『メンフィス』演出のジェフリー・ページに聞く ~ 新演出はより深く。キーワードは「ワイルド」
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ジェフリー・ページ (撮影:中原義史)
2015年に上演され、熱狂的な盛り上がりを見せたミュージカル『メンフィス』が、新演出でかえってくる! 人種差別が激しかった1950年代、テネシー州メンフィスで黒人音楽を愛した白人DJヒューイ・カルフーンと、彼と恋に落ちた黒人歌手フェリシアの物語。ロックバンドであるボン・ジョヴィのデヴィッド・ブライアンが音楽を手がけ、ノリの良いダンスナンバーから心にしみるバラードまでと、幅広く陰影の深い作品だ。今回は主演の山本耕史を新たに演出に加え、初演に引き続き演出・振付を手がけるジェフリー・ページとのダブル演出となる。ジェフリーはビヨンセのMVやツアーのクリエイティブメンバーとして知られるほか、2005年から続く米FOXテレビ『アメリカン・ダンスアイドル』の振付家としても活躍中。ジェフリーに、今回の上演にかける思いを聞いた。
-- 来日は前回の『メンフィス』以来?
そうです。飛行機から降りたら、ただいま!という感じがしました。
-- 山本耕史さんは、独創的で自由、正直なヒューイ・カルフーンにぴったりでした。新演出となる今回、ダブル演出のパートナーでもありますが、山本さんの印象は?
若々しく、生き生きとしたエネルギーの持ち主です。そして非常に繊細でもある。僕が火星から石のかけらを持ち帰ったとします。その石に、「大っ嫌い!」と言うと、石は固くなってしまう。でも優しく話しかけると、石は柔らかくなる。耕史さんはその石と同じ。周りの環境に敏感で、起きていることやエネルギーを全部受け取ります。大変賢く、場の空気を感じ取り、では自分はどうするべきかと考える。とても鋭い感性ですね。
初演時、僕は彼のことをお兄さん(big brother)と呼んでいました。よく彼は僕の服の裾を引っ張って、「ジェフリー、こうしたらどうかな?」って、僕が今まで気づけなかったことを指摘してくれる。僕が見えているものを信用して、そう見えているのならこうしたほうがいいとちゃんと考えてくれるんです。前回、耕史さんは主演俳優でしたが、今回は僕と演出も手がけます。互いの信頼関係も厚く、僕たちのクリエイティブな共同作業は次のステップへと進めるでしょう。
-- またヒロインであるフェリシア役の濱田めぐみさんの熱演も心に残りました。
めぐみさんは直感で多くを感じ取れる方ですね。今まで一緒に仕事した中で最も素晴らしい俳優の一人だと思います。フェリシアが襲われるシーンを1時間くらい稽古していた時、何かうまくいっていない、何かが欠けていると感じたんですね。そこでめぐみさんを呼んで、この時代の黒人女性として何を抱えているのか、テネシーで白人男性に恋をする意味を改めて話し合いました。その後、彼女が僕をじっと見て、頷いたんです。「わかったわ、ジェフリー」と言うように。そして同じシーンを彼女が演じた時、稽古場じゅうがシーンとして、みんなが泣き出したんです。スタッフ、キャスト、耕史さんもみんなが涙を流していた。僕も涙が止まりませんでした。めぐみさんはとても素晴らしい俳優。指示されたものをきちんと受け取り、自分の中で落とし込んだ上で新しいものを生み出す力に優れています。バラード「Colored Woman」の熱唱も印象的でした。
-- 今、『メンフィス』を上演する意味は大きいと思います。人種問題をはじめ、世界中が混沌としている今こそ、必要な作品かと。アメリカも同様、トランプ大統領になって、様々な問題が起こっていますし。
トランプ大統領は裕福な家の生まれで、バブルの中で一生を過ごしてきた人。だから、バブルの外で何が起きているかには興味がないんです。かつて、僕はブルキナファソのアメリカ大使館にゲストとして呼ばれたことがあります。その頃はダンスのリサーチのためによく、西アフリカを訪れていたんですね。ヒゲは伸びて、クレイジーな格好で、多分、セネガル人やマリ人と思われて、アメリカ人だとは誰も気づかなかったんじゃないかなぁ。その時感じたのは、人々が皆、バブルの中で会話していること。大使館のゲストとして旅するとは、政府が用意したエアコン付きのリムジンに乗り、快適な日々を過ごすこと。それまで異なる環境にいただけに、バブルの中にいるとは何か、ということを意識したわけです。バブルの中で暮らしていると、外の人たちの言葉がわからなくなります。トランプを含めた世界のリーダーたちは、バブルの外にいる人にどう語りかけていいのかわからない人が多い。恐ろしいことです。
『メンフィス』は普段目に入らないこと、社会のいろんな部分に気づきを与えてくれる作品です。一見、黒人と白人の対立の物語に見えますが、それはあくまでも比喩。それより深い物語、世界中で普遍的な深いテーマがこの作品には隠されています。シャーロッツビルで白人至上主義者が集会をした事件のことを知っていますか? 大統領が偏った見方をし、あんな事件が起きる今、いろんな人たちのことが大好きだけど、それを隠さなければ生きていけない現状を、黒人として感じるわけです。なぜなら、僕ら黒人は、本当は脆いんです。それを隠すために強くあらねばならない。この作品は目に映るもの、硬い殻よりも奥を見ることが大事だと教えてくれます。フェリシアの兄デルレイは、硬い殻で自分を守り、強く見せようとしています。でも殻の奥、彼の本質は何なのか。これをパズルのピースの一つとして、芸術を使い、社会に影響を与えていかないといけないと思っています。今の世界情勢と重ね合わせていただけたことは非常に大事なことで、私たちはよりオープンな視点を持たないといけないと思います。
-- 日本にいると人種問題は一見なさそうに見えて、実はあるんですよ。また人種問題だけではなく、違う価値観の人同士がお互いをシャットダウンするのではなく認め合えたら、世の中は平和になると思うのですが。
確かにそうですね。アメリカの人種問題はアメリカだけのことと思われそうですが、より深く見ると普遍的なテーマです。例えば、「白人」とはどういう意味なのか。例えばアフリカにいると、白人、黒人が何を指しているのか、場所によっては理解されないことが多いです。西アフリカなら、ほとんどの人が黒人だから、「黒人」と言うと何の話だか理解してもらえない。
対立は、階級や肌の色だけでなく、思想、保守対革新、お金のあるなしなど常にあり、『メンフィス』はそういった問題も取り上げています。ただ楽しいダンスミュージカルとして作るのは簡単だけど、それだけでは意味がありません。楽しければいいと言う人もいるかもしれませんが、良い芸術には人を変える深さがある。例えば『ハミルトン』。大きなムーブメントとなり、人生を変える作品です。ペンス副大統領が観劇した際、アーロン・バーを演じたキャストが彼にアメリカの多様性を確認するメッセージを投げかけました。このメッセージは、作品中で歌われていることです。
今回、『メンフィス』は再演となり、すでに作り上げたものをより深める機会をいただきました。その機会を無駄にしたくない。チャンスを掴んで、この作品で何がしたいのか、どう世界を変えたいのかを提示できたら。楽しいとか綺麗なだけではなく、前回できなかったこと、見落としていたことも見つけることができるでしょう。
-- 主人公であるDJヒューイ・カルフーンは黒人、白人の垣根をやすやすと超えていった人。黒人音楽について、よくわからないけど素敵!と思える感性の持ち主で、周りの人にどう思われようとも、自分はこれが好き!と貫く力を持っていた。これは当時では考えられないことでしょうが、とても大切な感性だと感じました。
昨日、耕史さんとの打ち合わせで「ヒューイは自分を貫くことで、家にレンガを投げられたり、家族を犠牲にしてしまう。それでも黒人音楽を愛し続けた。そこには理由があるはずで、その理由を見つけ出さないと」と話しました。その理由は僕らが想像する以上に大事で尊いものだと思うんです。
ヒューイが訪れた黒人のクラブは、騒がしくて黒人しかいない。もし目に映るものしか受け入れなかったら、恐れを抱くことでしょう。でも広い視野を持った人であれば、経験したことのないテイストや環境に喜びを感じて、新しい魔法に惹きつけられる。ヒューイは単純に目新しさだけではなく、もっと深いところで感じたのだと思います。
初演では、この魔法を皆さんに完璧にお見せできたかどうか自信がありません。今回はより深く掘り下げて、「ワイルド(wild)」と言えるぐらいの魔法をかけたいと思います。古代ギリシャにディオニューソス(ゼウスの息子で酒の神バッカス)を信仰した女性たちがいて、花輪をつけて、都会から遠い山中で暮らしていたわけですが、一般の人からは理解されませんでした。彼女たちはなぜかワイルドと言われていて、アメリカでは黒人もよくワイルドとされる。「ワイルド」とは、いわば制御できないエネルギー。社会には理解されにくい部分ではありますが、僕の願いとしては今回、舞台上でこのワイルドを表現したい。その上で、ヒューイがなぜ家族を犠牲にしてまで黒人文化に引き寄せられたのかを明確にしていきたいと思います。これからの稽古が楽しみです。
取材・文=三浦真紀 写真撮影=中原義史
■会場:新国立劇場 中劇場
■出演:
山本耕史/濱田めぐみ/ジェロ/米倉利紀/伊礼彼方/栗原英雄/根岸季衣
飯野めぐみ/岩崎ルリ子/ダンドイ舞莉花/増田朱紀/森加織/吉田理恵
■脚本・作詞:ジョー・ディピエトロ
■音楽・作詞:デヴィッド・ブライアン
■翻訳・訳詞:吉川徹
■公式サイト:http://hpot.jp/stage/memphis2017