今度のB級遊撃隊公演は、チェーホフ作と佃典彦作、2つの『プロポーズ』を上演!
チェーホフ作『プロポーズ』の出演者と演出家。左から・吉村公佑、いちじくジュン、演出の神谷尚吾、大脇ぱんだ
劇作家、演出家、役者陣…それぞれの立場から挑むチェーホフ作品
名古屋の劇団B級遊撃隊に所属する演出家で俳優の神谷尚吾は、昨年、日本演出者協会が主催した【若手演出家コンクール2017】に応募。惜しくも最優秀賞こそ逃したが、応募者89名の中から優秀賞4名の一人に見事選ばれた。最終審査は今年の3月、東京の下北沢「劇」小劇場で行われたが、その上演作『プロポーズ』の凱旋公演と、佃典彦が同名タイトルで書き下ろした新作による二本立て公演が、5月10日(木)~13日(日)まで名古屋の「ナビロフト」にて開催される。
佃典彦作『プロポーズ』の出演者と作者。前列左から・三井田明日香、山口未知、まどか園太夫 後列左から・梅宮さおり、作者で出演もする佃典彦
今回の公演に際し、B級遊撃隊の面々はそれぞれの立場から挑戦を試みている。
まず神谷は、50歳を超えて今回のコンクールに応募。応募資格には、“自分を若手(新人)と思う演出者”とあるものの、周囲を驚かせた。このことについては、
「ちょうど自分についていろんなことがあったり、勤め先の介護施設でお婆ちゃんが「自分が壊れていくのが怖い」と言ったのがすごく突き刺さって。この先、自分もたぶん壊れるんだろうから、その前に思ったことをやった方がいいなと。ある人からもLINEで90歳のお爺ちゃんの詩が送られてきて、「もう一度人生がやり直せたら、そんなに真面目に考えずに気楽にやっていきたい。もっといっぱい間違いをしたい。健康じゃない物をいっぱい食いたい」と書いてあって、それも大きかった。審査して落とすのは向こう側のことだから、恥をかいてもいいから一回挑戦したい、自分が出さないで終わるのは嫌だな、と思って応募したんです」と、神谷。
最終審査の演目についても、演出し慣れた佃典彦の戯曲ではなく、敢えて古典作品であるロシアの文豪アントン・チェーホフの『プロポーズ』を選択した。この決断には、年齢的にチャレンジ要素の強い企画のオファーが減ったことへの危機感も関与しているとか。
「若い子にそういう仕事がいって、俺らみたいな中途半端な歳の演出家が干されていく。俺、そんなにダメなの? と思ったり。そういうことの不満ばっかり言ってるよりも、不安の方がいいかなと。だから、チェーホフ作品を演出するなんて怖いな、と思ったけど選んでみたんです。チャレンジの時かなぁと思って」
チェーホフ作『プロポーズ』の稽古風景より
そんな思いを抱えながら今作の演出に取り組んでいくうちに、
「チェーホフは偉大なんだけど、戯曲が書かれた19世紀後半当時の笑いは、そのまま今にも通じるんじゃないかなと。そう思った時に、偉大さなんてどうでもいいやと思った」という。
チェーホフの『プロポーズ』は、ロシアの片田舎に暮らすチェブコーフとその娘ナターリヤの家に、心臓が弱くあがり症の隣人ローモフがナターリアへ結婚を申し込もうと訪れる話だ。ところが、互いに地主であるチェブコーフとローモフは、係争地を巡って論争に。ローモフが自分へプロポーズしに来たことを知ったナターリヤは、言い争いをした父のことをローモフに詫びるが、今度はこの二人が飼い犬を自慢しあい大喧嘩してしまう。果たしてプロポーズはどうなるのか…。
神谷はこのドタバタ劇を、「どこまで突き詰め、どこまでくだらなくできるか」に軸をおいて演出。コンクール上演からの続投である、客演のいちじくジュンと劇団員の大脇ぱんだが父と娘を、またローモフ役は、八代将弥(room16)に代わって今回は劇団員の吉村公佑が演じる。
そして一方、この凱旋公演が決まると同時に、佃が新作を書き下ろすことも決定。チラシにも記されているが、「同じタイトル、似たような設定で面白いモン書いたるがや」と、チェーホフに宣戦布告!? 出演を希望した6人の登場人物で佃が書き上げた戯曲は、こちらも演出を手掛ける神谷の予想を大幅に超えた作品になったという。
佃典彦作『プロポーズ』の稽古風景より
佃版『プロポーズ』の舞台は、日本の片田舎である。夫のポール(オランダ人)と死別したスズキミサキは、小学三年生で驚異的美少女の娘ココナと共に半年前、ミサキの故郷であるこの地に引っ越してきた。ある日、ココナを夏休みのキャンプに送り出したミサキの家に、隣人の男タナカがやって来る。なんとココナにプロポーズしに来たというのだ。そこへココナの担任モモコ先生もやって来て、クラスの男子生徒がココナに恋い焦がれて授業にならない、おまけに婚約者だった体育教師の太郎先生もココナに心を奪われ婚約破棄になってしまった、と言う。さらに、ココナは地下アイドルの〈ココタン〉だと主張する追っ掛け中年男もプロポーズしに来て…。
一見、チェーホフ作品とは全くかけ離れた内容に見えるが、
「チェーホフの方は父親と娘の話で、俺の方は母親と娘の話。それで隣人がプロポーズに来る、っていう話」と佃が言うとおり、確かに同様の設定で書かれている。
「近所の人が家に訪ねてきてプロポーズするっていうのは、現代ではあり得ないじゃない。でも昔は日本でも、うちのお婆ちゃんなんか結婚式の当日まで旦那の顔を知らなかったって。信じられないけど実際そうだったわけで、チェーホフのナターリヤも25歳とわざわざ戯曲に書いてあるのは、1800年代後半当時には恐らく行き遅れで、相手のローモフも35歳で「もう結婚しなきゃ」みたいなことになってる。今はそんなことないけど。
それで、隣人にプロポーズをしにいく話を書かなきゃいけない、となった時にどうしようかと。現代に置き換えるとこれは、まともな奴じゃないなと思ったの。じゃあ誰にプロポーズにしに行くんだろう? と思った時に、小学生の子をずっと通学路のところで見ていて、「プロポーズしに来たんです」と。それでもう一人男が出ることが決まってたから、次に出る奴も「結婚させてください」って。そういう発想から始まって、なぜその子はそんなに大人の男からも言い寄られるんだろう? と思った時に、昔から気になっていた〈ジョンベネ殺害事件〉のことを思い出した」と、佃。
今作のモチーフにしたという〈ジョンベネ殺害事件〉は、当時6歳で美少女コンテストの常連だったジョンベネの遺体が自宅地下室から発見された、1996年にアメリカで起きた未解決事件だ。
「ジョンベネちゃんとか、若くしてメジャーリーガとして活躍する大谷翔平とか、普通じゃない人が世の中にいるじゃない。そういう人や、例えばダウン症の子がクラスにいるのも普通じゃなかったりするでしょ。でもそれって振り幅なだけで、じゃあ中間層は普通なのか、って言ったら本当はそうじゃないんだけど、“一般家庭の普通の子”っていうことでくくられる。そこからはみ出してる子がいる家族の話は、ずっと前から興味があったんです。普通って何だろう? そうじゃない人はどうなんだろう?って」
さらに、「竹内銃一郎の「SF・大畳談」という戯曲があって、何浪かしている受験生の六畳一間の家に、次々に人がやって来てわけのわからないことを言いながらずっと居座る。その作品もちょっと頭にあったかな」とも。
そんな佃版『プロポーズ」を受け取った神谷は、
「佃さんは意識して書いてはいないかもしれないけど、いつもよりもアンサンブルが重視されているような気がして難しい。みんな同じ部屋に居て目的は同じ人達なんだけど、それぞれアプローチの仕方が違っていて実際に役者が立ってみると、いろんなものが影響しあわないんだよね。動きにしろセリフにしろ個々で見ているとOKなんだけど、視野を広げていくとバラバラだなぁと。それをどうまとめて成立させるか。それと結構、大風呂敷を広げてある部分もあって。実際の世界ではSNSで噂になって広がっていくようなことも、それを舞台に上げた時に実感を持てるかどうか、どう捉えてもらえるか、というところは創っていて難しくて、「短いのにこんなにガチャガチャしたホンなの?」と捉えられたり、「大風呂敷を広げちゃった」で終わるのは嫌だなと思ってる」と。
チェーホフ版ではキャスト変更に伴う全体調整に勤しみ、佃版では、長年の演出経験から佃作品のわずかな変化を感じ取り、取材時には的確な演出方法を探って少々苦戦していた様子の神谷。それに伴い、より高いハードル越えを演出家から要求される役者陣にとっても、今回は挑戦の連続だろう。そんな彼らの奮闘ぶりや飛躍も楽しみな『プロポーズ』二本立て。これは必見です!
劇団B級遊撃隊 A・チェーホフ×佃典彦『プロポーズ』チラシ表
公演情報
劇団B級遊撃隊 A・チェーホフ×佃典彦『プロポーズ』
■作:A・チェーホフ、佃典彦
■演出:神谷尚吾
■出演:チェーホフ版/吉村公佑、大脇ぱんだ(以上、劇団B級遊撃隊)、いちじくジュン(てんぷくプロ) 佃版/佃典彦、山口未知、まどか園太夫、梅宮さおり、三井田明日香(以上、劇団B級遊撃隊)、二瓶翔輔
■日時:2018年5月10日(木)19:30、11日(金)19:30、12日(土)14:00・18:00、13日(日)14:00
■会場:ナビロフト(名古屋市天白区井口2-902)
■料金:一般前売2,800円 当日3,000円 ユース2,200円(25歳以下、前売・当日共)
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「原」駅下車、1番出口から徒歩8分
■問い合わせ:劇団B級遊撃隊 052-752-6556
■公式サイト:http://bkyuyugekitai.wixsite.com/bkyuyugekitai