ピアニスト・阪田知樹インタビュー 『ピアノ・リサイタル リストへの誘い』リストとの出会いや魅力、そして将来について訊く
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阪田知樹
2016年にブダペストで開催されたフランツ・リスト国際ピアノコンクールで第1位を獲得した阪田知樹が2019年2月11日に“地元”横浜(横浜みなとみらいホール)でオール・リスト・プログラムによるリサイタルをひらく。阪田は、現在、ドイツのハノーファー音楽演劇メディア大学大学院ピアノ科修士課程でアリエ・ヴァルディに師事している。
ーーまずは、リストとの出会いからお話ししていただけますか?
一番最初にリストの作品に取り組んだのは中学生のときでした。それまで弾いていたバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ショパンとは全然違う彼の語法に衝撃を受けたのを覚えています。率直に言って『僕は、これはあまりよく分からないな』と思いました。そして分からないと思ったがゆえに、リストのオーケストラ曲、歌曲、室内楽曲、ピアノ曲の楽譜や音源を買い集めて、ピアノで弾いて研究しました。そのうちに、彼の作品の魅力に惹かれ、彼の生涯を勉強したりもしました。そして気が付いたら“リスト・マニア”になっていたのです(笑)。リストの生前に出版された楽譜、1870年のピアノ協奏曲第1番のスコアや1860年代のピアノ作品の楽譜なども集めたりしました。
リストは教育者として自らが培ったものを後世に伝えようとしました。ベートーヴェンの交響曲がまだ十分に人気のなかった時代にピアノ編曲版を作って、人々に広めたり、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」もリストが何度も演奏することによって人気が出たのです。過去の作品でも、同時代の作品でも、彼が良いと思ったものを献身的に紹介し、編曲しました。リストのそんな考え方を尊敬しています。
阪田知樹
ーーリストの音楽の魅力はどのようなところにありますか?
リストには、彼が偏愛した和声進行があり、私はそれが好きなのです。つまり、意外な和声進行と響きの多様性です。もちろん、『愛の夢』などのように印象に残りやすい旋律もあり、それも魅力のひとつとなっています。そして、ピアニストであった彼の作品は、ピアノをどう扱うか、どのように効果的に聴こえさせるか、のアイデアが明確です。リストの作品は、高難度のものが多いですが、指になじむのです。
ーー2月のオール・リスト・プログラムによるリサイタルは3部構成なのですね。
地元の横浜ではこれまでもいろいろ演奏する機会がありましたが、横浜みなとみらいホールの大ホールでリサイタルをするのは初めてなので、特別なものにしたいと思いました。今回は、1部が約30分間、それを3つ、オペラの第1幕、第2幕、第3幕のように楽しんでいただければと思います。30分ですと、集中しても疲れることなく聴いていただけるのではないでしょうか。リストの作品の多様性をこの1日の演奏会で楽しんでいただければと思っています。
ーー第1部はどのように選曲されましたか。
第1部は、どれも10分以内の小品で、個性的な作品が並んでいます。ここではリストのあまり知られていない部分をお伝えしたいと思います。バラード第1番は、演奏される機会が少ないのですが、すごく美しく、ストーリー性を感じる作品なので、リサイタルの幕開けにふさわしいと思いました。
1838年に書かれた「パガニーニによる超絶技巧練習曲集」からは、第3曲「ラ・カンパネッラ」と第4曲「アルペジオ」を弾きます。リストの「ラ・カンパネッラ」には4つのバージョンがあって、第1部では2つめの1838年のバージョンを弾きます。第3部では最も有名な4つめの1851年のバージョンを弾くので、それと聴き比べができます。「アルペジオ」は超難曲の「パガニーニによる超絶技巧練習曲集」のなかでも最も難しい曲で、生で演奏されることが珍しい作品です。
阪田知樹
晩年に書かれた夜想曲「夢の中で」は、あまり調性が確定していない、静かで美しい作品です。これを聴くと、リストのイメージが一変するかもしれません。
次のハンガリー狂詩曲第2番はとても有名な作品ですが、リストを語る上で、ハンガリーとの関わりは欠かすことができないので入れました。私が書いたカデンツァを挿入しての演奏です。リストが即興の名手であったという要素も踏まえて、私の作曲家としての部分もお伝えしたいと思っています。
ーー第2部は、大作「ピアノ・ソナタ ロ短調」ですね。
ロ短調のソナタはリストの金字塔です。2年前のリスト・コンクールのファイナルでも弾きました。ピアノ・ソナタの歴史のなかでも衝撃的な作品であり、ロマン派ピアノ音楽のなかで最も重要な作品でもあります。バロックのフーガから、古典のソナタ、シンフォニーの要素、歌曲のような旋律、オペラのようなレチタティーヴォまであり、リストの芸術の総決算といえます。ベートーヴェンの32のソナタのその先にある存在です。
ーーそして最後の第3部はどのようなものになりますか?
まず、1851年に書かれた「パガニーニによる大練習曲集」に収められている、有名な「ラ・カンパネッラ」を弾きます。そしてベートーヴェンの歌曲「アデライーデ」とベッリーニの歌劇「ノルマ」のリスト編曲版を取り上げます。リストは、様々な作曲家の作品を紹介しつつ、彼らの作品の研究もしていたのです。最後の「歌劇『ノルマ』の回想」は、リスト・コンクールのセミファイナルの最後で弾いたとき、会場内の全員(審査員も含めて)がスタンディング・オベーションで応えてくださった、思い出の作品です。
ーーリサイタル全体を通して、聴衆のみなさんに何を伝えたいですか?
リストは華やかなイメージが強いかもしれませんが、リストは、これだけジャンルに幅があり、それぞれの作品が別の個性をもつ、多面的な作曲家であることを伝えられればと思います。リストは、作品ごとに、超絶技巧であるいはシンプルに、ピアノ演奏の可能性を追求していました。お客様とそういうリストの作曲家像をこの一日で共有できたら、うれしいですね。
阪田知樹
ーー3月8日には、東京オペラシティコンサートホールでの『アフタヌーン・コンサート・シリーズ』で、中野翔太さん、松永貴志さんとの『ピアノ・トリオ・スペクタクル』に出演されますね。
平日の午後のエンターテインメント性の強いコンサートです。前半のソロでは、私は、リストとショパンの名曲を弾きます。一番の目玉は、ジャズの松永貴志さん、中野翔太さんと私の三人が3台のピアノで弾くガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」でしょう。彼らとは初めてご一緒するのですが、その場限りで起きる即興を交えた演奏がとても楽しみです。個人的にはジャズを聴くのが好きで、ガーシュウィンではへ調のピアノ協奏曲も大好きです。
ーー今はドイツのハノーファーで学んでられますね。
ハノーファーに暮らして5年目になります。2013年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで最後の6人に残ったときに、審査員であったアリエ・ヴァルディ先生が声をかけてくださったので、ハノーファー(音楽演劇メディア大学)のヴァルディ先生のクラスに入りました。ハノーファーは、落ち着いた街で、勉学に打ち込むには適した環境です。また、ブダペスト、ハンブルク、ライプツィヒなど、他のヨーロッパの都市に演奏に行くのにも遠くないところが便利です。
ーー将来、どういうピアニストを目指しますか?
リストはライフワークとして取り組んでいきたいですし、それが自分の本望でもあります。でも、同時にほかの作曲家、ドビュッシーやフォーレなどのフランスの作曲家も大好きですし、ドイツの古典派~ロマン派の作曲家もとても好きです。有名な曲だけでなく、たとえばメトネルなども取り上げていきたいと思っています。心から惹かれる作品を皆様にお届けできればと思います。
もちろん、ピアノを弾くことがメインですが、作曲も大事にしたいと思っています。ラフマニノフが、すごく好きで、彼は、作曲家として超一流で、指揮も素晴らしく、ピアノ演奏も当代随一でした。作曲も、指揮も、ピアノもできる音楽家をコンプリート・ミュージシャンと言ったりしますが、彼みたいな活動ができれば、理想ですね。
阪田知樹
取材・文=山田 治生 撮影=山本 れお