『秀山祭九月大歌舞伎』中村吉右衛門の作・監修、染五郎&雀右衛門の『再桜遇清水』稽古レポート
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『秀山祭九月大歌舞伎』
『秀山祭九月大歌舞伎』が、9月1日に東京・歌舞伎座で初日の幕を開けた。秀山(しゅうざん)とは、二代目中村吉右衛門(当代)の養父である初代吉右衛門の俳名だ。その名を冠した「秀山祭」は、初代吉右衛門の功績をたたえ、初代の演出や型を再確認し、芸を受け継ぐことを目的とし、初代にゆかりのある大役を当代の吉右衛門がつとめてきた。
2006年に始まり10回目の開催となる今年は、昼の部で『極付 幡随長兵衛』の幡随院長兵衛を、夜の部では『ひらかな盛衰記』の船頭松右衛門実は樋口次郎兼光を、吉右衛門が演じる。新たな試みとして注目されるのが、夜の部『再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)』。13年ぶり、歌舞伎座では初めての上演となる『再桜遇清水』は、当代吉右衛門が四国こんぴら歌舞伎で上演するために脚本を手がけた歌舞伎だ。本作では、これまで吉右衛門が演じてきた役を市川染五郎に譲り、吉右衛門自身は監修の立場で上演に携わる。開幕直前の8月31日、歌舞伎座にて行われた会見と、公開稽古の模様をレポートする。
10回目の秀山祭が開幕
会見には、吉右衛門、染五郎、中村雀右衛門が登場。染五郎と雀右衛門は『再桜遇清水』の扮装で取材に応じた。はじめに意気込みを語ったのは、吉右衛門。記者より「10回目の秀山祭に万感の思いがあるのでは?」と問われると、ハハハ!と笑い、首を横に振った。
「それはまだまだ。まだまだです! 10回ではまだ一昔前というだけですから。秀山祭があっての私でございまして、これがなくなったら……と、それくらいの意気込みでやっております(笑)。不穏な空気の世の中ですので、お芝居でストレスや不安を解消していただければ。私どもはお客様に楽しんでいただけるよう命を懸けてつとめております」
『秀山祭九月大歌舞伎』中村吉右衛門
我が意を得たりというところ
夜の部の『再桜遇清水』は、吉右衛門が松貫四(まつかんし)の名で初めて脚本を手がけ、四国こんぴら歌舞伎で知られる琴平町・金丸座で上演するために創作された。13年ぶり、歌舞伎座では初めての上演となる。
「江戸時代につくられた芝居小屋《金丸座》のために『再桜遇清水』を書いた時、いつか歌舞伎座でも再演されることを願っておりました。今回の上演は我が意を得たりというところでございます。他の劇場はホールという感じがいたしますが、歌舞伎座は、昔の小屋をそのまま近代化したもの。決してホールではなく、芝居小屋に近い劇場です。実際に歌舞伎座でやってみて、やはりハマるところがありました」
『秀山祭九月大歌舞伎』中村吉右衛門
傑作を傑作として
染五郎は、来年、松本幸四郎襲名を控えていることから、染五郎の名では最後の秀山祭だ。昼の部では『毛村谷』の《六助》と『幡随長兵衛』の《水野十郎左衛門》を、夜の部『再桜遇清水』では早替りで2役《清水法師清玄》と《奴浪平》を演じる。
「このお芝居が頻繁に上演される作品になるべく一生懸命努めたいです。歌舞伎座は12か月開いておりますが、秀山祭は特別な、大事な興行だと思っております。そこで、家にゆかりのある『毛谷村』にも出させていただきます。傑作を傑作としてつとめることは高いハードルだと思いますが、あえてそこを目指したい。時間が経ってから『染五郎最後の秀山祭はこれを勤めていたな』と思い返すその時に、いい思い出し方ができるよう、結果を出したいと思っております」
『秀山祭九月大歌舞伎』市川染五郎
雀右衛門としての第一歩
雀右衛門は、2006年に行われた第1回目の秀山祭から出演している。
「初回から色々勉強をさせていただいてまいりました。また、7月で五代目雀右衛門襲名の興行が終わりましたので、この秀山祭が雀右衛門としての第一歩です。0歳からの始まりという気持ちで一生懸命つとめさせていただきます」
『秀山祭九月大歌舞伎』中村雀右衛門
吉右衛門の演出について訊かれると、雀右衛門は頬をほころばせた。
「今回に限らずご一緒させていただく時はいつも、ひとつひとつ細かく教えてくださいます。父(四代目雀右衛門)とお兄様(吉右衛門)が共演された時のことも交えながら、女方として栄養になることを、いつもワクワクしながら教えていただき感謝しております」
このコメントの最中、吉右衛門はひっそりと“ゴマをする”仕草。しっとりと語っていた雀右衛門も、静謐な表情だった染五郎も、一同が思わず笑いに包まれた。
『秀山祭九月大歌舞伎』左から中村雀右衛門、市川染五郎、中村吉右衛門
秀山祭の今後について吉右衛門は、「初代が望んだお客様を感動させる舞台、役になりきり毎日初日のようにやる、一生懸命お客様を楽しませる。それが初代吉右衛門の念願。これを守り、なるべく長く秀山祭を続けていく。いつも申し上げておりますが、80歳で勧進帳の弁慶を、100歳まで秀山祭ができたら」と思いを明かす。最後は「どうぞ歌舞伎座まで足を運んでいただきますれば幸いでございます」と呼びかけ締めくくった。
『再桜遇清水』公開稽古
※ここから、演出・物語に関するネタバレを含みますのでご注意ください。
会見終了後、間もなく『再桜遇清水』の稽古が始まった。客席の中央に、作・監修を手がける吉右衛門の背中がみえる。序幕、中幕、大詰と、休憩も含めおよそ2時間半の舞台は、華やかな新清水寺の花見の場で始まる。染五郎による《清玄(せいげん)》と《奴浪平》の早替り、傘をつかった《浪平》の大立回り、視線がタテに動くシンプルながら印象的な舞台演出、暗闇の探り合い、柄の長い燭台で役者を照らす差出しなど、見どころは尽きないが、ここでは圧巻のストーリー展開と清玄のこじれっぷりを紹介する。
「再桜遇清水」左より 奴浪平=市川染五郎、桜姫=中村雀右衛門、千葉之助清玄=中村錦之助 (写真提供:松竹)
あでやかな桜姫、堕ち続ける清玄
破戒僧となった清玄が凄いのは、ここからだ。「高尚な心の持ち主が、小さな罪をきっかけに心がすさみ、一瞬は道を踏み外しかけるが、思い直す。幸せな生活を望み、追われたり巻き込まれたりしながらも……」というジャン・バルジャン的活躍を期待される方もいるかもしれないが、清玄は踏み外した道を引き返したりしない。堕ちるところまで堕ちていく。
まず再会した桜姫を介抱するうちに、すっかり気持ちが燃え上がり、猛アタック開始。桜姫に襲い掛かり、片袖を引きちぎり、その袖を後生大事に桜姫を思い続ける。タブーを犯し罪を重ね、最後には……。華やかに始まった『再桜遇清水』は、時にコミカルに、時に扇情的に展開し、凄惨なクライマックスから、観劇後も何か引きずるもののあるラストを迎える。
雀右衛門の《桜姫》は、情熱的で可憐で思わせぶりなことはしない。乱心前の清玄が、うっかり見惚れて扇子を落としてしまうのも納得の美しさだった。染五郎は、冒頭で《清玄》のピュアさ体現し、拗(こじ)れすぎた一途さにも説得力を与える。もう一役の《奴 浪平》では、俗っぽさの中にも品があり、見どころも多い。登場シーンの順番で言えば、《浪平》が先だった。にもかかわらず、稽古直前の取材に《清玄》のこしらえで現れたことに、清玄役への意気込みを感じた。
吉右衛門は、幕の合間には、自ら花道や舞台に上がり、客席通路も走り、演出をつけていた。歌舞伎座での上演は初めてであることから、舞台のどの位置でその小道具があるといいか、ここで邪魔にはならないか等の微調整には、実際に演じる役者の声に耳を傾けつつ、台詞と動きのテンポや小道具のさばき方は自らやってみせていた。
初代の芸、当代の情熱に触れる『秀山祭九月大歌舞伎』は、平成29年9月1日(金)より25日(月)まで東京歌舞伎座で上演される。
「再桜遇清水」左より 桜姫=中村雀右衛門、清水法師清玄=市川染五郎 (写真提供:松竹)
取材・文=塚田史香
■日程:平成29年9月1日(金)~9月25日(月)
■演目:
☆昼の部 午前11時~
彦山権現誓助剱 毛谷村 11:00-12:18
幕間 30分
仮名手本忠臣蔵 道行旅路の嫁入 12:48-1:21
幕間 20分
極付 幡随長兵衛 1:41-3:16
★夜の部 午後4時30分~
ひらかな盛衰記 逆櫓 4:30-6:11
幕間 30分
再桜遇清水 序幕 6:41-7:58
幕間 10分
再桜遇清水 二幕目・大詰 8:08-9:02