フジファブリック、ゲストにスガシカオを迎えての 『フジフレンドパーク 2018』 そして来年デビュー15周年・大阪城ホールへ
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フジファブリック
フジファブリック2マンツアー『フジフレンドパーク2018』Guest Artist:スガ シカオ2018.6.29(FRI)大阪・Zepp Osaka Bayside
開演前、「早く始まってほし~!」という声が背後で聞こえた。フジファブリックが毎年開催している2マンツアー『フジフレンドパーク2018」』の大阪公演に迎えたゲストは、スガ シカオ。3年前に山内総一郎がソロで参加した弾き語りイベントで競演したのをキッカケに、親交が深まったという。
開演時刻ちょうど、そのスガが駆けるようにステージに現れた。オープニングの「Party People」は、歌詞の《譜面も読めないくせに10年もミュージシャンをやってる》を、昨年20周年の佳節を迎えたことになぞらえ“20年も”に変換。ガッと一息に体温を上げる熱量と、スガならではの皮肉が縦横に入り乱れたこのパーティーチューンで見事にこの夜の扉が全開になった。「せっかくの機会だから、他の人に提供した曲も織り交ぜながら」とハンドマイクで歌い始めたのはKAT-TUNに提供した「Real Face」。「19才」「はじまりの日」と続き、MCで「フジフレンドパークは、毎回偏った人選でおなじみで」と語り、「声がかかった時、“あ、おれもそっち側か”と思った」と笑い、この日をとても楽しみにしていたと言う。
スガシカオ
弾き語りで「夜空ノムコウ」を聴かせた後は「Progress」。《ずっと探していた理想の自分ってもうちょっとカッコよかった》や《僕らがユメ見たのって誰かと同じ色の未来じゃない》の一節を、しっとりと聴かせるのではなくザラリとハスキーな声で、マイクを手に飛び跳ね、抗うように首を振りながら歌う。表面からは見えないけれど、誰しもの奥にある素の部分やドロリとした感情を巧みに音と言葉で描き出し、差し出してくる稀有なアーティスト。山内曰く「いい意味の変態」そして「日本のファンクマスター」=スガ シカオ。その彼が高く手を上げ、「ファンクの波に呑まれてみませんか?」と誘い込んだ最後の曲は「したくてたまらない」。マイクを手にステージを駆け回り、分厚いバンドの音も、派手な照明さえもフロアを煽るように照らしていたステージは、この曲の持つ強烈な一撃で幕を閉じた。
スガシカオ
スガが話していた「偏った人選(笑)」のフジフレンドパークを振り返り、偏っているけどこれまで出演したどのバンド、たとえばASIAN KUNG-FU GENERATIONも、ハナレグミも、Suchmosも、音楽をそれほど聴かない人にも届く作品やとびきりポップで時代を超える音楽を鳴らしているバンドばかりで、でもどこかわずかに独特のクセがあって、確かにちょっとだけ偏っている……。でもポップで、というループにさしかかったところへ場内が暗くなり、フジファブリックが登場。
フジファブリック
「フジフレンドパークへようこそ!」という一声と、鳴り出した「虹」のイントロに一気に世界が晴れる。この日関西方面は交通機関が乱れるほど天気が荒れていたけれど、この1曲で完全に晴れ渡り七色に輝いた。「歌え」と言わなくても、山内がマイクを離れた瞬間からフロアがサビを歌い出す。歓声も息つくヒマもなくノンストップで「電光石火」、「バタアシParty Night」、そして、スカと盆踊りとニューオリンズ風味のピアノにラテンも混ざる「夜の中へ」。
フジファブリック
MCで改めて、フジフレンドパークはリアルに仲の良いバンドを迎えてライブを重ねてきたこと、それが記念すべき5年目を迎えたことを話し、スガとの最初の出会いである高校1年生の時のエピソードも語ってくれた。当時、地元である大阪・茨木の練習スタジオで流れていたグルービーな音に耳を奪われ、店員さん(のちに『Green Bird』を共に制作した百田留衣がこの時の店員)に誰の曲かと聞いたところ、スガの1stアルバム『Clover』だったという。「最初は洋楽かと思った」、「それ以来ずっと、良い意味でスガさんの変態ワールドに連れて行ってもらっている」と最大の賛辞を贈った。
フジファブリック
その後、先日の大阪の地震での状況を見舞いながら、「ここでやりたい曲があります」と歌ったのは「ECHO」。「離れていると、自分が何も出来ないことに胸が締め付けられる」(山内)という想いや、何か力になれることがあったらという心からの気持ちを音楽に託して伝えたいという心情が演奏にも、声にも込められていた。中には、彼らが3人体制になって最初に聴いた「ECHO」を思い出す人もいたかもしれない。離れていたって、歌は届く。「ECHO」が届ける想いは計り知れなくて、聴く人の想いの数だけそっと寄り添える力を持っている歌なのだなと改めて思う。
フジファブリック
『フジフレンドパーク2018』の初日を終えて茨木に戻り、今回の地震の被害に遭った人たちの手伝いをしたという話も聞かせてくれた。落ち込んでいるのは自分だけで、地元の人はみんな明るく、何があっても前に進んでいく人たちの姿を見て教わることがいっぱいあったのだという。そして、「自分もそう生きていきたいし、音楽を通して何があっても前に進んでいこうという事を伝えていきたい」と。さらに、「あの頃の未来に僕らは今、立ってるのかな? 小さい頃に思ってた未来の姿と違ってる気がしても、“ま、いいか”ぐらいの明るさでいきましょう(笑)」と、スガの「夜空ノムコウ」と自身の歌詞を絶妙に組み合わせたMCに続いて「LIFE」を。
フジファブリック
そして、「スガ シカオの大好きな曲をカバーする」と紹介して初期の名曲「黄金の月」を披露。前半のステージで、KAT-TUNに提供した「Real Face」が完全にスガの曲になっていたように、山内が歌うと「黄金の月」がみるみるフジファブリックの曲になっていく。そこへ続けて「Green Bird」。この曲の持つ陽性には一瞬で惹き込まれてしまう。言葉もなく涙を流すこともできず、立ちすくむことしかできないような悲しみが描かれていることも知っている。けれど、それさえもさりげなく包んでしまうように、すがすがしく晴れやかな音が両腕を広げてくれている。そこからさらに「SUPER!!」。ドラムのBOBOの前にギターを手にした金澤、山内、そして加藤も集まり、ガシガシと弾きまくる姿にフロアも沸く。最後の「Surfer King」はもう、「うわぁ」とか「めっちゃ楽しー!!」とか、そういう言葉しか周りから聞こえてこない。もうずっとこの曲が放つハイテンションのまま生きていけそうな気がする。スガ シカオが昨年の20周年にかけて最後に21回ジャンプをしたけれど、「俺たちは今年14周年だ!」と鼻息荒く、最後に14回ジャンプをきめてにぎやかに一旦、幕が下りた。
フジファブリック×スガシカオ
アンコールに応えて登場したメンバーは、「フジフレンドパークはこれで終わりじゃないですよ」とスガをステージに迎える。「「黄金の月」良かったよ」というスガに「本当ですか?大好きです!」と山内が興奮気味に告白する場面も。改めてスガを「唯一無二の方」と山内が紹介したところで、一緒に「若者のすべて」を披露。ハスキーだけれど軽やかなスガの声で1コーラス目を、そのまま2コーラス目を山内がつないでいく。なんだろうか、この感じ。思い出せるいくつかの情景。この曲がなかったらそれらは思い出すことなく過ぎて行ったんだろうか。KAT-TUNやSMAPの歌がスガの曲たりえたのとは違って、スガの「黄金の月」がフジファブリックの色になった瞬間ともまた違った感慨のようなものを、聴きながら噛みしめている。歌い終え、感無量の面持ちでスガを山内が紹介すれば、「めっちゃ感動した、俺!」とスガも胸がいっぱいの様子。
フジファブリック
この後、フジファブリックから重大発表としてステージ後方のスクリーンに「フジファブリック 15th anniversary SPECIAL LIVE at 大阪城ホール 2019 IN MY TOWN 2019.10.20」」と映し出された。その時に鳴り響いた拍手と、「おめでとう」や「待ってた」が入り混じった歓声の大きさといったら。これまで志村の出身地である富士吉田、金澤の茨城、加藤は金沢と、メンバーそれぞれの故郷でライブを行ってきた。昨年2月、前作『STAND!!』を携えたツアーの大阪公演でも「地元のこの大阪で叶えたい夢があるんです」とMCで山内は話していた。「やっとみんなに言えた」という思いも込めて「大阪城ホーーーール!」と雄叫びをあげる山内を見つめる金澤は、「バンドの夢だし山内君の夢だけど、こうやって夢が叶う瞬間に立ち会えるのってすごく幸せ」と粋なことを言う。それは、この夜この場にいたリスナーをはじめ、彼らの音楽を愛する人すべての夢でもある。
フジファブリック
最後に披露した「手紙」は、3か月連続配信限定リリースの掉尾を飾る曲で、ライブ終了の数時間後から配信が始まった。「ふるさとの曲」だというこの曲のはじまりは、山内が最初にギターを手にしてGのコードを弾いた時にさかのぼる。茨木の片隅から自分の信じる音楽、自分の鳴らすギターを信じて音楽をやりたいという一心で上京し、友達やメンバーとの出会いや別れ、たくさんの支えを経験してようやく完成した曲なのだという。「自分が地元に帰ってきてライブをやることは、“凱旋”とか“故郷に錦を飾る”というよりもっとシンプル。“むっちゃくちゃ仲良い友達を連れてきました”っていう感じ」と山内独特の表現で語り、「離れて暮らしている人、今は会えなくなった人へ手紙を書くようにこの曲を作りました」と伝えてくれた。
《さよならだけが人生だったとしても、部屋の匂いのようにいつか慣れていく。それでも、きみを探してしまうし、話したいことはあふれ出てくる》――その「手紙」の一節を、帰り道に思わず口ずさんでいた。ちゃんとした歌詞も知らない、初めて聴いた曲だけれど、一つ一つの言葉を丁寧に伝えるように歌っていたさっきまでのステージが何度も思い出される。ライブは、「手紙」を歌い終えた後、会場に流れた「電光石火」に手拍子が起こり、最後まで楽しいムードが会場を満たしていた。手をつなぎ、最後の挨拶をした4人が去ったステージには、もう一度大阪城ホールでの公演を告げるスクリーンが映し出された。楽しいことも悲しい思いも、語り始めたら止まらないぐらい様々なことを共有してきたバンドとリスナーの15年目の10月20日。その日がただ来るのを待っているんじゃなく、大きな夢を一緒に叶えていこうという意気や喜びにあふれた人たちとともにこの日、会場を後にした。
取材・文=梶原有紀子 撮影=渡邉一生