言葉すらもガラクタなのか――人間の滑稽さが心で燻る『管理人』初日観劇レポート

2017.11.28
レポート
舞台

『管理人』(左から)忍成修吾、溝端淳平、温水洋一  撮影=細野晋司

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11月26日、シアタートラムにて幕を開けた3人芝居『管理人』。その初日の模様をレポートしたい。

開演前、舞台上にうっすらと見える年季の入った部屋の様子が、激しい雨音を合図にゆっくりと見えて来たそのとき……まず、愕然とした。グーッと奥まで視線を惹き付けられる一点透視図法で設えられた空間にあるのは、無数の古道具。いわゆるゴミ、ガラクタが秩序と無秩序をいっしょくたにしたルールで配置されているのだ。気のせいか、黴の匂いや埃っぽさすらも感じられる。一気に押し寄せる閉塞感、のっぴきならない幕開けに観客は漠然とした“よくない予感”を感じ取る。しかし、同時に愛着と生活の匂いも感じられてきて……そう、ここはただの物置ではない。アストン(忍成修吾)の部屋なのだ。そしてアストンが拾って来た家なし男・デーヴィス(温水洋一)と、アストンの弟・ミック(溝端淳平)の部屋でもあった。

(左から)温水洋一、溝端淳平  撮影=細野晋司

(左から)温水洋一、忍成修吾  撮影=細野晋司

(左から)温水洋一、溝端淳平  撮影=細野晋司

デーヴィスはレストランをクビになり、もめ事に巻き込まれていたところをアストンに助けられ、行きがかり上この部屋に泊まらせてもらう。アストンはどうやら親の残したこの部屋でひっそりと暮らしているらしい。毎日昼間は通りに出て行き、夜はトースターを修理したり、ちょっとした手仕事をするのが日課だ。ミックはときどき兄の様子と部屋の状態を見にやってきては、突然現れたデーヴィスをマシンガントークでからかい、翻弄して帰っていく。たまに泊まっていくらしいが、今のところ突然やってきては突然帰っていくのが常。デーヴィスは大抵はアストンが外出している間留守番を担当している──劇中、部屋の中で行なわれるのはほぼその繰り返しのみ。

(左から)温水洋一、忍成修吾  撮影=細野晋司

(左から)温水洋一、溝端淳平  撮影=細野晋司

(左から)温水洋一、溝端淳平  撮影=細野晋司

似たような毎日の中、アストンは「まずは庭に物置を建てよう」と、この部屋とアパート全体を修復するための計画を練り、デーヴィスは「シッドカップの知人に預けた身分証さえあればここを出るめどはすぐつく」と嘯きながら居座り続け、ミックは「このアパート全体を綺麗にリフォームしてスッキリとした生活を」と、法律や契約を散らつかせながら明るい未来に思いを馳せる。彼らが口にすることはひとつも実現することはないのだが。

(左から)温水洋一、忍成修吾  撮影=細野晋司

作者のピンターは3人をまさにただのピースのごとく舞台上に置いていて、観る者はなにを拠り所に彼らの物語を辿って行けばいいのかがつかめないままに目の前で起こる事を目撃することになるのだが、その緊張感こそが本作の味と言えるだろう。

溝端淳平  撮影=細野晋司

ひとりひとりの台詞は膨大で、そこには無数のヒントも潜んでいるはず。とはいえ、彼らが交わしているのは会話と言うよりもひとりごと、覚え書き、能書き、言い訳、回想……とにかく、相手になにかをわかってもらうために話している言葉とは到底思えない。コミュニケーションが成立しないのだ。結局、たくさんの言葉は宙に漂いもつれあい放置され、いつしかただのノイズのように耳に流れ込んでくる。そうなると、まるで言葉のすべてが、そして彼らの存在までもが誰の目にも止まらず打ち捨てられたガラクタなのではないかとすら思えてくる。しかし面白いことにそうしてすべてがガラクタのように思えた瞬間から、今まで他人事に見えていた3人のやりとりのあれこれが観客の思考の中にまったく違う景色を連れて来てくれるのだ! 舞台の上の出来事が世界とイコールになってしまう。これぞ演劇の面白さ。もちろん、そこまで観客を引っ張っていく役者陣の力量も素晴らしい。

忍成修吾  撮影=細野晋司

溝端淳平  撮影=細野晋司

温水洋一  撮影=細野晋司

アストンを演じる忍成は終始イノセント。登場の瞬間から振りまいていた違和感の意味が彼の真夜中の“告白”から判明していく長台詞の場面は本当に見事だった。粗野で不器用だが賢く振る舞いたいという粋がった振る舞いを、ときにユーモラスに伝える溝端のミックも頼もしく魅力的。ふたりに「この部屋の管理人になって欲しい」と言われるデーヴィスを演じた温水は、彼をただのくたびれた男ではなく、“不幸な小市民の代表”のような男、憎々しくも哀れで忘れ難い存在として表出させた。

本当に欲しいモノだけが手に入らないもどかしさ、自分だけが答えを知らない愚かさ、核心だけが突けない脆さ。突きつけられる、「たられば」を繰り返し結論を先延ばしにすることでなんとか生きているちっぽけな人間の滑稽さが、幕を閉じても尚、心のなかで燻っている。

取材・文=横澤由香

公演情報
管理人

日程:2017年11月26日(日)~2017年12月17日(日)
会場:シアタートラム

作:ハロルド・ピンター
翻訳:徐賀世子
演出:森新太郎
出演:溝端淳平 忍成修吾 温水洋一

料金:全席指定 6,500円
好評発売中

公演公式ページ

https://setagaya-pt.jp/performances/201711kanrinin.html

 

 

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