新たな音楽表現、「ライブコーディング」とは? デジタル時代のパフォーミングアーツを体感せよ【SPICEコラム連載「アートぐらし」】vol.36 日高良祐(首都大助教)
-
ポスト -
シェア - 送る
美術家やアーティスト、ライターなど、様々な視点からアートを切り取っていくSPICEコラム連載「アートぐらし」。毎回、“アートがすこし身近になる”ようなエッセイや豆知識などをお届けしていきます。
今回は、首都大学東京・助教の日高良祐さんが、新たな音楽表現「ライブコーディング」について語ってくださっています。
このコラムの読者には、絵を描いたり、楽器を演奏したり、ダンスを踊ったりといった、アートや表現に関する趣味を持った人も多いのではないでしょうか。さらに、そうした表現を楽しむ際には、Illustratorなどのドローイングソフト、音楽制作のためのDAW(Digital Audio Workstation)ソフト、キャラクターを自由に動かせる3DCGソフトを使って、パソコン上でデジタルデータを制作している人も、最近では少なくないかもしれません。
では、そうしたソフトを利用するのではなく、パソコン上でのプログラミング(コーディング)を自ら行うことで、映像や音響表現の「実行」をしている人はどれくらいいるでしょうか? これは、ちょっとそんなにはいないかもしれませんね。ところが、コーディングによってリアルタイムかつ直接的にアウトプットを操作する表現行為が、メディアアートに近接した領域では近年盛んになっているのです。今回は、そうした動向のひとつ、音楽に関する「ライブコーディング」を紹介しましょう。
「ライブコーディング」とは何か?
さて、ライブコーディングとはいったいどのような表現として説明できるのでしょうか? 多摩美術大学の久保田晃弘はライブコーディングについて「〇〇年代から始まった、プログラム言語を直接操作することで行う、リアルタイム・パフォーマンスのことである」(『メディア・アート原論』、p.178)と紹介し、「即興」(演奏)のあり方を再考するきっかけとして位置づけています。ライブコーディングの現場では、ステージ上のパフォーマーは目の前のパソコンをカチャカチャと操作し、リアルタイムなコーディングによってパソコンから出力される映像や音響を変化させていきます。つまり、ライブコーディングは極度にデジタル化されたパフォーミングアーツの一種として考えられるのです。
パソコンやデジタル機材を多用する近年のライブパフォーマンスでは、楽曲リストや音響エフェクトを事前に準備しておくことが一般的です。そのため、ステージ上で機材やパソコンの再生ボタンを押しているだけという意味で、ミュージシャンを指して「ボタンプッシャー」と揶揄する人もいます。しかし、ライブコーディングはそれとは違って、パフォーマンス中にパソコンからの出力情報をリアルタイム操作すること、さらには音響ソフトを動かすためのアルゴリズム自体をその場でコーディングすること、ここに徹底的にこだわります。そのためライブコーディングでは、「実行」されるパソコン上のコーディング作業がわかるように、会場スクリーンにパソコン画面を投影することが通例になっています。
Algoraveでの音響・映像のライブコーディング
「パフォーミングアーツは体感するのが一番!」ということで、6月3日に落合soupで開催されたライブコーディングの音楽イベント『Algorave Tokyo 2018』に参加してきました。Algoraveとは、「アルゴリズム」+「レイブ」を組み合わせた造語。つまりは、ライブコーディングに焦点を当てた、ダンスミュージックイベントです。レイブパーティーの総本山・イギリス発で、世界中でその名を冠したイベントが開催されるようになっており、東京でもすでに数回の開催実績があります。
会場に足を踏み入れると、まず圧倒されるのはパフォーマーの背景に映し出されているコーディング画面の存在感です。鳴り響く電子音やドラムのビートにあわせて、細かい文字列や数列が書き込まれ、コピペされ、削除されていることがわかります。パソコンを前にしたパフォーマーが今まさにこの場で行っているコーディング作業を通して、フロアを満たす音響表現が「実行」されているのです。
複数の壁面に投影されるコーディング画面。詳細な数式や記号が動き回るコミカルさや、コーディング時の視認性を高めるために機能ごとに色分けされた文字列がランダムに表示されるさまは、それ自体がVJによる映像表現のような面白さを感じさせます。そうして書き込まれていくコードは、響き渡るような低音やきめ細かいリズムの形式でアウトプットされ、フロアにダンスミュージックとして届けられます。
Algoraveは音楽に関するライブコーディングのイベントなので、まず注目すべきは音響表現のエッジさにあるでしょう。しかし、パフォーマーによってはVJ映像も音響と同様にライブコーディングの「実行」によって描画しているため、単なる音楽イベントであることを越え出ています。イベント全体が現在進行形のコード書き込み作業に依拠して成立している、そこにライブコーディングの魅力が存在しているのです。
ソフトウェアやコーディングが媒介する今日の表現
ライブコーディング、ちょっとばかりハードコアな表現の領域に思えるかもしれません。ですが、わたしたちの身の周りの様々な表現についてあらためて思い返してみると、もはや何かしらのソフトウェアやアルゴリズムによって媒介されていない形式の方が、実は少なくなってきているように思われます。そのため、今日的なアートや表現を考えるにあたっては、コーディングという行為が持つ意味についても目を向けておく必要があるのです。ライブコーディングという表現手法は、そうした洞察にわたしたちを誘い入れます。
とはいえ、Algoraveのフロアがダンスする身体によって満たされていたように、ライブコーディングという行為を見て聴いてノーテンキに楽しむことも大切です。Algoraveの他にもライブコーディングに焦点を当てた各種イベントは数を増やしています。ぜひ一度、実際の現場を体感してみてください。