ピアニスト福原彰美がカフェライブ~15年ぶりのCDに込められた、今この時の「ブラームス」

2017.11.22
レポート
クラシック

福原彰美(ピアノ)

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“サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.10.8 ライブレポート

日曜午後のひと時を、クラシック音楽を楽しみながら過ごす『サンデー・ブランチ・クラシック』。10月8日に登場したのはピアニストの福原彰美だ。この秋、福原は15年振りのCDとなるソロアルバム『ブラームス ピアノ小品集』をリリース。その発売記念も兼ねたこの日の公演では、そのアルバムの中から『6つのピアノ小品 Op.118』『4つの小品 Op.119』が演奏された。心の内面の奥底に染み入るような音色は、木々が黄金色に色付く季節にぴったり。

かつては「難しい」と思っていたブラームスと徹底して向き合い、その内面に迫ろうとした福原の演奏は、今の「福原彰美」自身。そして彼女の演奏を通して、ブラームスならではの深さが、客席に静かに染み入ってくるようでもあった。

福原彰美(ピアノ)

クララ・シューマンとのエピソードを交え、前半は「6つのピアノ小品 Op.118」を

深みのあるブルーの上品なドレスで登場した福原。まず演奏されたのは『6つのピアノ小品 Op.118』の第1番「間奏曲」イ短調と第2番「間奏曲」イ長調だ。どこかノスタルジックな、静かで透明な音色でリサイタルは幕を開けた。

2曲を終えたところで、「今回演奏する小品集はブラームスの最晩年の作品。大規模な曲と違い、内面を見つめる深みがある」と語る。ブラームスと言えばロベルト・シューマンと、その妻にして女流ピアニストであったクララ・シューマンとのエピソードがよく知られるところ。「晩年のブラームスはクララとは同士のような繋がりで、ブラームスは曲を書き上げるたびにクララに送っていた」という温かなエピソードを紹介してくれる。

福原彰美(ピアノ)

引き続き3曲目は『6つのピアノ小品 Op.118』の第3番「バラード」ト短調。ハンガリー風の軽快なリズムだ。続く第4番「間奏曲」へ短調ともども、どこか情熱的な静かな炎が見え隠れするような味わいがある。ロマンティックな曲が続く中、それでも全盛期に書いた交響曲のような情熱的なスケールの味わいは決して失われていないのだなと感じさせられる。

そして第5番「ロマンス」へ長調は、「クララがブラームスのために演奏した最後の曲」と言われているものだという。「ブラームスの時代は現代のメールなどとは違い、何日もかけて文通をした時代。この“ロマンス”は遠くにいる誰かをイメージしたのでは」と福原は語る。

曲は山の稜線が澄み切った空に広がるよう。その山々に誰かを思う、古くなった手紙の束に綴られた美しくも純粋な思いがこだまとなって響き渡るようだ。ふれてはならない大切な宝石のような「想い」をピアノにこめた曲に、胸が熱くなる思いであった。

福原彰美(ピアノ)

『4つの小品 Op.119 』では「灰色の真珠」と称された名曲も

さらに最晩年の作品集である『4つの小品 Op.119 』から数曲が演奏される。第2曲「間奏曲」ホ短調は「途中まで無調音楽で書かれた、前衛的な部分も併せ持つ」と福原。無調音楽とは19世紀末から20世紀にかけて起こったもので、文字通り、イ長調、ヘ短調という調性がない音楽。中心となる音がつかみにくく、不協和音が時折顔をのぞかせ「現代音楽への過渡期と言える」とも。

福原彰美(ピアノ)

この曲をクララは「灰色の真珠のようだ」と語ったというように、白い真珠の明瞭な輝きとは違う、どこか静かにひっそりと息を潜めたような、それでいて確かに輝きを放つような奥ゆかしくもどこか不安げな音色だ。

さらに第4曲「狂詩曲」変ホ長調は変拍子を多用した曲で、これもまた実験的な作風だという。ブラームス最晩年の作品の一つとは言え、ある意味時代を先取りしたような野心やどこまでも自由な心が高みを目指して昇華していこうとするような趣も感じられる。客席からは盛大なアンコール。最後まで音楽と向き合い挑戦し続けたブラームスの人生、思いが垣間見えるような、そんなひと時であった。

福原彰美(ピアノ)

15年ぶりのCD。ピアノの調律もブラームスの時代の音を目指す

演奏終了後の福原にお話を伺った。

――素敵な演奏をありがとうございます。今回のCD発売でブラームスを取り上げた理由はなんでしょう。

実は今回のソロアルバムは15年振りなんです。その前に出したCDは17歳の時で、学研プラッツレーベルの『Akimi plays Chopin and Liszt』でした。リサイタルではリストやショパン、シューマンなどとともに、ブラームスの小品集も取り上げていました。ただ私自身が内面ができあがっていない――というと今できあがっているように聞こえるんですが(笑)、ということがあってか、演奏をしていても、ものすごく難しいと感じ、なかなかしっくりこないことが続いたんです。でも非常に惹かれるものがあって、いつか弾きたいと思っていました。

録音しようというきっかけのひとつとして大きかったのは、今回CDに解説を書いてくださったブラームスの研究家で翻訳などの著書もたくさん出されている天崎浩二さんとの出会いです。いろいろお話を聞きながら、ブラームスの捉え方がだんだんと違ってきました。

――捉え方が違ってきたというのは、具体的にはどういうところでしょう。

例えば曲の書き方やリズムの取り方などです。ブラームスはクープランをはじめとする古典音楽の編集者として非常に長けた方だと教えていただきました。「この曲はバロックの楽器が基盤になっている」とか、あるいはブラームスでよく出てくるヘミオラ拍(注:3拍子の曲の2小節をまとめ、さらにそれを3つの拍に分け大きな3拍子とする技法)といった、学術的な部分でのヒントをたくさんいただきました。それによって演奏も変わっていったので、今回制作したCDはピアノの古典調律で録音することにしたんです。一般的にはピアノは平均率で調律するのですが、ブラームスやショパンといったロマン派の音楽は、ちょっと変調したときにふわーっとするようなカラーがあるんです。そこがよりよく表現できるようにするには、現代の調律法でやるとちょっと上手くいかないので。

――つまり古典調律にすることで、ブラームスが実際に弾いていた時代の音やメンタリティに近づいていこうとしたわけですね。

はい、なるべくそれを目指していこうと。

福原彰美(ピアノ)

――15年ぶりのCDで取り上げた曲が、今日弾いていただいたものなんですね。

しっかりしたテーマで録音したいと思ったので、ブラームスの『8つの小品作品 Op.76』『6つのピアノ小品 Op.118』『4つの小品 Op.119 』を選び、「76」と「118」の間の時代を繋ぐために歌曲のアレンジを加えて構成しています。

――リサイタルでブラームスは「内面が深い」というお話がありましたが、内面が感じられるようになったのは、例えばご自身が成長されたとか、人生経験を積み重ねたといったことがあるのでしょうか

多少あると思います。演奏家の方々はみんなそうだと思うんですが、楽曲が自分の一部であるかのように向き合って仕上げていくと思うんです。そうしたなかで、今回はブラームスの旋律をただ捉えるだけではなく、意識が宇宙に行ってしまうような境地を感じることがありました。

特に最晩年の作品118、119は一度音楽家生活から引退すると言って筆をおいた後に、再び書き出した曲なんです。聴かせるためというよりは、自分の内面だけを見つめて書いているというような、そんなところまで行っているんじゃないのかなと。

日本にブラームスファンはすごく多く、そういう意味ではコアな作曲家だと思うのですが、そういった方と話をすると「ブラームスって何故か一音目から泣ける」といことをよく聞きます。曲が盛り上がってきて、そこで涙がぽろっと出てきて泣ける、というではなく、どんな曲かわからないけれど、最初の一音で泣ける。それが本当に魅力なんですよね。

――「最晩年の作品」と仰っていましたが、技法的にも非常に意欲的な作品が多いという印象を受けました。

そこがすごいところです。全然枯れていなくて、「すごいな、この人」と(笑)。 『4つの小品 Op.119 』第2曲「間奏曲」ホ短調は地味と言えば地味なんですが、「なんでこんな曲が書けるんだろう」というくらい詰まっている。工夫が凝らされ、凝りに凝った作品で、第一主題、第二主題というのではなく、全部同じ主題で作られている。これはすごく珍しいんです。

――では最後にCDの魅力を皆さんに。

全てをかけて注ぎ込んで丁寧に心を込めて作った作品です。秋の季節にぴったりなのでたくさんの方に聞いていただきたいです。

福原彰美(ピアノ)

取材・文=西原朋未 撮影=尾崎篤志

出演情報
福原彰美出演公演
■2017年12月1日 (金)
クリスティーヌ・ワレフスカ   西安コンサートホール
■2017年12月2日 (土)
〈追加公演〉クリスティーヌ・ワレフスカ 広州市オペラハウス
■2017年12月3日(日)
クリスティーヌ・ワレフスカ   広州市オペラハウス
■2017年12月6日 (水)
クリスティーヌ・ワレフスカ   上海オリエンタル芸術センター
■2017年12月9日(土)
クリスティーヌ・ワレフスカ  台湾 国家音楽廰
■2017年12月10日 (日)
クリスティーヌ・ワレフスカ  台北
■2017年12月22日(金)
樅楓舎コンサートシリーズ 山梨市花かげホール with ナサニエル・ローゼン (vc)、ピエール・アモイヤル (vl)、清水祐子 (vla)

福原彰美オフィシャルサイト
http://www.akimifukuhara.com/jp/​

 

サンデー・ブランチ・クラシック情報
11月26日(日)
松田理奈プロデュース OTOART vol.3
『MUSIC × ALIVE PAINTING』
13:00~13:40
MUSIC CHARGE: 500円
 
12月3日(日)

米津 真浩/ピアノ&小瀧 俊治/ピアノ
13:00~13:40
MUSIC CHARGE: 500円

12月10日(日)
1966カルテット/女性カルテット

13:00~13:40
MUSIC CHARGE: 500円

■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html?
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