モーツァルトオペラの主役たちのルーツはここにあり! 歌劇『偽の女庭師』の魅力を聞く

2017.10.15
インタビュー
クラシック

笑顔が素敵な、指揮者の牧原邦彦と演出家の井原広樹


昨年(2016年)の春、現在のオペラシーン最前線で活躍する3人の演出家(井原広樹、岩田達宗、粟國淳)が大阪音楽大学の客員教授に就任したことを受けて、3人が取り上げたいオペラを年替わりで上演する、大阪音楽大学「ディレクターズ・チョイス」というシリーズが新たに始まった。   

大阪音楽大学創立100周年記念オペラ公演 歌劇「ファルフスタッフ」 提供:大阪音楽大学

初年度の今年は、井原広樹が演出を担当し、モーツァルトが18歳の時に作曲したオペラ『偽の女庭師』を上演することになった。指揮は、先ごろの「みつなかオペラ」でも名コンビを組み、素晴らしいプッチーニで観客を魅了した牧村邦彦。上演に先駆けて、二人にこの作品の魅力などについて聞いてみた。

―― 今回、『偽の女庭師』はどのように選ばれたのでしょうか?

井原広樹 大学(大阪音大)から演出家主導でオペラをやりたいので、何かおすすめのオペラを出して欲しいという事だったので、何本か珍しいオペラを候補に上げ、大学側と話し合った結果、モーツァルト『偽の女庭師』をやることになりました。私は何年か前に四国二期会で一度だけやったことがあるのですが、モーツァルトの名作オペラのキャラクターや音楽へつながる瑞々しい作品で、機会が有ればまたやりたいと思っていました。ちゃんとした情報は分かりませんが、関西では初めての上演かもしれません。

―― この作品はモーツァルト18歳の作品だそうですね。音楽的にモーツァルトの特徴のようなものは見受けられますか?

牧村邦彦 色々な性格の曲が混在している感じですね。1曲1曲は素晴らしい曲も多いのですが、若書きだけあって、作曲技法的には後期の作品と比べると未熟な部分もあります。それと楽器の使い方が不経済(笑)。例えばトランペットとティンパニが登場するのは全曲の中で1曲だけ。また1曲だけホルン4本を使うト短調の曲が出てくるのですが(ト短調の曲はナチュラルホルンに出る音が限られていて4本必要なのだそう)、1曲だけのために楽器を増やしてでもどうしてもその調性にこだわるのが興味深いですね。ト短調というと、なんと言っても25番と40番のシンフォニー。それらの名曲に繋がるような立派な曲が前後の脈絡に関係なく唐突に登場します(笑)。

―― この作品はあまり演奏される機会がありません。人気のオペラとの違いは何でしょうか? 

最前線で活躍する人気演出家 井原広樹

井原 一説には、戯曲の出来が悪いから上演されないと言われていますが、戯曲自体は有名で、これをもとにオペラ化されているものがいくつもあるので、その説に私は疑問を持っています。モーツァルトのオペラと言えば、ダ・ポンテやメタスタージオの名前が広く知られていますが、何も彼らの台本だから作品として人気がある訳ではないと思います。その台本にいい加減な曲を付けたところで「これじゃない!」とお客さまから言われるだけで、やはり重要なのは、モーツァルトが書く音楽が素晴らしい!と云う事。

『偽の女庭師』の音楽は少々大袈裟すぎるように思います。先ほどマエストロが言われていたト短調のアリアなどもオペラセリア(シリアスなオペラ)のような音楽ですし。ストーリーが軽く流れているのに楽曲の掘り下げが驚くほど深いというか……(笑)。当時のお客さまも少々違和感を持っていたのかもしれませんね。

『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』などは完成されていて、どうして自分がそこに近づくか。上手くいかないのは、勉強が足りないからだ。といった作品ですが、この『偽の女庭師』は、テキストを大事にしながらもストーリーをこちらで動かす必要のある作品だと思うのです。大変ですが遣り甲斐のあるオペラです。

―― 『偽の女庭師』は今後、演奏機会が増えるような作品だと思われますか?

井原 この作品は後のモーツァルト作品のルーツのような作品だと言えるのではないでしょうか。登場人物の女性3人、サンドリーナ、アルミンダ、セルペッタのキャストをそのまま、『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・アンナ、ドンナ・エルヴィーラ、ツェルリーナに置き換えても性格的に当てはまると思います。類型建てた人物キャラクターのようなものがこの曲辺りで出来たのかもしれませんね。音楽的にも『イドメネオ』のエレットラのアリアにそっくりな曲も出てきますし、先ほどのト短調のアリアのような例もあります。音大の学生がダ・ポンテの作品のように教材として勉強するのには適していると思いますし、今回の公演が上手くいって、どこかのプロダクションが、これやりたい!と思って貰えたら嬉しいですね(笑)。

―― 指揮者からみて井原広樹という演出家はどんな演出家ですか?   

オペラ指揮者として定評のあるマエストロ牧原邦彦

牧村 井原さんと一緒にやる機会は多いのですが、いちばん最初の音楽練習の時、曲に対するイメージやテンポ感など、意見が合ったことはこれまで一度もありません(笑)。「そういうやり方? じゃあ試してみるか!」といった感じで始まることが多いですね。井原さんは楽譜が読めるので、私が見えていないことなどを楽譜から見つけて来られることも多く、それらをぶつけ合うのは面白い作業です。音楽畑出身でない演出家もいらっしゃいますが、やはり楽譜をみて語り合える事は、指揮者側からすると都合がいいですし、歌手からしても安心できると思います。

―― 演出家から見た牧村邦彦という指揮者はどんな指揮者でしょう?

井原 牧村さんは日本でいちばんオペラを指揮しているマエストロです。そして後進の指導にも熱心で、本当に素晴らしいと思います。そんなマエストロですから、もちろん私も意見をぶつけ合う中で、演出を変えていく部分もたくさんあります。海外では建築畑や演劇畑出身の演出家もたくさん活躍されています。そういった方たちの演出方法にももちろん興味はありますが、やはり私は楽譜が頼り。iPadにはオーケストラ譜を入れています。リブレット(台本)だけをみて演出される方もおられますが、オペラは楽譜に始まって楽譜に終わると私は思っています。

―― 最後にこのオペラの魅力を教えてください。

井原 楽しいオペラブッファ(喜劇的なオペラ)です! 裏切り、どんでん返し、ギャグなどが満載で、笑って最後は泣かせる松竹新喜劇のようなお話です。言いたいことが瞬間に伝わる豪華な実力派キャストが勢揃いし、全員が均等に難しいアリアを持ち、端役は一切ありません。それぞれの人間模様がさく裂しながらも、最後は幸せになれるオペラです。このオペラは、モーツァルトオペラの主役たちのルーツがここに集結!と言ってもいいんじゃないですかね。『偽の女庭師』は必見のオペラだと思います。ぜひご覧ください!

最高のキャストが集結!モーツァルト作曲 歌劇「偽の女庭師」

取材・文=磯島浩彰

公演情報
 
大阪音楽大学 第53回オペラ公演「ディレクターズ・チョイス」シリーズ
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第53回定期演奏会
W.A.モーツァルト:歌劇「偽の女庭師」全3幕(原語〈イタリア語〉上演・字幕付き)
■日時:
11月3日(金・祝)14時開演
11月5日(日) 14時開演
■会場:ザ・カレッジ・オペラハウス
■指揮:牧村邦彦
■演出:井原広樹
■制作統括:中村孝義
■「偽の女庭師」配役:
ドン・アキーゼ:清原 邦仁
ヴィオランテ(サンドリーナ):尾崎比佐子
ベルフィオーレ伯爵:中川 正崇
アルミンダ:並河 寿美
騎士ラミーロ:橘 知加子
セルペッタ:石橋 栄実
ロベルト(ナルド):迎 肇聡
■管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
■料金:一般5,000円、高校生以下3,000円 (全席指定)
申し込み(電話、HP、FAX、はがき、コンサートセンター窓口)
<お申し込みの際に以下を連絡のこと>
・氏名(フリガナ)、郵便番号、住所、電話番号
・公演日、演奏会名
・入場券の種類(一般、高校生以下)と枚数
・小・中・高校生の方は学校名・学年
■問合せ:大阪音楽大学コンサート・センター06-6334-2242
TEL/06-6334-2242 FAX/06-6334-2164
住所/〒561-8555 豊中市庄内幸町1-1-8
■大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス公式HP:https://www.daion.ac.jp/about/opera/index.html