歌舞伎俳優 尾上右近の初現代劇『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』開幕直前ゲネプロレポート

レポート
舞台
2018.7.6

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7月6日(金)より22日(日)まで紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで、尾上右近主演の舞台『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル~スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ~』が上演される。

脚本のキアラ・アレグリア・ヒュディスは、本作で2012年ピューリッツァー賞戯曲部門を受賞。翻訳と演出を手がけるのは、G2。初の現代劇に挑戦する右近とともに舞台に立つのは、篠井英介南沢奈央葛山信吾鈴木壮麻村川絵梨、そして陰山泰。5日に行われたゲネプロ(総通し稽古)と会見の模様をレポートする。

オンラインとオフライン、2つの世界

『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』では、オンラインの世界と現実(オフライン)の世界が並行して語られる。

オフラインの世界はフィラデルフィアから始まる。登場するのは、名誉の負傷でイラク戦争から帰還したエリオット(右近)と、いとこのヤズミン(南沢)。エリオットはサブウェイでアルバイトをしながら俳優を目指し、時々みる、イラクで最初に殺した男の“ゴースト”(陰山)に悩まされている。ヤズミンは音楽の非常勤講師で、現在離婚調停中。そんな中、闘病中だったエリオットの育ての母・ジニーが他界してしまうのだった。

その一方でオンラインの世界は、コカイン中毒から抜け出そうとする人たちのチャットルームが舞台。お互いを「オランウータン」(村川)や「あみだくじ」(鈴木)といったハンドルネームで呼び、顔は知らない同士で冗談を言い合い、少なからずお互いを気にかけ、どうにか“シラフ”を保とうとしている。サイトの管理人「俳句ママ」(篠井)は、チャットルームが荒れることのないよう、口汚い言葉は削除し、美しい言葉で利用者を励ます。

ある日、チャットルームに「ミネラルウォーター」(葛山)を名乗る新たな訪問者が現れる。お金にも心にも余裕があるかのような態度の「ミネラルウォーター」は、チャットルームの住人の反感を買うが、「俳句ママ」は温かく受け入れる。「俳句ママ」がエリオットの産みの親・オデッサであったことから、別々に展開していた物語が第2幕から1つのストーリーを紡ぎ始める。

愛と希望を諦めない勇気

登場人物は、すでに紹介した7名のみ。フィラデルフィアのカフェから北海道の駅まで様々な場所が登場し、時に同時に描かれるが、そのほとんどを机と椅子(またはテーブルとソファ)で描き出す。バーチャルの世界への切り替えは、オンラインを知らせる電子音と照明演出で表現。朗読劇のように、チャットが進む。

余白が美しい舞台を埋めるのは、キャストの熱演と情報量の多い台詞。コカイン、イラク戦争、ネグレクト、プエルトリコ人コミュニティーなど、現代のアメリカにおけるさまざまなテーマが物語の裏を流れる。しかし全体を通して描かれているのは、生身の人間の温かさ。それを手にいれるために必要な勇気や覚悟といったものだった。

右近は感情をほとばしらせ、エリオットを熱演。堂々とした演技の中に垣間見える瑞々しさが、エリオットにリアリティを与えていた。篠井はチャットルームでみせる俳句ママとしての母性と、現実における元ジャンキー・オデッサの曲者感を矛盾なく体現する。南沢によるヤズミンの長台詞は、オデッサの心をとかすだけでなく、観客の心にも染み渡るものがあるだろう。葛山は「ミネラルウォーター」の戸惑いと焦燥感を生々しく表現し、鈴木と村川はシリアスとコミカルの絶妙なバランスを自在に操る。陰山は要所要所で存在感を発揮し、異様なオーラを放っていた。

百戦錬磨の第一線の先輩たちと

ゲネプロ後の会見で、キャストが開幕に向けた意気込みを語った。

右近にとって、プレス向けの公開ゲネプロはほとんど初めての経験になるという。その緊張から「精神状態としてはオーバードーズ状態」と劇中の設定に絡めた表現で笑いを誘う。「主人公のエリオットは、見えないものに向きあっていく青年です。そこに自分を重ねて、お客様の気持ちの中に飛び込んでいくつもりで挑戦します」と意気込みを語った。

現代劇で苦労した点をたずねられると、右近は「存在すること」と即答。「歌舞伎では、型に守られて存在することができる。初役でも先輩から教わることができ、役の気持ちになっているようにみせる、洗練された型がすでにある。でも現代劇ではお稽古をしながら皆さんとご相談し、摺合せ、自分の思いもぶつけながら作っていかなければならない。歌舞伎とは逆の流れの挑戦を必要とされました。まだ未完成ですが、千秋楽までに作り上げていきたいです」

南沢は「ネットの世界を描く現代ならではの作品。お客さんがこの舞台をみてどういう反応をしてくださるか、とても楽しみです。国も人種も環境も違う登場人物たちですが、最後は人とのつながりの温かさといった普遍的なところを伝えられれば」と見どころを紹介。「最初に台本を読んだ時は面白いと思いました。でも読めば読むほど台詞の意味や、書かれていないことへの想像で謎が生まれてきました。稽古ではそのような点をディスカッションし、台本を理解した上で演じることができました」と稽古をふり返った。

南沢奈央

南沢奈央

葛山信吾は「まだ不安はありますが、明日からお客さんが入ってくださり、客席からの反応が出ることで自分たちもある意味で“のせ”られる。そこからどういうお芝居になっていくのか、自分自身でも楽しみにしています」と語り、率直なコメントの中にも作品への真摯な姿勢を感じさせた。

陰山泰は「ドラッグ中毒やイラク問題など、馴染みのないテーマが多く出てきます。なかなか手ごわい脚本でまだ格闘中」「最初に台本を読んだ時は、どういう役なのかさっぱりわからずG2さんに電話をしましたが(笑)、絶対におもしろくなるぞという予感はしました」と自信をみせる。

鈴木壮麻は、ネットの世界の住人を演じるにあたり「空間のとり方に苦労した」という。それでも「みんなと支え合いながらここまでこれたことを嬉しく思います。ネットの世界から始まり、現実の人間同士の関わりあいとなる最後のシーンは、僕にとってとても愛おしいひと時です。それを大事に、皆さんと素敵な舞台を創り続けたい」と声を弾ませる。

篠井は“演劇ならでは女形”でエリオットの母親役をつとめる。「私、おっさんなのに女の役をやります。向こうの端にはどこの国の誰だか分らない人(陰山泰)もいます。この並びだけをご覧になると「なんだろう?」と思われるかもしれません」と一同を笑わせたのち、「作品の内容は少々重いものですが、このメンバーのチームワークならば、温かさと穏やかさが明日からうわんうわんと出るはずです」とアピールした。

村川は、「色々な場面で色々な普遍的な思いを抱えている人たちが出てくるお話です。今日のゲネプロには、明日の初日以上の緊張を感じていました。でも普段は堂々としているケンケン(右近)が緊張で「あ。やばい、吐きそう」と言っていたのをみたら、ちょっと安心しました。(右近に)ありがとうございました」とお辞儀。右近もすかさず頭を下げ、一同は笑いに包まれた。

篠井が生みの親、右近が息子。この役の設定について篠井は「仲良しではない母子ですが、やはり親子は血ですから。微妙で細やかな綾が伝わるといいな。結構泣けますよ!」と、愛情たっぷりの笑顔でコメント。右近は「お母さん役が英介さんなのは、僕にとっては安心材料です。胸をお借りしてぶつかりたい」と語った。

最後は右近が「第一線でご活躍なさっている百戦錬磨の先輩方も、もがきながら創ったお芝居です。もがき続けながら、千秋楽まで皆さんと一緒に走りぬけたいです。ぜひ劇場に足をお運びください」と締めくくった。右近の力強いコメントに、共演者たちが深く頷き、温かい笑顔を送る姿が印象的だった。

『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル~スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ~』は、7月22日まで紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、その後8月4日に大阪・サンケイホールブリーゼで上演される。いつか人生に行き詰まりを感じたとき、この舞台でみる愛と勇気が、もう一度歩き出すためのパスポートになってくれるかもしれない。この夏の思い出に、ぜひ劇場に足を運んでほしい。

首元にはドッグタグ。エリオットもつけていた。

首元にはドッグタグ。エリオットもつけていた。

<あらすじ>
オデッサは、特殊なサイトを運営しているサイト管理人だ。そのサイトは、何千マイルも離れてまったく異なる職業につきながら、ある共通点を持った人々が集まるサイトだった。ヘロイン、コカインといった依存性のあるドラッグ中毒者たちである。無職の者、税務署職員、起業家などなど。管理人のオデッサ自らも元コカイン中毒者であり、かつて幼い娘と息子を依存症のために見殺しにしかけ、娘を失った過去を持っていた。 オデッサの息子エリオットは、イラク戦争に出兵して肉体的にも負傷すると共に、あることで心の傷を負っていた。また足の負傷をきっかけに、心ならずもモルヒネ中毒となった経験を持っている。そして、彼のよき理解者であり従兄弟である大学非常勤講師のヤズミンは、現在離婚調停中で人生に行き詰まっていた。すべての登場人物が、人生の行方を探そうとしてあらがい彷徨う中、エリオットの育ての母であり、伯母でもあったジニーの死をきっかけに、オンラインとオフライン、それぞれの人間関係がリアルな世界の繋がりの中へとくっきりと浮かび上がり、少しずつ変化していく。(公式サイトより)


取材・文・撮影=塚田史香 

公演情報

『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル~スプーン一杯の水、それは一歩を踏み出すための人生のレシピ~』
 
■作:キアラ・アレグリア・ヒュディス
■翻訳・演出:G2
■出演:尾上右近 篠井英介 南沢奈央 葛山信吾 鈴木壮麻 村川絵梨/陰山 泰
【東京公演】
■日程:2018年7月6日 (金) ~2018年7月22日 (日) 
■会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
【大阪公演】
■日程:2018年8月4日(土)
■会場:サンケイホールブリーゼ
 
■入場料金:一般8,000円(全席指定・税込)
U‐254,000円
(観劇時25歳以下対象、当日指定席引換、要身分証明証/ぴあ、パルステ!にて前売販売のみの取扱い)
※未就学児入場不可 ※営利目的の転売禁止
■公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/wbts/
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