クラシック界を牽引する若きマエストロ 川瀬賢太郎に聞く
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八面六臂の大活躍をみせる若きマエストロ 川瀬賢太郎 (C)青柳聡 写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
7月にザ・シンフォニーホールで開催される大阪交響楽団の第220回定期演奏会は、後半に楽劇「ばらの騎士」ハイライトを取り上げる。マルシャリン、オクタヴィアン、ゾフィーの登場する場面を中心に、このオペラが好きで堪らないと言う若きマエストロ川瀬賢太郎が、自ら選び抜いた箇所を演奏するというものだ。
「ばらの騎士」のソリストプロ―ヴェを指揮する川瀬賢太郎 (C)H.isojima
先日、指揮者とソリストによるプローヴェが行われるというので、立ち会わせて頂き、併せて川瀬マエストロに色々な話を聞いてみた。
今回のソリストのうちマルシャリン(元帥夫人)には、大阪交響楽団第211回定期演奏会、R.シュトラウス「4つの最後の歌」で名演を披露した木澤佐江子、オクタヴィアンとゾフィーには若手の進境著しい上村智恵と北野加織という関西を代表する女性歌手が選ばれた。
関西を中心に活躍中の3人。左から上村智恵、木澤佐江子、北野加織
この日が川瀬とソリストにとって2度目のプローヴェ。
稽古冒頭、川瀬から「えー、本日はフランス戦がございます。その辺りをご理解いただいた上で、皆さんよろしくお願いしますね(笑)」と話しがあった。
サッカー好きで知られる川瀬は、前日から始まったサッカーワールドカップも全試合見る!と豪語する強者。なので効率よくプローヴェをやりましょうね!と言いたかったのかもしれないが、いざ始まるといきなり的確で熱い指示が連続して飛び出し、一コマ目のプローヴェはあっと言う間に終わった。
マルシャリン役の木澤佐江子(左側)とオクタヴィアン役の上村智恵 (C)H.isojima
ソリストにとって「ばらの騎士」が初めてなら、川瀬も組曲版以外を指揮するのは初めて。
指揮と練習ピアノ、指揮とソリスト……。
これが2度目の稽古なので、合わない箇所が有っても仕方ないように思うが、川瀬に妥協は見られない。しかし、怒鳴るような事はなく、笑いもこぼれる楽しい稽古風景。
川瀬が演奏家からも慕われていて、色々なオーケストラから引く手数多だと言われる所以が判ったような気がした。
第1幕冒頭、「マルシャリンとオクタヴィアンはついさっきまでそのベッドで愛し合っていたんでしょう。じゃあ、それはないよね!」 思わず顔を見合わして照れ笑いをする木澤と上村。
厳しくも笑いの絶えないプロ―ヴェは続く… (C)H.isojima
川瀬の細やかなチェックは尽きることが無く、ソリストプローヴェはこの後もずっとエンドレスで続いていくように思えた。
ソリストプローヴェの前、川瀬に話しを聞いた。
ーー それにしても凄いご活躍。現在33歳だそうですね。神奈川フィルの常任指揮者になられたのは……。
29歳です。それまで2度しか指揮していないのに、常任指揮者の打診って……。僕でいいの?って思いますよね。例えば、2度しか会っていないのに結婚ってあり得ないでしょ。
言葉を選びながらの丁寧な対応も川瀬の魅力 (C)H.isojima
ーー やはり悩まれた。
はい。それはもう。ただ、オーケストラの常任指揮者の話しなんて、機が熟して、そろそろやりたいなぁと言って出来るポジションではありません。そういうふうに言っていただけるのなら、はい、ぜひにとお受けしました。
ーー 現在5年目ですか。ここまでやって来られていかがでしたか。
音楽をやりたいのなら、常任指揮者などには成らない方がいい(笑)。大変だとか、そんなレベルではありません。オーケストラは社会の縮図。音楽の事だけでなく人間関係だとか色々あります。人との関係を切ってしまうのは簡単です。しかし、合わない人や問題のある人をどう組織で活かして行くか。これこそが重要かつ難しい問題です。認める勇気、譲る勇気、我を通す勇気。オーケストラを通して人間として成長させて貰っていると思っています。
そんな中、この5年間でオーケストラが飛躍し、魅力が増したと思います。オケのレベルは上がり、ボキャブラリーは増えた。周囲もそんな評価をしていただいているようです。これなら次の人に渡してもいいかなぁと思えるほどになって来ました。オーケストラが次にどんな景色が見てみたいのか、シェフはそういった事を意識することが大切だと思います。
ーー 現在33歳という事ですが、若いことや、経験が少ないことで、理不尽に思うような経験をされた事はお有りですか?
川瀬は「お客様の貴重な時間を価値のあるものにする責任がる!」と語る 写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
そりゃ有りますよ(笑)。この10年でオーケストラも世代交代が進み、大きく変わったように思いますが、少し前まではオーケストラの楽員が、「この曲は何十回も弾いているから君から教わる事はない!」「若造、お前に何が判るんだ!」と言った具合に、上から目線のオーケストラもありましたからね。最近では「この曲は何回も弾いているけれど、この指揮者はどんな新たな気付きや発見をもたらしてくれるのか。」と云う風に、それを楽しむ風潮に変わってきたのでは無いでしょうか。N響でさえそういう姿勢です。勿論、昔ながらのオーケストラも有るには有るのでしょうが、意識が変わらないと組織は変わらない。時代にアジャストしていかないと、この先はなかなか厳しいのではないでしょうか。人生に一度しかないお客さまの2時間を、価値有るものにする責任を感じてやっていかないと,オーケストラは存続して行けないと思います。
ーー 色々なオーケストラを指揮棒一つで渡って来られている川瀬さんならではのお話ですね。29歳にしてオーケストラのシェフに上り詰められて5年、今後こんな事をやってみたい、将来こんな風になりたい、といった目標のようなモノはお有りでしょうか?オペラもずいぶん積極的にやられていますよね。
大好きな「ばらの騎士」のハイライトに挑戦! (c)Yoshinori Kurosawa
本当に恵まれていると思いますが、正直言って今がいっぱいいっぱいなので、先の事は何も考えられません。しかし自分で選んだ道。ポジティブに捉えて胃痛と闘いながらも、やり切りたいと思っています(笑)。
この5年でオペラは9本やらせて頂きましたし、この後も「夕鶴」「魔笛」「蝶々夫人」など指揮をする予定です。オペラはいいですねぇ。これからも、何よりも優先してオペラをやっていきたいです。
それと……私自身、ずっと指揮者をやっているかどうか判らないと思っています。70歳、80歳まで自分が指揮をしているイメージは、正直ありませんねぇ。
ーー おーっと、これは衝撃的なハナシですね。うーん、しかし巨匠と呼ばれる年齢まであと50年ほどかかることを考えると、そうなのかもしれませんね。まあ、何をされても成功されるように思いますが。
この10年を振り返って、ここまで連れてきてもらった音楽の神様には感謝しています。その上で、次の10年がどうなっているのか楽しみです。どこまで成長してどんな考え方になっているのでしょうか。
ーー そんな中で、ご自身が一番好き!と仰る「ばらの騎士」です。これまでこの曲を指揮されたことはないのですか?
組曲はこれまで4度指揮しました。実は今回、大阪交響楽団さんから定期のオファーを受けて、何かやりたい曲はと聞かれたので「ばらの騎士」組曲と話したところ、それなら全編からの抜粋を歌手付きでやろうと云う話しになりました。二宮楽団長もずっとそういう構想をお持ちだったようです。楽団長と、このシーンを取り上げるなら、ここからここまで演奏するべきだ!といった話しをスコアを見ながらやった結果、今回の曲目となりました。そして楽団長おススメの関西で活躍している歌手の歌を聴かせて頂き、これなら素晴らしい「ばらの騎士」が出来るとソリストが決まりました。最高の演奏をお届けしますよ!
ーー 川瀬さんと大阪交響楽団は、共演回数が多いですよね。川瀬さんから見た大阪交響楽団はどんなオーケストラですか?
川瀬が「指揮をしていて幸せを感じるオーケストラ!」と語る大阪交響楽団 (C)飯島隆
これまで15回ほど指揮をさせて頂いています。ポジションを持っているオーケストラ以外ではいちばん多いかな?もともと上手なオーケストラだと思っていましたが、外山先生が来られてからのレベルアップはもう感動しかなかったです。楽員の姿勢も素晴らしいです。キチンと楽譜を読んで練習に臨まれ、毎回予期せぬ質問が飛んでくる。指揮をしていて、幸せを感じるオーケストラです。これからどんどん上手くなって行きますよ。
ーー 最後に「ばらの騎士」の聴きどころをお願いします。
このオペラはマルシャリン(元帥夫人)の成長の物語です。彼女は自分が年をとって行くのを認めたくないと思っています。愛するオクタヴィアンに「いずれ私より若くて美しい人に惹かれて私のもとから立ち去るでしょう」と話します。そして最後には、オクタヴィアンを若いゾフィーの元に行かせて、自ら身を引き静かに立ち去ります。
1幕でオクタヴィアンとのモメ事で「キスもせずに行かせてしまったわ」と嘆き悲しむ彼女が、3幕最後にはゾフィーの父親ファーニナルの「こういうものですな、若い人達は!」という言葉に「そうね」と本心から呟きます。色々な気持ちを乗り越えて、心からの「そうね」。ここがポイントだと思うのです。
この時代は恋愛=結婚ではありません。貴族同士がくっつき勢力を拡大していくという時代にあって、マルシャリンは恋愛に憧れています。ゾフィーは結婚に憧れています。その両者の間で揺れ動くオクタヴィアン。ファーニナル家にとって、娘がローゼンカヴァリエと一緒になって、この先家はどうなるのか?など気になる点は色々と有りますが、やはりマルシャリンの成長を中心に据えて、リヒャルト・シュトラウスの素晴らしい音楽をお届けいたします。
ぜひ演奏会にお越しください。皆さまのご来場を心よりお待ち致しております。
最高の音楽をお届けいたします。ぜひお越しください! (C)青柳聡 写真提供:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
皆さまにはマエストロ川瀬賢太郎のメッセージはどのように伝わっただろうか。川瀬にとって待望の楽劇「ばらの騎士」ハイライトは本当に楽しみだが、大阪交響楽団第220回定期演奏会では、前半に彼がデビューコンサートで指揮したモーツァルトのポストホルンシンフォニーを演奏する充実のプログラム。川瀬にとっても記念すべき演奏会。これを聴き逃す手はない!
取材・文=磯島浩彰
公演情報
▮日時:7月20日(金)19時開演(18時開場)
▮会場:ザ・シンフォニーホール
▮指揮:川瀬賢太郎
▮管弦楽:大阪交響楽団
▮独唱:木澤佐江子(元帥夫人)
上村智恵(オクタヴィアン)
北野加織(ゾフィー)
黒田まさき(ファーニナル)
▮曲目:
モーツァルト:交響曲 ニ長調 K.320
(セレナード第9番『ポストホルン』の交響曲稿)
R.シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」より 抜粋
▮料金:S席6500円 A席5500円 B席4000円 C席2500円
D席1000円(楽団WEB前売限定)オルガン席2000円