性風俗にホームレス、爆発感染の中で描かれる人間の闇とは『ソウル・ステーション/パンデミック』#野水映画“俺たちスーパーウォッチメン”第三十六回

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2017.10.6
 (C) 2015 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & Studio DADASHOW All Rights Reserved.

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TVアニメ『デート・ア・ライブ  DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス  怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
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皆さんは、現在上映中のゾンビ・アポカリプス(終末)系映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』をもう観ただろうか?韓国・釜山行きの高速鉄道内でパンデミックが起き、車内を謎のウイルスによる感染者が埋め尽くす。しかし、最後には人間ドラマに感動させられる濃厚な映画だ。今回は、『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚となるアニメーション映画『ソウルステーション/パンデミック』を紹介しよう。

ソウル駅でホームレスの男が首にケガを負い、救助されることもなく息絶えた。しかし、そのホームレスは突然蘇って暴れ始め、未知のウイルスをまき散らす。感染は急速に拡大し、ホームレスの男同様に凶暴化した人間が街の人々を襲い始める。そんな中、元・風俗嬢のヘスンは彼氏のキウンと喧嘩をし、深夜の街をさまよっていたことから、その騒動に巻き込まれてしまう。ヘスンの父親とキウンは必死に彼女を捜すが、さらなる悲劇がヘスンに襲いかかるのだった。

韓国アニメの鬼才が生み出す世界観

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本作の監督、ヨン・サンホは、韓国で“アニメ界の鬼才”と称される人物だ。日本のアニメに感銘を受けてアニメーターを志したという彼の作品は、ファンタジーではなく、いずれもリアル志向。社会問題や人間の闇をあぶり出したものが多いという。彼の写実的なアニメ作品を観た周囲からの勧めで、初の実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』のメガホンを取ったそうだ。『新感染  ファイナル・エクスプレス』はKTX(日本で言えば新幹線)の車内という非常に狭い空間で感染者と戦う緊張感と、家族の絆や主人公の成長を描いたドラマ性を持ち合わせたエンタメ作品だった。

ただ、私としては楽しみにしつつも、「その前日譚っていってもアニメだし、どうなんだろう?」という不安もあったのだが……期待を裏切らない面白さに仕上がっていた。登場人物たちの顔はいわゆるアニメ絵ではなくリアルに描かれ、しかもぬるぬると動く! ディズニーかヨン・サンホか、というくらい動いているのではないだろうか。ヘスンと彼氏のキウンが言い争うシーンなどは、落ち着きのない表情だけで彼のダメ男加減を表現していた。

社会問題を通して描かれる人間の恐ろしさ

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パンデミックの発端となったホームレスは、首に大ケガを負うが、救急車すら呼んでもらえず、道行く人に見捨てられる。仲間のホームレスによって病院に運ばれるが、結局追い出されてしまい、薬局で鎮痛剤を買ってくるのがやっとという状態だ。そして、死んでしまった後も、ホームレスということでぞんざいな扱いを受けるのである。劇中だけでなく、実際のソウル駅にもホームレスは多く、社会問題になっているそう。豊かな国に見える一方で、韓国にはスラムや貧困層が確実に存在し、都市部で貧富の差が生まれているというのだ。

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また、主人公が元風俗嬢というのもなかなかない設定だ。韓国では女性の地位が低く、男性と比べて就ける仕事が貰える給料も少ないため、性風俗の仕事を選ぶケースも多いという。そんな社会問題を反映しているのか、主人公のヘスンは風俗からは抜け出したものの、宿代すら払えず、彼氏に体を売って来いと言われるなど、苦しい状況に追い込まれている。彼女の気持ちを考えると、同じ女性としては胸が痛む。

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パンデミック前に見せられたのがこんな始まりだったので、さっそく私は「ゾンビより人間のが怖いだろ」と思ったわけだが、本作はその通り、パンデミックの中で起きる人間同士の争いやその恐ろしさを描いた作品だ。感染者に追われたヘスンは、数人のホームレスたちと共に交番に逃げ込むのだが、警官には取り合ってもらえない。案の定、追いかけてきた感染者たちは交番になだれ込み、パニックになった警官が騒ぐホームレスたちに向かって銃を突きつけることになる。本作には、ヘスンをはじめヒロイックな行動を取る人間はほぼ出てこない。皆自分のことで手一杯だ。だが、実際の世界でパンデミックが起きたとしたら、こんなものなのではないだろうか。あまりにリアリティを追求した作品すぎて、アニメとはいえ、『新感染 ファイナル・エクスプレス』より夢も希望もない。

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家に帰りたいと泣くヘスンを捜す父親(とキウン)。風俗の世界から父親が娘を連れ戻そうとするストーリーは、『怒り』(16)の渡辺謙さんと宮崎あおいさんの関係に似て切ない。殺伐とした世界観の中で、ラストは親子の愛が効いてくるのかぁ……としみじみ観ていた私は、クライマックスで横っ面を引っぱたかれたぞ! 本作の真の恐ろしさはラストに待ち受けているのである。

直接的な繋がりはないため、『新感染 ファイナル・エクスプレス』を未見の方にも楽しんでもらえる作品となっている。ヨン・サンホ監督の本業、真髄を劇場でたっぷりと楽しんでほしい。

『ソウルステーション/パンデミック』は、新宿ピカデリーほかにて公開中。

作品情報
アニメーション映画『ソウル・ステーション/パンデミック』


原題: Seoul Station
 (2016年/韓国/92分)
ドルビーデジタル・5.1chサラウンド
監督・脚本:ヨン・サンホ 『新感染 ファイナル・エクスプレス』 
製作:イ・ドンハ、ソ・ユンジュ、ヨン・サンホ 
製作総指揮:キム・ウテク、ソ・ヨンジュ、イ・ウン 
美術監督:リュン ・キヒョン 
編集:ヨン ・サンホ、イ・ヨンジュン 
音楽:チャン・ヨンギュ 

【声優】シム・ウンギョン(へスン役)「春のワルツ」「太王四神記」『王になった男』『サニー 永遠の仲間たち』『怪しい彼女』 リュ・スンリョン(へスンの父役)『7番房の奇跡(2013年大鐘賞男優主演賞受賞)』『王になった男』 
イ・ジュン(キウン役) 『俳優は俳優だ』「Mr.Back 人生を2度生きる男」「IRIS2-アイリス2-:ラスト・ジェネレーション」
公式サイト:https://pandemic-movie.com/
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