ピアニスト・水谷桃子が贈る、優美で情感豊かな名曲の表情

2017.11.8
レポート
クラシック

水谷桃子(ピアノ)

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“サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.10.22 ライブレポート

毎週日曜日の渋谷で、実力のある奏者を招いて開催される『サンデー・ブランチ・クラシック』。10月22日は、ソロだけでなくオーケストラとの共演など、活発な演奏活動を行っている若手ピアニスト、水谷桃子が登場した。

当日は台風も接近しており、東京は生憎の雨となったが、会場となるeplus LIVING ROOM CAFE & DININGは普段と変わらず賑わっている。開演時刻の13時、拍手に迎えられて登場した水谷が、まず挨拶をする。

水谷桃子(ピアノ)

「皆様こんにちは、水谷桃子です。今日は台風や選挙もあって、お客様に来ていただけるか心配でしたが、集まっていただけてよかったです。今日は、お食事やおしゃべりもできる環境でのコンサートです。先日、ご覧頂いた方もいると思いますが、テレビ朝日の『関ジャニ∞のTheモーツァルト』に出演しました。その企画で、『機械に合わせてミスを計測する』という過酷な環境で演奏しました。その時に比べれば、天国のようないい環境なので(笑)、私も楽しんで演奏したいと思います。それでは、ショパンを3曲続けて弾きたいと思います」

水谷桃子(ピアノ)

そうして披露してくれた1曲目は、ショパン作曲「バラード第1番 ト短調」。曲の導入は、重々しく悲愴な序奏だ。テンポの取り方は遅めで、流麗さを保ちつつ重厚さを演出する。緊張感を保ったまま、沈痛な印象のメロディーが出現する。全体にテンポのゆらぎが大きく、内面にあふれる情念が表現されていた。

音楽はやがて熱気を帯び、音量が高まるとともにテンポも一気に加速する。激情的な曲想の箇所では、波のようにダイナミックなうねりを感じさせる。曲調はさらに変化し、今度は安らかなメロディーとなる。音色も大きく変わり、響きの多いまろやかな印象になった。夢見るようなロマンティックな空気の中、やがて冒頭の主題が戻ってくる。情熱的で甘美なクライマックスを作ると、今度は一転して快活な曲想となる。テンポは早いが、機械的でなく細かな表情も付けられている。曲想は夢の中のように移り変わっていくが、華麗さを常に備えた演奏だ。コーダに入ると、熱情を一気に爆発させるような激しい音楽となる。終わりに向けて熱狂的に駆け抜けたあと、速度を緩め、再び重厚な雰囲気の中で曲は閉じられる。

水谷桃子(ピアノ)

惜しみない拍手の後、続けて2曲目、ショパン作曲「エチュード第10番 変イ長調」の演奏が始まった。丁寧なアウフタクトの入りから、印象的な活発なメロディーが始まる。全体に軽やかで喜ばしい曲想だが、気持ちの昂ぶりと落ち着きのように、演奏面のテンションも上昇と下降を繰り返す。速いテンポの曲だが、1つ1つの音までも丁寧に作られ、はっきりと届いてくる印象だ。同じ形のメロディーでも、やや穏やかだったり、少し感傷的であったりと、込められているニュアンスは少しずつ異なる。音楽は徐々に落ち着いていき、優しい雰囲気の中で穏やかに終止する。

続けて演奏されるショパンの作品のうち、最後の3曲目に演奏されるのは、「ワルツ第4番 ヘ長調」。非常に快活に和音を連打する序奏のあと、軽やかに踊るようなメロディーが現れる。旋律は華やかで、愛らしく駆け抜けるようだ。続いて出現するメロディーはリズミカルで、跳躍するような勢いがある。曲のニュアンスは一様ではなく、曲の中ほどではやや憂いを帯びた表情も見える。やがて曲はテンションを上げ、正確なテンポを刻みながら華麗な早回しを見せる。最後には気分を高ぶらせるように、上昇音階の繰り返しを経て堂々と締めくくられた。

水谷桃子(ピアノ)

会場全体から拍手を受け、水谷が舞台から一礼した。

「次に演奏するのは、リストの『リゴレット・パラフレーズ』という曲です。ヴェルディの『リゴレット』という、オペラ好きなら誰でも知っている作品があります。その中の名曲と言われるアリアを、リストが編曲したものです。テクニック的にもとても難しい部分もありますが、私の大切にしている曲でもありますので、聞いてください。」

オペラ『リゴレット』は、愛娘ジルダを色男の公爵に誘惑された道化師リゴレットの悲劇を題材にしている。第3幕の四重奏は、登場人物の様々な感情が絡み合う名曲として夢出て、リストの作品はこのメロディーをもとにしている。曲目の紹介のあと、水谷は4曲目のリスト作曲『リゴレット・パラフレーズ』の演奏に入る。

水谷桃子(ピアノ)

重々しい低音域と、可憐な高音域が掛け合うようにして、曲は始まる。気分は少しずつ高揚していき、華麗なグリッサンドを経て序奏を終える。続いて現れるメロディーは、堂々としており輝かしい印象だ。ロマンティックにテンポのゆらぎを巧みに作りつつ、徐々に情熱をこめていく。曲の途中には、流れるような下降音形や装飾的な音形など、リストらしい華麗な表情がふんだんに見える。星がきらめくような可憐な伴奏系も印象的だ。

技巧的な部分の大きい曲だが、1つ1つの音には豊かな感情があり、曲の奥深さも存分に伝えている。たっぷりと歌い上げるようなロマンティックな箇所を経て、今度は軽やかに踊るような曲想となる。音楽が一旦落ち着き、眠るような静かな雰囲気となったあと、輝かしいコーダに入る。印象的な下降音形を繰り返しながら、曲は堂々と閉じられる。

水谷桃子(ピアノ)

迫力あるオペラの世界をピアノ一台で再構築したかのような演奏に、満場の拍手が沸き起こった。続く曲目は、それまで取り上げた作曲家に比べると馴染みが薄いであろう、カプースチン(1937年生まれ)の作品だ。水谷は、この曲への思い入れについても話してくれた。

「次に演奏するのはカプースチンという、79歳で存命のロシアの作曲家です。ジャンルとしては一応クラシックになるのですが、ジャズの要素も非常に大きく、私も最初に聞いたときは『ジャズだな』と感じました。この曲に取り組むきっかけになったのは、昔ブラームスやベートーヴェン、バッハなどのちょっとお堅い曲を練習していて、いっぱいいっぱいだった時のことです。『遊びに行きたいけど行けない……』と気が滅入っていた時、一人でこのカプースチンの曲を弾いて遊んでいました。そんな曲なので、楽しく弾きたいと思います。」

曲にまつわる思い出を紹介してくれたあと、カプースチン作曲「変奏曲」が披露された。紹介されたとおり、冒頭からジャズ風の軽妙な旋律で始まる。跳ねるようなジャズ特有のリズムだが、現代音楽風の尖った響きも垣間見える。しかし曲調としては、映画音楽などのように親しみやすい。楽しげではあるがどこか気だるげで、享楽的な音楽だ。拍子は一定せず頻繁に変化し、聴き手を飽きさせることなく引きつけている。

曲の半ばでは、うっとりと歌うようなロマンティックな曲想も出現する。甘美でセンチメンタルな雰囲気になったかと思うと、一転してテンポの急速な場面となる。音楽は刹那的な喜びに身を任せるように加速し、断ち切られるように締めくくられた。

水谷桃子(ピアノ)

惜しみない拍手に応えながら、水谷が挨拶する。「今日は本当にありがとうございました。30分という短い時間でしたが、私なりに今一番気に入っているプログラムをやらせていただきました。それでは、アンコールとしてショパンの『別れの曲』を弾きます。」

始まりの音を、丁寧で繊細につくりながら、ショパン作曲『別れの曲』の演奏が始まる。叙情的で憂愁の漂う有名なメロディーが、遅めのテンポでうたわれる。テンポの揺れの幅を広くつくることで、豊かな情感が表現されている。特にフレーズの切れ目でテンポを伸ばすとき、名残を惜しむような雰囲気が醸し出される。

中間部はやや趣を変え、動きの多い曲想となる。鋭い強奏の和音が差し挟まれ、激情的な印象を強めた。しかし、湧き上がる情熱もやがて静まっていき、冒頭のメロディーに戻っていく。最後には速度をだんだん落としていき、静寂の中に消えていく。名残惜しいが、30分のミニコンサートはこれで終演となった。終演後には、出演者がファンと交流する姿も見られた。演奏者と聴衆の距離が近いこの会場ならではの光景だ。

水谷桃子(ピアノ)


終演後、水谷に少しの間お話を伺うことができた。

――水谷さんは『サンデー・ブランチ・クラシック』には初登場となります。出演されてのご感想はいかがでしたか?

お客さんとの距離も近く、食事をしながら聴ける場所というのもなかなかないので、クラシックの導入としてはちょうどいい場だと思います。今日は集客の難しい日ではありましたが、赤ちゃんでも来られる良い場所だと感じました。

――本日は、ショパンの有名曲に始まり、一般にはやや馴染みが薄いであろうカプースチンの曲までが登場しました。これらの選曲の意図はどのようなものでしたか?

私は基本的にはクラシックしか弾けませんが、小さい頃からジャズに親しんできました。ジャズも弾きたいと思いつつも、ジャズ演奏のちゃんとした教育は受けていないので、難しい面がありました。カプースチンはクラシックのジャンルに入り、お堅いコンクールなどでも弾くことができる作曲家ですが、ジャズらしさも強くあります。なので『これなら挑戦できるんじゃないか』と思い、何回かジャズピアニストの方からもレッスンを受けながら温めてきたので、是非やりたいと思って選曲しました。また、ショパンやリストは、今私が練習していて、いろいろな思いが詰まっているので曲目に取り上げました。

水谷桃子(ピアノ)

――11月10日(金)には、カワイ表参道のコンサートサロン「パウゼ」にて、川添文さん(Pf)とのジョイントリサイタルも予定しており、本日取り上げた曲目も登場します。ここでの聴きどころはいかがでしたか?

今日弾いたショパンの曲は有名曲ですが、今度のリサイタルで弾く『3つのマズルカ』はショパンの中ではややマイナーな方の曲です。ショパンの後期のマズルカということで、私のようなまだ若いピアニストだと認めてもらいにくい作品でもあるので、精神性を出す演奏に挑戦したいと考えています。

そして、それに合う曲としてシューマンの『謝肉祭』を選曲しました。『謝肉祭』という曲は、たくさんの小さな曲が連なってできています。自分のイメージと弾き込みを最大限に活用して、いろいろなカラーを出していきたいと思います。

――演奏活動しかり、今後もいろいろな活動が続いていくと思います。今後の目標にしていきたいことは何でしょうか?

ピアニストというのは、認められないと成立しない職業なので、どんな形であれ演奏を続け、次に繋げていくことができれば幸せだと思います。また、今までいろいろな先生に教わった知識を伝えながら、音楽に関わっていきたいと考えています。教育という場ではなくとも、ブログなど何かしらの形で知識をまとめ、発信していきたいですね。これまでのレッスンも、ビデオなどにとって記録しています。それを見返しながら、いろいろな方向に活用していけたら、と考えています。

水谷桃子(ピアノ)

毎週日曜日、渋谷・道玄坂のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGで行われる『サンデー・ブランチ・クラシック』。是非一度、訪れてみてほしい。

取材・文=三城俊一 撮影=早川達也

出演情報
川添 文 & 水谷桃子 ピアノジョイントリサイタル
日時:2017年11月10日(金) 19:00~(開場 18:30)
会場:カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」 
出演:川添 文(ピアノ) 水谷 桃子(ピアノ)
公演ページ:https://www.kawai.jp/event/detail/1000/

 

サンデー・ブランチ・クラシック情報
11月12日(日)
鈴木玲奈/ソプラノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円


11月19日(日)
細川千尋/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円


11月26日(日)
松田理奈プロデュース OTOART vol.3
『MUSIC × ALIVE PAINTING』
13:00~13:40
MUSIC CHARGE: 500円
 
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html?