天野天街&はせひろいち スペシャル対談! 【小酒井不木】を題材とした公演を名古屋で行う二人が語り尽くした
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左から・はせひろいち、天野天街
名古屋演劇界の両雄がそれぞれ舞台化する、作家【小酒井不木】とは何者か?
名古屋を代表する劇作家・演出家として活躍する、天野天街(少年王者舘主宰)と、はせひろいち(劇団ジャブジャブサーキット主宰)。2000年~2001年には、合同公演『8月の南瓜と12月の西瓜とケンタウリ』(作:はせひろいち/演出:天野天街)も行うなど、古くからの盟友であり1960年生まれの同い年でもある二人が、【小酒井不木】をテーマにした公演をそれぞれ名古屋で行うことに。
まず天野は、名古屋市が主催する〈やっとかめ文化祭〉参加作品として、少年王者舘の番外公演『人工恋愛双曲線』を、まもなく11月2日(木)~8日(水)まで「七ツ寺共同スタジオ」にて上演。一方はせは、「名古屋市芸術創造センター」が主催する演劇アカデミーで講師を務め、その修了公演として『科学する探偵~名古屋から乱歩を支えた作家・小酒井不木の生涯~』を、来年の2月24日(土)・25日(日)に上演。しかもこれには天野が出演することも決まっている。
奇しくも同じ人物を題材に、わずか3ヶ月違いで舞台化することとなった両氏。二人が描く【小酒井不木】は、医学者として大きな功績を残しつつ、大正末期から昭和初期のわずかな期間に、豊富な医学的知識を盛り込んで犯罪心理を描いた多数の探偵小説を発表。江戸川乱歩の《二銭銅貨》を激賞し、デビューを後押しした愛知県出身の作家である。
果たして彼らは、この知られざる作家【小酒井不木】をどう捉え、舞台化に臨むのか。公演を間近に控え、台本執筆に追われる天野と、まだ一行も着手していないという余裕綽々のはせ。対照的な状況下の両氏が、不木を巡って語り尽くしたスペシャル対談をお届けします!
15年前の「いつか不木の舞台を…」が、ひょんな形で現実のものに
── お二人とも、別々の主催者から「小酒井不木で」と、偶然にも近い時期に同じ題材での依頼を受けられたわけですが、最初にお話を聞いた時はどう思われましたか?
天野 俺、15年ぐらい前に、はせさんと二村さん(「七ツ寺共同スタジオ」元小屋主で現顧問の二村利之)と一緒に不木の話をした覚えがある。
はせ あぁ、したねぇ! いま思い出した。
天野 「いつかやろうね」みたいな話、したよね。
はせ そうそう。今回、僕の場合は依頼を受けたというよりは自分からで。「名古屋市芸術創造センター」(以下、芸創)って、名古屋市の文化小劇場の中で唯一、企画事業を持ってる劇場なんですね。そこでいわゆる企画会議みたいなものがあって僕はそのアドバイザーを4年ぐらいやってるんだけど、その間に演劇アカデミーっていうのが始まったの。演劇とバレエ、2年に1回ずつチェンジしながら受講生を育てていきましょう、という。それで今まで別の人が講師をやってきたんだけど、企画委員の任期が今年で終わりだと勘違いしてたから、「次の講師は僕にやらせてください」って手を挙げたんですよ。演劇アカデミーの発表会というよりは、ちゃんとした公演としても売れるものにしよう、と。それで、「テーマは何にしましょう?」と言われて、「じゃあ、小酒井不木と江戸川乱歩でいきましょう」って。
天野 そういうことか。
── はせさんは、『乱歩からの招待状』(名古屋市瑞穂区にある大正期の邸宅「東山荘」を舞台に、はせの作・演出で2015年秋に上演(詳細はこちらの記事を参照)の時に、「短編を織り交ぜながら、小酒井不木記みたいなことをそのうちやりたい」と仰っていましたけど、それを今回実現するという感じなんですね。
はせ あの時やり残したことが、まだちょっとあるかなと思って。
天野 俺はさっき言ったみたいに昔もそんな話をしてたし、【小酒井不木】と聞いても違和感なかったけどね、名古屋の人だから。ほぼ全作品読んだよ。エッセイは飛ばし読みで、全集17巻。
はせ すごいなぁ!
天野 すごくないって。読んでも全部忘れていくし。読んだでしょ?
はせ 読んだけど、全部は読んでない。
天野 書けないから、全部目を通さないと気になって仕方ない。斜め読みでもいいから、一回目を通さないと。それが甲斐になってるかどうかは置いといて(笑)。
はせ なんかトンデモナイものを見逃してたら嫌だな、とか。
天野 たとえばね。どうせずっと見逃してるんだけど。
── はせさんは、いつ頃から不木のことが気になっていたんですか?
はせ どっちが先だったかなぁ。はしぐち(しん)さんが短編集を持ってて、それを薦められたか、彼の家で泊まってる時に見掛けたか、どっちかで読ませてもらって。あと、リーディング公演を依頼された時に「何かありませんか?」と言われて、《大雷雨夜の殺人》を挙げた。大須を舞台にした話で、ピエロとか大道芸っぽいのが出てくる。
天野 七寺も出てくるよね。それは春陽文庫から出てる。
はせ それははしぐちさんからじゃなくて、コピーしたものをなぜか持ってて。出処が誰だったかは覚えてないんだけど。まぁ大須が舞台だしやろうかなと思ったんだけど、ちょっとリーディングにするのはどうだろう?って。大雨で死体が勝手に流れたとか、この大胆なトリックもどうなんだ、とか思いながら(笑)。
天野 それ言ったら全部だよね。あれ、大須のこと書いてないしね。全部土地名が出るだけで土地特有の叙情とかまったく書いてないから、どこでもいいんだよね。
はせ そうそう、どこでもいいよね。それで結局、《大雷雨夜の殺人》はやめたっていう経過があって、ちょっと引っ掛かってはいたんだよね。
天野 あぁ、そうかそうか。
はせ 作品の面白さうんぬんよりも、本当に居たのね、とかさ。だから『乱歩からの招待状』の時は、「東山荘」に来たっていう嘘んこで。
天野 観てないから悔しいなぁ。ビデオない?
はせ 無いねぇ。ビデオに撮れるようなもんじゃないんだよ。
天野 台本回して~。もう欲しくてしょうがない、台本(笑)。
── 邸内だけでなく、お庭も使ったミステリーツアー形式でしたものね。
はせ ルートが3つあったから台本も渡しようがない。
天野 そうか~。それは不木のどの作品を?
はせ 作品は関係なくてオリジナル。「東山荘」の中でどういうミステリーが組めるかな、と思って書いたから。
── 小酒井不木と江戸川乱歩、横溝正史の3人が実際に名古屋で会っていた、という事実を描いたんですよね。
はせ そうそう。大阪からの帰り道に乱歩が、「そうだ、不木先生のところに会いに行こうよ」って言って横溝正史を連れて、っていうのが10月の終わりで、ちょうど公演も11月だったから、その日にしちゃおうと。で、ついでに「東山荘」に来たという設定にして。
不木の小説は、揮発性物質で作られている
はせ 天野さんは、この2つの作品を選んだんでしょ? タイトルになってる《恋愛曲線》と《人工心臓》。
天野 選んでない。タイトルはキャッチーなものにしたの。
はせ じゃあ、別に《恋愛曲線》が出てくるわけじゃない?
天野 もう出すしかないから出てくるよ、(台本の)1枚目に。先に出しておけば楽だなと思って。
── 《人工心臓》については?
はせ ほぼ一緒だからね、混ぜる。論文みたいだもんね、その二つとも誰かから誰かへの手記みたいだから演劇的じゃないよね。登場人物もないし。だいたい行われることの内容がビジュアル化しにくいものであったりするよね。ビジュアル化しにくいっていうのは逆にいろいろ枝葉は出るんだけど、それにしても。いま困ってるから、もう文句しか出ない(笑)。
── はせさんが読まれた中で、一番印象に残っている作品はどれですか?
はせ あんまり残ってないなぁ(笑)。
天野 揮発性物質で作られてる、不木の作品は。本当に忘れちゃうんだって。何回読んでも新鮮は新鮮だけど。すっごい忘れるよ。
はせ 《人工心臓》ってどういう内容でしたっけ?
天野 オチを言うと、人工心臓を妻に移植したら妻が感情を失った。だから脳味噌と心臓とか、そういう感情とかっていうのを心臓とイコール関係にしてるね。
はせ 《恋愛曲線》は?
天野 それも心臓なんだよね。
はせ じゃあ、テーマは心臓だ。
天野 自然にそうなっちゃったね。結局、マイナス×マイナスはプラスっていう話だよね。失恋×失恋は恋愛で、お互いに失恋した二人の血を全部抜き取って曲線にするっていう話。
はせ あぁそうだ、思い出した。
天野 よくわかんないんだよ、曲線が。その頃の映像の考え方っていうのは、フィルムから活動写真に移行したあの感じ。乾板に焼き付ける何か、みたいなイメージだから今の感覚ではない。なんかようわからへん。でも、題名はいい。
はせ そう、題名はいいんだよね。
天野 題名はみんな面白いんだもん。
はせ どれくらいまともなお医者さんだったんですかねぇ。
天野 すごいお医者さんだったみたいだよ。国際的な血清学の大家だって。
はせ あぁ、そうかそうか。
天野 でも結核で、本当の研究がなかなかできなかったって。相当なレベルみたいなことは書いてあるよ、その当時の世界レベル。最後は自分の家に研究室をちゃんと作ろうと思って死んだよね。
はせ まぁでも、探偵小説作家としてはキツイよね。ミステリーまで行ってない(笑)。
天野 探偵小説マニアっていうか、ファンだよね。それも(エラリー・)クイーンとかまで行ってない。(エドガー・アラン・)ポーから始まって、(アーサ・コナン・)ドイルとか。あれは残らないのはあたり前だよね。
はせ アハハハハ!
天野 本当に面白くないんだもん。
── でも全集が出版されているというのは。
天野 その当時はウケてたわけで。それも小説というより闘病記とかがベストセラーになってたりしたから。自分の結核のこととか医者としてのエッセイとか、澁澤龍彦にちょっと似てるとこがあって。
はせ わかるわかる。
天野 博覧強記なんだよ、ものすごいいろんなこと知ってて。
はせ エッセイは面白いよね。
天野 実はすごく面白い。で、全然古びてないんだよ。昔の知見ではあるんだけど、その頃の最先端。啓蒙家のところがあるじゃん。語り口が面白いんだよね。でもなんで小説だとあんなにつまらなくなるんだろう(笑)。
はせ 小説とエッセイの差がよく認識されてなかったんじゃないですかね。
不木と乱歩、その関係性と差異について
天野 あと、人を紹介するのが嬉々としてて面白いのは、やっぱりオタクなんだよね、ある意味の。すごく好きでしょうがないんだよ。で、実作もしたっていうことだと思うんだけどなぁ。
はせ 「先生も書いてくださいよ」って言って、実作を推したのは乱歩なんでしょ。もちろんまぁ、元々ちょっとは書いてたんだけどね。
天野 そうそう。
はせ いやぁ、やめといた方がいいのにって(笑)。
天野 やっぱり乱歩の方が後輩であり、自分がデビューさせた、みたいなのが不木にはあるんだけど、完全にお師匠的な。審美眼というか選球眼みたいなのがものすごい人だとは思うのね。
はせ 確かに《二銭銅貨》は面白いもんね。
天野 面白い。乱歩のその頃の作品は、ほぼ面白い。
── 不木作品を舞台化したいと思ったのは、なぜなんでしょう。
はせ いやいや、僕は不木作品をやる必要ないので。不木と乱歩を描けばいいから、作品をピックアップしなくてもいいし、逆に言うとその不木が推してこの世に出した《二銭銅貨》をやってもいいわけですよ。へへへへへ。
天野 それを言ったら俺だって出来るよ、それ(笑)。でも《二銭銅貨》をはせさんが戯曲化するの、すっごい面白そう。あれ暗号モノだからさ、難しいじゃんね。
はせ 暗号は演劇でやるの難しいよね。名張市が不木と乱歩の往復書簡を本にしてるんだけど、それはちょっとね、読んでて面白い。
天野 そういうのって一番面白いよね。
はせ 不木が熱くなってきた頃に、乱歩がまぁ忙しいんだろうけど、筆が鈍ってきてほとんど書いてないとかさ(笑)。それから急に不木が亡くなって乱歩が慌てるとか、明らかに面白い。
天野 そうだね。連続で全部読むと面白いね、やっぱりね。
はせ その辺はせっかくだから、ちょっと時代考証しながら使おうかと。
天野 そうか。うらやましいなぁ。
はせ で、今度は「東山荘」じゃなくて、本当に会ったところとか書いちゃえばいいなぁとは思ってるんですけど。横溝君も出せるし。で、それだけじゃつまんないから、真ん中に《二銭銅貨》っぽいものを放り込むと。終わった終わった! みたいな。アハハハハ!
天野 これ、SPICEにきっかり書いといてね。『科学する探偵』だもんね。いい題名だなぁ。あのさ、『乱歩の幻影』ってちくま文庫から出てるじゃん。いろいろ乱歩のことに関しての作品を集めた。あの中に不木の葬式から始まる乱歩の話があるけど、読んでない? 最後に入ってる中島河太郎の。
はせ それ読んでない。
天野 乱歩の不木の追憶がずっと書いてある。
はせ あ、僕それで書きます(笑)。
天野 それなら一発だなと思って。
── 天野さん、はせさんからネタをもらうつもりだったのが、逆にまんまと取られましたね(笑)。
天野 ネタ提供してる(笑)。
はせ それだそれだ、それで行こう。ありがとうございます! すごくいいじゃん。
天野 やり方がいいよね、葬式から始まってる感じが。
はせ 不木の《犯罪文学研究》は読んでる?
天野 俺はナナメ読み。
はせ ああいうのの方が面白い。
天野 目次見るだけでも、これ読もう、これ読もう、ってなってくるよ。あぁ、こういうことに興味があったんだ、って目次見るだけでわかる。
はせ 海外の作品もわりと面白いのチョイスしてたり。
天野 紹介が上手いんだよ。江戸文学の西鶴から始まって。
はせ なんかそうだよね。西鶴のミステリーとか。
天野 江戸の頃の戯作とかそういうのがすごく好きだったみたい。古本仲間もいたし、俳句仲間もいたし。木下杢太郎か、愛知医大の教授で俳句仲間だね。やっぱり紹介者だな。
「つまらない」魅力を、いかに表現するか
はせ 『人工恋愛…』は、不木の作品を中心に書いてくの?
天野 そう。でも作品では出来ない。出来ないって決めつけてはダメだけど、俺個人は読んでもつまらないんだよ。それを面白い風にしようとするのは良くないと思ってるのね。だから、“つまらない面白さをどうやって出すか”に専念してる。自分が面白くできるっていう奢った考え方じゃなくて、つい「つまらないものを面白くしたい」って思ってしまう、そのベクトルを閉じようと思って。
はせ 閉じるのね。まぁでも王者舘テイストになれば、それで我々は観られるという気はする。
天野 またはせさんは、王者舘テイストとかで包んでしまう(笑)。
はせ いいじゃん。わかりやすいじゃん(笑)。僕の方は、アカデミー生が33人いるからね。
天野 そうか、大変だな。
── 『科学する探偵』は、天野さんや佃典彦さん、火田詮子さん、小熊ヒデジさんが出演されるのも見どころですね。
はせ 4人とも忙しい人ばかりだから、みんな「出番少なくね」とか「ワンポイントね」って。まぁそうなるだろうと思ってはいたんだけど。
天野 俺は忙しいからじゃなくて、本当にセリフが覚えられないから。
はせ この4氏のワークショップ(ゲスト4名は講師として1日ずつワークショップも実施)が終わったら、いよいよ台本出しますからね。だから俺はまだこんなに余裕があるんだよ。
天野 うっへー! すーげー余裕。もう、楽園だね。極楽鳥とかハチドリとかピヨピヨ鳴いてる(笑)。
はせ 楽園じゃないけど、まずは七ツで『人工恋愛…』観てから、って(笑)。
天野 アハハハハ。どうなるか、地獄だよ、ほんとに。
はせ 不木さんは結局、何で亡くなったんだっけ?
天野 肺結核。完全に喀血しながら血で書いた、って言うけど、血で書いたような小説じゃないね。だからそこが実はポイントだと思うの。つまんない魅力って、その辺なんだよ。
はせ なるほど、なるほど。
天野 全然ね、熱くないんだよ。なんだろう。不思議なんだよね。謎がいっぱいあるのは確かなの。気配っていうかその感じはちょっと自分なりにわかるんだけど、それが書けるかどうかは無理かもしれない。その辺が面白いはずなんだけど、もう間に合わない(笑)。
はせ !(エクスクラメーションマーク)がやたら多いよね。あれはまぁ、その頃みんなそうなんだけど。
天野 多い人はね、結構あるよ。「新青年」っていう雑誌自体がそういうような感覚を持ってるからね。ああいう記号をいっぱい使うとお洒落っていう。ちょっとね、ビジュアル的なものがあるような気がする、modernな雑誌の。博文館(「新青年」を発行していた出版社)ってみんなmodernだから。
はせ 読者に急に問いかけてくるのって、あれもちょっとモダンな感じなの?
天野 メタな感じで?
はせ うん。
天野 読者への挑戦みたいなそういうのが無かった頃だから、不木の発明だったら凄いけど、そうではないと思う。
はせ まぁそうだよね。あれもお洒落というか。
天野 あと、いわゆるお遊びみたいな感覚が出たりする。《疑問の黒枠》は長編だから読んでないでしょ、きっと。
はせ あぁ、長編読んでない。
天野 俺、一昨日書けないから読んだのね。もうやめとこうと思ったけど、だって290頁もあるもん。書けない時のあの、泣きながら読む感じ(笑)。
はせ わかるわかる。すげぇわかる(笑)。
天野 作品の中に「新青年」が出てきて、そこで小酒井不木の作品の内容のことを登場人物が語る、っていうシーンがあったんだけど、お遊びなんだよね。
はせ なるほどね。
天野 みんな知ってるでしょ、って目配せみたいなね。メタ構造なんてもんじゃないんだよ。そういうことやろうとしたらもっとちゃんとやるはずだから、お遊びなんだよなーと思って。みんながクスっとすればいいな、っていう。でもメタ構造なんだよね、元々。
はせ 今日ここに来て、学んだよ。つまらないものをつまらなく。そのアプローチはすごいな。
天野 だって違うものになっちゃうもん。あと、乱歩の誘惑っていうのがあるよね。いろいろ近いじゃん。人間としても、作品の背景とかも。それはもうねぇ、江戸川乱歩って面白いんだもん。その誘惑が出ちゃうから危険だよ。
── 不木の作家性についてもう少し。たとえば、はせさんがお好きな日影丈吉(1908-91年)などと比較すると?
はせ 比べていいですか(笑)。
天野 比べちゃダメだよ。ちょっとレベルが違いすぎる。馬鹿にしてるわけじゃなくて、明らかに違うから。
はせ まぁでもやっぱり、不木は早く死んじゃってるからね。それはちょっとはあると思うけど。
天野 100年経っても上手くはならんだろうけど、トンデモナイことはやりそう。
はせ そうそう。
天野 つまり、アイデアの人ではある。職人ではないんだって。あと啓蒙家っていう。たぶん書かなくなってみんなの中心になって、っていう感じの人だよね。「耽綺社」(不木が提唱し、乱歩ら新進作家と結成した合作組合)の国枝史郎とか土師清二とか、みんなが慕うんだよね。話が面白いもん、絶対。いろんなこと知ってるから、ネタ元みたいな。
はせ ネタ元だなっていう自覚が不木の中にあったかどうかは、面白いとこではある。
天野 あんまり自覚がないからみんなに好かれてたと思う。不木って完全に医者なわけだけど、医者としての変な尊厳みたいなそういうのがないんだよ。なんかすべてがフラットで垣根がないみたいなところがある。
はせ そうそう、そういう魅力はあるんだよね。
天野 自分の作品の文学的なところをけなされても怒らないけど、細かい知識的なことをけなされると「それは違う」って反発するというより修正するんだよね、たぶん。だから理知的な人なんだよ、ものすごく。文学的な人ではまったくない。文学的な人だったら、もっと面白い(笑)。
はせ なんかそういう片鱗はあるよね。
「演劇に飽き飽きした」はせ VS 「最近、興味が出てきた」天野
天野 でも、日影丈吉(2006年ジャブジャブ公演『亡者からの手紙~日影丈吉に顧みる昭和の犯罪学~』作・演出/はせ)は本当に良かったなぁ。未だにあの蛇の話とか、何回も繰り返し思い出すもんね。すごく丁寧に細かくやってるから、気配とか本当に素晴らしかった。
はせ 日影丈吉はね、もう1回やりたい。時代的にあの頃のをやりたいなっていうのはすごく、あるにはあって。
天野 不木とは年代が違うけどね。
はせ 全然違うね。小沼丹(1918-1996年)とかね。
天野 これはもう絶対好きに決まってる。戸板康二(1915-1993年)とか。それも《浪子のハンカチ》とか演劇とか歌舞伎の世界じゃない方の作品が好き。俺実は、横溝正史みたいにドロドロしたものよりも、そういうのがものすごい好きだね、お洒落なの。いま小沼丹って言ったから。
はせ あの頃に興味はすごくある。ただね、こんなこと言っていいのか、演劇に飽きてて飽きてて。
天野 はい、これはしっかり太字で(笑)。
はせ もうねぇ、演劇が嫌(笑)。
天野 そうか~。俺ずっと演劇大嫌いだったけど、最近興味が出てきた。
はせ これ太字、太字。「最近、演劇に興味が出てきました」天野天街(笑)。
天野 この間初めてシェイクスピア読んで、へぇ~と思って。俺ほんとに読んだことないんだよ。
はせ それ絶対、主見出しだよ。「最近演劇に興味が出てきました、シェイクスピアとか」(笑)。
天野 熊本で演出したから(2017年6月雨傘屋公演『夏の夜の夢』)読んだんだけど、無理やり。やっとわかったのは、ものすごい訳がいっぱいあるっていうのを知って。つまんない!と思いながら、これ訳者がいなかったら面白いだろうなと思ったり。日本語だからね、反発心があるから「えー、こんなん嫌や」って。日本語じゃなくて“言語の裏にある何か”が来る感じは面白かった。だからニュアンスだけ取って。シェイクスピア作品は、ニュアンスがすぐ取れるというのがわかった。そういうところがすごいんだなと思って。
はせ あぁ、そうかそうか。
天野 っていうことで、「最近興味が出ました」。はせひろいちは、「もう飽き飽きしました」。
── 良いキャッチコピーが出ました(笑)。
舞台化するよりも、語りたくなる作家!?
はせ 不木ってさ、頑張って文体とかいろんなもので表現しちゃうんだよね。そこはなんとかしないと。いい人なんですよ、だから。そりゃ慕われますよ。
天野 本当にそう思う。で、小酒井なのに小賢しいとこがないんだよね。意外とまっすぐな感じ。まんまやるとああなるんだよね。客観視をするような人だから、っていうのはあるかもしれない。
はせ そうかそうか。客観視の表れかもしれないね。なるほどね。
天野 たぶん悩むことは、結核とか自分の本業の医者のことであっただろうけど、探偵小説のことで悩むことが一個も無かった幸せな人だと思うよ。普通に言ったら、雑誌にほとんど毎月載せてた流行作家だったわけで、つまり認識されるっていう喜びがあって、それは絶対楽しかったと思うよね。趣味がそのまま、人口に膾炙するっていうのが最高じゃん。完全に趣味人だから、経済も関係ない。だってそういうエッセイもあって、「私は生まれてから悩んだことが、結核以外ひとつもない」って。
── 作家としては幸せですね。
天野 でも、結核という恐ろしいものが。そこで医者というのが同期してるから面白いんだよ。この面白さは、はせひろいちの方が書ける。俺は書けません。
はせ なんかちょっと僕に実りがありすぎませんかね、今回。いやぁ~、今日来て良かった。
── 不木作品と出会った時、一番惹かれた部分はどこだったんでしょう。
はせ その時思った面白さは、やっぱり時期的なものもあるし、こんなものが当時流行してたっていうか、毎回雑誌に載ってたということが面白かった。売れっ子だったというのは驚いた。今から思うと、かなりシュールで、オタク的なミステリー好きが好みそうだったから、当時こんなものが流行ってたの? っていうのがビックリしたよね。そういう意味でちょっと興味を持ってたんだけど、読み進めると「うーん、なんだろう?」っていう感じにはなってたよね。
本当にこういう人が医者をやりながら書いてて、名古屋にずっと居て、っていうのはへぇ~っていうかね。そんな時代があるの? でも本当にあったのね、みたいなのとかは、これはちょっといいんじゃない、書いてもって。あとは勢いですね。芸創で最初に企画会議に出した時も、「こういう作家がいますけど」って言っても誰も知らないから、余計火が付いちゃうじゃん。「え、知りませんか? 小酒井不木」って(笑)。はしぐちさんのお陰ですよ。
── はしぐちさんは不木がお好きなんですね。
はせ いつか自分でやりたいって言ってた。何やるのかなぁ。でも《恋愛曲線》とか好きだって言ってたなぁ。
天野 おぉ~、面白いなぁ~。あれが好きっていうのは興味あるなぁ。昔からなんかね、合ってるけど違うっていう感覚があるのね。
はせ はしぐちさん?
天野 うん。合ってるような気がするけど、たぶん違うし、っていう同時な感じがする。今のもそうなんだよね。絶対話したい。
はせ でも違ってたらごめんね。「舞台化したい」って言ってたのは間違いないけど、《恋愛曲線》だったかどうかは心配になってきた。 でも、心臓がどうのとは言ってたなぁ。
天野 俺としては、不木よりもはせひろいちの方がイメージが湧くねぇ~。
尚、はせひろいち作・演出、天野天街出演による『科学する探偵 ~名古屋から乱歩を支えた作家・小酒井不木の生涯』については、来年改めて当サイトにて紹介予定につき、お楽しみを!
少年王者舘『人工恋愛双曲線』チラシ表 コラージュ:アマノテンガイ
■出演:珠水、夕沈、雪港、小林夢二、宮璃アリ、池田遼、る、カシワナオミ、岩本苑子、井村昴、echo
■日時:2017年11月2日(木)19:30、3日(金)19:30、4日(土)14:00・19:30、5日(日)14:00・19:30、6日(月)14:00・19:30、7日(火)19:30、8日(木)14:00 ※6日(月)14時の回終演後はゲストに小松史生子(金城学院大学文学部教授)を招いてのアフタートークを予定。
■会場:七ツ寺共同スタジオ(名古屋市中区大須2-27-20)
■料金:一般3,500円 学生2,000円(※当日要学生証)
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「大須観音」駅下車、2番出口から南東へ徒歩5分
■問い合わせ:やっとかめ文化祭実行委員会 052-262-2580
■公式サイト:
やっとかめ文化祭実行委員会 http://www.yattokame.jp
少年王者舘 http://www.oujakan.jp/