浦井健治の瞳に渾身の”炎”を見た! 新国立劇場『ヘンリー五世』
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新国立劇場『ヘンリー五世』(撮影:谷古宇正彦)
浦井健治が壮大な歴史劇にひとつの句読点を打った。
新国立劇場 中劇場で上演中の舞台『ヘンリー五世』。新国立が2009年の『ヘンリー六世』三部作より9年に渡って上演してきたシェイクスピア”ヘンリーシリーズ”現時点での最終章だ。
1幕ではヘンリーの曽祖父・エドワード三世から続く領地の問題で不穏となったイギリスとフランスそれぞれの事情と人間模様が描かれ、2幕ではフランスに進軍したヘンリーの苦悩と戦いの結果とが提示される。
結論から言ってしまうと、これは新国立劇場スタッフと演出家・鵜山仁の9年以上に渡る計画的戦略の勝利である。
その”計画的戦略”の中心部に俳優として存在しているのが『ヘンリー六世』でタイトルロール、続く『ヘンリー四世』(2016年)では若き王子・ハル、そして本作『ヘンリー五世』でふたたびタイトルロールを務める浦井健治だ。
2009年時点での浦井は『エリザベート』のルドルフ皇太子や『アルジャーノンに花束を』のチャーリィ、『ダンス・オブ・ヴァンパイア』アルフレートなど、ミュージカル作品での代表作や当たり役は複数あるものの、ストレートプレイへの出演はさほど多くはなかった。そんな彼が20代で挑戦したのがシェイクスピアの歴史劇……それも三部通しての上演時間が9時間半という高き壁の作品。さらに周囲を固めるのは文学座を中心とした技術力に定評のある新劇の俳優たち……それがどれほど凄まじいプレッシャーだったかは想像に難くない。
結果『ヘンリー六世』三部作は大当たりを取り、浦井自身もいくつかの演劇賞を受賞して、その後も鵜山演出のシェイクスピア作品をはじめ、さまざまなストレートプレイに果敢に挑んでいく。
新国立劇場『ヘンリー五世』(撮影:谷古宇正彦)
前作『ヘンリー四世』では大きなヘッドホンを装着し、ロックとともに登場したハル王子が、本作では冒頭から王冠をかぶり、威厳を持った王として現れる。偉大な父王の死によって、放蕩生活とはすっぱり手を切り、王位を引き継いだのだ。
今回、ヘンリーの場面で特に印象的だと感じたのは2幕のふたつのシーン。
フランス王と皇太子に放蕩生活時代を揶揄するものを送りつけられ、自国・イギリスの兵を率いて進軍したもののフランスとの兵力の差は歴然。苦しい戦いの中でヘンリーは「すべての責任は自分ひとりにある」「自分は王として本当に適した人間なのだろうか」と苦悩し、その思いをモノローグで観客と共有する。
私にはこれが俳優・浦井健治の心の声とも重なって聞こえた。
9年の間に目覚ましい活躍を続け、夢のひとつ、帝国劇場の0番にも単独で立った。当然、20代で『ヘンリー六世』に出演した時とはさまざまなことが違っている。だが、俳優というのはある意味孤独な存在だ。特に芯に立つ人間はいろいろなものを背負う局面もあるだろう……今の浦井が語るからこそ、この独白にははっきりとした説得力があった。
もうひとつはフランスに勝利したヘンリーが、王女・キャサリン(中嶋朋子)に求婚する場面だ。
このシーンに関しては、演出・演技ともにざまざまなチョイスがあると思う。今回は全場面を通じて、客席から大きな笑いが起きていた。
戦いに勝利したイギリス側はどんなことでもフランスに要求できる立場。戦争の悲惨さ、女性(特に娘)の立場の弱さ、国と国との政略結婚、政治家としての謀略……そんな数々の状況を浦井演じるヘンリーはポーンと投げ捨て「なんて美しい人なんだ!一目ぼれです、結婚してください!」と、恋する若者の一途な想いをがっちり前面に押し出したのである。この突き抜けたチョイスはかなり意外だったし、彼と彼のことを知りつくした鵜山の演出だからこそ成立するとも感じた。そのストレートさにハル王子時代の面影がチラっと見えたのも面白い。
新国立劇場『ヘンリー五世』(撮影:谷古宇正彦)
また、庶民代表とも言えるピストル役・岡本健一の自由なたたずまいと地に足のついた演技、”ニラの騎士”ことフルーエリン役・横田栄司の緩急、そして硬軟取り混ぜた芝居からも目が離せない。フルーエリンが「ピストル」と発音できずご当地訛りの「ピシュトル」になって双方がコミュニケートできずやり取りする箇所や、舞台上の水場に入りそうで入らなくてやぱりハマって水しぶき……的な遊びにも爆笑させられた。
9年に渡り、ほぼ同じスタッフや多くの同俳優たちが参加した新国立劇場のシェイクスピア歴史劇シリーズ。その作品群の中で浦井健治は『ヘンリー六世』三部作で若き王を、『ヘンリー四世』二部作では放蕩息子の王子、そして本作『ヘンリー五世』では父王の死により即位し、白い衣と王冠を次第に血で染めていく王を演じた。
俳優としての成長が、ここまで自らが演じるシェイクスピア作品とリンクしていくのは稀有なことだとも思う。
カンパニーと彼とが打った句読点を反芻しながら、観客である私たちは「ああ、また『ヘンリー六世』の第一部”100年戦争”から観返したいな……と2009年の舞台に、そして15世紀の英国に生きた人々へと思いを馳せるのである。
公演情報
■会場:新国立劇場 中劇場
■翻訳:小田島雄志
■演出:鵜山仁
■出演:浦井健治、岡本健一、中嶋朋子 / 立川三貴、水野龍司、吉村直、木下浩之、田代隆秀、浅野雅博、塩田朋子、横田栄司 / 那須佐代子、小長谷勝彦、下総源太朗、櫻井章喜、清原達之、鍛治直人、川辺邦弘 / 亀田佳明、松角洋平、内藤裕志、田中菜生、鈴木陽丈、小比類巻諒介、玲央バルトナー / 勝部演之、金内喜久夫
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/special/henry5/