藤井香織(フルート)&藤井裕子(ピアノ)それぞれの道を歩む姉妹の共演
-
ポスト -
シェア - 送る
藤井裕子(ピアノ)、藤井香織(フルート)
“サンデー・ブランチ・クラシック” 2018.3.4 ライブレポート
日曜の渋谷で、ブランチを楽しみながら音楽に耳を傾けるひと時を――。クラシックをもっと身近に、もっと気楽に。そんなコンセプトで行われるサンデー・ブランチ・クラシック(SBC)、3月4日に登場したのは藤井香織(フルート)&藤井裕子(ピアノ)だ。クラリネット奏者の藤井一男氏とともに「藤井ファミリー」としても知られる姉妹である。
藤井香織は、1998年「日本音楽コンクール」で19歳という史上最年少で第1位に入賞した経歴を持ち、これまで8枚のCDをリリース。現在はニューヨークに活動拠点を置き音楽活動をする傍ら、NPO「Music Beyond」を設立し、コンゴ民主共和国で音楽教師育成プログラムを提供する活動を行っている。裕子は東京藝術大学器楽科在学中から、国内外の主要オーケストラと共演し、現在東京に拠点を置きながら音楽家として活動する一方、母親として1歳の娘の育児に奮闘中だ。
今回のSBCは、それぞれニューヨークと東京と、離れて暮らす2人の久々の共演。「喧嘩をしたことがない」という仲良し姉妹が、時には胸の熱くなる演奏を聴かせてくれた。
藤井裕子(ピアノ)、藤井香織(フルート)
力強く訴える「信念」「意志」
国際的に活躍する藤井香織、裕子姉妹の共演だからだろうか、この日の会場はほぼ満席で、時々外国語も聞こえてくる、普段とはちょっと違った雰囲気だ。
時間となり、登場した2人の1曲目はゲイリー・ショッカー作曲『後悔と決心』だ。裕子によるピアノのロマンティックな、流れるような音色と共に、香織のフルートが「歌」を奏でる。
前半のメロディは優しく明るく、だがどこかメランコリックに幸せな過去を振り返るよう。後半はアップテンポで力強く、前に進んで行こうとする「決心」が感じられる、そんな曲だ。軽快なメロディとともに確固たる意志が感じられる香織のフルートと、支える裕子のピアノ。1曲目から目の奥が熱くなるような演奏だ。
藤井香織
藤井裕子
演奏を終え、香織が「ご飯、美味しいですか?」と語りかける。その声がハッとするほど透明で優しく、会場に和やかなリラックスムードが広がる。
続いて2曲目は、モリコーネ作曲の映画音楽『ニューシネマパラダイス』のメドレー。若かりし頃の哀愁や感傷映画への熱意を綴った名作映画の世界と共に、聴き手それぞれの人生や様々な思いが重なってくる。
途中、裕子のピアノソロがキラキラと、まるで木漏れ日のように輝き、それを受けて、香織が滑らかなメロディを奏でる。まるで2人が久々の共演を楽しみつつ、それぞれの人生へのエールの交歓を行っているようにも感じられた。
藤井香織
藤井裕子
コンゴ民主共和国での活動と音楽の力。そして己の道をゆく「カルメン」
2曲終えたところで、香織が現在行っているコンゴ民主共和国でのNPO「Music Beyond」について語る。
彼女がこのNPOを立ち上げたのは2014年のこと。ニューヨークで知識や経験を社会活動に移す人々の姿にふれたのを機に、音楽教育を行うプログラムを立ち上げたという。
活動は主に世界最貧国のひとつであるこの国の人たちが、自らの手で音楽を教えられるようになるための教育支援だ。
その活動を行う中で香織がよく聞かれる質問の一つが「生活が大変なのに、音楽をやる余裕があるのか」だという。それに対し「現地の人たちに『私たちも人間らしく生きたい』と言われました。音楽は人が人らしく生きるために必要なものなのです」と香織は答えるという。「打ち込める何かがある、その気持ちが生きるために必要なのだと、コンゴの人たちに教えられました。私はこれまで音楽でいただいた恩を、彼女等が人らしく生きて行くためのお手伝いで返していきたい」とも。
藤井香織
藤井裕子
藤井裕子(ピアノ)、藤井香織(フルート)
そうした話ののち、3曲目はボルヌ『カルメンファンタジー』。おなじみビゼーの『カルメン』から「カルメン登場の音楽」「ハバネラ」「ジプシーの歌」「闘牛士の歌」などで構成されている。
音楽の力を信じ、アフリカでNPO活動を続ける香織の意志が、己の意志に従って生きるカルメンの姿と重なる。音楽が進むにつれ2人のデュオはいよいよ熱を帯び、会場の室温も上がったように感じるほど。人気の曲「闘牛士の歌」で盛り上がりは最高潮となった。
大喝采ののちのアンコールはフルートとピアノの名曲、フォーレ『シチリア舞曲』。思えばこの2人の奏でる今日の演奏には必ずどこかに「人の姿」「人の温もり」が感じられた。それは家族、友人、音楽活動を通して出会ってきた様々な人々だろうか。「音楽にもらった恩を返す」「音楽は人を動かすことができる」という香織の言葉とともに、「恩送り」という言葉をしみじみ噛みしめたひと時でもあった。
※文章中敬称略
藤井裕子(ピアノ)、藤井香織(フルート)
(左から)藤井裕子、藤井香織
ママ友も来やすい。クラシックをもっと日常に
ーーSBCは初登場ですが、いかがでしたか。
香織:いい機会をいただきました。よく友人と「どうすればクラシックが日常のものになるのかなぁ」という話をしていたんですが、まさにそれを体現しているような企画でいいなと思いました。私は今日初めてここに来させていただきましたが、姉(裕子)は以前、中村翔太さんのコンサートを聴きにきてるんですよね。
裕子:はい、その時が初めてでした。1歳児の娘を連れて。子供を連れていけるクラシックのコンサートってなかなかないですよね。だから(SBCは)子持ちのお母さんにとってはすごくありがたいです。私は今育児に追われているので、大きなコンサートはなかなかお受けできないのですが、SBCのような30分のコンサートなら大丈夫。仮にコンサートホールに子供を連れて行けても、子供は楽屋かロビーにいなければいけないこともあるんですが、ここは客席にいていいし。子供がいても気にならないからママ友も呼べる。コンサートに行きたいけれど、子供が小さいのでなかなか行けないというお母さんはいますし、また渋谷なら行きやすいって。
ーー香織さんはコンゴでNPO活動をされていますが、「クラシックがもっと広がってほしい」というのは、日本に対する活動ということになりますか。
香織:世界各国どこでも、クラシックはやはり敷居が高いという印象なんです。だから弾く方も頑張らなければ広がらない。立派なホールに、例えば500円でお客様を呼ぶという試みもあるかもですが、こういうカフェのようなところに私たちが行く、音楽をする側が行くとのは、さらに私はいいプロジェクトじゃないかと思うんです。普段クラシック音楽を聴きなれていない人にとっては、クラシックのホールは「身構えて行く」という感じになってしまう。でもここは渋谷だしユニクロの上だし(笑)、カフェで食事をしたり、子供を連れて行く場に音楽を持ち込むというのはいい試みだなと。
藤井香織
ーーコンゴでの活動もいろいろ考えさせられました。音楽の力、「人間らしく生きたい」という言葉は衝撃的でした。現地の生徒さんや音楽家がコンサートをすることはあるんですか。
香織:現地に存在する、性的虐待を受けた、12歳から16歳という、とてつもなく若いお母さんや、様々な理由でホームレスになってしまったティーンエイジャーの女性たちが職を得るための技術を学ぶ専門学校があって、そこに私たちがアンサンブルを連れて演奏をしたりします。そこでコンゴ人の女性がコンゴ人に「生きていれば希望が持てる、いいことがある」と語るのですが、私のような外国人が言うより、説得力があるんです。
家族は100%応援してくれる同志
ーー今日の演奏のお話も。選ばれた曲が『後悔と決心』、そして『ニューシネマパラダイス』。香織さんの活動や、音楽に対する思い、生き方や信念が演奏を通して感じられたような気がしましたが。
香織:そういうことを意識したプログラムじゃないんですけど(笑) でも私は小さい頃からプロになるためにガリガリと音楽をやってきた、つまり音楽の本当の力を考えずにきたけれど、NPO活動を通して音楽が本当に糧になるんだなと実感しています。私はテクニックや技術を教えることはできますが、精神は彼女等から教わっていると思っています。それが私の音楽にちょっと変化をもたらしているかもしれません。彼らの生きざまを通して、今は私が教えられています。パワーをいただいて、演奏を通してそれを代弁しているという感じでしょうか。
(左から)藤井香織、藤井裕子
ーー2曲目の『ニューシネマパラダイス』では裕子さんのソロが素敵でした。
裕子:今日は知り合いで、ご病気の方も聴きに来てくださっていて、その方の顔がぱっと浮かんだんです。いつでもこうして会場に足を運んで音楽を聴けることが、簡単ではないかもしれない。「愛のテーマ」という曲だったのですが、その愛をおくりたいなと思いました。
ーーそうだったんですね。お2人はご家族でよくコンサートをされていましたが。
香織:みんな音楽家なので、家族であり、よくわかってくれるお友達であり。
裕子:完全に100%応援してくれる人というのか。今は親子であり、同志のような感じです。
藤井裕子
ーー今後の活動は。
香織:またコンゴに行って、日本は秋にまた家族とのコンサートをやります。
裕子:まだ子育の真っ最中ですので、しばらくはそこで奮闘するのかなと(笑) 今日は本当に貴重な機会を与えていただきました。
ーーまた機会がありましたらおいでください。今日はありがとうございました。
(左から)藤井香織、藤井裕子
取材・文=西原朋未 撮影=荒川潤
公演情報
5月27日(日)
三浦友里枝/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
6月3日(日)
羽鳥美紗紀/フルート&渋川 ナタリ/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
6月10日(日)
金子三勇士/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
6月17日(日)
大石将紀/サクソフォン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html