中村梅枝、中村萬太郎インタビュー 兄弟初出演となるコクーン歌舞伎『切られの与三』を語る
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(右から)中村梅枝、中村萬太郎
2018年5月9日(水)から、渋谷・コクーン歌舞伎 第十六弾『切られの与三』(きられのよさ)が上演される。
コクーン歌舞伎とは、1994年、十八世中村勘三郎(初演時は勘九郎)と演出家・串田和美(当時、シアターコクーン初代芸術監督)がタッグを組み、華々しく幕を開けた歌舞伎公演である。「古典歌舞伎の新たな読み直し」「新しい解釈による演出」を施したコクーン歌舞伎は、初年度以降、様々な歌舞伎役者が出演し、さらにはジャンルを超え、俳優、アーティスト、ミュージシャンも加わり、2~3年に一度のペースで上演を続けている。
今年上演される待望の最新作『切られの与三』は、三世瀬川如皐(せがわ じょこう)の江戸世話物の名作『与話情浮名横櫛』(よわなさけうきなのよこぐし)を串田和美が演出、補綴(ほてつ)を木ノ下歌舞伎の主宰・木ノ下裕一が担当。9幕18場という長編作品のため、普段の歌舞伎では「見染(みそめ)」「源氏店(げんじだな)」の2場が上演されることが多い本作だが、コクーン歌舞伎では、普段上演されない場面をも洗い出し、再構築して上演されることとなる。
主人公・与三郎役を演じるのは中村七之助。主に女方を演じてきた七之助が色男を演じる点が注目となっている。その与三郎の運命の相手・お富役を中村梅枝、さらに与三郎の弟・与五郎役を梅枝の弟・中村萬太郎が勤めることとなった。品格と色気を兼ね備える若女方の梅枝と、精気みなぎる若衆姿が輝く萬太郎。共にコクーン歌舞伎初出演となる中村梅枝、萬太郎兄弟の胸の内を聴いてきた。
(右から)中村梅枝、中村萬太郎
男と女の純愛を描く『切られの与三』。コクーン歌舞伎でどう演じる?
――『切られの与三』の基となる『与話情浮名横櫛』は、1954年に大ヒットした歌謡曲「お富さん」でご存知の世代もいるとは思いますが、今の時代、初めて接するお客様も多いかと思います。この演目の魅力はどういったところにあるのでしょうか?
梅枝:与三郎もお富も美男美女で、歩いているだけで異性が寄ってくるような二人。お富はその器量の良さから地元の親分・赤間源左衛門に囲われて、何不自由なく暮らしている。与三郎もお坊ちゃん育ちで苦労知らずの身の上。そんな二人が出会って一目惚れ、二人でイチャイチャしているところを見つかってしまい、離れ離れに。その後ひょんなことから再会して……苦労知らずの人生を歩んでいた二人が「自分の意志で」初めてこの人と一緒になりたいと思う。出逢って、引き裂かれ、また出逢って手を取り合って……そういうドラマティックな点が現代のお客様にも伝わるのでは、と思います。
中村梅枝
――鉄板の「純愛もの」という印象を受けますね。そのような作品がこの度「コクーン歌舞伎」で上演され、お二人はそこに初めて出演されます。最初にこのお話をいただいたときの率直な感想をお聞かせください。
梅枝:「……僕ですか?」というのが正直な感想でした(笑)。(中村)勘三郎のおじさまがずっと手掛けていらした舞台ですし、芝翫のお兄さん、福助のお兄さん、そして扇雀のお兄さんたちが皆で盛り立ててきた舞台です。そこにひょんなことから僕が入っていいの?という気持ちです。でもいい経験ができるのでは、と思っています。
萬太郎:僕はコクーン歌舞伎を何度か観たことがあるんです。『盟三五大切』(かみかけて さんご たいせつ)『三人吉三』『四谷怪談』と。毎回意欲的なことをやっているな、、こういう切り取り方もあるんだな、と思って観ていましたが、これまで古典の歌舞伎を主にやってきた僕が果たしてお役に立てるのかな、と感じました。
中村萬太郎
――この作品、演じる側としての面白さは?
梅枝:僕が演じるお富という人物は、狂言回しみたいな役どころなんです。物語の中で与三郎、蝙蝠安、藤八、多左衛門という四人の男と一人の女性・お富とが接していくんですけど、一人ひとりに対するお富の接し方、感情の入れ方、上から出るのか下から出るのかが細かく違っていて、一つの役の中でいろいろなテクニックを駆使して芝居を盛り上げていく……ヒロインでありながら「縁の下の力持ち」のような役割がお富に自然と求められているんです。もちろん色気や生活感を出していくこともお富を演じるためには必要で。以前、お富役を演じたときにはそれが非常に勉強になり、また楽しかったですよ。
――古典歌舞伎に慣れ親しんだお二人にとって、コクーン歌舞伎に出演するということは、かなりチャレンジングなことのように思うのですが。
梅枝:僕たちはどうしても古典歌舞伎のイメージがこびりついているので、それをどれだけ取っ払えるか、またどこまで取っ払っていいものなのか……。全部取っ払ってしまうと「歌舞伎」にならなくなるでしょうし。最低限の歌舞伎的要素を残しつつ……と思っています。僕は古典の歌舞伎に出続けられるのならそれ一辺倒で全然構わない性なんです。でも前回、野田さんの舞台(『野田版 桜の森の満開の下』)に出させていただき、役者として、また人としての心構えや取り組み方など非常に勉強になったので、今回もそういう経験をして、古典歌舞伎に還元できるようになればな、と考えています。
萬太郎:単純に古典歌舞伎と外部の演劇って時間の流れが違うと思うんです。稽古期間を含めると4月から6月までたっぷり3か月、この作品に時間を注ぐんですよね。僕らがやっている歌舞伎は普段ひと月の間に稽古をし初日と楽日を迎えるサイクルなので、3か月という長い期間、集中力が持つのか、今は未知数です。でもそれだけ時間をかけ、集中することはそうそうない経験ですので、この機会に一つの作品をいろいろな角度から追求していきたいです。
――古典の歌舞伎とコクーン歌舞伎、演じる側の大きな違いとして「演出家」の存在があると思います。お二人にとって演出家の存在をどのように捉えていらっしゃいますか?
梅枝:僕は、以前野田秀樹さんの演出を受けたことがあるのですが、野田さんは明確な道を作ってくださる方なので、すごく楽をさせていただきました。僕らは普段、演出家がいない状態に慣れていますが、その作品のことをいちばん深く理解している演出家がいらっしゃると、役者と違う目線で意見交換ができていいですね。
萬太郎:このコクーン歌舞伎は、右も左もわからないので、演出の串田(和美)さんをはじめ、他の先輩方にもいろいろお話を聞き、自分の中でも試行錯誤をしながら、じっくりと作っていきたいです。
(右から)中村梅枝、中村萬太郎
「兄はストイック。そして弱点なし」
「弟は“ニン”にハマったときの跳ね方が秀でている」
――これまでにもご兄弟で同じ作品に出る機会が多々あったかと思いますが、役者としてのお互いの魅力をどう感じていらっしゃいますか?
梅枝:弟はハマったときの跳ね方が我々世代の中では特に秀でていると思います。歌舞伎には「ニン」という言葉がありますが、その「ニン」にピタッとハマったときの弟の跳ね方は他の役者が持っていないポテンシャルを感じさせます。
※「ニン」=歌舞伎の役が必要とする身体と芸風の条件
萬太郎:そんな自覚はないんですけどね。ピンとこないんですよ(笑)。最近いろいろな役をやらせていただいていますが、自分の「ニン」はどこにあるんだと探している最中なんです。
中村梅枝
――萬太郎さんから見たお兄さんの魅力は?
萬太郎:同世代の中では一歩抜きん出た存在だと思います。本人はそんな自覚はないかもしれませんが、周りをぐいぐいと引っ張っていく存在になっていますし、周りの人間も梅枝さんのことは尊敬していると思います。とにかくストイックなんです。ずっと楽屋で歌舞伎のことにガッと集中しているので、いつもすごいなって思いながら見ています。
――兄弟で褒め合いですね(笑)。
梅枝:そりゃ悪いことは言えないでしょ(笑)。
萬太郎:いいことを書いてもらいたいなって(笑)。
中村萬太郎
――では逆に、兄弟だからこそわかるお互いの弱点は?
梅枝:現在、古典だけでなく年に2、3本と新作歌舞伎に関わる機会が増えてきました。と同時にそれまで古典で培った引き出しだけでは太刀打ちできないことも増えてきたんです。僕はある程度はぱっとできてしまう方なんですが、弟は非常に不器用なので、そういう作品と向き合うときになかなか対応しきれないのが弱点でしょうね。でもそれを克服していけばその作品だけでなく、古典の作品にももっと還元していけるんじゃないかな。
萬太郎:ごもっともです(笑)。新作に出たときに自分の引き出しの少なさに「はあ~」ってため息をつくことが多いんです。
中村梅枝
――お兄さん、冷静な分析ですね(笑)。ならば、萬太郎さんが知っているお兄さんの弱点は?
萬太郎:ないですね(即答)。
梅枝:いやいや(笑)。僕は自分の中の歌舞伎に対する概念=枠のようなものがカチッとあって、そこを外れるのが実は怖いんです。それはあくまでも僕の中だけの枠であり、実際の歌舞伎はもっと広い枠なのかもとも思うんですが、それでも僕は自分の枠の中から外に出るのが怖いんです。やっていること自体は間違っていないとは思いますが、もしかしたらどこか物足りなさがあるかもしれません。今後、その枠を取っ払えるようになりたいですね。その点、七之助の兄さんは、ご自身の中に枠を持ちつつ、必要なときはその枠を取っ払ってぱっと外に走りだせる強みを持っていると思います。そこをこのコクーン歌舞伎で僕は学んでいこうと思っています。
中村萬太郎
中村七之助の存在とは
――今ちょうど七之助さんのお名前が出ましたが、今回七之助さんが女方ではなく、与三郎という男性を演じますよね。これはかなり珍しいことなのでは、と思うのですが。
梅枝:七之助の兄さんは、世代的にいちばん近い女方の先輩ですからね。僕は兄さんのことをものすごく尊敬しています。その一方で世代が近い分、その才能に嫉妬することもあります。今回は女方同士ではなく、相手役として初めてお付き合いするので、いろいろ意見交換をして、時には教えてもらったり、僕からもお話ができればなと思います。
萬太郎:僕は逆に七之助さんと同じ男役としてがっつり共演することになります。これまではまずなかったことですね。女方の先輩という印象が強かったので。不思議な気持ちです。
――お二人から見た七之助さんってどのような人物なのですか?
梅枝:非常に奔放で、世間でいう「次男」というイメージそのままに生きていらっしゃる方です。でも、こと芝居に関しては周りがしっかり見えていて非常に冷静です。そしてNOを絶対言わない方。「ここをこうやってみて」と言われて、素直に「はい」とやってみせる。その後「どうでしたか? 僕はこうやってみたいんですけど」と自分の意見もおっしゃる。今回は座長のお立場となるので、その才能をいかんなく発揮されると思います。
萬太郎:七之助さんが持つ存在感にいつも圧倒されますね。演技力もあるし。新作歌舞伎『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』のとき、七之助さんとご一緒させていたただきましたが、菊之助の兄さんをはじめ、音羽屋の力のある方々が多数いる中であっても、その存在感はすごかったです。お客様から見ても、おそらく際立って印象に残る役者さんの一人となったのではないでしょうか。
――そんな七之助さんを筆頭に梅枝さん、萬太郎さんが作品の核を担うこととなる『切られの与三』。お二人を昔から知るお客様、またコクーン歌舞伎で初めてお二人のことを知るかもしれないお客様にむけて、最後にメッセージをお願いいたします。
梅枝:古典歌舞伎以外は数えるほどしか出たことがないのですが、そんな中でも古典で培ってきたことをベースにし、頼もしい先輩方と共にお客様にも喜んでいただけるような、おもしろい作品を作っていきたいです。それが後に繋がり、皆様が「歌舞伎座にも観に行きたい」と思っていただけるよう役を演じていきたいです。
萬太郎:初めてコクーン歌舞伎に出させていただきますが、失敗を恐れず、毎日変わっていく芝居の中で、自分の引き出しをどんどん増やしていき、千穐楽までチャレンジし続けていきたいと思います。
(右から)中村梅枝、中村萬太郎
【こぼれ話】
インタビュー中はお兄さんのことを「梅枝さん」と呼んでいた萬太郎さんですが、撮影の合間には「お兄ちゃん」と普段の呼び方に。そこでお互いの呼び方について伺ったところ、梅枝さんは「ぼくは“萬ちゃん”って呼んでいます。仕事でも家でも“萬ちゃん”です」と笑顔。すかさず萬太郎さんが「僕を本名で呼ぶときは怒っているときだよね」とニッコリ。仲の良いご兄弟の姿を垣間見た一瞬でした。
取材・文・撮影=こむらさき
公演情報
日時:2018年5月9日(水)~5月31日(木)
会場:Bunkamuraシアターコクーン
原作:三世瀬川如皐『与話情浮名横櫛』
補綴:木ノ下裕一
演出・美術:串田和美
出演:
中村七之助、中村梅枝、中村萬太郎、笹野高史、片岡亀蔵、中村扇雀 ほか
江戸の大店(おおだな)の息子・与三郎は木更津浜で美しいお富と出会い、互いに一目で恋に落ちる。しかしお富は囲われ者、逢瀬の現場を押さえられ、与三郎は顔も身体もめった斬りにされ、お富は海へ飛び込んでしまう…。
3年後、お富は溺れた自分を助けてくれた男の世話になっている。そこへ蝙蝠安と強請(ゆすり)に来たのは、刀傷を売りにする小悪党に変貌した与三郎だった。一度は夫婦になるものの、またまた引き裂かれてしまう二人。ふとした恋が運命を狂わせていく、その先は…。