勘九郎と勘太郎の須磨浦、中村屋兄弟の狐の変化、七之助と時蔵の芸者の色のバトル! 『猿若祭二月大歌舞伎』夜の部観劇レポート

レポート
舞台
2026.2.16
夜の部『一谷嫩軍記 陣門・組打』(左より)熊谷次郎直実=中村勘九郎、無官太夫敦盛=中村勘太郎

夜の部『一谷嫩軍記 陣門・組打』(左より)熊谷次郎直実=中村勘九郎、無官太夫敦盛=中村勘太郎

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『猿若祭二月大歌舞伎』が2026年2月1日(日)より歌舞伎座で上演中だ。江戸歌舞伎の礎を築いた初代猿若(中村)勘三郎の名を冠し、1976年に始まった「猿若祭」は今年で50年の節目を迎える。中村屋ゆかりの演目を中村勘九郎と中村七之助がつとめ、勘九郎の長男・中村勘太郎も大役に挑む。「夜の部」の見どころをレポートする。

一、一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき) 陣門・組打

『一谷嫩軍記』全五段のうち、二段目にあたる物語だ。源氏の武将・熊谷次郎直実と息子の小次郎を、中村勘九郎と中村勘太郎が実の親子で勤める。

陣門

源平の戦いも終盤で、すでに劣勢の平家。その陣門前に、若い小次郎(勘太郎)がやってくる。小次郎は、この初陣で“一番駆”で武功を挙げようと気合は十分だ。しかし、まだ少年の面影がある。所作の一つひとつが丁寧で、血なまぐさい命のやりとりをする姿とは結びつかない。それでも、味方の平山武者所(中村吉之丞)に背中を押され、小次郎は単騎飛び込んでいくのだった。

夜の部『一谷嫩軍記 陣門・組打』無官太夫敦盛=中村勘太郎

夜の部『一谷嫩軍記 陣門・組打』無官太夫敦盛=中村勘太郎

熊谷(勘九郎)は、甲冑に鹿の角の兜。息子が一番駆をしたと知るや、鎧を震わせて吠えていた。陣門へ突入し、手負いの息子を伴い戻ってくる。続いて小次郎と同じ年頃の気品のある若武者、平敦盛(勘太郎)が、白い馬にまたがり陣所から去っていった。番卒を相手に一歩も引かなかった平山を、敦盛は馬上から追い払い去っていった。平山は自身の利益には目ざとい。戦場をしたたかに生き抜いてきたに違いない。この平山の目は欺けない、と感じた。

組打

初めに響いたのは、玉織姫(坂東新悟)の声だった。雅な装いだが片肌を脱ぎ長刀を携えている。恋人の敦盛を捜す声に、戦が男たちだけのものではないことに気づかされる。

陣所を出た敦盛は、味方の船へ逃れようと白馬で海へ出る。だが黒い馬に乗る熊谷に呼び戻され、須磨浦の浜で一騎打ちに。熊谷が敦盛を組み伏せると、敦盛は首を差し出す覚悟を決めるが……。

「遠見」と呼ばれる演出では、小学校4年生の中村種太郎と小学1年生の中村秀乃介が、それぞれ熊谷と敦盛の衣裳で登場。遠近感を表しつつ、ミニ熊谷とミニ敦盛のかわいらしさが、歌舞伎らしい緩急を作る。

夜の部『一谷嫩軍記 陣門・組打』(左より)遠見の敦盛=中村秀乃介、遠見の熊谷=中村種太郎

夜の部『一谷嫩軍記 陣門・組打』(左より)遠見の敦盛=中村秀乃介、遠見の熊谷=中村種太郎

いよいよ熊谷と敦盛の対決。熊谷から見れば、息子と変わらない年頃の若者だ。戦の勝敗もすでに見えている今、首をとることにためらいを見せる。しかし敦盛の覚悟、そして平山の目もあり、刀を振り下ろすのだった。

「陣門・組打」の後を描く「熊谷陣屋」では、首を討たれた敦盛が、実は身がわりの小次郎だったことが明らかになる。その結末を知った上で観る人も少なくないはず。

我が子の命を差し出す物語の中でも、自らの手をくださなくてはならない過酷さがある。「陣門」で勘太郎の小次郎が花道を駆け抜けた時、哀れが胸をついた。しかし「組打」で勘九郎の熊谷が、敵にも味方にも悟られぬよう葛藤していた頃には、二人を熊谷親子として観ていたようにも、熊谷と敦盛として観ていたようにも思われた。熊谷の逸らした目に逡巡があり、見開いた目に慟哭があった。そして敦盛は、忠義の心か来世への信仰か、今の時代には希薄な強くて静かな精神をみせた。勝どきの声に、無念が広がった。浜に残された熊谷の顔から生気が消えて、印象的だった赤い隈さえ薄く消えていくようだった。黒い馬が寄り添った時、悲しみと共に少しだけ人間味を取り戻して見えた。海の果てしなさが、悲しみの果てしなさのようだった。

二、雨乞狐(あまごいぎつね)

十八世中村勘三郎が、1982年に初演した舞踊だ。竹本の浄瑠璃で、勘九郎と七之助が各三役を繋ぐ。

最初に登場したのは七之助の野狐。本作に登場する狐は、『義経千本桜』に登場する源九郎狐、ひいては千年生きて「初音の鼓」となった雌雄の狐の子孫だという。早替りで雨乞巫女となると、すらりと美しい巫女に。幣を振ればリーチが長くダイナミック。かと思えばいたずらっぽい表情が可愛らしい。不思議な雰囲気で客席を楽しく翻弄する。

夜の部『雨乞狐』野狐=中村七之助

夜の部『雨乞狐』野狐=中村七之助

勘九郎の狐の登場は、座頭の姿で登場。雨乞いのかいあって降り出した雨は雷雨となり、怯える姿には愛嬌があった。次第に蛙の鳴き声が聞こえてくる。勘九郎は、小野道風となって登場。道風といえば、書の才能に悩んでいた時、蛙の姿に励まされたという逸話がある。しかし狐の道風は、どうやら恋に悩んでいるらしい。絵巻物をゆっくりと広げ、しっとりと色気があり、風流な平安の空気が広がっていった。

夜の部『雨乞狐』野狐=中村勘九郎

夜の部『雨乞狐』野狐=中村勘九郎

蛙がはねて、狐の嫁入りへ。花道に駕篭とお供の侍たちがやってくると、妖しくて楽しそうな踊りが始まり引き込まれ、七之助による角隠しの狐の花嫁も姿を見せて踊りを披露。舞台も客席も“やんややんや”の拍手が起きた。最後に登場するのが勘九郎の野狐だ。源九郎狐ゆずりの狐ことば、『義経千本桜』さながらの全身から弾け出る歓喜。「陣門・組打」の重厚な義太夫狂言の重い気持ちから、悲しみが発散されるようだった。

三、梅ごよみ(うめごよみ)

江戸時代に流行した為永春水の人情本を、木村錦花が脚色した作品。原作が流行した当時は、主人公の丹次郎は、色男の代名詞的存在になったという。

向島の土手の茶屋で、ひさしぶりに会った丹次郎(中村隼人)と許嫁のお蝶(中村莟玉)。そこへ偶然、丹次郎の世話をしている芸者米八(中村時蔵)が通りかかる。この「向島三囲堤上」から「隅田川川中」の場は、丹次郎を巡る恋模様の中心人物たちが次々に登場。説明的な場面にとどまらず、大がかりな舞台装置をフルに使った場面転換も見どころとなる。

夜の部『梅ごよみ』(左より)丹次郎=中村隼人、許嫁お蝶=中村莟玉

夜の部『梅ごよみ』(左より)丹次郎=中村隼人、許嫁お蝶=中村莟玉

三囲神社の鳥居を背にした景色が大きく開いて舞台が回り、視界が広がるように舟が行き交う墨田川へ。遠くには浅草を臨み、とある舟の御簾が上がる。丹次郎に一目で心を奪われた芸者仇吉(中村七之助)がすっと立ち上がったその姿が、今度は観客の視線を奪っていった。川を吹く風が客席にまで届きそうな臨場感だった。

本作は、千葉半次郎(中村橋之助)が奪われてしまった、御家の重宝の行方を追いながら、丹次郎がモテてモテて幸せになる話となる。ここまで観た段階では、来世では中村隼人に生まれ変わり、今月の配役の仇吉、米八、お蝶に「丹さん」と呼ばれたいという感想を持った。だが続く物語で、色男には色男の苦労があることを知る。隼人の丹次郎はバレバレの嘘をついたり逃げたりもするが、そんなダサさで揺るぐような色男ではなかった。爽やかだった。莟玉のお蝶は、米八、仇吉とはまた違った魅力を放つ。困り顔の時でさえ不幸の匂いがしてこない、幸せがよく似合う可愛らしいお嬢さんだ。

夜の部『梅ごよみ』(前)芸者仇吉=中村七之助、(後)芸者米八=中村時蔵

夜の部『梅ごよみ』(前)芸者仇吉=中村七之助、(後)芸者米八=中村時蔵

深川尾花屋の奥座敷では、並ぶだけで絵になる仇吉と丹次郎。七之助の仇吉のクールな見た目と、健気に尽くすいじらしさのギャップがたまらない。時蔵の米八は、舟での登場から、美人画から抜け出てきたような佇まい。それでいてちゃんと嫉妬し、喜怒哀楽をぶつける人間味が観客を味方にする。仇吉と米八の対決は、現実ならばみっともない争いだ。しかし歌舞伎ならではの台詞の応酬は、激しさを増すほど耳に心地よく、観客の気持ちを高めていった。

夜の部『梅ごよみ』(左より)芸者米八=中村時蔵、芸者仇吉=中村七之助、丹次郎=中村隼人、許嫁お蝶=中村莟玉、千葉藤兵衛=中村又五郎、千葉半次郎=中村橋之助

夜の部『梅ごよみ』(左より)芸者米八=中村時蔵、芸者仇吉=中村七之助、丹次郎=中村隼人、許嫁お蝶=中村莟玉、千葉藤兵衛=中村又五郎、千葉半次郎=中村橋之助

クセの強い古鳥左文太(中村亀鶴)や芸者仲間の政次(上村吉弥)、男前できっぱりとした千葉藤兵衛(中村又五郎)など、色恋の外にいる人間の存在感が、物語の世界をより密なものにする。頼もしい配役の中で、七之助、時蔵、隼人は戯曲の面白さに忠実に勤め、大いに笑いをさらい、ここぞというキマリでは辰巳芸者と色男の格好良さをみせた。主要な役は、亀鶴以外全員初役。同じ配役で、5年後、10年後と何度でも観てみたい「梅ごよみ」だった。

『猿若祭二月大歌舞伎』は、2月26日(木)まで。
 

取材・文=塚田史香

公演情報

『猿若祭二月大歌舞伎』

日程:2026年2月1日(日)~26日(木)
会場:歌舞伎座
【休演】9日(月)、18日(水)
 
昼の部 午前11時~
 
川口松太郎 作
大場正昭 演出

一、お江戸みやげ(おえどみやげ)
 
お辻:中村鴈治郎
阪東栄紫:坂東巳之助
お紺:中村種之助
角兵衛獅子兄:中村歌之助
女中お長:中村梅花
行商人正市:中村寿治郎
市川紋吉:中村歌女之丞
鳶頭六三郎:坂東亀蔵
常磐津文字辰:片岡孝太郎
おゆう:中村芝翫

 
二、鳶奴(とんびやっこ)
 
奴:尾上松緑

 
猿若祭五十年
三、弥栄芝居賑(いやさかえしばいのにぎわい)
猿若座芝居前
 
猿若座座元:中村勘九郎
猿若座座元女房:中村七之助
男伊達:中村歌昇
同:中村萬太郎
同:中村橋之助
同:中村虎之介
同:中村歌之助
女伊達:坂東新悟
同:中村種之助
同:市川男寅
同:中村莟玉
同:中村玉太郎
呉服屋松嶋女将吾妻:片岡孝太郎
猿若町名主幸吉:中村芝翫
芝居茶屋扇屋女将お浩:中村扇雀
猿若町名主女房お栄:中村福助
呉服屋松嶋旦那新左衛門:片岡仁左衛門
 
四、積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)
 
関守関兵衛実は大伴黒主:中村勘九郎
小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精:中村七之助
良峯少将宗貞:
八代目尾上菊五郎
 

 
夜の部 午後4時30分~
 
一、一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)
陣門
組打

 
熊谷次郎直実:中村勘九郎
熊谷小次郎直家/無官太夫敦盛:中村勘太郎
遠見の熊谷:中村種太郎
遠見の敦盛:中村秀乃介
平山武者所季重:中村吉之丞
玉織姫:坂東新悟

 
大沼信之 作
二、雨乞狐(あまごいぎつね)
 
座頭
小野道風:中村勘九郎
野狐
 
野狐
雨乞巫女:中村七之助
狐の嫁

 
為永春水 原作
木村錦花 脚色

三、梅ごよみ(うめごよみ)
向島三囲堤上の場より深川仲町裏河岸の場まで
 
芸者仇吉:中村七之助
芸者米八:中村時蔵
丹次郎:中村隼人
千葉半次郎:中村橋之助
許嫁お蝶:中村莟玉
太鼓持由次郎:片岡松之助
番頭松兵衛:嵐橘三郎
芸者政次:上村吉弥
古鳥左文太:中村亀鶴
本田次郎近常:中村松江
千葉藤兵衛:中村又五郎
 
 
公式サイト https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/96
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