喜多村緑郎の金田一で『新派130年 犬神家の一族』製作発表レポート 浜中文一を波乃久里子が「最高!」と絶賛
文明開化の1888年にはじまり、時代の風俗や人情を取り入れ受け継がれてきた「新派」。創始130年を迎えた今年の11月、大阪松竹座と新橋演舞場で異色の新作『犬神家の一族』に挑む。
出演は水谷八重子、波乃久里子、喜多村緑郎、河合雪之丞、春本由香、河合宥季、瀬戸摩純、田口守。客演には新派常連の佐藤B作と、新派初出演の浜中文一が名を連ねる。
『犬神家の一族』というと、市川崑監督の映画版のイメージが強く、白いマスクの佐清や、湖から突き出した水死体の脚など、不気味な印象がつきまとう。
しかし8月30日に行われた「新派百三十年 十一月新派特別公演『犬神家の一族』」製作発表記者会見は、本作に向けたエネルギーと、カラっとした笑いに溢れた場となった。
前列左手から、齋藤雅文、河合雪之丞、喜多村緑郎、波乃久里子、水谷八重子、佐藤B作、浜中文一、安孫子正。後列左から、田口守、瀬戸摩純、春本由香、河合宥季。
新派の新しい財産となる作品に
会見の冒頭、松竹株式会社副社長の安孫子正氏は、明治、大正、昭和と受け継がれてきた新派の歴史に触れ「『犬神家の一族』は映画版で脚光を浴びた作品ですが、本格的な舞台化はほとんど例がなく、これだけのメンバーで上演できるのは嬉しいこと。この作品が新派の130年を寿ぐ、新派の新しい財産となれば」と挨拶をした。
松竹株式会社副社長 安孫子正氏。
愛情深さとセンチメンタル
新派と『犬神家の一族』は「実はすごく馴染みが良い」と語るのは、脚色・演出の齋藤雅文。新派と『犬神家の一族』の親和性を、「登場人物たちの愛情深さ」と「情緒主義」の2点から説明する。
まず「新派には、愛情のあまり殺人を犯す物語がたくさんあります。非常に情熱的な、情の強(こわ)い登場人物が多く登場する。『犬神家の一族』でも登場人物たちは、色や欲ではなく、愛情が深いばっかりに誰かのために何かをし、そのために話がもつれ……」という点。
そして「新派には古き良き日本を伝え、愛惜する情緒主義、センチメンタルなところがあります。過去の美しいものを遺したい。けれども滅んでいく、ないしは、別の生き方をしていくという作品の描き方が多い」点をあげ、戦後没落していく裕福な一族、犬神家との馴染みやすさを説明した。齋藤はこの壮大なドラマを「ノンストップでスピーディに」描きたいとも語った。
新派『犬神家の一族』脚色・演出 齋藤雅文
「新派らしく」と考えたことはございません
琴の師匠・宮川香琴の役をつとめるのは、水谷八重子。
「私たちは自分のために芝居をしているわけではありません。お客様のためだけに芝居をし、生きています」
舞台への真摯な思いを語る言葉に、130年の歴史の重みを感じさせつつも、水谷はフッとにこやかな表情に戻り、「まだ脚本は一幕しかいただいておりませんが(笑)、どんなふうに出来上がっていくのか、これからワクワク、ドキドキしながら待っております。お客様にもそのような気持ちでを買っていただけたら」と呼びかけた。
新作に向き合う時、「新派らしさ」をどう意識して演じているかを尋ねられると、「新派らしく、と考えたことは一度もございません」とキッパリ。「いかにその役の人間になるかしか、母親(初代水谷八重子)から教わりませんでした」と答え、「新派は(劇中の時代の)風俗、風習といったものから絶対に外れてはいけないと、自分に戒めております」と続けた。
喜多村緑郎は、格好の材料!?
浜乃久里子は、犬神家の長女・松子役。本作の上演を機に、横溝正史の原作小説を読み始めたという。
「映画版を観た時は思わなかったのですが、原作小説を読み『なぜ今まで新派がとりあげなかったのか?』というくらい、新派にぴったりの題材でした。新派のライフワークとなるようがんばります」
その後、「これまで新派が『犬神家の一族』を上演しなかったのは、金田一役をやれる役者がいなかったからですね。でも今は、格好の材料が! 」と隣に座る喜多村緑郎の肩を叩いてみせた。今では、小説の金田一から、喜多村以外を想像できないという。
金田一耕助役の喜多村緑郎は、公演本番に向けて6月から髪の毛を伸ばし中。長さに慣れないのか、たまに髪を触る仕草をみせるが、その姿はすでに金田一! 一同からは「似合う!」の声が相次ぐも、本人は「長いと面倒くさいから早く切りたい」と苦笑い。
「歴代のたくさんの俳優さんが金田一耕助役をやっていらっしゃいますが、齋藤さんの演出のとおりにやれば、必ずや『喜多村緑郎の金田一耕助』ができると信じております」と意気込みを語った。
犬神家の女形
犬神家の三女・梅子役は、河合雪之丞が女形で演じる。雪之丞もまた、この作品は新派にぴったりだと感じたそう。
「『犬神家の一族』をやると聞いた時、私のいる場所はあるのか? と一瞬思いましたが、時代背景をはじめ、座敷牢や、昔の大きなお屋敷の一族が、みんな紋付きで並んでみたり。そういったところからも新派の匂いがしてきます。その中で、女形としてできるものがあるのではないか。『犬神家の一族』を新派の作品として、きちんと位置づけできれば、次の世代に繋いでいける作品になるのではないかと考えています。その時には女形の梅子も、繋いでいければ」
河合雪之丞
「有名な探偵小説なので、お客様の大半は犯人をご存じかと思います(笑)。ですから、謎解きはもちろん、人間の生きざま等を面白く表現できたら。『犬神家の一族』の裏側には、"新派の一族"(笑)、というつもりで頑張ります」
瀬戸摩純は、犬神家の二女・竹子役を演じる。「大先輩の久里子さん、雪之丞さんと一緒に三姉妹に起用いただけたことは大変光栄です。懸命につとめたいと存じます」と意気込みを語る。
野々宮珠世をダブルキャストで演じるのが、春本由香と河合宥季。春本は「宥季さんの女形のきれいな仕草とか技を盗みつつ、自分なりの珠世を精一杯演じさせていただければ」と語る。宥季もまた「新派の俳優としてはまだまだ未熟者ですが、一生懸命つとめたいと思います」とコメント。
女優と女形のダブルキャストについて齋藤は、「女形には女形の表現、女優には女優の武器があります。何かを変に強調する必要はなく、それぞれの良いところを全面に」と演出のイメージを語った。
河合宥季
新派130年を盛り上げるゲスト俳優
浜中文一は、松子の息子・犬神佐清、そして青沼静馬の役。新派に出演するのは初めてだが、波乃とは2015年に共演した経験がある。
「ジャニーズ事務所の浜中文一です。記念すべき130周年の公演に出演させていただけること、新派の皆さんと一緒にお芝居をさせていただけること、そして『犬神家の一族』で佐清という役。びっくりの連続でドキドキしておりますが、お客様に喜んでいただけるよう一生懸命やります」
浜中文一
続く佐藤B作は、浜中の挨拶にかぶせ「ジャニーズ事務所の佐藤B作です」と切り出し一同を爆笑させた。自身の役・橘警察署長については、観客と同じ目線で、ひとつひとつの出来事に驚き、観客と一緒に謎解きを考えていく役どころと語った。
今回の公演のオファーを受けた時の気持ちを、佐藤は「恐怖と感謝の気持ちでいっぱいです」と振り返る。
「『犬神家の一族』をやると伺い、金田一耕助役……は、こないだろう(笑)。それなら橘署長役を! と思っていた役です。映画版では加藤武さんのイメージが強いのですが、この舞台を機に、警察署長役なら佐藤B作だよ! と言っていただけるよう、そして稽古場でおねえさま方に潰されないよう頑張ります」
喜多村緑郎にとっての、金田一耕助
喜多村緑郎は、金田一耕助役をつとめることについて次のようなコメントをした。
「若い頃は、江戸川乱歩のとりこでした。17歳の時に歌舞伎の道に入り、横溝先生の作品をたくさん読むようになりました。歌舞伎俳優だったこともあり、自分の中で明智小五郎や金田一耕助は『手の届かない役柄』でしたが、昨年6月に『黒蜥蜴』で明智小五郎役を、そして今回金田一耕助役を。この1年ちょっとの間に、手の届かないと思っていた存在に手が届いたうれしさを感じています」
喜多村は、小学校2~3年生頃のエピソードも披露。
「公開された映画のポスターが、町の至るところに貼られていました。湖から足が出た(“逆さスケキヨ”)ポスターで、恐くて見られませんでした。ですからこの人(雪之丞)は、小さいときに“みせられた”と聞いた時は本当に驚きました!」
雪之丞は、幼心にどのような点で『犬神家の一族』に魅了されたのか。記者に尋ねられると、意外な答えがかえってきた。
「なぜ連れていかれたのか未だに分かりません。恐くて指の隙間から見ていたので……。あっ、“みせられた”というのは、"魅せられた"ではなく、母親に連れていかれて"見させられた"です!(笑)」
11月は大阪松竹座、新橋演舞場へ
製作発表後に行われた囲み形式のインタビューでは、浜中が演じる犬神佐清と青沼静馬の役の話題へ。
市川崑監督による映画版では、この役をあおい輝彦が演じていた。「ジャニーズ事務所の大先輩が!」と、偶然の一致に一同が盛り上がるも、浜中本人は「今知りました」「光栄ですね」とニッコリするのみ。会見中、プレッシャーや不安を尋ねられても「正直ない(笑)」「ただやるだけ」「最初の質問なんでしたっけ?」と終始自然体のコメントをしていた。
そんな浜中の受け答えが、波乃のツボに入ったようで「いいわね、この人!」「最高!」と一言一言に楽しそうに笑う。その掛け合いに、水谷たちも爆笑。最後には波乃より浜中へ「本当におもしろい!でも、本番では私よりもずっとしっかりしている!」と賛辞が贈られた。
新派百三十年『十一月新派特別公演 犬神家の一族』は、11月1日(木)より10日(土)まで大阪松竹座、その後14日(水)より25日(日)まで新橋演舞場で上演。新派による情緒主義の世界観と、実力派キャストによる人間ドラマに期待し、劇場に足を運んでみてほしい。
公演情報
■脚色・演出:齋藤雅文
水谷八重子、波乃久里子、河合雪之丞、喜多村緑郎、浜中文一、佐藤B作、瀬戸摩純、春本由香(交互出演)/河合宥季(交互出演)、田口守
■会場・日程
大阪松竹座 2018年11月1日(木)〜10日(土)
新橋演舞場 2018年11月14日(水)〜25日(日)
東京公演:お問い合わせ 03-3541-2111
「犬神家の一族」は、雑誌「キング」に1950年1月号から1951年5月号まで掲載された小説作品。
物語は一通の手紙から始まる。私立探偵の金田一耕助は、信州でその名を馳せる犬神財閥で顧問弁護士を勤める古館の部下から助力を求める便りを受け取る。その内容は、財閥の創始者・犬神佐兵衛の莫大な遺産相続にまつわる一族の不吉な争いを予感し、力を貸してほしいというものだった。 那須湖の湖畔に鎮座する通称「犬神御殿」にて、一族の前で佐兵衛の遺言状が読み上げられる。
佐兵衛の腹違いの三人娘、松子、竹子、梅子は神妙な面持ちで静かに聞いていた。遺言状には、佐兵衛が生前大変に世話になった大恩人の孫娘・珠世に条件付きで全財産を相続する、と書かれていた。その条件とは佐兵衛の3人の孫息子・佐清・佐武・佐智のいずれかと結婚することだった。
しかし翌朝、何者かによって佐武が花鋏で殺されているのが発見される。この事件を皮切りに連続殺人事件は幕を開けた―――。