窪田正孝インタビュー 『唐版 風の又三郎』で答えのない世界に再び挑む!
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窪田正孝
2016年5月、シアターコクーン芸術監督の蜷川幸雄がこの世を去った。演劇界があまりにも大きな喪失に呆然としたままだった約3カ月後、シアターコクーンでは追悼公演『ビニールの城』が上演された。唐十郎が1985年に劇団第七病棟に書き下ろしたこの戯曲の初演出に意欲を燃やしていた蜷川。果たされなかったその遺志を引き継ぎ演出をしたのは、蜷川と唐を師とする金守珍だった。この舞台は、常に演劇界を走り続けた蜷川の姿勢そのもののような、蜷川を失ってもシアターコクーンは立ち止まらないことを世に宣言するような、演劇の力強いエネルギーと希望に満ち溢れた公演となった。
そして2019年、シアターコクーンにて唐十郎の戯曲、金守珍の演出という同じ布陣で『唐版 風の又三郎』が上演されることが決定した。劇団状況劇場による初演は1974年、実に45年近くも前である。その作品にダブル主演で挑むのが、数多くの映像作品に出演し、若手実力派俳優としてその地位と人気を不動のものとしている窪田正孝と、元宝塚歌劇団星組トップスターで、退団後はミュージカルのみならずストレートプレイやソロコンサートなど多方面で活躍する柚希礼音という豪華キャストだ。
窪田は、2013年にシアターコクーンで蜷川演出の『唐版 滝の白糸』に出演して以来6年ぶりの舞台出演となる。今なお蜷川の面影残るシアターコクーンにて、再び唐戯曲の舞台に立つことを選んだその心境は――。その思いを聞いてみた。
窪田正孝
ーー前回の舞台出演から6年ぶりのこのタイミングで再び舞台をやろうと思った経緯をお聞かせください。
今年1月に『アンナチュラル』(TBSで1月~3月に放送された連続ドラマ)に出演していて、ちょうどそのときにこの舞台のお話をいただきました。ドラマで共演中だった北村有起哉さんもこの舞台に出演が決まっていると聞いて、僕は有起哉さんの芝居がすごく好きで、人柄も好きなので、だからまた唐版をできる、というのはもちろんですけど、有起哉さんとまた一緒にできたらいいな、そこから新しい人とも出会えたらいいな、と思いました。有起哉さんと一番最初に共演したのは『刑事のまなざし』(TBSで2013年10月~12月に放送された連続ドラマ)で、僕がゲスト出演して少しだけ絡みました。『アンナチュラル』で共演する前にWOWOWで放送された『唐版 滝の白糸』を見てくださっていて。それで『唐版 風の又三郎』の話が来たときに「彼(窪田)だったらいいのにな」と思っていた、と教えてくれて。その一言でもう調子に乗って(笑) 俄然やる気が出てきました。「そんなことを有起哉さんに言っていただけるなら!」と。
ーー舞台での共演に今から期待が高まりますね。
そうですね、柚希さんとも初めてですし。これからいろいろお話ししたり、ご飯をご一緒したり……ドラマの現場だと、キャスト全員で会う、って意外とできないんですよね。だから舞台のいいところってそこだと思います。朝から晩まで一緒にいて、その中で人間関係がいろいろ見えてくるのが楽しみですね。やはり、人がそこにいるだけで様々なものが出てきますよね。嫌い! とか、面白い! とか、そういう自分の感情に嘘つかないで、本音でぶつかっていきたいなと思っています。
窪田正孝
ーー前回も今回も、アングラ演劇の代名詞ともいうべき唐十郎さんの作品ということで、実際にご自分で演じてみて感じた唐作品の魅力を教えてください。
唐さんの作品は「動いてみないとわからない」と思っています。前回の『唐版 滝の白糸』のときも、台本を読んでいる時点ではわからなかったんです。セリフを覚えるのに必死で、でも全然セリフが入ってこなくて。例えば「これは水です」ということを、いろんな言い方で形を変えて表現されているんです。だから、書かれていることを必死にイメージして、それでなんとか覚えました。ストーリーの流れで理解できる部分もあれば、どうしてこうなるんだろう? とわからない部分もあって、でも答えがないのが魅力だ、という思いがすごくあります。ドラマや映画では、見てくださる方にわかるようにというか、伝わるように形をシンプルにしてやっている部分があります。でも30歳になって、そこから出たい、わからない世界にまた行きたい、と思ったんです。そんなときにタイミングよくお話をいただけたのがこの舞台でした。年月を経て、どんどん人と会えること、一緒に話しをしたりご飯を食べることがすごく楽しくなってきたので、前回と全然違う感覚で稽古場に行くんだな、と想像するだけでもとても楽しみです。早く皆さんとセッションしたいですね。今回やりたいと思った理由の一つに、前回のとき蜷川さんと一緒にできたことと、平さんと共演できたこと、それに対して自分の中で何かのけじめにつながる気がする、というのもあります。
ーー『唐版 滝の白糸』演出の蜷川さん、そして共演者の平幹二朗さん。お二人とも公演から3年後にこの世を去ってしまわれました。
本当にすごい方と一緒にいたんだな、と感じています。僕、ずっと蜷川さんのことを「おじいちゃん」って呼んでたんです。自分のおじいちゃんにも似てたので。「うるせえ!」って返されてましたけど(笑) そういう何気ない会話がすごく幸せでしたね。でもすごく偉大な方だし、自分が知らないだけでものすごい世界の持ち主なんだな、と失くしてから気づくというか……。平さんも『滝の白糸』では冒頭40分くらい二人だけの芝居でものすごく難しかったんですけど、いろいろご指導いただいて、面白い話も聞かせていただいて、非常に思い出になっています。僕の勝手な思いですけど、届けばいいな、といいますか、そういう気持ちは少なからずどこかにあるかもしれないです。もちろん、やるからには楽しむのが大前提ですが。
窪田正孝
ーーこれから公演に向けて改訂が加わるようですが、元の台本を読まれたとうかがいました。
はい、読みました。まったくわかりませんでした! ……ごめんなさい、冗談です(笑) この作品を40年以上前にやっていたんだ、と考えるとやっぱり「すごいな」と感じました。これを柚希さんとやるとどうなるのかな、とか、シアターコクーンでやるとどうなるのか、とか、どんな世界なのかどんなセットなのか、劇場の中に紅テント張ればいいんじゃないか? でもそれじゃ違うし……とか、いろいろ想像しています。以前、有起哉さんがおっしゃっていたんですが、紅テントでやるのとコクーンでやるのとでは形が絶対に違うから、どうやって色がついて、それが見る人に伝わるのか、といったところも楽しみたいですね。僕が演じる織部は精神病院から逃げてきたので不安定な部分もあって、今までのやり方のように自分を役に寄せていく形を取りたいんですが、織部との距離感とか、それも実際動いてみないとわからないですね。
ーー稽古がどうなるのか楽しみですね。
物理的な話ですけれど、やはり役者の皆さんに会えるのが楽しみです。でも、撮影の現場だと役者さんって出番がないときはみんな控室とかにいるんですけど、舞台の稽古だと出番のない時も基本的に自分の席で稽古を見てるんです。役者さんに見られる感覚に慣れていないので、そっちに意識が行きそうでちょっと怖かったりするんですけど、小さなことでもそういう感覚をどんどん自分の中に取り入れていって、様々な感覚が自分になじんで、舞台に反映されて面白くなっていったらいいなと思います。
窪田正孝
先ほど、演出の金さんとお話をさせていただきました。「楽しくやりましょうよ!」って言っていただいたんですけど、実際どうなるんだろう、どういう演出をされるんだろうというのが初めてなのでわからなくて……この間、六平直政さんとお会いしたときに「金さんは極真空手の達人だ」とかいろいろ脅されたんです。だから「あぁ、ぶん殴られるな」って思ったりして(笑) 「金さんは唐さんの作品を全部説明できる人だよ。蜷川さんと唐さんの下でずっとやってきた人だし」というのも聞いて、それだけでもすごいな、と思いました。
僕らは、答えのないものを形にするのが仕事だと思っていて。嘘をつくことが仕事だし、嘘の先に本当があるんですよね。でもそこに寄せていくというよりは、例えば今こうして取材を受けていて、これが芝居に書かれた「取材の場面」だとして、カメラが撮っていたら、これこそが完璧な芝居になるんですよね。そういう感じで、台本というのはもちろん覚えたり言葉に発したりするんだけど、理性によって唐さんのセリフを詩をうたうように言うのではなく、言霊が勝手に出てくるような、本能に溺れるような酔いしれる感覚でやれたら一番いいかな、と思います。そうすると台本の理解を超えた境地に行けるので、それが理想です。年齢を重ねていくと理性が勝っていくので、あれをやっちゃだめ、と頭でわかってしまうんですけど、でもこの作品をやることで、本能の部分が呼び起こされるんじゃないかな、というのが唐版の魅力だと思います。セリフの量がドラマとはレベルが違って、覚えられるかな、というくらい(笑) 稽古で唐さんの世界にどっぷりつかって、シアターコクーンの舞台に行きたいですね。
窪田正孝
取材は一旦ここで終了し、本インタビュー用の写真撮影が始まる。タイトなスケジュールの中、短い時間での取材となり、もちろん短い中でもその思いをたっぷり語ってくれたのだが、聞きたいことはまだまだ山のようにあった。写真撮影終了後、あと1質問程度ならばOK、ということで再び窪田に話を聞くことができた。何を聞くべきか、頭の中を様々な質問が駆け巡る。そして、どうしても聞いておきたかった質問を投げかけた。
ーー蜷川さんとの思い出深いエピソードをぜひ教えてください。
今回の公演に関することを聞かれると構えていたのか、その質問に窪田は一瞬驚きの表情を見せた。しかし、すぐにその瞳は少し遠くを見るような優しいものに変わり、思い出を語ってくれた。
初めて蜷川さんとお会いしたのは『唐版 滝の白糸』よりも前、別の舞台のオーディションのときで、他の俳優さんたちはみんなセリフをちゃんと覚えて来ていたんですが、僕はその場でセリフを覚えたのでろくに言えずに終わってしまって。そのときのことを蜷川さんは覚えてくれていて「お前、全然覚えてこなかったな」って言われました(笑) あと、「俺はお前が何やってるかちゃんとわかってるんだからな」っておっしゃっていて、ドラマとか映画とか僕が舞台以外にどんな仕事をやっているかすごく気にかけてくれていましたね。
『滝の白糸』の最後のシーンで、僕は演出上血みどろになったんですが、千秋楽のカーテンコールには蜷川さんも出てきてくれたので、蜷川さんの顔を血だらけにしてやりました(笑) 僕の手についた血のりを全部ベチャーッと塗りたくって。蜷川さんは「やめろーっ!」って言ってましたけど、でも笑ってくれていて。
ーーそのやり取り、目に浮かぶようです。そういう親しみを感じさせる部分を持った方でしたよね。
本当にすごい方なのに、こんな自分と同じ目線でしゃべってくれて。その頃、僕は心を開きづらいタイプだったんですが、蜷川さんの方から心を開いてきてくれて、一緒にできてよかったな、唐版をできたことは自分にとってプラスだったな、と思いました。度胸もついたし、喜怒哀楽というものがより近くに感じられるようになったんです。日本語って他の言語より言葉数が多いから、喜怒哀楽を出さなくてもいろいろな表現方法がありますよね。喜怒哀楽が出しづらい時代になっているとも思うんですけど。その中でも役者にとって一番大切なものは五感だったり感情だったりといったものなので、そういう今まで人に対して出しづらかったものを出しやすい位置まで上げてもらったのは、唐版をやったことによっての大きな変化といえるかもしれないですね。
窪田正孝
かつて蜷川がこうつぶやいたことがあった。
「最近の若い俳優は、きれいすぎるんだよなぁ。優等生っていうのかな。それが良い面もあるんだけどね」
もしかしたら蜷川は、『唐版 滝の白糸』で出会った窪田に対しても同じ印象を抱いたのかもしれない。その良さを残しながらも、きれいなだけではない、唐作品を体現できる地を這うような泥臭さを持った俳優になって欲しい、そんな思いで窪田と向き合っていたのではないだろうか。そして窪田は、それに応えた。『唐版 滝の白糸』以降の窪田の仕事を振り返ってみると、直後の2014年に出演した「花子とアン」(NHK連続テレビ小説)「Nのために」(TBS)での演技が高く評価されたことが、それからの窪田の躍進を決定づけている。そこに『唐版 滝の白糸』の経験が大きく影響を与えているのは間違いない。
2019年、シアターコクーンで『唐版 風の又三郎』の幕が開く。唐十郎と金守珍、そして頼れる豪華キャストという大きな力と共に、窪田正孝は舞台上でその才能をさらに羽ばたかせることだろう。
「窪田、おれは見てるぞ」
そんな蜷川の声が天から聞こえてくるような気がした。
取材・文=久田絢子 撮影=岩間辰徳
公演情報
『唐版 風の又三郎』
■演出:金守珍
■出演:
窪田正孝、柚希礼音、北村有起哉、丸山智己、江口のりこ、
大鶴美仁音、えびねひさよ、広島光、申大樹、林勇輔、染野弘考、小林由尚、加藤亮介、
三浦伸子、渡会久美子、傳田圭菜、佐藤梟、日和佐美香、清水美帆子、本山由乃、寺田結美、
石井愃一、山崎銀之丞、金守珍、六平直政、風間杜夫
■企画・製作:Bunkamura
【東京公演】
■公演期間:2019年2月8日(金)~3月3日(日)
■会場:Bunkamuraシアターコクーン
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■主催:Bunkamura
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■公演に関する問合せ:Bunkamura 03-3477-3244(10:00〜19:00) http://www.bunkamura.co.jp
■日程:2019年2月11日(月・祝)~2月28日(木)
■会場:Bunkamuraシアターコクーン
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■受付期間:10月27日(土)11:00~11月7日(水)23:59 プレオーダー受付
【大阪公演】
■公演期間:2019年3月8日(金)~13日(水)
■会場:森ノ宮ピロティホール
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■主催:サンライズプロモーション大阪
■問合せ:キョードーインフォメ―ション 0570-200-888(10:00〜18:00) http://www.kyodo-osaka.co.jp