中村蒼が哀しき殺人者となり美波と逃避行 吉田修一の代表作『悪人』が“ふたり芝居”で3月上演
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ふたり芝居「悪人」 写真=関信行
芥川賞作家・吉田修一の代表作にして、250万部を記録したベストセラー『悪人』が、ふたり芝居として誕生する。2010年公開の同名映画(李相日 監督/妻夫木聡、深津絵里 出演)では、原作者自身が脚本参加し、国内外で高い評価を得た。吉田修一デビュー20周年の2018年3月、新たな視点による「悪人」の世界が東京・シアタートラムにて展開されることとなる。
台本・演出を務めるのは、2016年に2作のふたり芝居(『乳房』伊集院静 原作/内野聖陽、波瑠 出演、『檀』沢木耕太郎 原作/中井貴一、宮本信子 出演)を手がけ、高い評価を得た合津直枝。「光代をもう少しだけ救ってやりたい」という思いで書き上げた上演台本に吉田が共感し、舞台化が実現した。
“哀しき殺人者”祐一役には、映画『HiGH&LOW THE MOVIE 2 / END OF SKY』や、BS時代劇『赤ひげ』をはじめ、ONEOR8公演の主演舞台『さようならば、いざ』(田村孝裕脚本・演出)、2012年トニー賞5部門でノミネート、今年夏、日本初上演となった舞台『OTHER DESERT CITIES』 (熊林弘高演出・早船歌江子脚本)での好演も記憶に新しい中村蒼。その殺人者を愛してしまった光代役には、蜷川幸雄演出『エレンディラ』の主演をはじめ、野田秀樹、栗山民也、宮本亜門、長塚圭史ら、名だたる演出家たちと組み、現在は『24番地の桜の園』(串田和美脚本・演出)に出演中の演劇界のミューズ、現在はパリを拠点に活躍する美波が抜擢された。
男は、ひとを殺めてしまった。女は、思わず逃げようと言った。
佐賀の紳士服量販店に勤める女・光代は、携帯サイトで知り合った、長崎の港町に住む解体業の男・祐一と恋におちる。ふたりは、つかの間、孤独な魂を寄せ合う。ところが、祐一から殺人を打ち明けられ、ふたりの逃避行が始まる。逃亡の果て、逮捕された祐一は、「逃亡の為に光代を利用しただけ」と語るのだが…。果たして、ふたりの愛は偽りだったのか? 祐一は悪人だったのか?
吉田修一 写真=江森康之
原作 吉田修一 コメント
「悪人」は、僕にとって“たいせつ”な作品です。初めての新聞連載でしたが、書き終えた時に、ひと回りもふた回りも世界が大きく見えたことは鮮明に覚えています。作家として世界が広がったと感じた初めての小説でした。デビューから10年の間に見てきた世界とは、まったく違う光景が広がっていました。映画化(注1)の話をいただいた時は、もう少し「悪人」のそばにいたいと思い、脚本への参加も申し出ています。だから、僕の中で「悪人」は2度完結しているのです。
今年で作家生活20年を迎えますが、このタイミングで舞台化のお話をいただき、正直なところ驚いています。というのも、普段はあまり舞台を見ないのですが、新しい連載(注2)のために努めて劇場に足を運ぶようになった時期でしたから、舞台でも「悪人」を見てみたい、とすぐに思いました。
「悪人」の連載中は、祐一と光代の声がはっきりと聞こえていて、その声をうつし取るように小説を書いていました。舞台の台本を読ませてもらった時にも、祐一と光代の声が、そのまま同じように聞こえてきました。小説と映画と同じ“根っこ”を共有していることがうれしく、二人の演技も楽しみでなりません。原作にはない言葉が役者から生まれれば、それはそれでいいと思っています。稽古場にもうかがいたい。“根っこ”を同じくした、新しい「悪人」が生まれる瞬間に立ち会えるわけですから。
(注1)妻夫木聡、深津絵里主演 2010年東宝映画
(注2)朝日新聞連載中の小説「国宝」
中村蒼
中村蒼 コメント
初めてのふたり芝居は未知の世界ですが、今はその不安と期待が入り混じっている感覚です。小説、映画共に多くの人に愛された作品で今回の舞台もそれに並ぶ、もしくはそれ以上のものになったらいいなと思っています。美波さんと演出の合津さんとコツコツ作り上げていきます。
美波
美波 コメント
私は生きていて、孤独が常に側にいます。それは今まで敵のような存在でした。逃げようとして、更に深く傷ついた経験もしました。心の溝が深いほど、愛する喜びも強くなりました。吉田修一さんの「悪人」を読んだ時、今まで怖くて見れなかった孤独を直視したようでした。
祐一と光代の物語は胸がきつく張り裂けそうになるお話です。自ら進んで覗きたくない心の小箱を開けることになるかもしれません。でもそこには一瞬でも煌めく光があります。この光を見ることのできる人生は少ないのではないかと思います。今回、舞台という密な空間の中、みなさんとその希望を見つけ、共有できたら、どんなに素敵なことだろうと思います。
合津直枝
企画/台本/演出 合津直枝 コメント
3.11以降、働き方のスタイルを変えた。これまではテレビを中心に活動してきた。「高い視聴率を―」「派手な仕掛けと展開を―」「超人気の出演者を―」と。
しかし、あっけなく濁流に飲まれる家や車の報道を突き付けられ、立ち止まった。「もっともっと」と突っ走ってきたけれど、それでよかったのだろうか…。「もっともっと」加えるのでなく、削いで削いでいくことで見えてくる純度の高い創造―ができないだろうか、と 昨年から<ふたり芝居>を始めた。
昨年ご一緒した内野聖陽さんは「新しいものを探りあてた」、中井貴一さんは「演劇の新種目だ」と語った。昨年に続く3作目には、吉田修一さんの「悪人」を選んだ。小説は夢中で読み、映画も「見て見て!」と宣伝をかって出たほどだ。しかし、光代のラストにだけ無念が残った。「光代は決してバッドエンディングではないはず」と思ったからだ。「もう少しだけ光代を救ってあげたい」と台本を書き上げ、吉田さんにお目にかかった。果たして、吉田さんは笑顔で受け入れて下さった。
中村蒼くんと最初に会った時、物静かだけれどしっかり目を見て話に耳を傾ける姿が、すでに<祐一>だった。パリで台本を読んだ美波さんからは「『悪人』は愛と孤独の物語ですね」とメールが届いた。小説―映画―舞台と連なる「悪人」の物語世界に、触れ合う魂の尊さを描ききりたい。
○映画「幻の光」(企画/プロデュース)ヴェネチア映画祭 金のオゼッラ賞、藤本賞
○映画「落下する夕方」(監督/脚本/プロデュース)ベルリン映画祭出品、新藤兼人賞銀賞
○NHK連続ドラマ「書店員ミチルの身の上話」全10話(演出/脚本/プロデュース)
〇ふたり芝居「乳房」=伊集院静原作 内野聖陽、波瑠出演(企画/台本/演出)
〇ふたり芝居「檀」=沢木耕太郎原作 中井貴一、宮本信子出演(企画/台本/演出)
原作:吉田修一(「悪人」朝日文庫)