新国立劇場バレエ団・新制作『くるみ割り人形』衣装デザイナー・前田文子に聞く「絵本をめくるような世界へ」

2017.10.26
インタビュー
クラシック

子供の兵隊たちの衣装


10月28日(土)から新国立劇場バレエ団・新制作『くるみ割り人形』がいよいよ開幕する。今回は衣装の調整や試着などが行われるなか、衣装デザインを担当した前田文子に話を聞いた。

前田文子さん

前田は、新国立劇場バレエ団では『カルメン』(2005年)、『ホフマン物語』(2015年)の衣装デザインを手がけ、今回の『くるみ割り人形』が3回目の"共演"。先頃上演されたKバレエ・カンパニー『クレオパトラ』でも、物語世界により深みを与える衣装デザインが高い評判を得ている。彼女自身が語るデザインコンセプト、制作時の話やバレエ衣装との関わり、随所にちりばめられた関係者の様々なこだわりは、来るべき公演が実に楽しみになるものだった。

■振付家のこだわり。「ネズミの王様はとにかく怖く」

――今回の『くるみ割り人形』、衣装デザインに当たり振り付けのウエイン・イーグリングさんや大原永子監督から要望などはあったのでしょうか。

前田 基本的に自由にやらせていただきました。ただ、イーグリングさんはこれまでイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)やオランダ国立バレエなど、様々なカンパニーのために各々違った「くるみ」を制作していて、その蓄積の中で「こだわり」の部分がいくつかあるんです。「そこは押さえ、それ以外は自由に楽しんで作ってください」と言われました。昨年の秋頃から作業をはじめ、100着くらいデザインしました。

――100着! イーグリングさんが一番「こだわり」を持っていたのは。

前田 ネズミの王様です。「とにかく怖いネズミにしてください」と。というのもイーグリングさん曰く、「怖い、怖いと言いながら、怖いものを一番喜ぶのは実は子供たち。だからこそ子供だましではなく、本当に子供が怖がる悪役ネズミにしてほしい」と。ですからENBはじめイーグリングさんの「くるみ」を上演するバレエ団には、それぞれの衣装デザイナーによる怖いネズミの王様がいるんです。私のネズミの王様は中世のボロボロの甲冑を着た骸骨ネズミにしました。後ろから背骨が見えていて、尻尾はガラガラヘビのような。

――(ネズミの王様の頭を見ながら)グロテスクななかにも品があって、でも確かに怖いですね。「くるみ」のネズミというと、カワイイ感じの被り物が多いなか、あまりないタイプですね。

(この時ちょうどネズミの王様とネズミたちが試着中。ネズミ役のダンサーさんに「重くないですか?」と伺ったところ、「軽く作ってくださっているので大丈夫です」とのこと)

――そのほかのイーグリングさんの「こだわり」は。

前田 ドロッセルマイヤーの雰囲気と2幕の「ロシア」の女性の頭飾りです。ドロッセルマイヤーはミステリアスで魔術師のような役回りで、夢の世界へ誘う人という雰囲気を持たせたいと。「ロシア」はとにかく頭飾りを大きくしてほしいと(笑)

「ロシア」の女性の衣装。プリンシパルの衣装はもっと頭飾りが大きいそう

■一面ポピーの花畑!? 驚きの「花のワルツ」に期待

――イーグリングさんの「こだわり」以外は、前田さんの自由な創作によると。

前田 はい。「花のワルツ」は特に楽しかったです。私はポピーが大好きで、5月頃、花屋に出はじめるとすぐに買うんです。「いつかこんなドレスを作りたい」という思いが、今回「花のワルツ」のイメージに直結してしまいました(笑)

(目をやると衣裳部屋の隅にまさにポピー色の「花のワルツ」の衣装が)

――あれが「花のワルツ」の衣装だったんですか!(デザイン画を拝見しながら)男性が葉っぱのグリーン基調、女性がポピー色でロマンチック・チュチュのスタイルではありますが都会的でもあり……かわいらしさのなかに大人のムードもありで、新しい感じもします。

前田 はい(笑) これがコールド・バレエとなったとき、さてどう映るのかなと思うと実に楽しみです(笑) ポピーのお花畑になると思います。「花のワルツ」としてはあまりないものではないかと。先ほどそのシーンのリハーサルを見てきたんですが、ダンサー達が素敵で、ワクワクしますね(笑)。

――「花のワルツ」は見どころの一つですね。色彩のメリハリはやはり重要視されたんですか?

1幕、パーティーに来たお客の女性たち。すべてデザインが違う

前田 そうです。お話は現実世界と夢世界があるので、1幕最初の現実世界はストイックなブリティッシュ・カラーにしました。英国のお金持ちの家らしい、シックな茶色や渋いピンクといった色合いです。そこから夢の世界に入っていくと、今度はカラフルな生きた色が飛び出してくるという具合ですね。(デザイン画を指しながら)最後のグラン・パ・ド・ドゥはシャンパンゴールドです。

――なんと高貴な……!(溜息) 衣装の色彩で現実世界と夢世界がガラッと分かれるわけですね。

前田 はい。本当に怖いネズミの王様と、一生忘れられないようなお花畑。カワイイだけではなく、グロテスクもあり。そこにスペイン、アラビア、中国、ロシアなどの異国系や素敵系、華やか系など様々なコントラストがドラマをダイナミックにする。舞台セットとともに衣装の色が一つひとつのシーンに深みを持たせ、掘り下げ、まるで絵本をめくるような、カラフルな世界が展開されることを望んでいます。

■バレエの衣装も実はとても自由でファッショナブル

――話は前後しますが、今回『くるみ割り人形』の衣装デザインのお話が来たときはどう思われましたか?

前田 「できるのかな?」と(笑) 芝居やミュージカルの経験はあるのですが、バレエ自体は経験が浅いので。

――バレエというとやはり踊りますから、芝居とは勝手が違うのですよね。

前田 もちろん。私はバレリーナではありませんが、「踊れる」と思いながらデザインを描いています。でも衣装を作る段階で踊りやすいよう調整することはありますが。

実は私の師匠は谷桃子バレエ団で舞台衣装を多数デザインしており、彼女に「バレエの衣装デザインをしてみなさい」と言われていたんです。でもバレエの世界は踊りの型とかクラシック・チュチュ、ロマンチック・チュチュなど様々な制約がありそうで積極的には関わらなかったのですが、2005年頃でしたか、服部有吉さん(当時ハンブルク・バレエ団、現アルバータ・バレエ団)と一緒に仕事をした際、コンテンポラリー作品だったこともあり、すんなりと入って行け、バレエが近くなりました。その後アルバータ・バレエ団(カナダ)のコンテンポラリー作品『七つの大罪』(2010年)で衣装をデザインし、服部さんがKバレエ・カンパニーとお仕事をした際にも呼んでいただいた。

――バレエの世界がどんどん近づいてきたわけですね。

前田 Kバレエ・カンパニー『シンプル・シンフォニー』(2013年)でチュチュの衣装をデザインしたとき、バレエの衣装ってこんなに自由でファッショナブルにできるんだと、それまで抱いていたイメージが変わりました。そして新国立劇場バレエ団から『ホフマン物語』のお話をいただいたんです。「ホフマン」は苦しみながら何枚も何枚もデザインし、チュチュの柄も自分で描きました(笑)

――お話を聞いていると「くるみ」も早く観たいですし、今シーズン再演の「ホフマン」も楽しみになります。

前田 川口直次先生の素敵な舞台セット、沢田祐二先生の美しい照明、ダンサーの方々も素晴らしい。今回のお仕事はうれしい再会です。私もどんな公演になるか、楽しみです。

――ありがとうございました。

取材・文=西原朋未

公演情報
新国立劇場バレエ団 「くるみ割り人形」
 
■会場:新国立劇場 オペラパレス (東京都)
■日時・出演:

 
【10月28日(土)14:00】
クララ:小野絢子
王子:福岡雄大
ドロッセルマイヤー:菅野英男
ねずみの王様:奥村康祐
ルイーズ(クララの姉):細田千晶
雪の結晶:飯野萌子、広瀬 碧
花のワルツ:柴山紗帆、飯野萌子、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
【10月29日(日)14:00】
クララ:米沢 唯
王子:井澤 駿
ドロッセルマイヤー:貝川鐵夫
ねずみの王様:渡邊峻郁
ルイーズ(クララの姉):奥田花純
雪の結晶:柴山紗帆、渡辺与布
花のワルツ:寺田亜沙子、細田千晶、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
【10月31日(火)13:30】※貸切公演
クララ:池田理沙子
王子:奥村康祐
ドロッセルマイヤー:菅野英男
ねずみの王様:渡邊峻郁
ルイーズ(クララの姉):細田千晶
雪の結晶:飯野萌子、広瀬 碧
花のワルツ:柴山紗帆、飯野萌子、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
【11月3日(金・祝)13:00】
クララ:米沢 唯
王子:ワディム・ムンタギロフ
ドロッセルマイヤー:貝川鐵夫
ねずみの王様:井澤 駿
ルイーズ(クララの姉):池田理沙子
雪の結晶:柴山紗帆、渡辺与布
花のワルツ:寺田亜沙子、細田千晶、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
【11月3日(金・祝)18:00】
クララ:小野絢子
王子:福岡雄大
ドロッセルマイヤー:菅野英男
ねずみの王様:奥村康祐
ルイーズ(クララの姉):細田千晶
雪の結晶:飯野萌子、広瀬 碧
花のワルツ:柴山紗帆、飯野萌子、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
【11月4日(土)14:00】
クララ:木村優里
王子:渡邊峻郁
ドロッセルマイヤー:貝川鐵夫
ねずみの王様:奥村康祐
ルイーズ(クララの姉):奥田花純
雪の結晶:飯野萌子、広瀬 碧
花のワルツ:寺田亜沙子、細田千晶、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
【11月5日(日)14:00】
クララ:米沢 唯
王子:ワディム・ムンタギロフ
ドロッセルマイヤー:貝川鐵夫
ねずみの王様:井澤 駿
ルイーズ(クララの姉):池田理沙子
雪の結晶:柴山紗帆、渡辺与布
花のワルツ:寺田亜沙子、細田千晶、原 健太、浜崎恵二朗
新国立劇場バレエ団

 
■芸術監督:大原永子  
■音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー  
■振付:ウエイン・イーグリング  
■指揮:アレクセイ・バクラン  
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団  
■合唱:東京少年少女合唱隊  
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/

※やむを得ぬ事情により内容に変更が生じる場合がございますが、出演者・曲目変更などのために払い戻しはいたしませんのであらかじめご了承願います