蜷川幸雄の遺志を継ぎ、吉田鋼太郎が演出するシリーズ第34弾『ヘンリー五世』は松坂桃李主演の歴史劇
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吉田鋼太郎
シェイクスピアの全37戯曲の完全上演に取り組んでいた蜷川幸雄の志を継ぎ、吉田鋼太郎が演出するシリーズ2本目の演目が『ヘンリー五世』に決まった。主演は、2013年に上演した『ヘンリー四世』で吉田が演じたフォルスタッフの親友、ハル王子を好演していた松坂桃李だ。このハル王子こそ、のちのヘンリー五世にあたるべき人物で、物語自体も『ヘンリー四世』で描かれた時代の数年後のエピソードということになる。再び松坂と舞台で共演すること、さらに溝端淳平、横田栄司、中河内雅貴、河内大和ら、今回のキャストに期待することなどを、演出家の目線から吉田に語ってもらった。
ーー今日はこのあとヴィジュアル撮影をされるということですが、公演がいよいよ動き出したという実感があるのではないでしょうか。
そうですね。もともと『ヘンリー五世』という芝居を、実は僕は一回しか観たことがなかったんです。それも僕が25歳の時イギリスで。ケネス・ブラナーのデビュー・イヤーでね。ケネス・ブラナーがヘンリー五世役をやっていたのを観たんです。それ以来、『ヘンリー五世』を観たことがなくて。だいたい、その時も「ケネス・ブラナーってすごい役者だな、すごい人が出てきたな」と思ったことはよく覚えているんですけど、芝居自体に関してはあまり印象が残っていないんですよ。シェイクスピアの場合、脚本を読むだけでは具体的なイメージが持ちにくいので、まだ現時点ではイメージがまとまらなくて困っているところです。蜷川さんのあとを継がせていただいてからの第一作目『アテネのタイモン』を上演している時から、常に頭の中には「次は『ヘンリー五世』だ、どうすればいいんだろう」って考えてはいたんですけどね。ここまでくると、ちょっとアセり始めました(笑)。
ーー『ヘンリー五世』という作品の、たとえばどういうところに面白さを感じられていますか。
基本的には、イギリスの歴史劇なので史実が描かれているんですね。ですからイギリスの歴史によほど興味がある方でない限り、この芝居は楽しめないのではないかと思われがちではありますが、だけどそこはシェイクスピアですから。ただ史実を再現しているわけではなく、そこに関わってくる人たちの悲喜劇が必ずある。しかもこの作品、登場人物がすごくたくさん出てくるんですよ。もちろんヘンリー五世を軸にはしていますが、そのほかの人たちはみんなほぼ均等の役割だと言えるくらいの群像劇になっているんです。兵隊だったり、居酒屋のおかみさんだったり、そういう人間たちのドラマでもあるので、そこをいかに描くか。今回集めた有能かつ魅力のある人たちに、そのキャラクターをきっちり活かしながら、いいお芝居をしてもらえたらなと思っています。
吉田鋼太郎
ーーキャスティングをする時は、どういう点に注目されて選ばれたんですか。
シェイクスピア作品の場合、あまりキャラクターというのにはこだわらないんです。たとえば太っている人、大きい人、小さい人、あとすごくお年寄りだとかは、あまり僕は重視していません。要するに、そこは演技でやればいいことだから。でも今回はとにかく多様な人が大勢出てくるので、個性的な人が集まってくれたらいいなと思っていました。ふたを開けてみたら、別に意図してやったわけではないんですが若手の方が多いですね。松坂くんが若いのでということもありますけど、威勢のいい若い人たちが揃いました。
ーー吉田さんにとってはシリーズ2本目というタイミングで『ヘンリー五世』をやろうと決めた理由は。
5年前に『ヘンリー四世』を松坂くんと一緒にやっているということもあって、そこにすぐ頭がいっちゃうんですよ。「松坂くんがヘンリー五世をやればいいのになあ」って。それでつい、シェイクスピアの37戯曲の中でまだ上演していない作品4本のうち、やっぱりこれに食指が動いてしまったわけです。
ーー残っている4本の中では、次はこれをやっておきたいと。
そういうことです。しかも、松坂くんがあまり年を取らないうちにやっておきたかった。『ヘンリー四世』からもうすぐ6年、『ヘンリー五世』もハル王子が前作で王様になってから、それほど時間を経てはいない時期の話なので。それで、まだ新鮮な記憶があるうちのほうがいいかもなと思ったんです。
ーーその前作『ヘンリー四世』の際に、松坂さんに感じた魅力とは。
彼はシェイクスピア作品をやるのは初めてで、もちろん苦労していた部分もあるんですけど、最終的にシェイクスピアのセリフを自分の言葉としてしゃべっていた松坂桃李に、ビックリした覚えがありますね。基本的に難しいんです、シェイクスピアのセリフって。難解な言葉も多いし、言い回しもややこしいし、大きな声を出さなければいけないし。ついつい、ただ朗誦するばかりで自分の血と肉がセリフに通わなかったりするものだけれど、彼はそこをきっちりクリアできていた。シェイクスピアを自分の言葉でしゃべることができる、稀有な俳優だなと思っていました。
ーー当時、本格的な舞台経験もまだ少なかったのに。
そうでしたよね。なのに、って感じだった。その後もどんどんシェイクスピアをやってほしいなと思っていたくらいです。シェイクスピアによく出てくる王子とか、若い王様とか、あとヒロインの恋人とかをやれる“ガラ”を持っていらっしゃるしね。非常に品が良いんです。そう考えると、シェイクスピア作品をやる時に必要なほとんどすべての要素を松坂は持っているのではないかと。身長の問題ではなく、スケールが大きいんですね。そして今回はヘンリー五世役ですから、イングランド全土を背負って立たなければいけない役割じゃないですか。それは芝居といえどもヘンリー五世を演じる俳優の中にそういう品やスケールがないと、どうしても嘘っぱちに見えてしまう恐れもある。それができる役者って、そんなにいないんです。でも、松坂くんならできるなという確信がありました。
吉田鋼太郎
ーー前回『アテネのタイモン』で演出家として、このシリーズを蜷川さんから引き継がれて。実際にやってみて、いかがでしたか。
ヘトヘトになりました。蜷川さんが築き上げてきた世界なので、やはりすごく大きくて重いんですよ。自分としては、シェイクスピアの演出は今までもずっとやってきていたので、そこに関して不安はないな、と思いながら稽古場に行ったんです。でも初日から、これはエライことを引き受けちゃったなと思いましたね。すべてのスケールがでかいんですよ。3日目、4日目くらいで、もうやめたいって思いました(笑)。お客様の期待も、かなり大きいですしね。シェイクスピアは自分の劇団でもやっていますけど、でもそこではまだどこかで甘えている部分があって、小劇場だから実験的なことをやっても大丈夫だろうと。だけど、このシリーズに関しては実験的なことはやらないほうがいいんです。おそらく10人観たら10人が口を揃えて「面白かった」と言える方向を出さないといけない。改めて、蜷川さんはすごいことをやっていたんだなと思います。
ーーそれを踏まえての今回の舞台、ということになりますが。
今回は群像劇というか群衆劇的なところがあって、1シーン1シーンがわりと散文的なんですよね。主線はすべて繋がってはいるんですけど、そこに絡んでくる人たちは路上で言い争いをしたり、飲み屋でけんかになったり、女を口説いたりしている。そんなシーンもすべて面白く成立させていかないと、芝居全体がつながっていかないという面倒くさい芝居なんです(笑)。たとえばハムレットだったら主人公のハムレットの姿を追っていればいいですけど、今回の芝居はそういうわけにはいかない。ハルはハル、つまりヘンリー五世がたどっていく筋はあるんですが、それとは別に周囲の人間たちが盛り立てる芝居をしないと成立しないんです。そこが、この作品の一番難しい点だと思いますね。物語としても、ただイングランドとフランスとの戦いと、ヘンリー五世がそれにどう対処していくかということしか書かれていないので、そんなに劇的なストーリーではないんです。
ーー大きな事件が起こるわけでもなく。戦争は起きているけど、基本的にその戦争に関わっている人々の姿を描いているから。
そこなんですよね。だからこそ、いかに彼らをイキイキと演出できるかにかかっていると思います。
ーー他のキャストの皆さんにはそれぞれどんなことを期待されていますか。
特に溝端、横田、河内に関しては、彼らがただ演じてくれればそれだけで成立するであろうという配役をしたつもりです。まあ、溝端くんに関しては今回フランスの皇太子なんですが、彼の場合、姿かたちはいかにも皇太子かもしれないけど中身とギャップがあるからなあ(笑)。それでも溝端くんの皇太子役は、ちょっと楽しみですね。こんなことをいうのは口はばったいですけれども、今回の舞台をきっかけに「シェイクスピアをやっている時の溝端はいいね」、あるいは「舞台での溝端はいいね」って言われるような俳優になってくれればいいなと思っています。そして河内くんには、思いっきり暴れまわってもらいたい。彼はまだそれほど世間の認知度はないかもしれないけれど、非常にいい俳優なので。個性的な変わった顔をしていますしね(笑)。ぜひ、河内くんの魅力を十二分に引き出してあげられればいいなと思っています。
吉田鋼太郎
ーーそして横田さんは新国立劇場版の『ヘンリー五世』(2018年)にも出られていましたよね。
そうなんですよ。あの舞台で横田くんがやっていた役を、今回は中河内くんがやることになります。やっぱり横田くんは、蜷川さんが大事にしていた俳優だし、さらにもっといい役者にしてやりたいと思っていたはずなんですよね。そう思うと、横田くんのことに関しても僕は蜷川さんから受け継いだという気持ちでいますし、もちろんもっともっと彼には良くなってほしい。でもどうしても、もともと仲良しなんでね、稽古場ではついつい慣れ合いになりがちなんです。だから今回は、慣れ合いにならないようにやらないといけない。ちゃんと横田くんにも厳しくダメなところはダメと言い、伸ばしていいところは伸ばしてあげられるように、心を鬼にして接していこうと思っています。
ーー中河内さんはピストル役ですが、これもまた面白い役ですよね。
面白い役です、最高ですよね、あの役。中河内くんと『ビリー・エリオット』で共演した時に思ったのは、すごく意気が良くて、気が強くて負けず嫌いで。でも優しくて、非常にいい男だし、セリフもとても明瞭でね。聞くと、シェイクスピアはやったことがないと言うので、ぜひこの機会にやらせたいなと思ったわけです。
ーー今回、吉田さんが演じるのは説明役、コロスですよね。その役回りでいこうと思われたのはなぜですか。
ひとつだけ、既にプランがあって。それをやるためには、俺がコロスをやらなければいけないんです。
ーー何か、思いついたアイデアがあるということですか?
はい、もう『アテネのタイモン』の後は『ヘンリー五世』をやると決めた時から、それだけは考えついていたんです。
ーーそれがどういうことかは、やっぱり秘密ですよね。
完全に秘密です(笑)。ちょっとでも言っちゃったら、すぐ全部わかっちゃうと思う。あ、この言葉自体が、もうヒントになりそうだな(笑)。ともかく一見すると歴史の勉強みたいな、教科書に出てくるような出来事が続くと思われるかもしれませんけど、ヘンリー五世という王様を主人公にしつつも、すべての階層の人たち、すべての職業の人たちと言っていいくらい、様々なジャンルの人たちが出てきて、彼らが繰り広げる悲劇だったり喜劇だったりで、笑いと涙と感動がたくさん詰め込まれたお芝居になっています。そして松坂くんのヘンリー五世、王様っぷりは、もし『ヘンリー四世』で王子役だったのを観ていらっしゃる方であれば、きっとその成長ぶりが見どころになると思いますし。ここは一度騙されたと思って(笑)、観に来ていただけたらうれしいですね。
吉田鋼太郎
取材・文=田中里津子 撮影=敷地沙織
公演情報
<キャスト>
松坂桃李
吉田鋼太郎 溝端淳平 横田栄司 中河内雅貴 河内大和
間宮啓行 廣田高志 原慎一郎 出光秀一郎 坪内 守 松本こうせい 長谷川志
鈴木彰紀* 竪山隼太* 堀 源起* 續木淳平* 高橋英希* 橋本好弘 大河原啓介 岩倉弘樹 谷畑 聡
齋藤慎平 杉本政志 山田隼平 松尾竜兵 橋倉靖彦 河村岳司 沢海陽子 悠木つかさ 宮崎夢子
*さいたまネクスト・シアター
<スタッフ>
作: W.シェイクスピア
翻訳:松岡和子
演出:吉田鋼太郎(彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督)
美術:秋山光洋
照明:原田 保
音響:角張正雄
衣裳:宮本宣子
ヘアメイク:佐藤裕子
擬闘:栗原直樹
演出助手:北島善紀
技術監督:小林清隆
舞台監督:やまだてるお
制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団、 ホリプロ
企画:彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア企画委員会
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
【埼玉公演】
期間:2019年2月8日(金)~24日(日)<全19回>
劇場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(埼玉県)
主催:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団
http://www.saf.or.jp
【仙台公演】
期間:2019年3月2日(土)~ 3日(日)<全3回>
劇場:仙台銀行ホール イズミティ21・大ホール
主催:仙台放送
共催:(公財)仙台市市民文化事業団
http://ox-tv.jp/sys_event/p/
【大阪公演】
期間:2019年3月7日(木)~ 11日(月)<全6回>
劇場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
主催:梅田芸術劇場/ABCテレビ
http://umegei.com/schedule/767/