのことだと思うんです。それでもやはり、無罪に持っていくのはなかなか難しいかなと思いました。
松下洸平
橋爪 その、ドイツで無罪に持っていったカンパニーは、ビーグラーを演じた役者がすごくいい役者というか、とても愛嬌のある人だったらしいんですよ。それで意外と観客にウケたという部分があったのかもしれない。でもそれは、ちょっとスタンドプレイに近いのかなとも思いますけど(笑)。
森 きっと実際の裁判でも、そういう印象で左右されることってあるんでしょうね。この戯曲も、裁判官が最初に「法廷は舞台なのです」みたいなことを言うんですよ。「事件を再現するから」と言って。それに橋爪さん演じる弁護士と神野さん演じる検察が、化かし合いを繰り広げているかのようになる場面もありますし。そこでたとえば橋爪さんが愛嬌たっぷりの芝居をして、観客がその愛嬌に騙されて無罪に投票したとしても、またあとになって観客が「あれはなんだったんだろう?」って考えるきっかけになるかもしれない。特に日本には裁判員制度があるので、そういう意味でも今回は面白い試みで、改めてそういうことを考えてみる貴重な機会になるんじゃないかなと思います。
――今回も紙を配って観客に投票してもらうんですか?
森 紙になるのかどうか、集計の仕方はいろいろあると思うので、具体的にはまだ決まっていませんけど。最後、お互いの最終意見陳述があった後に「ではみなさん、決断しなくてはなりません」と裁判官が言うわけですよ。
橋爪 そして投票してもらって結果が出たあとの芝居が、二通り用意されているんです。
森 有罪か、無罪か。
森新太郎
――でも本当に観客の方も、結論を出すのに相当悩みそうな気がします。
森 シーラッハは、作為的に答えを出しづらいものを問いたくてこの作品を書いたんだと思います。そういう難しい問題にその場で結論を出さなきゃいけないということにならないと、人間はギリギリまで考え抜かないので。つまり棄権していいというルールでは「じゃ、また明日」って逃げてしまいますから。そこで絶対に結論を出さなければいけないとなれば、ふだん使っていない脳味噌をフル回転させて考える。そこが、この芝居の知的な面白さにつながるんだと思います。
橋爪 観終わった後、どっちの結論を出したとしても、お客さんの心に深く残りそうだよね。
松下 自分の考えで答えを出すというのが、すごく重要になるのだと思います。考え方とか道徳心は人それぞれ違うので。
橋爪 でも、松下くんがものすごく爽やかな青年として被告席に立っていたとしたら、若い女性客はみんな無罪に投票してくれるかもしれないね。
一同 (笑)。
橋爪 いやあ、でもそういう要素もある芝居だと思うよ。松下くん、今回はかなり大変なことになりそうだね!(笑)
橋爪功
松下 僕、今回のお話をいただいてから、プレッシャーと緊張がすごくて。何を食べても美味しくないんです(笑)。ずっとご一緒したかった森さんの演出で、橋爪さんともご一緒できるんですから。本当に光栄な事だと思っています。
森 いや、松下くんの役はかなり大変だと思いますよ。だってものすごく、頭がいい役なんですから。はえぬきの軍人でね。つまり、そういう人間が下した決断として判断しなきゃいけないわけです。これが、一般人が感情に流されてしたことなら誰だって簡単に判断できるんだろうけど。この少佐は知識もあり、自分の中に哲学も持っていて。本当に純粋で、国のためにやらなきゃいけないと思っていたことも事実なんです。そこは繊細なまでにちゃんと伝えないといけないなと思っています。
橋爪 あ、別に俺たちは松下くんにプレッシャーを与えている訳じゃないよ(笑)。でもそこが、この芝居の核ではあるよね。
松下 はい。僕もそう思います。勉強します!
森 そもそも裁判ものって、観客は裁判長よりも弁護士よりも検察よりも、被告人を一番見るといいますし。
――しかも直後に自分も投票するとなれば、じっくり観察しそうですよね。
松下 そうですよね……。
森 不用意なところで溜息なんてついたら、「あれ?」って思われるかもしれないから、ちょっとした隙も見せられない。という、プレッシャーだけ今は与えておこうかな(笑)。
松下 もう、存分に浴びています(笑)。
森 でも実際のところ、しんどい稽古場になるんじゃないかなと思いますよ。いい意味でごまかしがきかないんです、こういう法廷劇って。シェイクスピアとかなら、下から明かりを派手に当てたりして雰囲気を作ってあげられるんです。でもそういうことは何もできない。だから俳優は、より大変だと思います。なかなかストイックな現場になるんじゃないかな。だけど今回の俳優陣はみなさん、本当に心強い方々が揃ったなと思っているので、心配なんてまるでしておりません!(笑) 橋爪さん演じる弁護士と、神野さん演じる検察官との対決もとても楽しみです。
――男性と女性というところも、パッと見て対比がわかりやすいですし。また、観客が男性か女性かで感じ方、受け止め方も違ってきそうですね。
橋爪 きっと違うでしょうね。
森 そうですよね。また橋爪さん演じる弁護士が、人を食ったような、ちょっと根性ねじ曲がってるところがあったりするので(笑)、それが愛嬌につながるのか、その逆になっちゃうのかという点も注目です。
森新太郎
――橋爪さんは『TABU』でも同じビーグラー役でしたが。やはりシーラッハ作品に出るならこの役で、ということなんですか。
橋爪 いや、単に年齢からいって、もうビーグラーしかできないんですよ。
森 ハハハハ、確かに今回のパイロット役は31歳という設定なのでできないでしょうけど。でも『TABU』の時にはわりとビーグラー自身の情感が描かれたりもしていましたが、今回はそういう人生ドラマではないので。僕も橋爪さんとシーラッハの組み合わせということでは以前、朗読劇でご一緒しているのですが、今回の作品はちょっと今までのシーラッハとは一線を画しているなという印象があります。どれだけきっちりと理詰めの議論ができるかがとても重要というか。そして今回は特に、観客が主役になっている気がするんです。
橋爪 うん、そうだね。
森 この芝居の上演時間2時間強の中で問われる人生は、まさに観客の人生。ですから、観客は自分の人生と向き合わざるを得ないんです。自分が世の中をどう考えているのかとか、人の命をどう考えているのか、社会の仕組みをどう考えているのか。だから観客の負担は相当大きくなるけれども、その負担の見返りとして充分なくらいの知的な興奮がきっと味わえるはずです。
――今回の役を演じることで、物事の見方も変わってきそうですね。
松下 その通りだと思います。特に僕はまだまだ無知なので、これからいろいろなことを知っていかないといけないんですけれども。いつもお芝居をやらせていただきながら、社会勉強も一緒にやっているような感覚になるんですよ。今回ももちろん、国は違えど法の中で生きている僕たちが何を考え、何にすがって生きているかということをより深く考えるきっかけになっています。何せ僕は頭がいいということなので、役が、ですけど(笑)さまざまなことを自覚している人間にならなければいけない。そのためには最低限知っておかないといけない情報が膨大にあって。それをひとつひとつとにかく吸収して、稽古が始まる頃までにはもう少し世の中のことをしっかり理解しておきたいと思っています。
松下洸平
橋爪 いや~、だけど本当に「シーラッハの頭の中って、どうなってるんだろう?」って思うよな!(笑)
――では最後に、読者の皆さまへ向けて改めて意気込みを語っていただけますか。
松下 僕自身にとって本当に、今回の作品は挑戦です。これほど素晴らしい方々とご一緒できる機会もそうですし、自分が今までやってきた役の中でも、特にハードでしんどい役になりそうです。改めて役と向き合うということを、森さんに教えていただきたいなと思っています。森さんと橋爪さんはもちろん、皆様の背中を追いかけて、とにかく一回くらいは無罪にしたいと思います!(笑)
橋爪 僕はもう今回は、森くんにおんぶにだっこですよ(笑)。それと毎回、お客さんの様子を見ながら遊べるような気分で芝居ができるのが、今はとても楽しみです。でもやりすぎるときっと怒られそうだから、気をつけなきゃね。
森 そう、あまりに芝居の流れを変えられたら困りますから(笑)。だけど観客が難問を突きつけられるという意味では、ここまでのハードさを持った芝居というのはこれ以外に僕は知らないし、たぶんこの先もないと思います。まさに唯一無二の法廷劇ですので、ぜひこの機会に大勢の方に体感していただきたいですね。
取材・文=田中里津子 写真撮影=岩間辰徳
■作:フェルディナント・フォン・シーラッハ
■翻訳:酒寄進一
■演出:森新太郎
■出演:橋爪功/今井朋彦/松下洸平/前田亜季/堀部圭亮/原田大輔/神野三鈴
■公式サイト:http://www.parco-play.com/web/program/terror/