明治の女傑・広岡浅子を高畑淳子が演じ抜く『土佐堀川 近代ニッポン―女性を花咲かせた女 広岡浅子の生涯』
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高畑淳子
まだ女性の社会進出が許されなかった明治時代、17歳で嫁いだ大阪の豪商・加島屋をその並外れた知性と行動力で危機から救い、さらに九州での炭鉱事業、銀行や生命保険会社の設立などに邁進していった実業家・広岡浅子。いっぽうでは、自身が学問への探求を許されなかった過去から女子大学の創設に尽力。不屈の精神で次々と偉業をなしえたその人生は、NHK連続テレビ小説「あさが来た」でも多くの感動を呼んだ。
この秋、同ドラマの原案にもなっていた「小説 土佐堀川」が満を持して『土佐堀川 近代ニッポン―女性を花咲かせた女 広岡浅子の生涯』として舞台化される。“七転八起”ならぬ“九転十起”を信条とした明治の女傑を演じるのは女優・高畑淳子。本格的な稽古を前に、今、胸の内にあるものを聞いた。
自分にはない価値観をもった人物を演じられるのが女優の面白さ
――広岡浅子を演じると決まった時のお気持ちを聞かせてください。
まず、『ええから加減』から演目が変更されたという経緯がありましたので、誰を演じるというよりは、藤山直美さんがご静養でいらっしゃらない状況にいかに向き合うかというところが大きかったんです。浅子役にしても、「私の柄ではないかもしれない。果たして演じられるだろうか?」と最初は感じて。でも、四の五の言わずにとにかくやるしかない。考えてみると、ピンチを前にした浅子さんと似ていますね。
――「柄ではない」と感じたのはどうしてですか。
ドラマ版では、可愛らしく「びっくらぽん」と言っているようなイメージで、そこからして私とは違いましたし(笑)、それでいてすごくタフな女性だとも思ったんです。例えば、新幹線もなかった時代、労咳の身を押して大阪から九州・筑豊の炭鉱に向かうなんてとても真似できないこと。それにそもそも、幕末、明治、大正という激動の時代の中で、台本に収めるのが大変なくらいのたくさんの功績を残していらっしゃる。「パワフルな高畑さんと通じるところがありますね」なんておっしゃってくださる方もいますが、とんでもない! 私自身は、一回台本を読むと声がガラガラになって、「ああ、鉄の喉が欲しい」と常々思っているくらいの虚弱体質なんですよ(笑)。
――浅子をそうした行動に駆り立てたものは何なのでしょうか。
同じ三井家の男性たちが商売にどんどん励む環境で育つ中で、「この家の一員として生まれたからには、その名に恥じぬよう、自分も何かを成し遂げたい」という気持ちが強くなったのだと思います。そうして、「男性を陰で支えてじっとしている」という、これまでの女性像ではない外の方向へと興味が湧き、それが「学問をしたい」という思いにも繋がっていって。ところが、周囲からは「女子に学問はいらん」言われて、読書も禁止されてしまうんです。そういえば、大河ドラマでも、女性の登場人物に関する史料がないことが多い。要は、「女性は子供を産めばいい」というような時代が長く続いたということですよね。幸い現代は、男女平等が当然とされ、東京都知事が女性でもある時代。浅子さんが今の日本をご覧になったら、どのように思われるのが気になります。
――当時の人からすれば、さぞ破天荒な女性だったろうとも想像します。
たしかに少し変わっていますよね(笑)。冒頭、結いたての髷(まげ)をすぐに壊して怒られるからといって、髷を根本から切ったという幼い頃のエピソードが出てきますが、私はふと、坂本竜馬のことを思い出しました。というのも、雨の中を川まで泳ぎに行こうとした竜馬が「雨でぬれるぞ」と声をかけられたところ、彼は「どうぜ泳ぐから一緒だろ」と返したそうなんです。世界を見ている人はやはりどこか思考回路が違う。ただ、私が女優をやっていて一番面白いのは、自分とはまったく違った人物の価値観を想像して、演じられるということなんです。稽古自体が好きかといえば、正直、そうでもないんですけど(笑)、「こんな人いる?」「私の知っている人にいますよ」「えーっ!?」なんて話し合うのは楽しいですし、今回演じる浅子さんにしても、いろいろと考え、思いをめぐらせる時間が、私にはかけがえのないものになっています。
高畑淳子
“九転十起”の浅子の姿を思い出してもらえるような舞台に
――商売に興味はないが浅子を支える夫の信五郎、憧れの存在となる実業家の五代友厚、日本で初めての女子大学設立を目指す成瀬仁蔵、身分を超えた絆で結ばれている女中の小藤、娘の亀子……。浅子と登場人物たちとのさまざまな繋がりが、この物語には描かれていますね。
仁蔵さんとは、彼の「女子教育」という本に共鳴して以降、一緒に大学(現在の日本女子大学)の創設に奔走するんです。劇中に「(目先のお金ではなく)人に目を向けなさい」という台詞が出てくるのですが、「その“人”を育てなくてどうする」という強い思いがあったのでしょう。また、浅子さんは自分の別荘でも勉強会を開いていて、例えば、市川房枝さん(日本の婦人参政権運動を主導したことで知られる運動家・政治家)もそこに参加しています。黄楊(つげ)の木が庭に植えられる該当のシーンでは、「自分がいなくなった後も後進が育ってくれる」というメッセージが象徴的に描かれていて私は大好きです。
――夫の信五郎との関係はどう思われますか。
実はあまり絡むシーンがない信五郎さんとの関係、特に後半以降の描かれ方が私はとても素敵だと思っていて。浅子さんは幼い頃から許嫁とされていた信五郎さんに対して、「ときめいたことは一度もなかった」なんて口では言うんですけど(笑)、その信五郎さんが亡くなって「あの人がいたから私は勝手ができたんだ」と気付くや、これまで動いていた歯車がピタリと止まり、実業家としての一線から退いていくんです。つまり、信五郎さんの存在は、浅子さんにとってとても大きかった。そうした晩年の浅子さんの心にあるものをうまく表現するためには、それまでに浅子さんが駒のようにフル稼働する姿をしっかり演じることが大切だと思います。
――ところで、高畑さんはこの作品がご自身にとっての初の一代ものだそうですね。
女優として、別の人間の一生を最後まで生きられる一代記はずっとやりたいと思っていました。まったく売れてなかった30歳の頃に出演し、私の代表作の一つになった舞台(『セイムタイム・ネクストイヤー』)では、23歳から46歳までを演じてはいるのですが……。実は、人物が少しずつ変化していく様を演じるのは得意なんです(笑)。この作品でも、特に自分の年齢に近付いていく後半は、きっとうまく演じられるんじゃないかと。逆に難しいのは、若い時代を演じる前半。振袖姿もありますし、そこはお客様に何か特殊なメガネをかけていただこうかしら(笑)。
――浅子の最後はどのように演じたいですか。
「ああ、これで終わりなんだな……」というメランコリックな気持ちになったり、悲しみに浸ったりするような終わり方ではなく、ただ目の前のことをがむしゃらにやってきて、思う存分に生きた一人の女性が、神々しくいなくなる。そんな最後になればいいなと思っています。それをどう見せるかは、『ええから加減』(2012年)や『雪まろげ』(16年)でも演出していただいた田村孝裕さんが、いろいろとプランを練ってくださっているはずなので私も楽しみです。
――浅子さんの生涯を見守った観客が元気をもらえる。そんな舞台になりそうですね。
男性と対等に仕事をしたり、女性が教育を受けたりすることが当たり前ではない時代がかつてはあり、そんな中で駆けずり回っていた人がいたからこそ今があるということを、まずは知っていただけたらと思っています。それから「七転び八起き」ではなく「九転び十起き」という浅子さんの言葉。なるほど、よくこれだけ一人の人間にいろいろなことが起こり、そして乗り越えてきたものだと感心しますが(笑)、もしもお客様が人生で安穏にいかない時にぶつかっても、ふとこの舞台の浅子さんのことを思い出して、何が起きても「来るならこい!」という気持ちになる。そんな舞台になるよう頑張りたいと思います。
取材・文=大高由子(演劇ライター)
■脚本:小池倫代
■演出:田村孝裕
■出演:
高畑淳子、赤井英和、田山涼成、小松政夫、葛山信吾、南野陽子
芋洗坂係長、越智静香、武岡淳一、矢部太郎、篠田光亮、紫とも、三倉茉奈 ほか
10月 4日(水)~28日(土)シアタークリエ【東京】
11月 1日(水)~5日(日)サンケイホールブリーゼ【大阪】
11月 7日(火)新川文化ホール【富山】
11月15日(水)呉市文化ホール【広島】
11月17日(金)東海市芸術劇場 大ホール【愛知】
11月20日(月)宝山ホール(鹿児島県文化センター)【鹿児島】
11月23日(木・祝)北九州芸術劇場 大ホール【福岡】
12月 2日(土)トークネットホール仙台(仙台市民会館)【宮城】