『ダンシング・ベートーヴェン』公開目前! 上野水香が語る「第九」の思い出

2017.12.21
レポート
クラシック
舞台

撮影:西原朋未


動画:『ダンシング・ベートーヴェン』予告編

今年没後10年を数えるバレエ界の巨匠モーリス・ベジャール。彼が1964年に発表した作品『第九交響曲』はベートーヴェンのあの有名な交響曲をバレエ化したものだ。80人を超えるダンサーにオーケストラ、合唱団を含め総勢350人という壮大な規模のこの作品は、ベジャールの亡くなった2007年以降、上演は不可能と言われていた。

映画『ダンシング・ベートーヴェン』は、2014年、モーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)の兄弟的なカンパニーというべき東京バレエ団が創立50周年に際し、BBLとともに上演した『第九交響曲』の舞台裏を追ったドキュメンタリー映画だ。女優であり現在BBLの芸術監督を務めるジル・ロマンの娘でもあるマリーヤ・ロマンの目を通して、「第九」上演に至るまでの、ローザンヌと東京のリハーサルの様子や、ダンサーの人生模様、ベジャールという巨匠への思いなどが、作品のテーマである「愛」とともに綴られる。

12月23日からの公開を前に一般観覧者を招いて行われた試写会では、2014年公演に出演した上野水香(東京バレエ団プリンシパル)がトークショーに登場。ベジャールとの思い出や公演時のエピソードを語った。

撮影:西原朋未

■貫かれている「愛」と「吸い込まれそうな青い目」の巨匠

――『第九交響曲』は2014年に、BBLと東京バレエ団のコラボレーションで上演されました。試写をご覧になっていかがしたか?

上野 「そういえばこういうことをやったなぁ」と。こうした映画という形で見ると、あの時の記憶が蘇ってきます。

――映画作品としてはいかがでしょう?

上野 作品に貫かれているのは大きな「愛」だと感じました。ジル・ロマンさんはとても愛情深い方なんです。一緒にお仕事をしていてよく感じるのですが、バレエに対しても、ベジャールさんの作品に対しても彼の愛はとても大きい。また映画の中でダンサーの一人が妊娠し降板しますが、そのシーンにもそれぞれの人たちのバレエへの愛、夫や生まれてくる子供や作品への思いといったいろいろな「愛」が感じられました。

――上野さんはベジャール氏から直接指導を受けたことがありますね。その時の印象を。

上野 『ボレロ』を踊る際、初めてベジャールさん本人から直接指導を受けました。とても偉大な方で、それまでは写真でしか見たことがなかったのですが、実際に教えてくださるときの彼の雰囲気がとても柔らかく穏やかで驚きました。指導はとても細かく素晴らしかった。ベジャールさんと接していて、引き込まれるのが目なんです。青い目で、どんどんその目に吸い込まれそうな感じがするんです。とても奥深くて、その奥に海や空が広がっている……。それが何よりも印象に残っています。

撮影:西原朋未

■ベジャールの踊りの根底はクラシック

――ベジャール氏の教えで印象深いことや、今でも大事にしていることはありますか。

上野 ベジャールさんのバレエは全くの古典バレエではなく、コンテンポラリーといわれる現代の新しい要素も入っています。でも完全なコンテンポラリーでもなく、ネオクラシックというジャンルでもない。独特な「ベジャール」というジャンルがあるような振付で、私も最初は見様見真似で彼独特の型を教わりました。

でも最後にベジャールさんに「自分の作品はクラシックの基礎をしっかりやったうえで踊ってほしい」と言われたことが、強く印象に残っています。先日東京バレエ団で『ベジャールのくるみ割り人形』を上演し、私も踊らせていただきました。そこには、数多くのクラシック作品を振り付けたマリウス・プティパという振付家への敬意がたくさん盛り込まれていました。クラシックを非常に大事にされている。そういうところが強く印象に残っています。

■音楽に包み込まれるような、踊りと音の一体感

撮影:西原朋未

――そして伝説の舞台である『第九交響曲』ですが、これを上演すると最初に聞いたときはどう思いましたか?

上野 全身鳥肌が立ちましたね。すごく壮大なプロジェクトで。まず2つのカンパニーが一緒に舞台に立つ。さらにそこにズービン・メータという一流の指揮者とオーケストラが集まるなんて、想像を超えていました。

――オーケストラも生演奏だったのですよね。

上野 はい。普段、生のオーケストラで踊る時は、オーケストラは舞台の下のオーケストラピットで演奏しますし、指揮者はダンサー達の前にいるんです。でも「第九」は私たちダンサーの後ろに舞台を作って、その上にオーケストラや合唱団が乗りました。当然指揮者も後ろにいる。ですから演奏が後ろから聞こえてくるのです。それがとても新鮮で。まるで音に包まれている感覚になりました。

ベジャールさんの作品は音楽と動きが一体化されていて、「目で見る音楽」ということを、今までいろいろな作品に携わった中で感じていたのですが、「第九」はそういう素晴らしい点をより視覚的に捉えた感じです。音とバレエが同じところにあるという感覚を、お客様にもわかりやすく表現できたのではないかと思います。

――よくバレエは総合芸術と言われますが、まさにそれが実現していた舞台だったのですね。

■これからも自分にしかできない表現の追及を

――上野さんは東京バレエ団で長いこと活躍されていますが、一線で長く続ける秘訣とはなんでしょう?

上野 私自身、踊ることや舞台に立つことが大好きで、お客様に喜んでいただけるのが幸せだという、そうしたシンプルな思いだけでやってきました。ただ主役としてトップで踊ることの大変さは毎日ひしひしと感じています。舞台を重ねていくなかで、「この人はもっとよくなる、もっと見たい」と興味を持ってもらわないと上には行けないんですね。だから常に興味を持って観たいと思ってもらえる存在でなければと思っています。

――ダンサーには肉体的にも精神的にも大変なことがたくさんあるのではないかと思いますが。

上野 ほかの人と比べたことはないのですが、でも大変なことや苦しいことはたくさんあります。だから「好き」が力になるのでは。この映画も「愛」がテーマですが、バレエ愛が続ける力じゃないかと思います。

(c)Fondation Maurice Béjart, 2015 (c)Fondation Béjart Ballet Lausanne, 2015

――映画のなかでダンサーが妊娠し、一度中断することの怖さ、葛藤などが描かれていました。同じ女性として私も感じるものがありましたが、上野さん自身は(バレエを)辞めたいと思ったことはあるのでしょうか?

上野 何度もあります! もちろんバレエは大好きですが、自分の中の足りないところや、悩みが大きくなった時、こんなんだったらやらない方がいいんじゃないかと思うことは多々あります。

――高みを目指すほどに壁があるのかもしれませんね。では最後に来年の目標を。

上野 今後もひとつひとつ大切に踊っていくだけです。新しいレパートリー、今の自分にしかできない表現を追求していけるように、挑戦をたくさんしていければと思います。

――ありがとうございました。

映画情報
『ダンシング・ベートーヴェン』

(c)Fondation Maurice Béjart, 2015 (c)Fondation Béjart Ballet Lausanne, 2015

■振付:モーリス・ベジャール
監督:アランチャ・アギーレ 
音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲『交響曲第9番 ニ短調 作品125』
出演:マリヤ・ロマン、モーリス・ベジャール・バレエ団、東京バレエ団、ジル・ロマン、ズービン・メータ
配給:シンカ  協力:東京バレエ団/後援:スイス大使館
■公開日・映画館:12月23日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA他にて公開
公式サイト: http://www.synca.jp/db/