遅すぎる指揮者デビュー! 元大阪フィルのコンサートマスター梅沢和人に聞く
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梅沢和人が遅すぎる指揮者デビューを果たす!
今年は指揮者 朝比奈隆(1908年〜2001年)の生誕110年目に当たる記念の年。彼が亡くなってからも早いもので17年近くが経過。今も思い出すのは、オーケストラが去った後も鳴り止むことのない拍手に応え、何度もステージに呼び戻されるマエストロの姿だ。朝比奈隆と大阪フィルハーモニー交響楽団の最後の10年は、ファンにとっても当人たちにとっても、特別なものだった。
今年、生誕110周年を迎える大阪フィルの創立名誉指揮者 朝比奈隆 (C)飯島隆
そんな10年をコンサートマスターとして音楽面で支え、ブルックナーやベートーヴェンの名演の数々を産み出すことに尽力したのが梅沢和人だった。
桐朋学園からイェール大学へ渡り、テネシー州ナッシュビル交響楽団のコンサートマスターを務めていた梅沢は、指揮者・秋山和慶のすすめで1989年に大阪フィルのコンサートマスターとして入団。朝比奈と運命的な出会いを果たす。朝比奈が亡くなり(2001年)、大植英次の監督就任(2003年)を経て、2010年に左腕の故障(医師からは復活は困難と宣告される!)により退団するまで、コンサートマスターとして数多くの演奏会に出演。また大阪フィル以外にも、東京交響楽団、札幌交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などでも客演コンサートマスターを務め、その数は4000回を超える!
オーケストラの事を知り尽くしているそんな梅沢和人が、9月に指揮者としてデビューを果たすこととなった!
何故、61歳の今になって指揮者を目論むのか。本人に聞いてみた。
言葉を選びながら、丁寧に受け答えをする梅沢和人。
ーー左腕の具合はいかがですか?
おかげさまで、もうすっかり。医者には奇跡だと言われています(笑)。
ーーここ最近では、音楽監督をされている奈良県立ジュニアオーケストラの評判が頗る良いようですね。コンクール受賞者を次々に輩出されているとか。
ーーなるほど、そうだったのですね。梅沢さんと云うと、やはりクラシックファンの間では、大阪フィルのコンサートマスターのイメージが強いと思うのですが、指揮者としてオーケストラを指揮したいという思いは以前からお有りだったのでしょうか。
作品と対峙した時、自分の思い描く音楽をオーケストラを使ってカタチにしたいという思いは昔からから有りました。ただ学生時代は、ヴァイオリンとは別に、作曲の勉強もしていましたので、物理的にそういった機会はありませんでした。留学してからですね、本格的に指揮の勉強を始めたのは。
2011年に奈良県のジュニアオーケストラを指揮するようになってからどんどん指揮に対する興味が湧いてきました。
梅沢がプロのオーケストラを指揮するとどうなるのだろうと、興味を持っていただいたのは、まさに私自身が考えていた事でもあり、本当に光栄な話です。
ーー朝比奈隆の指揮は、晩年ますます判りにくくなって行ったように思います。あの指揮でオーケストラを揃えるのは並大抵の苦労ではなかったのでは?
先生、実はキチンと指揮出来るのに、あえて判りにくく振って、ここ一番でオーケストラメンバーの集中力を高めたのではないかという説があります(笑)。理論や技術があっても、先生のような大きな音楽は作れないのでしょう。やはりスケールの大きな先生の人間力が、音楽に現れるのでしょうね。それと、楽員の凄まじいまでの集中力が合わさって、重厚で迫力のある“大フィルサウンド”を作り上げたのかもしれません。私はコンマスとして、先生の考える音楽を創り上げるために努力して来ました。
ーーコンマス経験の長い梅沢さんなら、今回のようなケースで指揮者を迎えるオーケストラの気持ちも良く分かっておられると思うのですが。
オーケストラのメンバーは最初の8小節ほどで、その指揮者がどういう勉強をしてきて、どんな才能が有るのか見抜いてしまいます。なので、あまり構え過ぎずに、自然体で臨もうと思っています。ただ、指揮者も演奏者も共にベートーヴェンやブラームスといった作曲家の事をリスペクトしていて、彼らに喜んでもらえるような最高の演奏をしたいと願っているはずです。そんな気持ちを大切に、一緒に音楽を作って行ければいいのですが。
指揮者デビューを果たすオーケストラは、現在とても勢いのある大阪交響楽団! (C)飯島隆
ーー記念すべきデビューコンサートで取り上げられるプログラムは、とてもバラエティに富んでいます。
はい、そうですね。オープニングからJ.シュトラウス2世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、「雷鳴と電光」と「美しく青きドナウ」をヴァイオリンの弾き振りでお届け致します。そしてこのスタイルで、ブラームスのハンガリー舞曲の第1番と第5番も演奏します。
ーーヴィリー・ボスコフスキーのような感じですか。デビューコンサートから他の指揮者との差別化と言いますか、得意のヴァイオリンを生かす演出ですね。
デビューコンサートではヴァイオリンの弾き振りも披露する。
実はこれ、主催者である民音さんからのリクエストなのです。お客さまに珍しいヴァイオリンの弾き振りをお見せしたいと云う事と、併せて指揮のスタイルの変遷のようなものを紹介出来ればと云う事のようです。
ーーなるほど。前半最後のベートーヴェン「エグモント」序曲からは、ヴァイオリンを指揮棒に持ち替えて、オーソドックスなスタイルでメインのベートーヴェン交響曲第7番を指揮する訳ですね。メインプログラムにベートーヴェンの7番を選ばれたのはどうしてですか?
「のだめカンタービレ」のテーマ曲として皆さまよくご存じの曲ですが、ベートーヴェン自身も自分の作品の中でも特に気に入っていた曲です。これなら、「今日、のだめの曲を聴いて来たで!」と人にも報告出来ると思いまして(笑)。
たいへんスケールの大きな曲ですが、第4楽章ではとんでもないことが起こっている。曲全体が勝利の喜びで盛り上がっていく中、ヴィオラから下の楽器は解決しない持続音を地鳴りのように繰り返していきます。喜びと苦悩が同時に現れて狂喜乱舞する様は、もう笑うしかない。大変衝撃的な音楽です。
前半最後の「エグモント」序曲から交響曲第7番は、弾き振りの雰囲気とガラッと変わって、指揮者としての勝負曲。これまでに色々な指揮者で数えられないほどオーケストラも演奏しているはずですので、どんな演奏になるのか私も楽しみです。
ーーそれは楽しみですね。最後に読者の皆さまにメッセージをお願いします。
バラエティに富んだプログラムも魅力的だと思いますし、指揮者の役割やスタイルの変遷がわかるという意味でも、興味を持って頂けるのではないでしょうか。平日の昼間という事で、会社勤めの皆さまには足を運び難い時間帯かもしれませんが、現在最も勢いのあるオーケストラの一つ、大阪交響楽団さんと一緒に素晴らしい演奏をお届け致しますので、ぜひお越しください。
ザ・シンフォニーホールでお待ち致しております。
皆さまのお越しをお待ちしております!
取材・文=磯島浩彰
公演情報
美しく青きドナウ/ベートーヴェン交響曲第7番
「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、「雷鳴と電光」、「美しき青きドナウ」/J.シュトラウス2世