朴璐美が舞台『死と乙女』をプロデュース 「お客様には申し訳ないけど、ちょっと嫌な思いをして帰ってほしい」~出演者&演出家に聞く

インタビュー
舞台
2018.5.16
(上段)石橋徹郎、朴 璐美、(下段)山路和弘、東憲司

(上段)石橋徹郎、朴 璐美、(下段)山路和弘、東憲司

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声優としても絶大な人気を誇る女優・朴璐美が劇団桟敷童子の東憲司を演出に迎えアリエル・ドーフマン作『死と乙女』に挑む。緊迫の三人芝居をともにつむぐのは青年座・山路和弘、文学座・石橋徹郎という実力派。

独裁政権が崩壊し、新政府が正常を取り繕っている南米の某国。かつて学生運動に参加していたポリーナ(朴)は、治安警察に受けた誘拐・監禁がトラウマとなり過去から脱却できずにいる。新政府で独裁政権調査のチームリーダーに指名された夫・ジェラルド(石橋)でさえ、妻の汚された肉体と精神を癒すことができずにいた。ある夜、車がパンクし立ち往生していたジェラルドは、通りがかりの医師・ロベルト(山路)に助けられ、彼を家に招き入れる。が、ロベルトの声を耳にしたポリーナは、シューベルトの弦楽四重奏曲『死と乙女』が流れる中で受けた拷問・恥辱の記憶を思い起こす。忌まわしい過去を自ら裁こうとするポリーナ、身の潔白を主張するロベルト、妻の暴走を諌めようとするジェラルドーー。何が真実で、何が嘘なのか。ナイフで記憶の闇をえぐりだすような心理戦の結末は……。

朴 璐美 (撮影:荒川潤)

朴 璐美 (撮影:荒川潤)

■思い込んだらすぐさま行動。朴璐美が『死と乙女』上演を決めるまで

--璐美さんの舞台のプロデュースにも興味があるんですか?

璐美 30歳のころかな、昨年まで所属していた演劇集団円で橋爪功さんに「お前何かやってみろよ」と言われたことがあって。私は鄭義信さん(劇作・演出家)が好きで、たまたま側にいた森新太郎(演出家)に「一緒にやろうよ」と巻き込んで、鄭さんに直談判に行ったのが最初でした。

--その体験が楽しかった?

璐美 そうですね。それまでは誰かの企画に乗るばかりでしたけど、ゼロからつくる、自ら企画を立てて発信する難しさと素晴らしさを感じました。

朴 璐美 (撮影:荒川潤)

朴 璐美 (撮影:荒川潤)

--今回の話をもらった時、東さんはどう思われましたか?

東 璐美さんとは20年くらい前からの知り合いで、円で2本、桟敷童子で1本、僕の脚本・演出の作品に出ていただいています。璐美さんから話を聞いたのは去年で、スケジュール的に7月ならイケるかなというやりとりをしたら、3時間後に電話がかかってきて、「劇場、押さえたから」って(苦笑)。もう完全に巻き込まれ型です。

璐美 巻き込み型です!  実は円で東さんに『透明な血』を描いていただくことになる前、東さん演出で『死と乙女』が最有力候補だったんです。その時は実現できませんでしたが、私の中ではいつか東さんとという思いがありました。ただ巻き込んだ時は、最初から『死と乙女』をやりましょう、というお話ではなく、いい大人ががむしゃらに、手弁当で好きなお芝居をやってみるって面白くありません?と、大人の遊びを実験的にやってみましょうよ、と、漠然としたお話だったんです。

東 最初にこの話が出た時に「石橋さんとやるのはどう?」と伝えました。石橋さんとはNHKのラジオドラマを書いた時にご一緒しているんですけど、

石橋 『道のり』というラジオドラマでした。僕は璐美と兄弟役だったよね。

石橋徹郎 (撮影:いまいこういち)

石橋徹郎 (撮影:いまいこういち)

璐美 石橋さんは、すごくしっかり目を見て話をしてくださるんです。こんなにちゃんと目の奥を見てくる方は久しぶりで、この目とぶつかり合いたいと思ったんですよ。「石橋さんいい! じゃあ『死と乙女』がいいかも!」とどんどん盛り上がって、ジェラルドをお願いしました。もし『道のり』で3人が顔を合わせていなければ、『死と乙女』になったかどうか。

--山路さんにお声がけしたのはどんな経緯ですか?

璐美 私、山路さん大好きなんですー(笑)。じゃあロベルトはどうする?となって、もう山路さんだと。そのまんまのイメージだったから。私は声のお仕事で山路さんとはよくご一緒させていただくんですけど、ちょうど朗読劇で共演する前でしたので直談判させていただきました。

山路 璐美が鼻息荒くやってきたんですよ。「これを、これをやりたいんです」って。ホントやりたいんだなと思い、台本を預かって読みましたが、これは難題だなあと。ただ相当裏がありそうな話だし、しかも3人芝居を石橋君と璐美とやるんなら面白いかなと、お引き受けすることにしました。

山路和弘 (撮影:荒川潤)

山路和弘 (撮影:荒川潤)

璐美 お返事いただくまでに2週間くらいあって、もうドキドキでした。東さんとは「山路さん以外に考えられない」とずっと話していたので、断られたらどうしよう、ポシャるかもと話してたくらい。

山路 そうそう、東君からもずいぶん早くメールをもらったよね。

東 僕からも連絡してみるよって言ったんです。普段そんなプッシュなんか、ほとんどしないのに(笑)。

山路 面白さはわかるんです。こういう本も嫌いじゃない。だけど難しそうだぞという思いが先に立ってしまったんですよ。それに俺、あんまり難しい本はやったことがないから。

璐美 うそー!(笑)

東 でも今回は、最高の役者さんが集まってくださったと思っています。璐美さんと考えた理想の配役ですから。最初に名前を挙げた方々がそのまま集うなんて、なかなかないことなんで、言った僕がびっくりですよ。

東憲司 (撮影:いまいこういち)

東憲司 (撮影:いまいこういち)

■最後まで靄のかかった物語

--『死と乙女』と聞いた時に、演出の東さんが実はもっとも想像しづらかったんです。

東 自分で書くから、他の方の脚本はあまりやっていませんからね。井上ひさしさん(『イヌの仇討』)、韓国のチャン・ジンさん(『トンマッコルへようこそ』)くらい。欧米戯曲は初めてです。『死と乙女』は非常に難しいけど、キリキリとした神経戦のような部分と、たった3人の密室劇なのが面白そうで挑戦したいと思いました。だからこそ力量と魅力がある方々と組めたらと思ったし、皆さんがそろったと聞いた時はワクワクしましたね。

璐美 私はこの作品は最初に題名に惹かれて映画版を見たんですが、逆にこれは東さんにハマると思いました。理由はわからないんですけど(笑)。

朴 璐美 (撮影:荒川潤)

朴 璐美 (撮影:荒川潤)

--それぞれの役についてはどんな感想をお持ちですか?

石橋 そうですね。なぜジェラルドとポリーナの夫婦は一緒にいるのかという背景をつくることが重要だと思いました。ジェラルドも妻に起きた事件のことはほぼ知っていて、それゆえに微妙な関係だけれども最後まで一緒にいるわけですから。しかもジェラルドだけが寄り添っているわけではなく、妻も寄り添っている。お互いがお互いにとって唯一の存在なんだという雰囲気がつくれたらいいなと思いますね。

山路 俺なんか東君任せ、言われた通りになっちゃうかな。(笑)。でもドクターは、クリストン・バロスがやっている感じのイメージが俺の中ではすごく強いですね。だったら一度はその方向で試してみてもいいかなと思っているんです。なんて言うんだろう、もちろん裏はあるんだけど、どこまで本当なのかわからないというリアリティがある感じ?

璐美 そこです! だから山路さんがいいの。

山路 俺じゃないよ、バロスを見ていてそう思うわけよ。

璐美 今までロベルトをやられた方は悪人のイメージがすごく強いと思うんですよ、見てないけど。

一同 (笑)

山路 女優さんもみんな強い人ばかりだね。

璐美 私だけ違いますよね?

山路 いやいや、ごたぶんに洩れてないよ。

璐美 (笑)でも山路さんって、悪くも善くも見えるじゃないですか。

山路 それはお褒めの言葉だと思って受け取っておくけれども、そんなこと言ったら旦那だってある意味わからないよ。

石橋 ある意味って何?(笑)

山路 璐美はさ、この女性やりたいんだろう。大好きだろ?

璐美 違うの。この舞台をやらなきゃいけないなと思ったんですよ。

山路 これは一つ、超えなきゃいけない山だと。よいじゃないですか。協力させていただきますよ。

石橋 同じくです。

石橋徹郎

石橋徹郎

璐美 私はポリーナを演じたいというより、この作品は私がやるべきだと感じたんです。いろいろ調べていて、忘れたいもの、忘れられないもの、忘れさせたいもの、そんな言葉を見た時にまさしく、そういう作品だなと。やられた側は忘れられない、やった側は忘れてしまいたい、そして傍観者は忘れてほしい。その三者三様のあり方が、チリの劇作家が独立政権崩壊直後に書かれたものというだけではなく、今の日本の社会にすごく響くと思ったんです。3・11の問題だったり、さまざまな出来事が忘れ去られようとする中で、真実を明らかにする姿勢をこの時代にしっかりと訴えていく必要があるんじゃないかと。

石橋 確かに璐美が言うようなことができたらいいね。それこそラストなんかすごい渋い終わり方をしているけど、お客さんがどう捉えてくれるか非常に楽しみだよね。ストーリーがいいというだけの戯曲じゃなくて、想像力を膨らませる余白があって、舞台上で自己完結するような戯曲じゃないもんね。

山路 ちょっと雰囲気は違うけど芥川龍之介の『藪の中』みたいなところがあるよね。すっきりしたところがない話。行きそうで行かない話。

璐美 そう、それがフライヤーのビジュアルのイメージでもあるんです。霧の中、とにかく晴れることのない3人の話というふうにしたかった。お客さんを絶対すっきりさせて帰したくないんです。おカネをいただいているのに申し訳ないなんですけど、ちょっと嫌な思いをして帰ってほしい。

--ところでシューベルトの『死と乙女』がキーポイントになってきます。

山路 俺、高校時代からクラシックは聞いていたんですよ。吹奏楽に足をつっこんでいたもので『死と乙女』は弦楽四重奏だけど、マーラーの編曲でそうなったのか、とっても重い曲だよね。昨日も何かヒントになればいいなあと思って聞いていたんだけど、あまりに重いから、もし使うんならまるで違う方向にもありかなとも思いましたね。

山路和弘 (撮影:荒川潤)

山路和弘 (撮影:荒川潤)

東 『死と乙女』がこの物語の中で最終的にどう聞こえてくるのかを意識した演出にはしたいですね。僕のイメージ的には、『死と乙女』の曲がかかったら、壁も床も真っ赤になって、人の死骸が湧き出てくるというか。

一同 おー。

石橋 俳優がもっと必要ですね。

東 30人はほしいです。

山路 サンモールスタジオってものすごく狭いんでしょ、そりゃ大変だ。

石橋 でもまさに逃れることのできない人間の業の物語という感じですね、それって古今東西関係ないから。

東 そう。チリの劇作家の書いた作品で、独裁政権崩壊直後のチリで書かれた戯曲ですけど、チリにはこういう出来事があったんですよというだけの芝居にしちゃいけない。人類にとって普遍的な物語にしたいと思っていますね。

東憲司 (撮影:いまいこういち)

東憲司 (撮影:いまいこういち)

取材・文:いまいこういち


《石橋徹郎》大学卒業後、広告制作会社勤務を経て、靴職人をほんの一瞬志すも、現在は文学座座員。劇団公演以外にも数多く参加。TVや映画、CM、ラジオドラマなど幅広く活躍。近年の主な舞台に文学座『尺には尺を』『白鯨』、世田谷パブリックシアター『ハーベスト』『トロイラスとクレシダ』『ペール・ギュント』、新国立劇場『ヘンリー六世』『パーマ屋スミレ』『君が人生の時』、俳優座劇場プロデュース『月の獣』、こまつ座『イーハトーボの劇列車』『紙屋町さくらホテル』など。ほかに下北沢OFFOFFシアターにて、自主企画による1カ月ロングラン公演にも取り組み、『モジョ ミキボー』『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』などを鵜山仁演出で上演している。

《朴璐美》演劇集団円を経て、2017年11月にLALを設立。舞台・アニメ・吹き替え・ナレーション・プロデュースなど幅広く活躍。第25回東京国際映画祭出展作品『あかぼし』で実写初主演。アニメ代表作は『鋼の錬金術師』エドワード・エルリック役、『NANA』大崎ナナ役、『進撃の巨人』ハンジ・ゾエ役ほか。「東京国際アニメフェア2004」声優賞、「第1回声優アワード」主演女優賞を受賞。ヘレナ・ボナム=カーター、レディ・ガガなどの吹き替えも担当。 舞台では森新太郎演出『死んでみたら死ぬのもなかなか四谷怪談-恨』、東憲司 作・演出『透明な血』などで主演。『戯伝写楽 −その男、十郎兵衛−』『W・シェイクスピア HUMAN』『神楽坂怪奇譚-棲-』のプロデュースも手がける。

《山路和弘》青年座研究所を第1期生として卒業後、劇団青年座に入座。2010年、舞台『宝塚BOYS』、『アンナ・カレーニナ』での演技に対して第36回菊田一夫演劇賞を受賞。2018年には一人芝居『江戸怪奇譚~ムカサリ~』『喝采』での演技が評価され第59回毎日芸術賞を受賞。主な作品は、舞台『メリー・ポピンズ』『かもめ』『三文オペラ』、映画『曇天に笑う』(本広克行監督)、『帝一の國』(永井聡監督)、『日本のいちばん長い日』(原田眞人監督)、ドラマ『ナオミとカナコ』(フジテレビ)、大河ドラマ『軍師官兵衛』(NHK)など。ジェイソン・ステイサム、ヒュー・ジャックマン、ショーン・ペン、ソン・ガンホ、ラッセル・クロウなどの吹き替えを担当するなど、声でも幅広く活躍。

《東憲司》劇団桟敷童子主宰。凝った舞台美術を駆使し、社会の底辺で生きる人々を描いた骨太で猥雑な群像劇が人気。自らの生まれ育った炭鉱町や山間の集落をモチーフにしたパワーあふれる舞台により、日本の演劇シーンの中で異才を放っている。劇団公演では文化庁芸術祭優秀賞、倉林誠一郎記念賞、バッカーズ演劇奨励賞。近年では外部作品も積極的に手がけ、2012年度に紀伊國屋演劇賞・個人賞、読売演劇大賞優秀演出家賞、鶴屋南北戯曲賞をトリプル受賞。初めて手がけたTV脚本『めんたいぴりり』は第30回ATP賞、第51回ギャラクシー賞奨励賞、平成26年日本民間放送連盟賞・テレビドラマ番組部門優秀賞・第41回博多町人文化勲章を受章し、当初は福岡県のみの放送だったが、全国放送された。『標~shirube~』にて2018年の読売演劇大賞で優秀スタッフ賞を美術家として受賞した。

公演情報

『死と乙女』

■作:アリエル・ドーフマン

■演出:東憲司
■出演:石橋徹郎 朴 璐美 山路和弘

■会場:サンモールスタジオ
■日程:2018年7月26日(木)〜8月5日(日)
■開演時間:8/1(水)14:00/19:00、7/30(月)・木・金曜19:00、土曜13:00/18:30、火・日曜14:00
発売日:6/16(土)10:00〜
料金(税込・全席指定)前売4,800円 / 当日5,300円 ※プレビュー割 3,800円(★7/26、27のみ)
U-20割 3,800円(20歳以下/年齢確認有り)
■問合せ:LAL STORY Tel. 080-7727-0754(平日12:00〜17:00)
■公式サイト:http://www.shi-to-otome.com/
 
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